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〜30章〜
フォスナ共和国
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満面の笑みでこちらを見つめる旧人類。その男はミッキー・シックスと名乗った。
目の前に立つ旧人類にソルは呆気に取られていた。
動揺していたソルであったがなんとか「よろしくお願いします」と小さく呟くと、その旧人類は満足そうに頷いた。
ふとコーモスの方を見ると彼は特段驚いた様子はなく、ソルは慌ててコーモスの方へと身を寄せた。
「コ、コーモス。なんでそんなに落ち着いてるの?」
ははは、と笑いながらセルの背中を叩くコーモス。
「さっき一通り話聞いたからな。俺だって最初は驚いたぜ、ほんと」
二人のやりとりをニヤニヤと眺めていたミッキー・シックスはソルの肩に手を置き「久しぶりだネ」と囁いた。
「えっ。・・・どういうこと?」
この男は何を言っているのだろうか。旧人類と会ったことなんてないぞ。
ソルの動揺をよそにミッキー・シックスは「まぁまぁ」と言いながらソルの背中をぐんぐんと押し、「続きはバーでやろう」と笑った。
先ほどまでは気がつかなかったがホール内にはダンスフロアの他にもいくつか扉があるようだ。
「俺はフロアに戻るわ。話ならさっき聞いたし」とソルが声をかける間も無く、コーモスはさっさとダンスフロアの方へと引き上げてしまった。
なんて薄情なやつだ。心の中でそう毒づく。
「あ、あの。僕の友達がドゥロルパってところで囚われてて助けに行かなきゃいけないんです。早く戻らないと」
自身の腕をがっちりと掴む旧人類にそう告げたが、彼はひょんとした様子で答えた。
「知ってるよ。けど、少しだけ僕に付き合ってネ。彼女なら大丈夫だから」
満面の笑みでそう言い切るミッキー・シックスを見て、一種の恐怖心を抱いたソルはそれ以上何を言うでもなく不安げに誘われた。
いくつかある扉のうちの一つを開けると、ミッキー・シックスは丁寧に腰を折り「どうぞ」と中へと促す。
扉の向こうはひっそりとした雰囲気のバーになっていた。
不安げな様子でミッキー・シックスの方へ視線を向けると満面の笑みである。ソルは諦め仕方なく足を踏み入れた。
先ほどとは打って変わって落ち着いた雰囲気の曲が流れている店内には、何人かの旧人類たちがくつろいでいる。
ソルたちが店内に足を踏み入れると、何人かの旧人類たちが興味深そうに顔を上げたが、皆会釈をするのみで、流石に絡んでくることはなかった。
ミッキー・シックスは慣れた足取りでカウンターの方へと歩いて行く。
いまだに状況を飲み込めないソルは恐る恐るといった様子でゆっくりとその後ろをついて行く。
クルクルっとカウンターの椅子を二つほど回転させたミッキー・シックスは、たっぷりとした手つきでその席へ座るよう促した。
振り返った彼の瞳はキラキラと好奇心に輝いていており、その瞳に見入られたソルはソワソワと落ち着かない様子で、仕方なく目の前の席へとその身を滑らせた。
「マスター、ジントニック!二つネ」
ミッキー・シックスはそう言うと横並びの席だというのにソルの方へ身を乗り出すようにして席についた。
「お酒は飲めるよネ?」
まるで子供がおもちゃを手にした時のように興奮した様子で、キラキラと輝くその瞳を投げかけてくる。
あまりにもキラキラと輝くその瞳はなんだか落ち着かない。ソルは黙って頷きごくりと生唾を飲み込んだ。
「お待たせしました」
スッと目の前に細長いグラスに注がれたお酒が差し出された。
「それじゃ」とグラスを掲げウィンクを投げかけるミッキー・シックス。
ソルはおずおずとグラスを手に取り、目の前に掲げた。
「乾杯!」
グラスが割れんばかりに力強くグラスを押し付けてきたミッキー・シックス。驚いて危うくグラスが手から滑り落ちそうになったが、なんとかそれを両手で押し込めゆっくりと口に含む。
・・・美味しい!
