虹の樹物語

藤井 樹

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〜26章〜

復活の儀

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「トット!トット!」

 街の入り口に佇む機械人間の背中に小声で呼びかけるソル。

 ビクッと体を震わせ警戒した様子で慌てて振り返る機械人間。

 ソルの姿を見て不審げに眉を顰めるその機械人間は、間違いなくトットであった。

「えっと、どちら様でしたっけ?」

 トットは申し訳なさそうに会釈をし困った様子でそう尋ねた。

 しまった。コーモスの魔法の笠を着てたんだった。

 ソルは慌てて頭に被った笠を脱ぎ捨て、自身の顔を露わにした。

 ソルの顔を見て驚いたように目を見開くトット。

 親友が生きていた!

 その事実にソルは興奮のあまりトットに抱きついた。

「ソル、か。生きてたのか」

 半ば放心状態の様子のトットをわしゃわしゃと抱きしめる。

「お前、もうダメかと思ったぞ」

 熱い抱擁を交わし合った二人は、身を離し互いの存在を確認するかのようにしげしげと見つめあった。

 トットの目には涙が浮かんでおり、はぁっと深いため息をつくと一言「本当によかった」と呟いた。

「トットこそ。船が沈んでいくのが見えた時、もうダメだと思った」

 苦い記憶を思い出し思わず顔が苦くなる。

 だが、現実に親友はこうして生きている。その事実だけで世界が見違えるように華やかになったようだ。

「俺の方はなんとか崩れた船の破片にしがみついて、救助を待ったんだ。お前のことも探そうとしたんだけど、できなかった。・・・すまない」

 トットもあの襲撃のことを思い出しているのだろう、眉根をしかめ渋い顔をしている。頭を下げた親友の肩にそっと手を置き、ソルは言った。

「仕方ないよ。僕だって何もできなかった。今こうしてお互い生きてるんだ。それだけで十分じゃないか」

 ソルはにかっと笑い親友の顔を上げさせた。

 トットは目の涙を拭いソルの背中を叩いた。

「お前が無事でほんとよかった。・・・生きててくれて、ありがとな」

 気恥ずかしそうに、それでも真っ直ぐとソルを見据えたトットは素直にそう言った。

「トットもね」

 ソルもまた気恥ずかしく、軽い口調で再び笑った。

「ところで今までどうしてたんだ?どうやってあの襲撃から生き残った?」

 ソルは自身が吹き飛ばされ海に投げ出されてから今に至るまでの経緯を手短に説明した。

 ソルが話をする間、トットは口を挟むことなく静かに頷きながらじっと話を聞いていた。

「そっか。どうであれ元気にやってたみたいだな。よかったよ」

 トットはうんうんと頷きながら嬉しそうに、また亡くなったと思っていた親友との時間を懐かしむようにソルの話に耳を傾けていた。

「それで、トットの方はあれからどうしてたの?」

 トットはその質問に少しだけ顔を曇らせ、苦笑いを浮かべた。

「あの後、無事に救助された俺はそれからしばらくの間、事故のショックで引きこもってた」

 あれだけ強いトットが。

 ソルにとっては意外なことであったが、それでもやはりまだ十五歳の子供である。

 ましてや友人を亡くしたと思っていたのならば当然のことであろう。

 ソルは少しだけ気の毒な思いでトットの話に耳を傾けていた。

「で、そんな俺を気の毒に思ったのか、兄さんが気晴らしに軍の手伝いに誘ってくれたんだ。そういうわけで、今ここにいる」と肩をすくめて見せた。

 あぁ、あと。と何か思い出しかのようにトットは続ける。

「軍に入ったタイミングで少し早いけどDNAエラーの身体検査も受けた。特に異常もなし。・・・これで晴れて大人の仲間入りってやつだな。お前も帰ったら受けないとな」

 強がるようにニヤリと笑ったトットは、どことなく身に纏う空気が変わったような気がして、ソルは曖昧に微笑み返すことしかできなかった。

「さぁ帰ろう。って言ってもまだ数日はこっちにいなくちゃいけないけど。慣れない環境で疲れたろ?軍の船でゆっくりと休むといい。話はこっちでつけておくからお前はゆっくり過ごしてくれ」

 トットはそう言うと軍への連絡をしようと、見張り場に置かれた電話を取ろうとした。

「ちょっと待って」とトットを制するソル。

 ん?と不思議そうに振り返るトット。

 ソルは現在自身が置かれている状況を説明した。

 世話になった村が海賊に襲われ、友達が攫われてしまったこと。その友達を取り戻すために村の植物人間と共にこれから海賊の根城へと侵入を試みようとしていること。どうしても助け出したいということ。

