虹の樹物語

藤井 樹

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〜28章〜

囚われた乙芽

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「ルーナ。ルーナ」

 遠くの方で誰かが自分の名前を呼んでいる。とても慣れ親しんだ声だが、なんだか久しぶりのような気もする。

 私は何していたんだっけ?

 ぼーっとした頭はさまざまな記憶がぐっちゃになって駆け巡っている。

「ルーナ。起きてよ。ねぇルーナってば」

 この声は・・・ロキーだわ!

 ハッと目を覚ましたルーナは、見知らぬ場所にいた。

「ロキー。・・・ここは?」

 目の前にはうっすらと照らされたロキエッタの顔が浮かび上がっている。

「やっと気がついたのね。・・・体は、大丈夫?」

 心配そうにルーナの顔を覗き込むロキエッタ。

 久しぶりに彼女とは口をきいた。ソルのことで喧嘩をして以来のことだ。

 若干の居心地の悪さを感じつつ、ルーナは静かに頷くと改めて周りを見渡した。

 薄暗い室内を照らすのは入り口から差し込む微かな光のみである。ひんやりと冷たい石の床が心の中の恐怖心を煽ってくるようだ。

 すぐに目が慣れてくると、ルーナたちの他にも何人もの人々がいるのに気がついた。皆、膝を抱えうなだれている。暗くじめじめとしたその部屋には、声を殺しシクシクと涙を啜る声がひっそりと鳴り響いていた。

「あぁ、そうか。攫われたんだわ私」

 ルーナはどこか他人事のように一人そう呟くとロキエッタの方へと向き直った。

「ロキー。あなたは大丈夫?」

 ロキエッタも静かに頷くと、はぁっとため息をついて気だるそうに口を開いた。

「私たち監禁されちゃったみたいね。ここにいるのはみんな若い女の子ばっかり。・・・私たちこのままここで死んじゃうのかな」

 元々気の強いロキエッタであったが、今置かれている状況では弱気になるのも仕方がないことだろう。

 ルーナ自身も謂れのない恐怖心に今にも押し潰されそうだ。

「何がどうなってるのかしら。なんで私たち攫われたんだろう」

 ロキエッタは壁に背中を預けるとルーナを手招きして横に来るよう誘った。

「理由なんてわからないわ。さっきから定期的に攫われた子たちが運び込まれてくるだけ。女の子たちを運び込んでくる奴らに話しかけてもニヤニヤするだけで何も答えてはくれないし」

 ルーナは自身が攫われた時の海賊たちの顔を思い出して身震いした。

 負けちゃだめ。強く気持ちを持つのよルーナ。

 心の中でそう呟き、自分を鼓舞するルーナ。

「あぁ、もうほんと最悪。・・・こんなところ、早く出たいわ」

 ロキエッタもギリギリなのだろう。今にも取り乱してしまいそうである。

 優しくロキエッタの背中をさすり「大丈夫。必ず助けが来るわ」と彼女を励ました。

「・・・どうせ誰も助けに来やしないわ。私たちが今どこにいるのかなんてわかるはずもないし」

 抱え込んだ膝に顔を埋めそう呟くロキエッタの背中をルーナは優しくさすり続ける。

「希望を捨てちゃダメよ。チャンスは必ずあるはずだわ。気を強く持って」

 ルーナの優しさが心に沁みたのだろうか。はたまた、絶望に打ちひしがれてしまったのだろうか。ロキエッタはシクシクと涙を流し始めた。

 どうにか彼女を励まさないと。

 ふと、あるものが脳裏に浮かび上がり、ルーナは優しくロキエッタに話しかけた。

「・・・ねぇ、ロキー。虹って知ってる?」

 その問いに少しだけ顔を上げたロキーは不思議そうな顔をして首を横に振った。

「虹ってね、空にかかる宝石の橋みたいなものなんだって。・・・すっごく素敵じゃない?」

 親友にそう語りかけるルーナであったが、心はどこか別のところへと向いていた。

 そう『虹』だ。ソルが教えてくれた虹をみなくては。

 ロキエッタは黙ってルーナの言葉に耳を傾けている。

「私はその虹を見るまで死ねないわ。だから必ず生きて村に戻るの。もちろんロキー、あなたも一緒に」

 力強く親友の背中を叩いたルーナは、心の中に光が差し込むのを感じた。

 ・・・ソル。

 村で海賊に捕まりそうになった時、身を挺して自身のことを守ってくれた。

 そうだわ。ソルがきっと助けに来てくれる。

 ルーナの心は奮い立ち、熱を帯びてきた。

「ロキー。きっと大丈夫よ。だからもう泣かないで」

 ロキエッタは涙を湛えた瞳でルーナのことを見つめている。

「・・・変に希望を持たせないでよ。」と、いじけた様子で吐き捨てるロキエッタ。

 ルーナはそんな友人の頬を両手で包み、力強く言い放った。

「私が嘘ついたことある?」

 ルーナのその言葉を聞いたロキエッタはぷっと吹き出した。

「割とあるじゃない」

 二人はくすくすと笑い合った。喧嘩のことなどすっかり吹き飛び、いつもと変わらぬ調子に戻る二人。

「大丈夫よ。ソルが助けに来てくれるわ。必ず」

 ソル、という言葉に一瞬固まったように見えたロキエッタであったが、ふっと何かを諦めたかのように笑い小さく一言呟いた。

「そっか。・・・もし本当にそうなったら、彼と仲良くしてあげる」

「本当?」

 ロキエッタは「私が嘘ついたことある?」とニヤリと笑った。

「結構ある!」

 二人はついに我慢できなくなり大声を上げて笑った。

 周りにいる子たちが不審そうにこちらを伺っているが、ルーナには気にならなかった。

 きっと大丈夫だわ。

 暗闇を照らすかのように、ルーナとロキエッタはいつまでも笑い声を上げていた。
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