『ジントニック』って言ってたっけ。
なんて爽やかな風味なんだろう。
ソルはあまりの美味しさに思わず顔が綻んだ。
ミッキー・シックスは満足そうに頷き、静かに手にしたグラスをカウンターに置いた。
「さて・・・」
ミッキー・シックスは改めてソルの方へと向き直り、話を始めた。
「久しぶりだネ。キミと会うのは海の上以来、かな」
ソルにはミッキー・シックスがなんのことを言っているのかさっぱりであった。
不審げなソルを見てミッキー・シックスが不安そうに口を開く。
「あれー?覚えていない?キミが乗る船が襲われた時、海に投げ出されたキミを助けたじゃないか。それにこないだだって!」
心底心外だ、といった様子で片手を挙げ眉を顰めるミッキー・シックス。
船が襲われた時。僕は海に投げ出された。そして・・・
あっ、と突如蘇った記憶に驚き、改めてまじまじと目の前にいる旧人類を見つめた。
・・・夢じゃなかったのか。
朦朧とする意識の中で、小さな小舟を漕ぐ旧人類に助けられた。
彼がその時の旧人類だというのだろうか。
「あの時の・・・あれは、夢じゃなかったの?」
ハハハ、とミッキー・シックスは甲高い声を上げて笑った。
「夢じゃないヨ。海に投げ出されたキミを乗せて、島まで運んだんだ。思い出したかい?ドゥロルパでも君たちを助けたし」
ミッキー・シックスは、さぁどうぞ感謝を受け取りましょう。といった様子で胸を張っている。
ドゥロルパでも?・・・あの馬に乗った人は戦士隊はじゃなくてこの人だったのか!
ソルは何がなんやらといった様子で呆然としている。確かに夢の中のその旧人類は口髭を生やし金色の髪色をしていた、気がする。
ぼんやりとした記憶を必死に辿り顔を顰めるソル。
そうか、この人が僕を・・・。
ん?
ソルは思わず湧き上がってきた疑問について、ついつい口にしていた。
「助けてくれたのはわかった。けど、それならなんで僕をルナシリスへと運び込んだの?僕が機械人間だってことはすぐにでもわかったはずだよね?なのにどうしてわざわざルナシリスへ?」
ミッキー・シックスは一気に酒を煽り「おかわり!」とバーのマスターへと告げた。そして少しばかり考え込んだ後、渋々と言った様子で口を開いた。
「あれはネ・・・間違えちゃったんだ」
ケロッとした様子でそう言い放つミッキー・シックス。この人はふざけているのだろうか。
眉を顰めるソルの顔を見て慌てた様子で先を続けるミッキー・シックス。
「ほんとだヨ!ほんとに間違えちゃったんだ。あの日、随分と海が荒れててさぁ。ちょっと散歩でもしようかなぁと思って海に出てたんだけど、ちょっと方向感覚失っちゃって。ボクもすぐ帰らなきゃいけなかったからさ、とりあえず身の安全だけはと思って見つけた海岸に下ろしたってわけ。ほんとだヨ」
この人の話すことはどこまで本当なのだろうか。今の話ぶりからして嘘をついているようには思えない。しかし、それでも根本的にどこか胡散臭い。
深いため息をつきソルは項垂れた。
まぁいいや。細かいことはこの際二の次だ。
ソルは心配そうにこちらを伺うミッキー・シックスに対し、ひとまず助けてくれたことの礼を告げた。
ホッとしたように微笑んだミッキー・シックスの前に先ほど頼んだお酒がスッと差し出された。
「・・・色々聞きたいことがあるって顔だネ。なんでも聞いてヨ」
ミッキー・シックスはそう言うと早速といった様子で目の前のグラスに手を伸ばした。
じっとその様子を見つめるソル。視線に気がついたのか、ミッキー・シックスは口元に寄せたグラスを一瞬離し、それでもやはりそれを口に含んだ。
「ここってどこなんですか?旧人類がたくさんいたようだけど・・・」と辺りを伺う。
確かに旧人類たちが楽しげに思い思いの時間を過ごしている。
「フォスナ共和国。パパラパって街。ボクたち神の子孫が住む国だヨ」
ミッキー・シックスはそう言い切ると胸を張って親指を立てた。
・・・神の子孫?
