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〜32章〜
フォスニアン・ラプソディ 画劇狂篇
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「さぁ、着いたヨ!」
トントン、と目の前の扉をノックをするミッキー・シックス。
ソルはふと見上げたその建物を見て驚いた。
それはこの街には似つかわしくない、なんとも奇妙ないでたちの建物であった。
他のどの建物とも違う。この場所だけ、どこか異空間へと飛ばされてしまったかのように、その建物は異邦の風を纏っていた。
「はいはーい。今、行きまーす」
中からしわがれ声が轟き、バタバタとした足音が扉へと近づいてきた。
「はーい。どちらさんでしょうか。・・・おぉ、ミッキーさん。こりゃどうも・・・おやおやおや。これはこれは。まーた、珍しいお客さんが来たもんだ」
二人の前には小さなメガネをかけたヒョロリとした老フォスニアンが立っている。
小さなメガネをひょいっと禿頭に乗せ、興味深そうにソルのこと見据えてくる。
ソルは軽く会釈をし「こんにちは」とだけ呟いた。
その老フォスニアンは静かに頷き、照れたように笑いながらメガネを戻した。そして、静かに一歩下がると二人を中へと招き入れた。
「ノイボフさん。お久しぶりですネ。調子はどうですか?」
ノイボフと呼ばれたその老フォスニアンは禿げ上がった頭をポリポリと掻きがなら吐き捨てるように言った。
「もう最悪ですよ。マムさんがねぇ、もうご乱心でねぇ。助けてくださいよー、へへへ。もしかしたらそちらのソルマルク人さんを見たら大喜びで何か活路を見出してくれるかもしれないですな。ハハハ」
愚痴を吐いているようではあるがその顔はどこか嬉しそうで、声色も喜びを含んでいるようである。
ミッキー・シックスはというと、それを聞いてなぜか「最高ですね!」と笑っていた。
斯くしてフォスニアンというものはどこか変わっているのだろう。
細長い廊下をひたすらに歩いていく。時折、壁に描かれた落書きのような物を発見したが、どれも不思議な雰囲気を発しており、今にも動き出しそうであった。
何回廊下の角を曲がっただろうか。いくつもの扉の前を通り過ぎたが人がいる気配は一切しなかった。
まるで迷路のような建物の中を延々と歩いたのち、ある扉の前でノイボフは立ち止まった。
「さぁ、中へどうぞ。ぼくぁ、お茶淹れてきますからね」
ノイボフは目の前の扉を指差し、そそくさとどこかへ行ってしまった。
ミッキーはソルへと目配せをすると、ドアノブへと手をかけそっと回した。
「お邪魔します。・・・こんにちは。マムルク先生」
何やら熱心な様子で机に向かっている男の背中に向かって、ミッキー・シックスは声をかけた。
「後にして!」
マムルク先生と呼ばれたその男は振り返ることもなくそう吐き捨てる。その声にははっきりと苛立ちが感じ取れた。
ノイボフさんと同じくらいの年齢だろうか。
声の質からしてそう判断したソルであったが、それ以外には読み取れる情報はなかった。
さまざまな絵が雑多にかけられた室内は、物がところ狭しと置かれている。
何かの資料だろうか。至る所に紙の山が積み上がっていた。
元は真っ白だったのだろう。壁紙は黄ばみ所々剥がれかけている。
ソルは奇天烈な空間に圧倒されるばかりであった。
ミッキー・シックスは静かにお辞儀をすると、近くの椅子を勝手に引き寄せ座った。隣の椅子を手で指し示し、ソルにも座るよう指示をする。
音を立てないようにゆっくりと椅子を引いたソルは、これまた音を立てないようにとゆっくりと腰を下ろした。
あまりにも殺伐とした空気に全身が硬直するのを感じたソルは、ミッキー・シックスに尋ねたいことがたくさんあったが黙っていた。
ミッキー・シックスの方を見ると、彼はリラックスしているようではあったがいつものように鼻歌を歌うことはせず、珍しく黙って目の前の背中を見つめていた。
