虹の樹物語

藤井 樹

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〜29章〜

未知との遭遇 その二

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 カーテンが締め切られた薄暗い部屋を照らすのは、部屋の片隅にある机の上に置かれた間接照明の灯りのみだ。とても見事な金装飾があしらわれており、自らが放つ光を反射してキラキラとその荘厳さを輝かせている。その灯りがほんのりと照らす机の上には「下で待ってる」と書かれた羊皮紙が置かれていた。

 真っ赤な絨毯の敷かれた部屋の壁には絵画が三枚。そのどれもが美しい女性の絵画であった。皆頬に紅を差し、たっぷりとした唇はまるで果実のようだ。

 心地の良いそよ風がそっと頬をくすぐる。ふわふわの枕はどこまで柔らかく抱きしめてくれているようだ。

 なんて心地良いんだろう。

 とろけるような快感の中を泳いでいくように、流れに身を任せスーッと流れていくと、やがてどこからか音楽が聞こえてきた。

 なんの音だろうか。その音は楽しげに一定のリズムを刻んでいる。まるでこの星全体が踊っているかのように上機嫌である。

 その音の元を探るかのようにゆっくりと足を踏み出してみる。

 少しずつ少しずつ、その音に誘われるままに踏み出した足は一人でに進んでいく。

 生い茂る草を掻き分けていくと開けた場所に出た。

 その中央には切り株があり、その切り株の上には何やら小さな四角い箱が置いてある。

 どうやらその四角い箱から音が鳴っているようだ。

 ゆっくりとその四角い箱に近づいていくと、先ほどまで流れていた楽しげな音楽が消え、ザリザリとした不快な音を発し始めた。

 やがてプツリと音が消え、辺りは静寂に包まれた。

「・・・良きかな」

 突如、その四角い箱から老人のような声が発せられた。

 不審に思いつつもその場から動けずにいると、またもやザリザリとした不快な音が鳴り始めた。その音は段々と一定のリズムを刻み始めるが、不快感はそのままにどんどん音量が上がっていく。

 うるさいなぁ・・・。さっきまであんなに心地よかったのに・・・。

 うぅと寝返りを打ったソルは、何か違和感を感じハッと目を覚ました。

 あれ、どこだここ。

 ソルは見知らぬ部屋で一人、目を覚ました。

 壁に掛けられた絵画の女性と目が合う。その女性のことをどこかで見たことがあるような気がするが、それが誰だったのか思い出せない。

 ・・・誰だっけ?

 まだ頭の冴えない夢見心地で天井を見上げると、そこには満点の星空が描かれておりその星空を泳ぐように一隻の小さな船が漂っていた。

 ソルはのそのそとベッドから身を起こし、恐る恐る床へと足を下ろした。

 ズンズンと一定のリズムで刻まれるビートはどうやら下からのようだ。鳴り響く音に呼応するかのように床が振動しているのがわかる。

 ソルは室内を見渡した。

 薄暗い部屋を照らしているのは、机に置かれた照明のみだ。

 ノロノロとその机に近づいていくと、そこにはコーモスのお世辞にも上手とは言えない字で書かれたメモ書きが置いてあった。

「下で待ってる」

 何がどうなってるんだろう。

 ふと、視線を感じ振り返ると、先ほどの絵画の女性と目があった。

 ・・・シニコローレさんだ!

 テムの魔女、シニコローレを思わせるその絵画の女性は妖艶に微笑んでいた。

 何が何だかわからないソルはふらふらと部屋の扉へと手をかけた。

 ソルは恐る恐る部屋の扉を開けると、顔だけを突き出しあたりを探った。ぼんやりとした灯りが薄暗い廊下を照らしているが、誰かがいる様子はない。

 意を決して廊下へと足を踏み出すソル。

 ふわふわの絨毯に驚きつつも、ビクビクとした様子でゆっくりと進んでいく。

 なんて綺麗でおしゃれなところなんだろう。

 廊下を照らす灯りは壁から突き出た照明から優しく放たれており、そのどれもがとても綺麗な流線美を描いていた。また壁に無数に掛けられた絵画はどれも圧巻で、大変高価なものだとソルにでもわかるぐらいであった。

 もしかしてここは、ルナシリス王の城か?