やはりこの人はふざけているのだろうか。
ソルはかぶりを振って口を開いた。
「フォスナなんて国、聞いたこともないよ。それに何、神の子孫って」
またもや甲高い声で笑ったミッキー・シックス。すでに顔が赤らんでいるように見える。だいぶ酔いが回ってきているのだろうか。
「そりゃそうさ。ボクたちは他のどこの国とも交流を持たないからネ。ちなみにあんまり旧人類って言葉は使わない方がいいヨ。ボクたちは古くもないし過去の産物でもないからね」
ソルは自身の失礼な物言いに恥じ入り、声のトーンを落としつつも質問を続けた。
「交流を持たないって言っても、名前ぐらいは知られているはずだろう?僕が知らないだけ?そんなことないと思うけどなぁ。・・・その、君たち、フォスナの人たちはどんな人たちなの?」
ソルの質問に嬉しそうに耳を傾けているミッキー・シックスは言った。
「フォスニアンでいいヨ。みんなそう呼んでいる。もっとも、ボクたちの存在を知っている数少ない人たちがって意味だけど。ボクたちフォスニアンは神の子孫なんだ。・・・ほんとだよ」
ソルの不審そうな顔が目についたのか、ミッキー・シックスは不満げに唸りつつも先を続けた。
「キミたちやルナシリスの人たち、みんな血気盛んで怖いからネ。何かあるとすぐ戦争するでしょ?ボクたちはそんな野蛮なことはしないんだ。だから存在が知られて侵略とか馬鹿げたことされないように、ボクたちの存在には気がつかないように魔法を張っているんだ」
ふふん、と自慢げに答えるミッキー・シックスにソルはムッとした。
「僕たちはそんな野蛮じゃないよ。それは過去の話だ」
チッチッチ、とソルの目と鼻の先でピンと突き立てた指を振るミッキー・シックス。その顔はさらに赤みを増してきている。
「現在進行形さ。目に見えないだけで、ネ」
ミッキー・シックスは面白がるようにそう答えると、再びグラスに手を伸ばし一気に酒を煽った。
はぁ、っと満足そうな表情で「おかわり!」と注文を行う。
酔っ払いの戯言、なのだろうか。
いまいち掴み所のない目の前の旧人類、もといフォスニアンにソルは翻弄されるばかりだった。
「交流を持たないって言ったけど、なんで僕たちを助けた?時にドゥロルパにいたの?」
「あぁ、それはね」とマスターが自分の酒を作る様を凝視しているミッキー・シックスは続けた。
「さっきも言ったけど、現在進行形なんだ」
「現在進行形?」ソルは首を傾げ先を促した。
「お待たせしました」と差し出された酒を待ってました、とばかりに掴み上げるミッキー・シックス。
ゴクリゴクリとまるで水を飲むかのように酒を煽る。
プハァっと心の底から気持ちよさそうに吐息を漏らし、話を続けた。
「まぁ、つまりこれから戦争が起こりそうってことだヨ」
「そんな、まさか」
あまりにも突拍子のない内容にソルは呆れることしかできなかった。目の前の赤ら顔のフォスニアンはどこからどう見てもただの酔っ払いだ。
そんな男の話に信憑性があるわけがない。
ソルはハハハと笑い声を上げ、「それで?」と先を促した。
「信じてないねその顔は。まぁいいよ。・・・えーっとどこまで話したかな。あぁそうそう、それでその戦争の可能性を探るためにわざわざあの暑いルナシリスまで様子を見に行ってたんだ。ビーチで遊ぶでもなく、ネ。また戦争なんて起こされたらたまったものじゃないから。で、たまたま見覚えのある人を見つけて、なんか大変そうだったからひとまず助けたってわけ」
からかわれているのだろうか。
「交流を持たないようにしてるのに、なんで僕のことは助けたの?しかも二回も」
ミッキー・シックスはニヤリとして答える。
「ロマンスは大事だからね」
大きく片目を瞑りウィンクを飛ばしたミッキー・シックスはニヤニヤとグラスを掲げた。