ガチャリ、と扉の開く音がするとノイボフが盆を抱えて室内へと入ってきた。お茶を淹れてきたのだろう。
まずはマムルク。机にのめり込むように作業をする彼の背中をそっと叩き、お茶を差し出すノイボフ。
マムルクはムッとした様子で振り返ると、目の前に差し出されたお茶を見て少しだけ表情を和らげ、何やらブツブツとノイボフへと呟いている。
ノイボフはというと、そんなマムルクの背中を大袈裟に叩き、何やら笑顔で答えている。
ふと何やら耳打ちをするノイボフ。
と、途端にさっとこちらを振り返り、まん丸とした大きなメガネを持ち上げながらこちらを凝視するマムルク。
ソルはその眼光に慌てて立ち上がりお辞儀をした。
ミッキー・シックスはというと、座ったまま優雅に手を振っている。
「なんだ、来てたなら言ってくれたらよかったのに」
ソルから視線をずらすことなく、そう吐き捨てるマムルク。ゆっくりと立ち上がり、大きなメガネをこれまた大きな鼻の頭に乗っけ、必死に目を擦りながらこちらへと近づいてくる。
あまりにもジロジロと見られるのでソルは居心地が悪くなった。
「約束通り、閃きの源泉、お持ちしましたヨ」
ミッキー・シックスはそう言うとソルの背中を押した。
「紹介しましょう。ソルマルクからお越しの機械人間、ソルクンです」
ミッキー・シックスによって、ぐぃっと前に突き出されたソル。
慌てて頭を下げ「会えて光栄です」と呟き握手を求めた。
この男が何者なのか全くもって知らないが、ひとまず笑顔で対応をする。
ソルの言葉にも握手を求める手にも一切の反応を示すことなく、好奇の目で凝視し続けるその老フォスニアンは、ふと我に返ったかのように「あぁ」と呟き近くにある椅子を手繰り寄せ腰を下ろした。
それに合わせソルもゆっくりと、恐る恐る腰を下ろす。
「初めまして。マムルク・ウロサンダカです。・・・こちらこそ会えて光栄です」
そっけなくそう言ったマムルクは、空を見つめるかのような表情で固まってしまった。
マムルクの机に置いたお茶をお盆に戻し、ノイボフがノロノロとこちらへやってきた。
どこか楽しげな様子でこちらを見つめている。
「あ、あの・・・」
とソルが声を掛けるとまたもやハッとした様子でこちらを見た。まるでたった今目の前に来客があることを悟ったかのように、呆然と二人のことを見ている。
「マムルク先生はネ、『アニメーション』を作っている監督さんなんだ」
「どうぞ」と優しくお茶が目の前に差し出される。ノイボフがそっとウィンクを飛ばしてきた。
「すごい人なんだヨ。世界中が彼の作品を愛しているんだ。・・・あぁ『アニメーション』ってのは、絵を何枚も繋ぎ合わせて作る映像劇みたいなものだネ」
ミッキー・シックスも異国の民の扱いに慣れてきたのだろう。少しずつではあるが、気の利いた説明を挟んでくれるようになっていた。
「でネ。実は先生は今、新作のアニメーションに取り掛かっているんだ。これはネほんとにすごいことなんだヨ」
興奮した様子でミッキー・シックスがそう話をする間、マムルクは一切口を挟むことなく、半ばぼぅっと空を見つめている。
それはまるで頭の中でどこか別のところを冒険しているかのようである。
三人の傍ら、ノイボフは机に軽く腰掛けその光景を面白そうに眺めている。
映像劇の監督か。すごいな。
目の前に座るこの気難しそうな老フォスニアンが、世界中から愛される映像劇を作っているというのだ。
人は見かけによらないな。
目の前の気難しそうな老フォスニアンに突如親近感の沸いたソルはそんなことを思い密かに笑いを噛み殺す。
ミッキー・シックスは意気揚々と話を続ける。
「先生はネ、もう十三年も前にアニメーション監督の引退を発表したんだ。けど、今回また新たな作品作りを始めることにして、僕たちを驚かせた。・・・ネ、マムルク先生」
ブスっとしたまま何も答えないマムルク。
「まぁ引退宣言からの引退撤回ってのは、今やマムさんのお家芸ですからねぇ」
