虹の樹物語

藤井 樹

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〜24章〜

異文化交流 その二

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 女光皇アリサバ・マーレが納める自然国家『ルナシリス王国』。

 首都である『ドゥロルパ』は自然科学の結晶が散りばめられた理想都市として名を馳せており、自然の力を最大限に利用して生み出す半永久的なエネルギーは人々の生活を豊かに彩っていた。

 街には大樹を利用した家々が立ち並んでおり、また至る所に流れる小川は強く降り注ぐ陽光の熱を優しく溶かし、心地の良い風を送り込んでくる。

 見たこともない美しい街は、ソルの不安を優しく包み込むようであった。

 ここ首都『ドゥロルパ』に至っては海賊も襲撃を躊躇ったのか、戦闘の行われた形跡はなく華々しい街並みは輝きを放っていた。

「それじゃ様子を探ってくる。しっかり休んでおけよ」

 ベッドで横になるソルの背中にコーモスが声を掛ける。ソルが返事をする間も無く、ゆっくりと部屋の扉が閉められた。

 ノロノロとベッドから起き上がると、ベッドの脇にある棚の上に一枚の葉枯紙が置いてあるのを発見した。

 そこには、もし万が一何かあった際はジョレスパオラ郊外で落ち合おう、とお世辞にも上手とは言えない字で書かれていた。

 そのなんとも気の抜けた字にふっと小さな笑いを吐き出したソルは、またゆっくりとベッドへと戻っていった。

 ソルは今、ドゥロルパにある小さな宿にいた。

 フロンスマーレを出発してから二日。ソルたちは特に危険なことに遭遇することもなく、無事ここ『ドゥロルパ』まで辿り着いていた。

 まる二日走り続けてきた二人は疲弊していたが、攫われた村の娘たちの解放のため早速聞き込みをしようと、コーモスは街に溶け込んでいったのだ。

 ソルはというと、陽光に当たりすぎたのか、単なる長旅の疲れなのか、頭痛に苛まれ仕方なく湿っぽい狭苦しい部屋で一人待機することにしたのだ。

 ソルはベッドに身を投げ出し、ぼーっとする頭でドゥロルパまでの道のりを思い返していた。

 フロンスマーレを密かに抜け出して一思いに駆け出した二人であったが、ソルにはどのくらいで辿り着くのか、皆目見当もついていなかった。

 やがてすぐに走るのを辞め、黙々と歩き続ける二人。村が見えなくなるほど歩いた頃、コーモスが立ち止まりソルに声をかけた。

「もういいだろう。ちょっと待ってろ」

 コーモスはそう言うと口に指を突っ込み思いっきり息を吐き出した。

 ピーっと口笛を何度か吹き鳴らし辺りを伺うコーモス。

「何してるの?」

 ソルはその様子を不思議そうに眺めていた。

「まぁいいから。見てろって」と何故か自慢げなコーモス。

 少しすると遠くの方に何やら獣の群れが現れ、ふらりふらりと歩いているではないか。

「おー!すごい、コーモスも魔法が使えるんだね」

 目を細め突如浮かび上がった獣たちを凝視するソル。

「魔法ではないけど。歩いてたんじゃ埒が開かないからな」

 とコーモスは再度口笛を強く吹き鳴らした。

 その音に気がついたのだろうか。その獣の群れはピンと首を伸ばし辺りを伺うと、こちらに向かって一目散に駆けてきた。

「おい、ついてるぞ。これならあっという間にドゥロルパまで辿り着ける」

 猛然と駆け寄ってきた獣たちは、鼻息荒く興奮した様子だ。

 その獣は細長い首に細長い四肢。そしてふわふわの長い尻尾が特徴的な獣だった。

 そんな獣たちをコーモスが必死に宥める。

「ソル、お前はこれに乗ると良い。比較的おとなしいやつだから乗りやすいと思うぞ」

 と、コーモスはその群れの中では一番体の大きい獣を指差して言った。

「この獣ってなんて言うの?」

 恐る恐る近づきお尻の辺りを撫でてみる。

 特に嫌がる様子もなく、興味津々と言った様子でソルの匂いを嗅いでくる。嗅いだことの匂いだったのだろう、その獣はくしゃみのような咳払いをした。

「ラカルサ。こいつらはすごいぞ。三日三晩、風のように走り続けられるんだ」

 ぶるぶると体を震わせたラカルサに驚き思わず飛び退いたソルを見て、コーモスは笑い声を上げた。

「大丈夫だ。こいつらはおとなしい性格だから襲ったりしないよ」

 コーモスも自身の乗るラカルサを選ぶと、ソルに乗り方を教えてくれた。

「いいか、ここを撫でるとしゃがんでくれる」とコーモスはラカルサの脇腹の辺りを優しくさする。

 すると、ラカルサはコーモスの言うようにゆっくりと地面に腰を落ち着けた。

「あとは跨るだけ。ほら、乗ってみろよ」

 ソルは恐る恐る地面に佇むラカルサに近づき、ゆっくりとその背中に跨った。

 ソルを乗せたラカルサはのっそりと腰を上げ、あたりの様子を伺っている。

 コーモスも同様にラカルサに乗り、ゆっくりと歩き始めた。

「ちょっと待って。どうやって行きたい方向の指示とかするの?」

 ゆっくりと歩いていくコーモスは振り返りながら言った。

「心の中で話しかければ良いんだよ。ほらさっさと行くぞー」

 あっという間に走り出したコーモスを乗せたラカルサは、凄まじいスピードで駆けていく。コーモスは振り落とされることもなく難なく乗りこなしているようだ。

「心の中でって、どうやってやるんだよ」

 じっと動かないラカルサの背中を撫でながらソルは必死に心の中で念じた。

(ラカルサ君。コーモスの後に続いて走ってくれるかい?)