 ルナシリス王国の王がどんな人でどんなところに住んでいるのか、全くもって知らないソルであったが、この建物が放つ圧倒的な荘厳さにそう思わざるおえなかった。

 窓一つない薄暗い廊下を歩いていくとやがて階段に突き当たった。

 その階段は螺旋状になっており、その階段の先に何があるのかは不明である。

 足を踏み出したら最後、その階段は抜け落ちてしまうのではないか。ふとそんなことを思いたったソルであったが、なんとか一歩を踏み出してみる。

 これまたふわふわの絨毯が敷かれている階段は、当然抜け落ちることなくしっかりとソルの足を支えてくれている。

 やがて階段の終わりまで辿り着くと、開けたホールのようなところに出た。

 そこはソファがいくつか置いてあるのみで人っ子一人いなかった。

 ・・・ここだ。

 目の前には両開きの大きなドア。

 そのドアの向こうからは一定のリズムを刻む音楽が漏れ聞こえている。

 意を決してそのドアを開け放ったソルは、目の前に広がる光景に愕然とした。

 そこはダンスフロアであった。

 ギラギラと輝くビームライトが駆け巡り耳をつんざく程の音楽に、たくさんの人々が踊り狂っている。

 ステージを思わせる中央には金色をした長髪を振り乱して踊っている人がいた。

 旧人類?

「ヘーイ!盛り上がっていけヨッ!」

 何やら手元にある装置をいじくり回しながら、観衆を煽る旧人類。

 よくよく見てみるとこのダンスフロアで踊っている人たちもみんな旧人類である。

 フロアを支配するその金髪の旧人類は、両手を上下に大きく振りながらリズムに合わせて踊っている。それに合わせるかのように頭を振り乱し踊り狂う観衆。

 すごい熱気である。

 目の前で繰り広げられる見たことも異様な光景にソルは目眩を覚え、思わず壁にもたれかかった。

 夢でも見ているのだろうか。

 きっとそうだ。旧人類がいるはずがない。それもあんなに。

 しかもなんだ、この状況は。まるで乱痴気騒ぎじゃないか。

 壁にもたれかかっていたソルはぼーっとした頭でそこから動けずにいた。

 と、誰かに肩を叩かれる。

 コーモス!

 振り返るとそこにはコーモスが立っていた。

 何やらこちらに向かって言っているようだが、騒がしい音楽にかき消されてしまう。

 えっ?と耳に手を当て顔を近づけるが、それでも何も聞こえない。

 と、突如、例の金髪の旧人類が大声を上げた。

「ワーオ!ワーオ!またまた機会人間クンが来てくれたようだ!」

 ソルたちのことを言っているのだろうか?

 慌てて辺りを見回すと、先ほどまで踊り狂っていた旧人類たちはソルたちの方を振り返り、興奮したように両手を上げ何やら叫んでいるではないか。

「さぁさぁ。そこの機会人間クン、こっちへ!カモンッ!カモンッ!」

 長い金髪のその旧人類は大きなサングラス越しでもわかるほどにはっきりとにこちらを見ている。

 コーモスがスッとソルの背中を前に押し出す。

 えっ?