ノイボフはからかうようににやにやとそう言い放った。
「描くに値する題材が見つかったから、仕方がないじゃないか」とマムルクは呟く。
ふんっ、と背後でノイボフが笑い声を上げる。
ミッキー・シックスも嬉しそうに笑い「ボクたちにとってはありがたいですネ」と言った。
「で、どうしてもその新作の発表会に参加したかったボクは先生にお願いしたんだ。『先生、どうかボクを一番最初の観衆にしてください』って。そしたら先生は『何か閃きの源泉をよこしなさい』って言うんだ。フフフ・・・だからキミを連れてきたワケ」
ニヤッと笑ったミッキー・シックスは親指を立て小声で「ありがとネ」とソルに呟いた。
「先生、どうでしょう。いい閃きはありましたか」
マムルクの方へと向き直り、プレゼントを目の前にした子供のようにミッキー・シックスは目を輝かせ尋ねる。
僕が何か閃きの源泉なるものになれるのだろうか。
マムルクはふらふらと視線を彷徨わせた後、ミッキーシックスの方を見やった。
「ん?・・・あぁ。わかった。いいでしょう。ノイボフさん、彼も招待してあげてください」
ヨシッ、と小さくガッツポーズをしたミッキー・シックスは子供のようにはしゃぎそうになる自分をなんとか抑えているようだ。
「さぁ。それならもうそろそろ帰った方がいいんじゃないですか?」
マムルクはそう告げるとすっと立ち上がりさっさと自分の机まで行ってしまった。
機械人間が閃きの源泉にでもなったのだろうか。
ソルは机に齧り付く老フォスニアンの背中を見ながら不思議に思った。
「さて」
マッキー・シックスはそう言うとゆっくりと立ち上がり、ノイボフもそれに合わせて腰掛けていた机から尻を下ろした。
そそくさと帰り支度始めている。
名監督との時間は一瞬のことであったが、ミッキー・シックスの目的は完璧なまでに果たされたようだ。
部屋を出て長い廊下を歩く間、彼はいつもより上機嫌に鼻歌を歌っていた。
「いやぁ、助かりましたよ。ソル君といったかな。いやはや、助かりました」
二人を先導して歩くノイボフは敬礼してソルに向き直った。
「い、いや、僕は何も」
気の利いたことなど何一つ言えぬままこの家を去ることになりそうだ。
三人の足音が長い廊下に木霊する。
「うまくいくといいですネ」
ミッキー・シックスはご機嫌な様子でノイボフへと声をかける。
「ほんとですよ。もうほんといっつも振り回されてばっかりでねぇ。前なんか作品を作ってる途中で死んじゃったでしょ?もうほんとに困ったんだからぁ。広告もありったけ打った後だったのにさぁ。命を燃やして生きるのもいいけど、振り回される我々はたまったものじゃないですよ、ハハハ」
気楽な調子で日常のなんでもない会話をしていた空気の中に、突如物騒な言葉が聞こえてきた。
「え?今なんて?」
ノイボフは不思議そうにソルの方を振り返ったが、何かを思い出したかのように笑った。
「あぁ、そうですよねぇ。・・・まぁ詳しくはミッキーさんから聞いてください」
彼はそういうとさっさと二人を追い出し、そそくさと家の扉を閉めてしまった。
「ミッキーさん、今のってどういうことですか?」
ソルは締め切られた扉の前で呆然とミッキー・シックスに尋ねた。
ミッキー・シックスはふっと微笑み「少し歩こうか」と呟いた。
「まだ少し時間あるよネ?」
ミッキー・シックスは胸元から時計を取り出し時刻を確認すると、街内にある木でできたベンチにどかっと腰を下ろしタバコを吸い始めた。
ソルもゆっくりと隣に腰を下ろし改めてミッキー・シックスの方を見る。
先ほどの真意を知りたいソルのことはどこ吹く風で、美味しそうにタバコを吹かしている。
「あ、あの・・・」
ひときわ美味しそうに煙を吐き出したミッキー・シックスはピンっとタバコを弾き捨て言った。
「ノイボフさんが言ったことだよネ。あ、それとも友達の方?」
「えっ。いや、あの。・・・それは両方なんですけど」
