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〜21章〜
戦火
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「何かしら」
ルーナが村の方を指差しながら声を上げる。
ジョレスパオラを出発した後、何回か休憩を取った二人はやっと見慣れた景色の見えるところまで辿り着いていた。
「煙が上がってるわ」
ルーナの言う通り確かに村の至るところから煙が立ち上っているように見える。
普段から火を焚きたむろしている人たちだが、あそこまで多くの煙が立ち上っているのは見たことがない。
「何かあったんだ!」
ソルはそう言うと思わず駆け出した。
ルーナも慌てて後に続く。
「火事かしら」
「だとしたら大変だ。燃え広がる前に止めないと」
二人はだだっ広い高原を全速力で駆け抜けた。
村に辿り着いた二人は今まさに目の前で繰り広げられている光景に言葉を失った。
広場には巨大なバリケードが設けられ、それはまるでちょっとした要塞のようであった。
家々からは煙がところどころ立ち上っており、ただならぬことが起きていることがわかる。
襲撃に遭っているのだろうか。
ふと、バリケードに身を隠す戦士隊の中の一人がこちらに気づき、手を上げた。
「コーモスだわ」
二人は身をかがめ静かにそのバリケードへと近づいていった。
何が起きているのだろうか。ビクビクと不安に押し潰されそうになりながら、二人はそのバリケードの中へと身を滑り込ませた。
「何があったの?」
ルーナは震える声を必死に鎮めながら、そう尋ねた。バリケードに何やらぶつかる音が鳴り響いている。音の大きさから察するに投石のように思える。
「襲撃だ。船がやられた。海賊が村に攻めてきたんだ」
海賊!
ソルは自身が遭遇した海賊の襲撃を思い出し身を震わせた。
親友トットの命を奪った憎き海賊。
ふとコーモスの顔を伺うと、頬に傷ができている。交戦中に切られたのだろうか。
現実として起こっている非現実的な状況にソルはめまいがした。
「みんな無事なの?」
ルーナは自身の震える体を必死に抑えるように腕を抱えている。
「大丈夫だ。怪我をした人はいるけど、とりあえずみんな無事だ。」
と、そこへ一人の戦士隊が近づいてきた。
「ルーナ、ソル。お前たちこんなところでなにしてるんだ。早く逃げなさい」
声のした方へ目を向けるとそこにはルーナの父親のテラシーがいた。
ルーナは父親に飛びつき思いっきり抱きしめた。
「お父さん。大丈夫?血が出てるわ」
父親の体に走る生傷にビクッと身を震わせたルーナは心配そうな様子で父親を見上げた。
「私は大丈夫だ。ルーナ、ソルと一緒に森へ行きなさい。みんなそこに避難している。カロリアたちが森を守っているからそこに合流しなさい」
「・・・わかった」
何か言いたげなルーナであったが、素直に従いソルの手を引き歩き始めようとした。と、突如咳き込んだルーナはその場にへたり込んだ。
「ルーナ!大丈夫?」
ルーナの傍らにしゃがみ込み顔を覗く。先ほどよりも顔色が良くないようだ。極度の緊張状態のためか、はたまた旅の疲れか、ルーナの呼吸は荒く体調が悪いようだ。
「ソル、お前話せるようになったのか」
コーモスが驚いたようにこちらを振り返る。テラシーもまたびっくりした様子だ。
突如、轟音と共に近くの家の天井部分が吹っ飛んだ。
「くそ、あいつら好き勝手しやがって」
コーモスはそう言うと手に持ったツルをピュンピュンと振り回しバリケードを越えるように大きく投げ放った。その先には石が括り付けられているようだ。
その石の行方がどうなったかは不明だが、村の戦士隊たちは投石を行い防戦している。
ツルと石を結ぶ部隊、それを敵地へと投げ込む部隊、とバリケードの中は二手に分かれているようだ。
一方で先ほど家が吹き飛ばされた様子を見るに、海賊の方は火薬を所持しているようだ。
戦力差は圧倒的である。何か手はないか。