「だから、まだ帰るわけにはいかないんだ」

 呼吸を忘れたかのように一気に話をしたソルを見てトットは顔を顰めていた。

 はぁっと深いため息をつき頭を抱える。

 ソルはそんな親友の姿を見て不審がった。

 大きく深呼吸をしたトットは口を開いた。

「ソル、お前のその友達のことなんだけど、忘れろ」

 トットはソルの方を見ようとせず、節目がちで淡々と言葉を繋いだ。

「お前の友達が攫われたのは、軍の命令だ。それで・・・」

「えっ。軍の命令ってどういうこと?なんでソルマルクが植物人間を?」

 トットの言ったことがいまいち理解できず、思わず質問を挟むソル。

「機密事項だから、本来軍関係者以外には話すことは禁止されているんだけど」

 と、トットは心底申し訳ないといった様子でその機密事項についての話をし始めた。

 人工神『アイアス』の復活はソルマルク国民の念願であり、復活を達成した暁には大いなる発展が約束され、理想郷の完成が達成されると信じられている。

 トットによると、長年の研究の結果、人工神『アイアス』の復活には植物人間の『芽』を用いる必要があることが判明したのだという。

 また、ただ『芽』を集めるだけでは不十分で、植物人間たちを枯らし命の尽きた暁に残った『芽』である必要があるのだそうだ。

 植物人間が枯れ果て命が尽きるまでには約一ヶ月。

 それまでの間、囚われた植物人間たちは陽光の当たらない環境下にて監禁され、自身が枯れるその時まで、静かに時を過ごすのだ。

 ソルマルク軍はルナシリスとの国交回復を名目に上陸を果たし、秘密裏に海賊を使ってルナシリス中の植物人間を攫っているのだという。

 深いため息を付き、そう吐露したトットは節目がちにソルの方を見やった。

 トットがたった今披露した話にソルは目の前が真っ暗になった。

 到底受け入れられるものではない。

 そんなことは許されるはずがない。

 悪戯っ子のように笑うルーナの笑顔が脳裏に浮かんだ。

 ソルは突如、怒り狂ったようにトットに詰め寄った。

「そんなに間違ってる!彼らも僕らと同じ人間だ!軍がやってることはただの大量虐殺だよ、そんなの間違ってる!」

 大人しかったソルが憤る様を見て、トットは目を見開いて驚いている。

 握りしめた拳はぶるぶると怒りに震え、ソルは立て続けに怒りをぶちまけた。

「僕の友人を殺すと言うのか!自分達の発展のためには多少の犠牲は仕方がないっていうのか!どうなんだ、トット!」

 自身の放つ言葉に後押しをされ、怒りが怒りを呼んだソルは思わずトットの胸ぐらを掴んでいた。

 トットはソルのあまりの変わりように驚愕し、何も言葉を発せずにいた。

 涙を湛えた瞳でトットを睨みつけるソルは怒りに震え、やり場のない怒りに今にもはち切れそうだ。

「仕方がないだろう」

 ふと背後から無機質な声が響く。

 仕方がない?

 その言葉にキッと振り返ったソルの目の前には、トットの兄フランマが立っていた。

「フ、フランマ」

 フランマはゆっくりとソルに近づくと、トットの胸ぐらを掴むソルの手を取りゆっくりと離させた。

「ソル。無事だったんだな。よかった」

 フランマはそう言うと怒りに沸き立つソルの背中をポンポンと叩いた。その表情は無機質でなんの感情も読み取れない。

「いいか。これはソルマルク帝国の方針なんだ。『アイアス』の復活は国の悲願だ。もっと言うと人類の悲願だ。歪に歪んでしまった星を修復するためには『アイアス』の力が必要なんだよ」

 淡々とそう言い放つフランマを睨みつけソルは言った。

「そのために殺すの?ルナシリスの人たちも僕らと同じ人間だよ」

 自身を睨みつけるソルのことなど眼中にない、といった様子でフランマは表情を変えずに淡々と続ける。

「心苦しいことだと思う。だけど、仕方がないんだ。俺たちには指導者が必要なんだ。『アイアス』を復活させて俺たちを導いてもらわないと、やがてこの星は人の住めない星になってしまう。授業で習ったろ?」

 無表情にそう言い放つフランマを見てソルは愕然とした。

 フランマは本気で言ってるのだろうか。

 優しさと勇気に溢れるフランマはそんなことを言う男ではなかったはずだ。

「フランマ。それ本気で言ってるの?植物人間たちを殺して『アイアス』を復活させて、何もかも彼の言いなりの支配された世界で生きていくことが正しくて幸せなことだと。本気でそう思ってるの?」