と、今はノイボフの放った言葉の真意についての方が心に引っかかっているのを自覚したソルは、後ろめたさを感じつつも「ひとまずノイボフさんの方」とだけ呟いた。
ミッキー・シックスは頷き、珍しく真面目な表情で口を開いた。
「ボクたちフォスニアンは前世の記憶を持ったまま生まれてくるんだ。ノイボフさんとマムルク先生はどうやら前世でも一緒に同じような仕事をしていたみたいだネ」
さも当たり前のようにそう言ったミッキー・シックスであったが、どこか歯切れが悪いような気もする。
「で、まぁ前世でもノイボフさんはマムルクさんにとても振り回されていたってわけ」
ハハハ、と笑いすっと立ち上がったミッキー・シックスは「そろそろ行かなきゃ」と時計を見ながら慌てて歩き始めた。
ソルも慌ててその後を追うが、まだまだ知りたいことがたくさんあった。
「あの、ミッキーさん」
ソルの問いかけに応えることなく、彼はピューッと口笛を吹き辺りを見渡す。
何かを呼んだのだろうか?
不思議そうなソルを尻目にミッキー・シックスはあたふたと口を開いた。
「質問は後。ちょっと時間がないからまた後で。ごめんネ」
すぐさまどこからか馬が駆けてきてあっという間に二人の前に立ち止まった。
「さぁ、乗った乗った。ちょっと急ぐからしっかり捕まってて」
ミッキー・シックスは馬に飛び乗ると「さぁ、早く」とソルを引き上げ、颯爽と馬を駆り始めた。
あっという間に宵が近づいた街に、馬の駆ける音が木霊した。
トントン、と目の前の扉をノックをするミッキー・シックス。
ソルはふと見上げたその建物を見て驚いた。
それはこの街には似つかわしくない、なんとも奇妙ないでたちの建物であった。
他のどの建物とも違う。この場所だけ、どこか異空間へと飛ばされてしまったかのように、その建物は異邦の風を纏っていた。
「はいはーい。今、行きまーす」
中からしわがれ声が轟き、バタバタとした足音が扉へと近づいてきた。
「はーい。どちらさんでしょうか。・・・おぉ、ミッキーさん。こりゃどうも・・・おやおやおや。これはこれは。まーた、珍しいお客さんが来たもんだ」
二人の前には小さなメガネをかけたヒョロリとした老フォスニアンが立っている。
小さなメガネをひょいっと禿頭に乗せ、興味深そうにソルのこと見据えてくる。
ソルは軽く会釈をし「こんにちは」とだけ呟いた。
その老フォスニアンは静かに頷き、照れたように笑いながらメガネを戻した。そして、静かに一歩下がると二人を中へと招き入れた。
「ノイボフさん。お久しぶりですネ。調子はどうですか?」
ノイボフと呼ばれたその老フォスニアンは禿げ上がった頭をポリポリと掻きがなら吐き捨てるように言った。
「もう最悪ですよ。マムさんがねぇ、もうご乱心でねぇ。助けてくださいよー、へへへ。もしかしたらそちらのソルマルク人さんを見たら大喜びで何か活路を見出してくれるかもしれないですな。ハハハ」
愚痴を吐いているようではあるがその顔はどこか嬉しそうで、声色も喜びを含んでいるようである。
ミッキー・シックスはというと、それを聞いてなぜか「最高ですね!」と笑っていた。
斯くしてフォスニアンというものはどこか変わっているのだろう。
細長い廊下をひたすらに歩いていく。時折、壁に描かれた落書きのような物を発見したが、どれも不思議な雰囲気を発しており、今にも動き出しそうであった。
何回廊下の角を曲がっただろうか。いくつもの扉の前を通り過ぎたが人がいる気配は一切しなかった。
まるで迷路のような建物の中を延々と歩いたのち、ある扉の前でノイボフは立ち止まった。
「さぁ、中へどうぞ。ぼくぁ、お茶淹れてきますからね」
ノイボフは目の前の扉を指差し、そそくさとどこかへ行ってしまった。
ミッキーはソルへと目配せをすると、ドアノブへと手をかけそっと回した。
「お邪魔します。・・・こんにちは。マムルク先生」
何やら熱心な様子で机に向かっている男の背中に向かって、ミッキー・シックスは声をかけた。
「後にして!」
マムルク先生と呼ばれたその男は振り返ることもなくそう吐き捨てる。その声にははっきりと苛立ちが感じ取れた。