「ソル、早くルーナを連れて森に行け」
コーモスが早くも次の投石を行いながらそう叫んだ。
ソルは頷きゆっくりとルーナを立たせようとした。が、すぐさま轟音が鳴り響き、バリケードの一部が崩壊した。その衝撃にルーナを支えていたソルもバランスを崩し地面にうずくまった。
敵からの攻撃が激しくなってきている。防戦一方のままではこのままおちおち逃げ出すことも叶わなさそうである。
「ソル、こっちに来なさい」
テラシーがバリケード内の中央へと二人を誘導した。
「今ここから逃げるのは危険だ。しばらくここに身を隠していなさい。これから反対側の戦士隊と海賊たちを挟み撃ちにする。その時に空に合図が登るからそれを見たらルーナを連れて森に逃げてくれ。いいね。タイミングを逃さないように」
テラシーは戦闘中だと言うのに、穏やかな様子でそうソルに伝えた。
緊迫した状況の中、ソルたちがパニックにならないよう配慮してくれているのだろうか。
ソルはしっかりと頷きバリケードの中に身を潜めた。
ルーナは未だに呼吸が乱れたままで額には汗が滲み出している。
「頼んだよ」
ちらりと娘の様子を伺いテラシーはそう言い残すと、投石部隊の方へと合流していった。
「ルーナ。大丈夫?合図が出たら森に逃げてって」
ルーナは目を伏せたまま静かに頷きゆっくりと呼吸を整えようとした。
双方の投石の音があたりに鳴り響き、また時折耳をつんざくような轟音が村に鳴り響く。
海賊の目的はなんなのだろうか。こんな辺境の村に何の用があるのだろう。
鳴り響く戦闘の音にじっと身を縮こませ、ひたすら合図を待つ。
しばらくするとバリケードの外を叩く投石の音が止んだ。そのタイミングでパンっと空に何やら打ち上げられた。
合図だ。
うぉーっと村の戦士隊たちが一斉にバリケードの外へと駆け出していく。皆その手にはさまざまな武器を抱えている。
「ルーナ、合図が出た。行こう!」
ルーナを立たせ走り出そうとしたが、ルーナの足はもつれすぐさま地面に転んでしまった。
「足が震えて言うことを聞かないの」
ルーナはビクビクと怯えた様子でそう呟いた。その呼吸は先ほどよりもより一層荒いように見える。
仕方なく一旦ルーナを抱えバリケードの中央へと戻るソル。
どうしよう。今バリケードの外に出ても大丈夫だろうか。
バリケードの向こう側で怒号が飛び交う。まさに交戦中なのだろう。
血生臭い香りがあたりに広がっているような気がする。
再びバリケードに投石がぶつかる音が鳴り響き始めた。
海賊の火薬を無力化する必要がある。それさえ叶えばあとは数の勝負だ。船に乗り込める人数には限りがある。村の男たちの方が数では優勢なはずだ。
ソルは恐怖に押し潰されそうになりながらも、必死に戦況の好転を叶えるべく頭を動かした。
「ちょっと待って」
ふとルーナがそう呟くとゆっくりと深呼吸をし何かを呟いた。
「レイファ・トーレン」
フワッと生ぬるい風がルーナを包み込んだような気がした。これもまた魔法だろうか。
「よし、大丈夫」
青ざめた顔はそのままだったが先ほどより落ち着いたように見える。
呼吸もまだ荒いがすくっと立ち上がったルーナはソルの手を取り言った。
「走れる。行こう」
二人はゆっくりとバリケードの端の方に身を潜め、森へ逃げるタイミングを伺う。
そっとバリケードの向こう側を覗いてみると、そこはまさに戦闘の真っ最中であった。
コーモスやテラシーが必死に武器を振り上げ攻防を繰り広げている。
対峙していた海賊を薙ぎ倒しあたりを見回したテラシーがこちらに気がついた。
「動けるか。私が途中まで誘導するからしっかり着いてきなさい」
二人の側まで駆け寄ってきたテラシーは、二人を敵の目から守るように歩き出した。
敵の目に捕まらないように、物陰に隠れながらコソコソと駆け足だ。
恐怖のあまり周りへと目を配る余裕はない。が、耳に届いてくる生々しい戦闘の音は嫌と言うほど鳴り響いてくる。
ふとルーナの横顔を見ると、やはりまだ顔色が良くなくまたその目は恐怖で震えていた。