どうにも噛み合わない会話が続いている気がする。
これも異文化交流の産物なのだろうか。
んー、とソルは唸り思考を巡らせた。
「じゃあつまり、交流は持たないようにしてるけど、君たちフォスニアンたちは他の国に行ったりすることもあるってことだよね。だとしたらやっぱり誰も君たちのことを知らないってのは流石に無理があると思うな。それとも、それも魔法なの?」
随分と酒が回ったのだろう。今では目の前のグラスをちびちびとするだけで、先ほどまでの豪快な飲みっぷりは鳴りを潜めていた。
「たまーに遊びに行く程度かな。やっぱり暑すぎたり寒すぎたり、基本的に人の住める環境じゃないからネ。それに他所の国に行く時はコスプレしていくから大丈夫なんだ」
「えっ、なに?」とソルは思わず聞き返した。
「ん?あぁ、コスプレってのは、んーなんて言うのかな。まぁその国の人たちと同じ服装をする、って感じかな。しっかりとコスプレしたら案外バレないものだヨ。バレたら面倒だしネ」
クスクスと何かを思い出したかのように笑うミッキー・シックスは再び酒を煽り始めた。
「なるほど?・・・んー、なるほど」
ソルは段々と頭が混乱していくのを感じた。
奇天烈な状況と話にどんどんと深みにハマっていき、どうにかなってしまいそうである。
そんなソルを面白がるように見ているミッキー・シックスであったが、酔いが本格的になってきたのだろう。
その目はどこか虚で顔は今では真っ赤になっている。
乾いた喉を潤すように目の前のグラスに口をつけるソル。話すのに夢中で、中の氷はすっかりと溶けきっていた。
その様子を見ていたミッキー・シックスは「おんなじの、もう一杯」とマスターへ勝手に声をかけていた。
「その一杯、オレが奢るぜぇ!」
突然、背後から大きな声がこだました。その大声に驚いたソルは慌てて背後を振り返る。
そこには先ほどまでフロアで観客を煽っていた髪の長い金髪の旧人類が立っていた。
その表情は大きなサングラスに隠れており、ニンマリとした口元だけが見えた。
目の前に立つ旧人類にソルは呆気に取られていた。
動揺していたソルであったがなんとか「よろしくお願いします」と小さく呟くと、その旧人類は満足そうに頷いた。
ふとコーモスの方を見ると彼は特段驚いた様子はなく、ソルは慌ててコーモスの方へと身を寄せた。
「コ、コーモス。なんでそんなに落ち着いてるの?」
ははは、と笑いながらセルの背中を叩くコーモス。
「さっき一通り話聞いたからな。俺だって最初は驚いたぜ、ほんと」
二人のやりとりをニヤニヤと眺めていたミッキー・シックスはソルの肩に手を置き「久しぶりだネ」と囁いた。
「えっ。・・・どういうこと?」
この男は何を言っているのだろうか。旧人類と会ったことなんてないぞ。
ソルの動揺をよそにミッキー・シックスは「まぁまぁ」と言いながらソルの背中をぐんぐんと押し、「続きはバーでやろう」と笑った。
先ほどまでは気がつかなかったがホール内にはダンスフロアの他にもいくつか扉があるようだ。
「俺はフロアに戻るわ。話ならさっき聞いたし」とソルが声をかける間も無く、コーモスはさっさとダンスフロアの方へと引き上げてしまった。
なんて薄情なやつだ。心の中でそう毒づく。
「あ、あの。僕の友達がドゥロルパってところで囚われてて助けに行かなきゃいけないんです。早く戻らないと」
自身の腕をがっちりと掴む旧人類にそう告げたが、彼はひょんとした様子で答えた。
「知ってるよ。けど、少しだけ僕に付き合ってネ。彼女なら大丈夫だから」
満面の笑みでそう言い切るミッキー・シックスを見て、一種の恐怖心を抱いたソルはそれ以上何を言うでもなく不安げに誘われた。