ノイボフさんと同じくらいの年齢だろうか。
声の質からしてそう判断したソルであったが、それ以外には読み取れる情報はなかった。
さまざまな絵が雑多にかけられた室内は、物がところ狭しと置かれている。
何かの資料だろうか。至る所に紙の山が積み上がっていた。
元は真っ白だったのだろう。壁紙は黄ばみ所々剥がれかけている。
ソルは奇天烈な空間に圧倒されるばかりであった。
ミッキー・シックスは静かにお辞儀をすると、近くの椅子を勝手に引き寄せ座った。隣の椅子を手で指し示し、ソルにも座るよう指示をする。
音を立てないようにゆっくりと椅子を引いたソルは、これまた音を立てないようにとゆっくりと腰を下ろした。
あまりにも殺伐とした空気に全身が硬直するのを感じたソルは、ミッキー・シックスに尋ねたいことがたくさんあったが黙っていた。
ミッキー・シックスの方を見ると、彼はリラックスしているようではあったがいつものように鼻歌を歌うことはせず、珍しく黙って目の前の背中を見つめていた。
ガチャリ、と扉の開く音がするとノイボフが盆を抱えて室内へと入ってきた。お茶を淹れてきたのだろう。
まずはマムルク。机にのめり込むように作業をする彼の背中をそっと叩き、お茶を差し出すノイボフ。
マムルクはムッとした様子で振り返ると、目の前に差し出されたお茶を見て少しだけ表情を和らげ、何やらブツブツとノイボフへと呟いている。
ノイボフはというと、そんなマムルクの背中を大袈裟に叩き、何やら笑顔で答えている。
ふと何やら耳打ちをするノイボフ。
と、途端にさっとこちらを振り返り、まん丸とした大きなメガネを持ち上げながらこちらを凝視するマムルク。
ソルはその眼光に慌てて立ち上がりお辞儀をした。
ミッキー・シックスはというと、座ったまま優雅に手を振っている。
「なんだ、来てたなら言ってくれたらよかったのに」
ソルから視線をずらすことなく、そう吐き捨てるマムルク。ゆっくりと立ち上がり、大きなメガネをこれまた大きな鼻の頭に乗っけ、必死に目を擦りながらこちらへと近づいてくる。
あまりにもジロジロと見られるのでソルは居心地が悪くなった。
「約束通り、閃きの源泉、お持ちしましたヨ」
ミッキー・シックスはそう言うとソルの背中を押した。
「紹介しましょう。ソルマルクからお越しの機械人間、ソルクンです」
ミッキー・シックスによって、ぐぃっと前に突き出されたソル。
慌てて頭を下げ「会えて光栄です」と呟き握手を求めた。
この男が何者なのか全くもって知らないが、ひとまず笑顔で対応をする。
ソルの言葉にも握手を求める手にも一切の反応を示すことなく、好奇の目で凝視し続けるその老フォスニアンは、ふと我に返ったかのように「あぁ」と呟き近くにある椅子を手繰り寄せ腰を下ろした。
それに合わせソルもゆっくりと、恐る恐る腰を下ろす。
「初めまして。マムルク・ウロサンダカです。・・・こちらこそ会えて光栄です」
そっけなくそう言ったマムルクは、空を見つめるかのような表情で固まってしまった。
マムルクの机に置いたお茶をお盆に戻し、ノイボフがノロノロとこちらへやってきた。
どこか楽しげな様子でこちらを見つめている。
「あ、あの・・・」
とソルが声を掛けるとまたもやハッとした様子でこちらを見た。まるでたった今目の前に来客があることを悟ったかのように、呆然と二人のことを見ている。
「マムルク先生はネ、『アニメーション』を作っている監督さんなんだ」
「どうぞ」と優しくお茶が目の前に差し出される。ノイボフがそっとウィンクを飛ばしてきた。
「すごい人なんだヨ。世界中が彼の作品を愛しているんだ。・・・あぁ『アニメーション』ってのは、絵を何枚も繋ぎ合わせて作る映像劇みたいなものだネ」
ミッキー・シックスも異国の民の扱いに慣れてきたのだろう。少しずつではあるが、気の利いた説明を挟んでくれるようになっていた。