 耳をピンと立ち上げ、背中に乗るソルの方を不思議そうに見やるラカルサ。

「だめだ、全然わからない」

 ぽんぽんと背中を叩き、再度心の中で念じるソル。

 今度は通じたのだろうか。ぶるぶるっと頭を振ったラカルサはゆっくりと歩き始め、すぐに全速力で駆け出した。

 あまりの勢いに振り落とされそうになったソルは、慌ててラカルサの首にしがみついた。

 すごいスピードだ。

 恐る恐る目を開けると周りの景色がものすごいスピードで後ろの方へと流れていく。

 気を抜くと一人放り出されて置いて行かれてしまいそうだ。

 しばらくすると前方にコーモスを乗せたラカルサが見えてきた。

 ソルのラカルサはあっという間にコーモスたちに追いつくと、スピードを落とし並走し始めた。

「どうだ乗り心地は?気持ちいいだろ」

 余裕の表情でこちらを振り返ったコーモスは必死の形相で首にしがみつくソルを見つけると、大声をあげて笑った。

「ソル、ソル。大丈夫だって。こいつらに任せておけば落っこちることはないよ」

 腹を抱え笑い声を上げるコーモスにムッとしたソルであったが、途轍もないスピードで走るラカルサの背中の上ではやはり手を離す気にはなれなかった。

「早く慣れろよ」

 コーモスはニヤリと笑いながら余裕の表情であった。

 その後、しばらく走り続けた二人はだだっ広い自然の高原にいた。

「ちょっと休憩するか。股が痛てぇ」

 ラカルサの背中をトントンと叩くとやがてゆっくりとスピードを落とし、やがて完全に立ち止まった。

 ソルもそれに倣いラカルサを止めると、ゆっくりと飛び降りた。

 コーモスの言う通り確かに股の辺りが痛む。必死にしがみついていたせいだろうか、節々も固まっている。

「はぁ。疲れた。おい、あの木陰でちょっと休憩しよう」

 コーモスが指差した先には小さな木が一本、孤独に生えていた。

 ラカルサを連れその木陰まで歩く二人。

 よっこいしょ、と気の幹に背中を預け腰を落ち着ける。

 日陰に入るとやはり風が心地よく全身に活力が湧いてくるのを感じる。

 二頭のラカルサはというと、地面に生えている草を食んでいる。

「どっか行っちゃったりしないの?」

 能天気な様子の獣を見ながらソルが尋ねる。

「大丈夫大丈夫。ちゃんと休憩するって伝えてあるから」

 とコーモスは荷物を漁りながらそう答えた。

 どうやって会話しているんだろう。

 ソルにはその原理がよくわからなかったが、コーモスがそう言うのであればそうなのだろう。

 ほらよ。とコーモスから何やら葉っぱに包まれた物を手渡される。

 ありがとう。と受け取りその包みを開けてみると、中には団子のようなものが収められていた。

「あれ、ってかこっちのものって食べられるのか?」

 ルーナはもう慣れっこだが、他の植物人間たちはソルの生態について詳しくは知らないようだ。

「大丈夫。こっちのものも全然食べてるよ」

 ソルはそう言うと目の前の団子をしげしげと眺めた後、一口齧り付いた。

「どうだ?うまいか?」

 親戚の親父のようにそう尋ねるコーモスにふっと笑いが込み上げきそうになるが、不機嫌になられたら困るのでなんとか飲み込み笑った。

「うん、美味しい。これはなんて言う食べ物なの?」

 安心したように微笑んだコーモスは「タッシュっていう木の実の団子」と呟き、自身もそのタッシュの団子に齧り付いた。