いくつかある扉のうちの一つを開けると、ミッキー・シックスは丁寧に腰を折り「どうぞ」と中へと促す。
扉の向こうはひっそりとした雰囲気のバーになっていた。
不安げな様子でミッキー・シックスの方へ視線を向けると満面の笑みである。ソルは諦め仕方なく足を踏み入れた。
先ほどとは打って変わって落ち着いた雰囲気の曲が流れている店内には、何人かの旧人類たちがくつろいでいる。
ソルたちが店内に足を踏み入れると、何人かの旧人類たちが興味深そうに顔を上げたが、皆会釈をするのみで、流石に絡んでくることはなかった。
ミッキー・シックスは慣れた足取りでカウンターの方へと歩いて行く。
いまだに状況を飲み込めないソルは恐る恐るといった様子でゆっくりとその後ろをついて行く。
クルクルっとカウンターの椅子を二つほど回転させたミッキー・シックスは、たっぷりとした手つきでその席へ座るよう促した。
振り返った彼の瞳はキラキラと好奇心に輝いていており、その瞳に見入られたソルはソワソワと落ち着かない様子で、仕方なく目の前の席へとその身を滑らせた。
「マスター、ジントニック!二つネ」
ミッキー・シックスはそう言うと横並びの席だというのにソルの方へ身を乗り出すようにして席についた。
「お酒は飲めるよネ?」
まるで子供がおもちゃを手にした時のように興奮した様子で、キラキラと輝くその瞳を投げかけてくる。
あまりにもキラキラと輝くその瞳はなんだか落ち着かない。ソルは黙って頷きごくりと生唾を飲み込んだ。
「お待たせしました」
スッと目の前に細長いグラスに注がれたお酒が差し出された。
「それじゃ」とグラスを掲げウィンクを投げかけるミッキー・シックス。
ソルはおずおずとグラスを手に取り、目の前に掲げた。
「乾杯!」
グラスが割れんばかりに力強くグラスを押し付けてきたミッキー・シックス。驚いて危うくグラスが手から滑り落ちそうになったが、なんとかそれを両手で押し込めゆっくりと口に含む。
・・・美味しい!
『ジントニック』って言ってたっけ。
なんて爽やかな風味なんだろう。
ソルはあまりの美味しさに思わず顔が綻んだ。
ミッキー・シックスは満足そうに頷き、静かに手にしたグラスをカウンターに置いた。
「さて・・・」
ミッキー・シックスは改めてソルの方へと向き直り、話を始めた。
「久しぶりだネ。キミと会うのは海の上以来、かな」
ソルにはミッキー・シックスがなんのことを言っているのかさっぱりであった。
不審げなソルを見てミッキー・シックスが不安そうに口を開く。
「あれー?覚えていない?キミが乗る船が襲われた時、海に投げ出されたキミを助けたじゃないか。それにこないだだって!」
心底心外だ、といった様子で片手を挙げ眉を顰めるミッキー・シックス。
船が襲われた時。僕は海に投げ出された。そして・・・
あっ、と突如蘇った記憶に驚き、改めてまじまじと目の前にいる旧人類を見つめた。
・・・夢じゃなかったのか。
朦朧とする意識の中で、小さな小舟を漕ぐ旧人類に助けられた。
彼がその時の旧人類だというのだろうか。
「あの時の・・・あれは、夢じゃなかったの?」
ハハハ、とミッキー・シックスは甲高い声を上げて笑った。
「夢じゃないヨ。海に投げ出されたキミを乗せて、島まで運んだんだ。思い出したかい?ドゥロルパでも君たちを助けたし」
ミッキー・シックスは、さぁどうぞ感謝を受け取りましょう。といった様子で胸を張っている。
ドゥロルパでも?・・・あの馬に乗った人は戦士隊はじゃなくてこの人だったのか!
ソルは何がなんやらといった様子で呆然としている。確かに夢の中のその旧人類は口髭を生やし金色の髪色をしていた、気がする。
ぼんやりとした記憶を必死に辿り顔を顰めるソル。
そうか、この人が僕を・・・。
ん?