そんなルーナを見てソルは自身の心の中で、恐怖に打ち勝つほどの強い気持ちが湧いてくるのを感じた。
必ずルーナを守ろう。
突如現実となった目の前の理不尽な状況に怒りが湧いてきたソルは、決然とした目でその戦闘へと見守った。
と、ソルたちに気がついたのか海賊のうちの一人がこちらへ大声を上げながら駆け寄ってきた。
テラシーが武器を構え大きな声を上げ応える。
「ソル、行きなさい」
ソルは間髪入れずにルーナの手を引き駆け出した。背後で金属がぶつかり合う音がする。
テラシーのことは心配だが、彼ならきっと大丈夫だろう。
心配そうに後ろを振り返るルーナだったが、ソルに手を引かれた彼女はすぐに前を向きしっかりとした足取りで駆けている。
「きっと大丈夫だよ!頑張って走って!」
ルーナを必死の思いで励ますソル。その声に呼応するかのように、ソルの手を握る手に力が籠った。
一心不乱に駆け抜けた二人はすぐに森へと続く道まで辿り着いた。
と、突如物陰から何やら飛び出してくる。
ルーナの手を思いっきり引っ張り抱き抱えるようにしてその何かを交わすソル。
地面に投げ出されたルーナは「きゃあ」と思わず悲鳴を上げる。
が、すぐに立ち上がりソルの背後へとしがみついた。
二人の目の前には海賊がいた。どうやら森への侵入を試みていたようだ。
「みぃつけた」
みすぼらしい衣服に身を包んだ植物人間は、薄汚い笑顔を顔に浮かべている。
その腰には剣がぶら下げられており、二人は思わず息を呑んだ。
「ルーナ、隙を見て逃げるんだ」
背後に隠れるルーナにそう小声で伝えると、ルーナは「あなたはどうするの」と強く背中を引っ張った。
「なんとか交わしてすぐに後を追う。できれば森を守ってる戦士隊の人を呼んでくれると助かるかも」
「でも・・・」と、心配そうなルーナだったがソルは毅然とした態度で叫んだ。
「いいから走れ!」
ソルの大声に驚いたルーナは、尻を叩かれた馬の如く勢いよく駆け出していった。
「ほーほー、泣けるねぇ。愛しの彼女を守るためにその命を差し出すかぁ。いいねぇ若いって」
ニヤニヤとソルたちのやりとりを余裕の表情で見守っていた海賊は、舌なめずりをしてソルのことを見てきた。
「おっ?お前まさか例の機械人間か?こりゃお手柄だ、はっはっは」
例の?まさか、目的は僕か?
海賊の目がきらりと光り、ソルに飛び掛かってきた。
その動きは思いのほか早く、あっという間に地面へと押し倒されてしまった。
鼻を突く酒混じりの異臭が海賊の口から漂ってくる。
「命だけは助けてやるよ。へへへ。さぁいい子だ、大人しくしやがるんだ」
両手を地面に押し付けられ、ぎりぎりと手首をねじ上げてくる。あまりの痛みと恐怖に思わず叫び出しそうになるが、今ここで大声を上げたらルーナが戻ってきてしまうかもしれない。
ソルは必死に声を押し殺し、考えた。
両手は塞がれ、また見事に両足も器用に踏みつけられており身動きが取れない。
それでもなんとか逃げ出そうと必死の抵抗を試みる。
「いい加減に抵抗するのは止めろ、このクソガキがっ!」
顔面に唾が撒き散るほど剣幕で怒鳴りつける海賊。
ソルはその一瞬を逃さなかった。海賊の顔面めがけて思いっきり頭突きをする。
「うう、いてぇ。あぁ」
あまりの衝撃に思わず頭を抱えたふらふらと後ずさる海賊。
「き、機械人間でよかった」
打ち付けたデコを撫でながら、自身の恐怖を打ち消すかのように軽口を叩いた。
頭をぶんぶんと振りこちらを睨みつける海賊。
ソルは必死にあたりに目を凝らし何か使えるものがないか探した。
「もう許さねぇ。ボコボコにしてスクラップにしてやらぁ」
剣を抜きすぐさま飛び掛かってきた海賊であったが、今度はソルも反応ができた。
さっと横に身をかわすと勢いよく飛び込んできた海賊の足をさらい転げさせた。
地面に突っ伏した海賊はうめき声を上げている。勢いよく胸を打ち呼吸が止まったようだ。酸素を求めて喘いでいる。
あの時と同じだ。
ソルはインソムニアの酒場で酔っ払いに絡まれた時のことを思い出していた。