「疲れた時はやっぱり甘いものに限るな」

 満足そうにそう呟くコーモス。

 甘いものが好きなのか。意外だ。

 ぶっきらぼうな物言いが特徴的なコーモスの意外な一面を見て、ソルは思わず頬を緩めた。

「なぁ。あそこ。ジョレスパオラっていう町なんだけど、あそこもやられたんだろうな」

 とコーモスが指差した先には巨大な森があり、確かに見覚えのあるところであった。

「知ってる。テムからの帰り道はジョレスパオラを通ってきたんだ」

 フロンスマーレと同じように襲撃にあったのだろう。よくよく目を凝らして見ると、うっすらと煙が立ち昇っている。

 ソルは襲われた人たちのことを思い胸を痛めた。

「ちくしょう。何がどうなってるんだ」

 コーモスは団子を包んでいた葉を思いっきり投げ捨てた。すぐにラカルサが気がつきその葉を食みに近寄っていく。

「若い女の子を攫っているって言ってたよね。目的はなんなんだろう」

 ソルも葉の包みをそっとラカルサの方へ投げやり尋ねる。

「さぁ。そこまでは知らなかったらしい。ただの下っ端だしな」

 そっか。と呟いたソルはぼんやりとジョレスパオラの方へと視線を向ける。

 森の上空に漂う雲に、立ち上る煙が吸い込まれていく。

「そういえば」とコーモスは立ち上がると言った。

「ドゥロルパに入ったら目立つよな。ちょっと待ってろ」

 そう言うとコーモスは木の幹に手を添えて呟いた。

「スー・トーレン・タン・デドイ」

 コーモスがそう呟くと風が強く吹き木にみっしりと生い茂った葉が大きく揺れた。そして、やがてふわふわと葉が舞い落ちてきた。

「どんな魔法使ったの?」

 ソルは興味津々の様子で訪ねた。

 好奇心丸出しのソルを見てニヤリとしたコーモスは、「まぁまぁ」と言ったのみでゆっくりと腰を下ろした。

 ゆっくりと地面に落ちてくる葉っぱがゆっくりと孤を描くように回り始めると、やがて人の形を型取り地面に立った。

「それ着てみな」

 地面に仁王立ちをする葉っぱの人型を指差しコーモスがニヤリとした。

「すごいなぁ魔法って」

 しげしげとその人型の葉っぱを眺めたソルはゆっくりと近づいてみた。

 するとふわーっとソルの方へと葉っぱの方から近づいてきて、ゆっくりとソルの全身を包み込んだ。

 スーッと爽やかな風が包み込むような感覚に囚われソルの心は高揚した。

 やがて柔らかい重みが全身に乗り掛かり、今ではその人型の葉っぱを完全に身に纏っている。

「どうだ?着心地は?」

「すごいいいよ。涼しいしなんかあったかい」

 驚いた様子で自身を眺めるソル。

 なんだそれ。と呆れた様子のコーモスは「見てみるか?」と地面を足で軽く削り、またもや魔法を唱えた。

「エイル・ビズ・モタ」

 コーモスが唱えた魔法はルーナも使っていたやつだ。ソルはピンと来て剥き出しになった地面にしゃがみ込んだ。

 じゅわりと水が湧き出でた水面を覗き込むとそこには見たことのない植物人間がこちらを覗き返していた。

「うわ、すご!これ僕だよね?」

 コーモスの作った魔法の笠を纏ったソルはどこからどう見ても植物人間である。

「へへへ。これで街に入ってもお前が機械人間だってバレることもないだろ」

 得意げに鼻を啜ったコーモスはソルの背中を叩き「そろそろ行くぞ」と言った。