ソルは思わず湧き上がってきた疑問について、ついつい口にしていた。
「助けてくれたのはわかった。けど、それならなんで僕をルナシリスへと運び込んだの?僕が機械人間だってことはすぐにでもわかったはずだよね?なのにどうしてわざわざルナシリスへ?」
ミッキー・シックスは一気に酒を煽り「おかわり!」とバーのマスターへと告げた。そして少しばかり考え込んだ後、渋々と言った様子で口を開いた。
「あれはネ・・・間違えちゃったんだ」
ケロッとした様子でそう言い放つミッキー・シックス。この人はふざけているのだろうか。
眉を顰めるソルの顔を見て慌てた様子で先を続けるミッキー・シックス。
「ほんとだヨ!ほんとに間違えちゃったんだ。あの日、随分と海が荒れててさぁ。ちょっと散歩でもしようかなぁと思って海に出てたんだけど、ちょっと方向感覚失っちゃって。ボクもすぐ帰らなきゃいけなかったからさ、とりあえず身の安全だけはと思って見つけた海岸に下ろしたってわけ。ほんとだヨ」
この人の話すことはどこまで本当なのだろうか。今の話ぶりからして嘘をついているようには思えない。しかし、それでも根本的にどこか胡散臭い。
深いため息をつきソルは項垂れた。
まぁいいや。細かいことはこの際二の次だ。
ソルは心配そうにこちらを伺うミッキー・シックスに対し、ひとまず助けてくれたことの礼を告げた。
ホッとしたように微笑んだミッキー・シックスの前に先ほど頼んだお酒がスッと差し出された。
「・・・色々聞きたいことがあるって顔だネ。なんでも聞いてヨ」
ミッキー・シックスはそう言うと早速といった様子で目の前のグラスに手を伸ばした。
じっとその様子を見つめるソル。視線に気がついたのか、ミッキー・シックスは口元に寄せたグラスを一瞬離し、それでもやはりそれを口に含んだ。
「ここってどこなんですか?旧人類がたくさんいたようだけど・・・」と辺りを伺う。
確かに旧人類たちが楽しげに思い思いの時間を過ごしている。
「フォスナ共和国。パパラパって街。ボクたち神の子孫が住む国だヨ」
ミッキー・シックスはそう言い切ると胸を張って親指を立てた。
・・・神の子孫?
やはりこの人はふざけているのだろうか。
ソルはかぶりを振って口を開いた。
「フォスナなんて国、聞いたこともないよ。それに何、神の子孫って」
またもや甲高い声で笑ったミッキー・シックス。すでに顔が赤らんでいるように見える。だいぶ酔いが回ってきているのだろうか。
「そりゃそうさ。ボクたちは他のどこの国とも交流を持たないからネ。ちなみにあんまり旧人類って言葉は使わない方がいいヨ。ボクたちは古くもないし過去の産物でもないからね」
ソルは自身の失礼な物言いに恥じ入り、声のトーンを落としつつも質問を続けた。
「交流を持たないって言っても、名前ぐらいは知られているはずだろう?僕が知らないだけ?そんなことないと思うけどなぁ。・・・その、君たち、フォスナの人たちはどんな人たちなの?」
ソルの質問に嬉しそうに耳を傾けているミッキー・シックスは言った。
「フォスニアンでいいヨ。みんなそう呼んでいる。もっとも、ボクたちの存在を知っている数少ない人たちがって意味だけど。ボクたちフォスニアンは神の子孫なんだ。・・・ほんとだよ」
ソルの不審そうな顔が目についたのか、ミッキー・シックスは不満げに唸りつつも先を続けた。
「キミたちやルナシリスの人たち、みんな血気盛んで怖いからネ。何かあるとすぐ戦争するでしょ?ボクたちはそんな野蛮なことはしないんだ。だから存在が知られて侵略とか馬鹿げたことされないように、ボクたちの存在には気がつかないように魔法を張っているんだ」
ふふん、と自慢げに答えるミッキー・シックスにソルはムッとした。
「僕たちはそんな野蛮じゃないよ。それは過去の話だ」
チッチッチ、とソルの目と鼻の先でピンと突き立てた指を振るミッキー・シックス。その顔はさらに赤みを増してきている。
「現在進行形さ。目に見えないだけで、ネ」
ミッキー・シックスは面白がるようにそう答えると、再びグラスに手を伸ばし一気に酒を煽った。
はぁ、っと満足そうな表情で「おかわり!」と注文を行う。
酔っ払いの戯言、なのだろうか。