 観衆の視線がソルに一点集中し、いつの間にやら取り出した大きなレーザーポインターで金髪の旧人類に射止められているソル。

 ソルは得体の知れない身の危険を感じ、半ばパニック状態で慌ててその場から逃げ出した。

 フロアの重い扉をほとんど体当たりするかのような勢いでこじ開けると、急いでその扉を閉め切った。

 ・・・一体なんなんだ。

 深いため息をつき心を落ち着かせるソル。自身の鼓動が脈々と湧き立っている。

 ふらふらと近くのソファへと腰を下ろすと、ソルは頭を抱えた。

 ・・・なんなんだこれは。

 夢にしてはあまりにもリアルだ。感覚も至って正常。まるで現実であるかのように。

 が、今見た光景は夢でないと説明がつかない程に、現実感のないものであった。

 ふとフロアから音が音が大きく漏れ出してきた。

 ビクッと体を震わせ扉の方へと目を向けるソル。

 さっきの金髪旧人類がソルのことを捕まえに来たのだろうか。

 扉を開けて出てきたのはコーモスであった。

 あ、コーモスのこと忘れてた。

 ソルは立ち上がるとコーモスに駆け寄った。

「コーモス!どうなってるんだこれ?僕、頭おかしくなっちゃったのかな」

 と半ば泣き出しそうにそう尋ねると、コーモスは笑いながら言った。

「驚くよな。俺もさっき目が覚めてびっくりしたよ」

 と苦笑を浮かべ、ソファへと腰を下ろした。

 ソルも渋々といった様子でコーモスの対面に腰を下ろした。

「ここなんなんだろう?僕たち確か戦士隊の誰かに助けてもらって、そのまましばらく逃げて・・・ダメだ。その後のことが思い出せない」

 はぁっと魂までもが抜けそうなぐらい深いため息をついてソルはふかふかのソファへと体を沈ませた。

「奇遇だな。俺もその辺りまでしか覚えてない」

 不可思議な現象に見舞われているというのに、コーモスはどこか余裕の表情である。

 以前、扉の向こう側からは規則的なリズムが漏れ出ている。

 ソルはなんだか落ち着かない様子で辺りを見回すと、フロアの反対側にもう一つの扉があるのを発見した。

「ねぇ。コーモス、あそこ」とそのもう一つの方を指差すソル。

 コーモスは気だるそうに目だけを動かしソルの射す方向に目を向けるが、一言「まぁ、まだここにいようぜ」と呟いた。

 恐ろしく落ち着いた様子のコーモスを不審に思ったソルはじっと彼のことを観察した。

 怪我をしている様子もなく、顔色も至って健康的である。

 なぜだろう。なぜコーモスはこうも冷静でいられるのだろうか。

「ねぇコーモス。僕たちここでゆっくりしている暇なんてないんだ。早くルーナを助けに行かないと」

「それはわかってる。けど、残念だけど無理だ、今は」

 とさして残念そうでもない様子でそう言い放つコーモス。

 その表情に愕然とし、やはり何かがおかしい。もしかしたらコーモスは魔法にかけられているのかも知れない、と思った。

「どうして?早くこんなところ抜け出して助けに行こうよ。あと少しだったじゃないか!」

 ソルは思わず立ち上がりコーモスの体を揺する。が、コーモスはそっとソルの手を離させ落ち着いた様子で笑う。

「まぁ落ち着け。もう少ししたらお前の納得できる回答ができると思うぞ」

 コーモスは意味ありげなウィンクを投げかけ、鼻歌を歌っている。

 やっぱりこれは夢だ。正義感の強いコーモスがこんなに呑気なはずがない。

 ソルは仕方なくソファへと座り直し、さっさとこの奇天烈な夢から抜け出そうと、固く目を瞑った。

 これは悪夢だ。早く目を覚ましてルーナを助けに行かないと。

 そう思えば思うほど意識は澄み渡っていき、全身に活力がみなぎってくるのを感じた。

 ソルは深いため息をつき、シャキッと背筋を伸ばした。

 コーモスが片眉を上げソルの方を伺う。

 どうせ夢ならそれでいい。目が覚めるまで流れに身を任してみよう。

 一旦そう心に決めると、不思議と不安な気持ちはなりを潜めていき、すぐに冷静になれた。

「コーモス」

 鼻歌を歌い天井を見上げていたコーモスはスッとソルの方へと視線を戻す。「どうした?」とでもいうようななんとも気の抜けた顔をしている。

 一瞬、その表情にムッとしたソルであったが気を取り直し彼に質問を投げかけた。

「すごい落ち着いているけど、何か知ってるの?普通なら急にこんな状況になったら誰でもパニックになると思うんだけど」

 ソルはどうせ夢なのだから、当たり障りのない回答が返ってくるだけだろう、と思っていたがコーモスが放った言葉に耳を疑った。

「お前、『フォスナ』って聞いたことあるか?」

『フォスナ』?

 初めて聞く言葉だ。

 ソルはその言葉の響きに何かを感じ、そこにヒントがあるのではないかと慌てて質問を続けた。

「『フォスナ」』って何?初めて聞いた言葉だけど」

 コーモスは頷き「実は・・・」と話を続けようとした。

「そこからはボクが説明するヨ」

 独特のイントネーションを纏った声が静寂に包まれたホールにこだました。

 ソルはびっくり驚き飛び跳ねて後ろを振り返った。

 白い肌に薄い金色をした短い髪を立たせ、立派な口髭を蓄えている男がそこに立っていた。

 ・・・間違いない。旧人類だ。

 ソルはハッと息を呑んだ。

「やぁ。ボクはミッキー・シックス」

 その旧人類はそう言うと右手を差し出してきた。

 ソルは目の前に佇む旧人類を前に、何が起きているのか理解が追いつかず、呆然と立ち尽くすのみであった。

 そんなソルを見て、旧人類は無理矢理にでもとソルの右手を握り握手を交わした。

 「よろしくネ」

 笑顔でぶんぶんと握りしめた手を上下にミッキー・シックスと名乗るその旧人類はニカっと笑った。
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