トットは軽くあの酔っ払いをいなしていた。
僕にだってできる。
必死に自分自身にそう言い聞かせる。頭は冴えているが体がひどくだるく、なかなか動き出そうとしてくれない。。
そうこうしているうちに海賊はゆっくりと起きあがろうとしていた。ソルは慌ててその顔面めがけて砂を蹴り上げる。
またもやうめき声を上げて目を覆う海賊。
勢い余って尻餅をついてしまったソルだったが森の方から人影が近づいてくるのを見つけた。
「おーい、大丈夫か!」
戦士隊の植物人間が二人、こちらに向かっていた。
助かった。
フラフラと立ち上がった海賊は、新たに参戦したきた戦士隊を見ると「ちぇっ」と唾を吐き出した。
これでなんとかなりそうだ。そう思ったのも束の間、広場の方から新たに海賊がわらわらとこちらに駆けてきた。
広場での戦闘を交わしこちらまで辿り着いたのだろうか。ざっと三人もいる。
「おーい、ここに機械人間がいるぞ」
先ほどまでソルと交戦していた海賊がそう仲間に告げる。
それを聞いた海賊たちはニヤニヤとした様子で笑い合い、じわじわとこちらに間合いを詰めてくる。
皆その手には剣が握り締められている。
今度こそお遊びはなし、といった様子だ。
「下がってろ」
村の戦士隊の一人がそうソルに告げると、もう一人と共に前に飛び出していった。
海賊四人に対して、こちらは戦士隊二人だ。圧倒的に不利な状況なことは明白であり、ソルは慌てて辺りを見渡した。
何か使えるものはないか。僕も力にならなきゃ。
森へと続く道の脇を木で造られた柵が囲っている。一部がまだ修理の途中なのか、地面に突き刺さったままの木の棒を見つけた。
ソルはその一本をなんとか引き抜くと急いで戦闘に参加した。
「おるぁ!」
海賊が剣を振り下ろしそれをなんとか交わす戦士隊。
金属の擦れ合う音が周囲に鳴り響く。その音はずきずきとソルの頭を突いてくるようだ。
ソルは雄叫びを上げながらその喧騒の中へと突進していった。
不意を突かれた海賊たちは慌てて身を交わしたが、そのうちの一人が逃げ遅れソルの振り下ろした木の棒の餌食になった。
ドサリと地面に倒れた海賊はピクピクと体を震わせたが立ち上がることはなかった。
ソルはというと、勢い余って地面に転がり込んでしまった。
「いいぞ!このままの勢いでやっちまうぞ」
戦士隊の一人が嬉しそうに声を上げ、ソルの腕を掴み一気に引っ張り上げた。
一瞬の隙をつくかのように海賊たちへと特攻していく戦士隊。
不意を突かれた海賊たちは陣形を立て直す余裕もなく圧倒されていく。
それでもさすが海賊、といったところでなかなか決定打を打つことはできないでいた。
ソルも必死の思いで木の棒を振り回していたが、空振りばかりだ。
しばらくの攻防を繰り返したころ、村の方から戦士隊たちがこちらに駆けてきた。
広場の方は無事鎮圧できたのだろうか。
希望に満ちた目で戦士隊たちを見やるソル。
新たに迫り来る戦士隊を見た海賊たちは、血の気が引き戦意を喪失したようだ。
一人、また一人と武器を捨て抵抗をやめた。
「カロリア、アージェルム。無事だったか!」
恰幅の良い戦士隊の一人が、側にいた植物人間たちに声をかけた。その後ろを付き従っていた戦士隊たちが海賊を取り囲み、一斉に縛り上げる。その中にはコーモスの姿もあった。
ソルとともに戦っていた若い二人の戦士隊は居住まいを正し敬礼した。
「ソル、お前もいたのか。大丈夫だったか?」
二人の背後にいたソルの姿を確認すると心配そうな表情でそう尋ねてきた。
戦士隊長のベラトルだろう。一度挨拶を交わしたことがある程度でそれ以上の交流はない。
心の底から心配してくれているのを感じ取り、ソルはその大男の目を見つめた。
やがて黙って頷き弱々しく笑った。
「村の方はご無事で?」
ベラトルはニヤリとして「当然だ。みんな海に逃げていったぜ。今は船を落とそうとしてるが、おそらく難しいだろうな」
あたりに安堵の空気が流れ込む。
よかった。ひとまず難は去ったようだ。
ソルは柵に腰掛けゆっくりとため息をついた。