いまいち掴み所のない目の前の旧人類、もといフォスニアンにソルは翻弄されるばかりだった。
「交流を持たないって言ったけど、なんで僕たちを助けた?時にドゥロルパにいたの?」
「あぁ、それはね」とマスターが自分の酒を作る様を凝視しているミッキー・シックスは続けた。
「さっきも言ったけど、現在進行形なんだ」
「現在進行形?」ソルは首を傾げ先を促した。
「お待たせしました」と差し出された酒を待ってました、とばかりに掴み上げるミッキー・シックス。
ゴクリゴクリとまるで水を飲むかのように酒を煽る。
プハァっと心の底から気持ちよさそうに吐息を漏らし、話を続けた。
「まぁ、つまりこれから戦争が起こりそうってことだヨ」
「そんな、まさか」
あまりにも突拍子のない内容にソルは呆れることしかできなかった。目の前の赤ら顔のフォスニアンはどこからどう見てもただの酔っ払いだ。
そんな男の話に信憑性があるわけがない。
ソルはハハハと笑い声を上げ、「それで?」と先を促した。
「信じてないねその顔は。まぁいいよ。・・・えーっとどこまで話したかな。あぁそうそう、それでその戦争の可能性を探るためにわざわざあの暑いルナシリスまで様子を見に行ってたんだ。ビーチで遊ぶでもなく、ネ。また戦争なんて起こされたらたまったものじゃないから。で、たまたま見覚えのある人を見つけて、なんか大変そうだったからひとまず助けたってわけ」
からかわれているのだろうか。
「交流を持たないようにしてるのに、なんで僕のことは助けたの?しかも二回も」
ミッキー・シックスはニヤリとして答える。
「ロマンスは大事だからね」
大きく片目を瞑りウィンクを飛ばしたミッキー・シックスはニヤニヤとグラスを掲げた。
どうにも噛み合わない会話が続いている気がする。
これも異文化交流の産物なのだろうか。
んー、とソルは唸り思考を巡らせた。
「じゃあつまり、交流は持たないようにしてるけど、君たちフォスニアンたちは他の国に行ったりすることもあるってことだよね。だとしたらやっぱり誰も君たちのことを知らないってのは流石に無理があると思うな。それとも、それも魔法なの?」
随分と酒が回ったのだろう。今では目の前のグラスをちびちびとするだけで、先ほどまでの豪快な飲みっぷりは鳴りを潜めていた。
「たまーに遊びに行く程度かな。やっぱり暑すぎたり寒すぎたり、基本的に人の住める環境じゃないからネ。それに他所の国に行く時はコスプレしていくから大丈夫なんだ」
「えっ、なに?」とソルは思わず聞き返した。
「ん?あぁ、コスプレってのは、んーなんて言うのかな。まぁその国の人たちと同じ服装をする、って感じかな。しっかりとコスプレしたら案外バレないものだヨ。バレたら面倒だしネ」
クスクスと何かを思い出したかのように笑うミッキー・シックスは再び酒を煽り始めた。
「なるほど?・・・んー、なるほど」
ソルは段々と頭が混乱していくのを感じた。
奇天烈な状況と話にどんどんと深みにハマっていき、どうにかなってしまいそうである。
そんなソルを面白がるように見ているミッキー・シックスであったが、酔いが本格的になってきたのだろう。
その目はどこか虚で顔は今では真っ赤になっている。
乾いた喉を潤すように目の前のグラスに口をつけるソル。話すのに夢中で、中の氷はすっかりと溶けきっていた。
その様子を見ていたミッキー・シックスは「おんなじの、もう一杯」とマスターへ勝手に声をかけていた。
「その一杯、オレが奢るぜぇ!」
突然、背後から大きな声がこだました。その大声に驚いたソルは慌てて背後を振り返る。
そこには先ほどまでフロアで観客を煽っていた髪の長い金髪の旧人類が立っていた。
その表情は大きなサングラスに隠れており、ニンマリとした口元だけが見えた。
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なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
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