 親友との再会を喜び合った時は遥か昔のことのように思える。

 沸々と沸き立つ怒りにソルはめまいを覚えた。

 フランマの横でトットが今にも泣き出しそうな顔で立っている。

 じっと睨みつけてくるソルを見つめていたフランマはやがてゆっくりと息を吐き出し、こう続けた。

「支配されてたっていいじゃないか。管理されてたって。結果的に幸せな世界で暮らせるんだ。ここにいる植物人間たちにとっても、もちろん俺たち機械人間にとっても」

 フランマのその物言いにまたすぐに反論しようとしたソルであったが、フランマはそれを遮るように続けた。

「ソル。俺もこっちに来て実際に植物人間たちと触れ合ってわかったよ。彼らも俺らと同じ人間だ。お前の言った通りな。良い奴もいれば悪い奴もいる。俺らと同じ人間だよ」

「じゃあどうして!」

 それまで冷静だったフランマが突如大きな声を出した。

「軍の命令だからだ!もっと言うと国の方針だからだ!俺たち一個人がそれを止められると思うか?そんなことはできっこない。お前だってわかるだろう」

 フランマはそう言い放つと、弟に「おい、もう行くぞ」とぶっきらぼうに告げる。

 二人のやり取りを見守っていたトットは動揺した様子であったが、何やら覚悟を決めたかのようにソルへと近づいてきた。

「な、なんだよ」

 不穏な空気を感じ取ったソルは思わず後ずさる。

「もうこれ以上お前と議論している暇はない。悪いがわかってくれ。どうしようもないんだ」

 そう言うとソルの腕を捻り上げ自由を奪う。

 フランマにトット、そのどちらにもソルは敵わない。それでもソルは必死に抵抗を試みた。

 暴れるソルを二人がかりでなんとか抑えつける兄弟。

 そこへ騒ぎに気がついたコーモスが駆け寄ってきた。

「おい!そいつを離せ!」

 駆けてきた勢いのままにトットへと体当たりをかますコーモス。暴れるソルに気を取られていたトットは、避けきれずに吹っ飛ばされてしまう。見張り台が弾け飛び地面にうずくまるトット。

 パッとソルから手を離したフランマは怒りを湛えた様子でコーモスと対峙した。

「ソル。お前の友達か」

 フランマは吹っ飛ばされたトットの方を見ることなくそう問いかけた。その声は感情を殺したかのように恐ろしいほど無機質である。

 ソルはおずおずと頷きコーモスの側へと駆け寄った。

「ぼ、僕にはまだやるべきことがある。悪いけど今帰るわけにはいかないんだ」

 粉々に吹き飛ばされた作業台を押し退けトットが立ち上がった。その目には怒りが揺れており恐ろしい形相でこちらを睨みつけている。

「邪魔をするな。ソルはソルマルクの人間、機械人間だ。本来ソルマルク人がルナシリスに立ち入ることは禁止されている。それはお前だって知ってるだろう。ソルは今すぐにでも軍に保護されるべきなんだよ」

 フランマは冷静にそう言い放ちコーモスのことを睨みつける。

 今にも一発触発といった空気があたりに充満している。ツンっと突くとたちまち破裂してしまいそうなぐらいだ。

 コーモスはツンっと顎を上げると威風堂々言葉を放った。

「俺たちは難しいことはわからない!だけどお前たち、ソルの友人だっていうのなら少しはこいつの意志を尊重してやったらどうだ」

 そう言ったコーモスを鼻で笑ったフランマはやれやれと言った様子で冷たく切り捨てる。

「話にならないな。悪いけど邪魔をするなら容赦はしない。今なら見逃してやる。さっさと去れ」

「ふん、お断りだ!」

 そう言うなりコーモスはフランマたち目がけて飛びかかった。

 その動きを予期していたのだろう。咄嗟に前へと飛び出したトットはコーモスの足をかけようとした。

 が、コーモスの方が一枚上手であった。コーモスは足払いをかけてきたトットの懐へと飛び込むと、そのまま足を抱え込み地面へと押し倒した。すぐさま膝をトットの首へと滑り込ませ動きを封じるコーモス。さすがは戦士隊といった見事な身のこなしである。