「でネ。実は先生は今、新作のアニメーションに取り掛かっているんだ。これはネほんとにすごいことなんだヨ」
興奮した様子でミッキー・シックスがそう話をする間、マムルクは一切口を挟むことなく、半ばぼぅっと空を見つめている。
それはまるで頭の中でどこか別のところを冒険しているかのようである。
三人の傍ら、ノイボフは机に軽く腰掛けその光景を面白そうに眺めている。
映像劇の監督か。すごいな。
目の前に座るこの気難しそうな老フォスニアンが、世界中から愛される映像劇を作っているというのだ。
人は見かけによらないな。
目の前の気難しそうな老フォスニアンに突如親近感の沸いたソルはそんなことを思い密かに笑いを噛み殺す。
ミッキー・シックスは意気揚々と話を続ける。
「先生はネ、もう十三年も前にアニメーション監督の引退を発表したんだ。けど、今回また新たな作品作りを始めることにして、僕たちを驚かせた。・・・ネ、マムルク先生」
ブスっとしたまま何も答えないマムルク。
「まぁ引退宣言からの引退撤回ってのは、今やマムさんのお家芸ですからねぇ」
ノイボフはからかうようににやにやとそう言い放った。
「描くに値する題材が見つかったから、仕方がないじゃないか」とマムルクは呟く。
ふんっ、と背後でノイボフが笑い声を上げる。
ミッキー・シックスも嬉しそうに笑い「ボクたちにとってはありがたいですネ」と言った。
「で、どうしてもその新作の発表会に参加したかったボクは先生にお願いしたんだ。『先生、どうかボクを一番最初の観衆にしてください』って。そしたら先生は『何か閃きの源泉をよこしなさい』って言うんだ。フフフ・・・だからキミを連れてきたワケ」
ニヤッと笑ったミッキー・シックスは親指を立て小声で「ありがとネ」とソルに呟いた。
「先生、どうでしょう。いい閃きはありましたか」
マムルクの方へと向き直り、プレゼントを目の前にした子供のようにミッキー・シックスは目を輝かせ尋ねる。
僕が何か閃きの源泉なるものになれるのだろうか。
マムルクはふらふらと視線を彷徨わせた後、ミッキーシックスの方を見やった。
「ん?・・・あぁ。わかった。いいでしょう。ノイボフさん、彼も招待してあげてください」
ヨシッ、と小さくガッツポーズをしたミッキー・シックスは子供のようにはしゃぎそうになる自分をなんとか抑えているようだ。
「さぁ。それならもうそろそろ帰った方がいいんじゃないですか?」
マムルクはそう告げるとすっと立ち上がりさっさと自分の机まで行ってしまった。
機械人間が閃きの源泉にでもなったのだろうか。
ソルは机に齧り付く老フォスニアンの背中を見ながら不思議に思った。
「さて」
マッキー・シックスはそう言うとゆっくりと立ち上がり、ノイボフもそれに合わせて腰掛けていた机から尻を下ろした。
そそくさと帰り支度始めている。
名監督との時間は一瞬のことであったが、ミッキー・シックスの目的は完璧なまでに果たされたようだ。
部屋を出て長い廊下を歩く間、彼はいつもより上機嫌に鼻歌を歌っていた。
「いやぁ、助かりましたよ。ソル君といったかな。いやはや、助かりました」
二人を先導して歩くノイボフは敬礼してソルに向き直った。
「い、いや、僕は何も」
気の利いたことなど何一つ言えぬままこの家を去ることになりそうだ。
三人の足音が長い廊下に木霊する。
「うまくいくといいですネ」
ミッキー・シックスはご機嫌な様子でノイボフへと声をかける。
「ほんとですよ。もうほんといっつも振り回されてばっかりでねぇ。前なんか作品を作ってる途中で死んじゃったでしょ?もうほんとに困ったんだからぁ。広告もありったけ打った後だったのにさぁ。命を燃やして生きるのもいいけど、振り回される我々はたまったものじゃないですよ、ハハハ」
気楽な調子で日常のなんでもない会話をしていた空気の中に、突如物騒な言葉が聞こえてきた。
「え?今なんて?」
ノイボフは不思議そうにソルの方を振り返ったが、何かを思い出したかのように笑った。