極度の緊張状態だったためか、全身が硬直していて節々が痛む。
「こいつらはどうしますか?」
縛り上げられ自由を奪われた海賊たちは項垂れていたが、何やらぶつぶつと呟いていた。
「地下牢に閉じ込めておけ。あとでじっくりと話を聞かないとな」
そう言うと顎で海賊たちをさし、海賊たちはすぐさま担ぎ運ばれていった。
「俺たちは先に戻る。お前たちは避難したみんなを連れてきてくれ」
戦士隊長はそう言うと部下を引き連れ村へと戻っていく。
運ばれている海賊たちが何やらぶつくさと暴言を吐いているようだ。が、ポカンと頭を叩かれるとすぐに大人しくなった。
「ソル。よく頑張ったな。見直したぞ」
帰り際コーモスがこっそりと耳打ちをしてきた。ニヤリと親指を立てて走り去っていくコーモスを見て、ソルは誇らしげな気持ちになった。
共に乗り越えた、と言っていいのだろうか。村の男たちから多少ばかりでも認められたと思うのはあまりにもおこがましいだろうか。
柵にもたれながらニヤニヤとしていたソルであったが、不審げにこちらを伺うアージェルムを見てハッとし、弱々しく笑った。
「大丈夫か?先に村に戻っていてくれ。俺たちはみんなを呼びにいってくるから」
ソルは「僕も行く」と呟くとゆっくりと柵から身を起こし歩き始めた。
二人は肩をすくめ先を歩くソルにすぐさま追いついた。
「にしてもお前があんなに勇敢だったなんてなぁ」
カロリアが面白そうに笑う。今まで戦士隊の植物人間と会話をすることはほとんどなかったが、共に難を乗り越えた今となっては自然と会話も弾んでいく。
「怖かった。戦ったことなんて今まで一度もなかったし」
ソルははぁっとため息をつき手をぶらぶらとさせた。海賊を殴った感触が今の掌にある。
ははは、とカロリアは大声で笑い「まぁそんなもんだよな」とソルの背中を叩いた。
「いつもルーナの影に隠れて軟弱なやつだと思ってたが、やる時はやるんだな。見直したぞ」
そんな風に思われていたのか。
甚だ心外だったがそれは口に出さず曖昧に笑うことしかできなかった。
「まぁ何はともあれ無事乗り越えたんだ。今日はお祭りだな」
ニカっと笑ったアージェルムは二人の背中を叩き意気揚々と歩いていく。
森の入り木陰に辺りが覆われるとスッと爽やかな空気がソルを包み込んだ。
降り注ぐ木漏れ日とそよ風が優しくソルを労ってくれているようだ。
早くルーナに会いたい。
そう早る気持ちを二人に悟られないように、ゆっくりと森の中を進んでいった。
ルーナが村の方を指差しながら声を上げる。
ジョレスパオラを出発した後、何回か休憩を取った二人はやっと見慣れた景色の見えるところまで辿り着いていた。
「煙が上がってるわ」
ルーナの言う通り確かに村の至るところから煙が立ち上っているように見える。
普段から火を焚きたむろしている人たちだが、あそこまで多くの煙が立ち上っているのは見たことがない。
「何かあったんだ!」
ソルはそう言うと思わず駆け出した。
ルーナも慌てて後に続く。
「火事かしら」
「だとしたら大変だ。燃え広がる前に止めないと」
二人はだだっ広い高原を全速力で駆け抜けた。
村に辿り着いた二人は今まさに目の前で繰り広げられている光景に言葉を失った。
広場には巨大なバリケードが設けられ、それはまるでちょっとした要塞のようであった。
家々からは煙がところどころ立ち上っており、ただならぬことが起きていることがわかる。
襲撃に遭っているのだろうか。
ふと、バリケードに身を隠す戦士隊の中の一人がこちらに気づき、手を上げた。
「コーモスだわ」
二人は身をかがめ静かにそのバリケードへと近づいていった。
何が起きているのだろうか。ビクビクと不安に押し潰されそうになりながら、二人はそのバリケードの中へと身を滑り込ませた。
「何があったの?」
ルーナは震える声を必死に鎮めながら、そう尋ねた。バリケードに何やらぶつかる音が鳴り響いている。音の大きさから察するに投石のように思える。
「襲撃だ。船がやられた。海賊が村に攻めてきたんだ」
海賊!