 と、すぐにそこへフランマが飛びかかってきた。コーモスの脇腹へと強烈な一撃がめり込む。

 横腹を突かれたコーモスはウッとうめき声を上げたが、なんとか踏みとどまりフランマの二発目の蹴りを受け止めた。

「コーモス!」

 ソルは慌ててフランマの背中へと飛びつきコーモスから引き離そうと力の限り踏ん張るが、フランマはびくともしない。

 突如、鳩尾に強い衝撃を覚え膝を落とすソル。フランマの肘鉄を食らったのだ。

 ウッと息が詰まるもなんとか後ずさったソルであったが、あまりの衝撃に全身の力が抜け落ちる。

 コーモスはというと、押さえ込んでいたトットの必死の反抗に手を焼いていた。すぐさまフランマの助太刀が入る。

 仕方なく飛び退いたコーモスであったが、すぐさま起き上がったトットに取り押さえられてしまった。

「ソル、お前は逃げろ!」

 そう叫ぶコーモスの顔面にトットの拳がめり込む。生々しい鈍い音が耳に刺さる。

「そいつは俺たちの仲間だ、邪魔すんなよ!」

 トットが怒りを露わにコーモスのことを殴りつけている。

 腹を抑えなんとか立ち上がるソルであったが、攻防を繰り返す親友たちを目の前に動けずにいた。

 なんとか止めさせないと。

 ソルはふらふらと立ち上がりトットに近づいていく。が、すぐにフランマが立ちはだかる。

「ソル、諦めろ。な。俺たちの故郷に帰ろう」

 ソルの腕を取りフランマがそう優しく呟く。その目は心底優しさに溢れているが、腕を掴むその手には有無を言わせぬ力が込められている。

 コーモスとトットの攻防は呆気なく決着がついたようだ。

 取り押さえられたコーモスが「くそっ」と悪態をついている。あっという間に後ろ手に縛り上げられたコーモスは怒りに震えながらもなす術なくうなだれた。

「トット。彼を暴れ出さないようにしっかり縛り付けておけ。そのうち街の誰かが気がついて解放してくれるだろう」

 トットは頷くと近くの木へと縛り付けるべくコーモスを立たせた。

 コーモスの顔には悔しそうな表情が張り付いている。ふと顔を上げソルの方を見たコーモスは申し訳なさそうに目を瞬かせた。

 と、突如その目がハッと何かを見つけたかのように見開かれた。

 ソルはチラリと背後へ目を向けると、そこには馬に乗った何者かがこちらに向かって全速力で駆けて来ていた。

 戦士隊だ!

 ソルたちに突進するように馬を駆るその何者かは、器用にフランマだけを蹴り飛ばすと、今度はすぐにトットに向かって突進していった。

 襲撃に気がついたトットはすぐにコーモスを脇へ押しやり、その何者かを馬から引きずり下ろそうと身を投げ飛び込んだ。

 トットの体当たりに思わずその何者かは馬から滑り落ちた、かのように見えたが、なんと地面スレスレの位置まで身を滑らせ華麗にかわしたのだ。

 すごい。誰が助けに来てくれたんだろう。テラシーさんかもしれない。

 トットはその何者かの華麗な動きに思わず感嘆の声を上げる。

 トットの突進を見事に交わしたその何者かは縛り付けられたコーモスを拾い上げると、右の肩に担ぎ今度はこちらへと向かって来る。

 フランマが身を起こす暇もなく、その何者かはソルの腕を掴み自身の後ろへと掬い上げ、馬の鞍へと滑り込ませた。

「しっかり捕まって!」

 その何者かはそう言うと凄まじいスピードで馬を駆った。

 誰が助けてくれたんだろう。

 聞いたことのない声であった。

 ソルは振り落とされないようになんとかしがみつきつつも、自分達を助けてくれた者が誰なのか、必死に頭を巡らせた。が、やはり思い当たる人物はいなかった。

 ドゥロルパの街はあっという間に遠ざかっていく。澄み渡った空の下、まるで飛ぶように駆け抜けるソルたちを、獣たちは顔を上げ不思議そうに見つめていた。

 

 全てが一瞬の出来事であった。

 ソルとコーモスを救出した男の背中はあっという間に小さくなっていく。

 フランマとトットは唖然とした様子でその背中を見ていた。

「やられた。・・・植物人間たちの中にあんなに戦闘に長けた者がいたなんてな」

 トットは地面にへたりこんでいた兄フランマの手を取り立たせると、背中に付いた砂埃をはらった。

「兄さん・・・」

「戻るぞ。いずれにせよ、ソルが生きていたことは報告しないと」

 フランマとトットはもう一度、ソルたちが逃げていった方向へと視線を投げたが、彼らの姿はもう見えなくなっていた。

 ふと足元に視線を移すと、何やら古めかしい本が落ちているのを見つけたトット。

 ソルが落とした物だろうか?

 その本を拾い上げたトットはパラパラとページをめくってみる。

「何してんだ。行くぞ」

 何だか忘れかけていた何かを思い出せそうな不思議な感覚を覚えたが、結局それが何かわからないまま、フランマの呼びかけにトットはその場所を後にした。
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