「あぁ、そうですよねぇ。・・・まぁ詳しくはミッキーさんから聞いてください」
彼はそういうとさっさと二人を追い出し、そそくさと家の扉を閉めてしまった。
「ミッキーさん、今のってどういうことですか?」
ソルは締め切られた扉の前で呆然とミッキー・シックスに尋ねた。
ミッキー・シックスはふっと微笑み「少し歩こうか」と呟いた。
「まだ少し時間あるよネ?」
ミッキー・シックスは胸元から時計を取り出し時刻を確認すると、街内にある木でできたベンチにどかっと腰を下ろしタバコを吸い始めた。
ソルもゆっくりと隣に腰を下ろし改めてミッキー・シックスの方を見る。
先ほどの真意を知りたいソルのことはどこ吹く風で、美味しそうにタバコを吹かしている。
「あ、あの・・・」
ひときわ美味しそうに煙を吐き出したミッキー・シックスはピンっとタバコを弾き捨て言った。
「ノイボフさんが言ったことだよネ。あ、それとも友達の方?」
「えっ。いや、あの。・・・それは両方なんですけど」
と、今はノイボフの放った言葉の真意についての方が心に引っかかっているのを自覚したソルは、後ろめたさを感じつつも「ひとまずノイボフさんの方」とだけ呟いた。
ミッキー・シックスは頷き、珍しく真面目な表情で口を開いた。
「ボクたちフォスニアンは前世の記憶を持ったまま生まれてくるんだ。ノイボフさんとマムルク先生はどうやら前世でも一緒に同じような仕事をしていたみたいだネ」
さも当たり前のようにそう言ったミッキー・シックスであったが、どこか歯切れが悪いような気もする。
「で、まぁ前世でもノイボフさんはマムルクさんにとても振り回されていたってわけ」
ハハハ、と笑いすっと立ち上がったミッキー・シックスは「そろそろ行かなきゃ」と時計を見ながら慌てて歩き始めた。
ソルも慌ててその後を追うが、まだまだ知りたいことがたくさんあった。
「あの、ミッキーさん」
ソルの問いかけに応えることなく、彼はピューッと口笛を吹き辺りを見渡す。
何かを呼んだのだろうか?
不思議そうなソルを尻目にミッキー・シックスはあたふたと口を開いた。
「質問は後。ちょっと時間がないからまた後で。ごめんネ」
すぐさまどこからか馬が駆けてきてあっという間に二人の前に立ち止まった。
「さぁ、乗った乗った。ちょっと急ぐからしっかり捕まってて」
ミッキー・シックスは馬に飛び乗ると「さぁ、早く」とソルを引き上げ、颯爽と馬を駆り始めた。
あっという間に宵が近づいた街に、馬の駆ける音が木霊した。
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私が書くと、どうしてもホラーっぽくなっちゃうんですよね。
なんとかなりませんか?
題名とかいろいろ模索中です。
なかなかしっくりした題名を思いつきません。
気分次第でやめちゃうかもです。
その時はごめんなさい。
更新、不定期です。
悪役令嬢エリザベート物語
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私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
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父はアフレイド・ノイズ公爵。
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魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
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そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
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