 気を離した隙に遠くの方まで草を食みに行っていたラカルサを口笛で呼び寄せると二人は再び走り出した。

「お前の国には魔法はないのか?」

 まるで飛んでいるような速さで地面を駆けるラカルサの上で、悠々とそう尋ねてくるコーモス。

 ソルも今では恐る恐ると言った様子で手を離し、なんとかバランスを取っている。

「魔法はないね。科学が全てって感じかなこっちは」

 時折地面に転がる石を避けるために大きく跳ねるラカルサ。慌ててその首にしがみつきながらソルはそう答える。

「ふーん。科学って全然わからないな。街は?どんな感じなの?」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるラカルサの上であっても余裕綽々のコーモス。

「ええっと、僕の住んでた街は首都の『インソムニア』ってところで、基本的に『トリニタイト』って言われる鉱石を基にした素材で作られてるって言われてる」

 考え込むような姿勢のコーモスは、ぴょんぴょんと跳ね回る獣の上ではとても滑稽だ。

 ソルもなんとか手を離し、少しでも余裕のあるところを見せたいと背筋を伸ばしてみる。が、すぐにバランスを崩しそっとラカルサの背中に手を添えた。

「ちょうど剣とかみたいな金属だと思ってもらえたらいいと思うよ。街はほとんど金属と氷とでできてるね。こっちは陽光も刺さないから植物は一才育たないし」

「氷?・・・そうか、そっちの国だと溶けないのか」

 コーモスは驚いた様子で「一度行ってみたいものだな」と呟いた。

 ソルは嬉しくなって思わず先を続けた。

「僕が戻ったら国交が繋がってこっちにも遊びに来られるようになるかもしれないね」

 ふとそんなことを思い、ルーナやコーモス、村のみんなが自分の故郷にいる様を思い描いた。

 もしそんな日が来たらいろんなところに連れて行ってあげよう。きっと喜ぶ。

「んー難しいだろうなぁ。俺たちは陽光がないと枯れてしまうし。陽光が刺さないってことは極寒ってことだろ?まず生きていけないだろうな」

 ソルの妄想とは裏腹に、冷静なコーモスはそう考察してみせた。

「あぁ。そうか・・・」

 となんともいえない雰囲気が二人の間に流れる。

「まぁ」とコーモスが調子の上がった声で続ける。

「そっちの国の科学とやらが本物なら、俺たち植物人間でもなんとかできるようにしてくれるかもな」

 ニカっと笑ったコーモスの笑顔は優しく、それはまるで太陽のようであった。

 それが彼の優しさだと気がつかないほどソルは子供ではない。

「それに期待しよう」とだけ呟くとソルもそっと笑った。

 最初はぶっきらぼうで冷たかったコーモスだが、それはやはり互いを知らないことから来ていたものだったと、ソルは今では確信している。

 一度打ち解けてみると、彼は勇敢でユーモアに溢れ、そして優しい人間である。

 知らないから怖いのだ。

 ソルは異なる文化の人間と一人また一人と分かり合えていくことに、感動しそれを誰かに伝えたいと、今では心から願っていた。

 無事帰れたら本を書こう。そして植物人間も僕達もそう変わらないってことをみんなに知ってもらおう。

 ソルはそう密かに、心に誓った。
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