ソルは自身が遭遇した海賊の襲撃を思い出し身を震わせた。
親友トットの命を奪った憎き海賊。
ふとコーモスの顔を伺うと、頬に傷ができている。交戦中に切られたのだろうか。
現実として起こっている非現実的な状況にソルはめまいがした。
「みんな無事なの?」
ルーナは自身の震える体を必死に抑えるように腕を抱えている。
「大丈夫だ。怪我をした人はいるけど、とりあえずみんな無事だ。」
と、そこへ一人の戦士隊が近づいてきた。
「ルーナ、ソル。お前たちこんなところでなにしてるんだ。早く逃げなさい」
声のした方へ目を向けるとそこにはルーナの父親のテラシーがいた。
ルーナは父親に飛びつき思いっきり抱きしめた。
「お父さん。大丈夫?血が出てるわ」
父親の体に走る生傷にビクッと身を震わせたルーナは心配そうな様子で父親を見上げた。
「私は大丈夫だ。ルーナ、ソルと一緒に森へ行きなさい。みんなそこに避難している。カロリアたちが森を守っているからそこに合流しなさい」
「・・・わかった」
何か言いたげなルーナであったが、素直に従いソルの手を引き歩き始めようとした。と、突如咳き込んだルーナはその場にへたり込んだ。
「ルーナ!大丈夫?」
ルーナの傍らにしゃがみ込み顔を覗く。先ほどよりも顔色が良くないようだ。極度の緊張状態のためか、はたまた旅の疲れか、ルーナの呼吸は荒く体調が悪いようだ。
「ソル、お前話せるようになったのか」
コーモスが驚いたようにこちらを振り返る。テラシーもまたびっくりした様子だ。
突如、轟音と共に近くの家の天井部分が吹っ飛んだ。
「くそ、あいつら好き勝手しやがって」
コーモスはそう言うと手に持ったツルをピュンピュンと振り回しバリケードを越えるように大きく投げ放った。その先には石が括り付けられているようだ。
その石の行方がどうなったかは不明だが、村の戦士隊たちは投石を行い防戦している。
ツルと石を結ぶ部隊、それを敵地へと投げ込む部隊、とバリケードの中は二手に分かれているようだ。
一方で先ほど家が吹き飛ばされた様子を見るに、海賊の方は火薬を所持しているようだ。
戦力差は圧倒的である。何か手はないか。
「ソル、早くルーナを連れて森に行け」
コーモスが早くも次の投石を行いながらそう叫んだ。
ソルは頷きゆっくりとルーナを立たせようとした。が、すぐさま轟音が鳴り響き、バリケードの一部が崩壊した。その衝撃にルーナを支えていたソルもバランスを崩し地面にうずくまった。
敵からの攻撃が激しくなってきている。防戦一方のままではこのままおちおち逃げ出すことも叶わなさそうである。
「ソル、こっちに来なさい」
テラシーがバリケード内の中央へと二人を誘導した。
「今ここから逃げるのは危険だ。しばらくここに身を隠していなさい。これから反対側の戦士隊と海賊たちを挟み撃ちにする。その時に空に合図が登るからそれを見たらルーナを連れて森に逃げてくれ。いいね。タイミングを逃さないように」
テラシーは戦闘中だと言うのに、穏やかな様子でそうソルに伝えた。
緊迫した状況の中、ソルたちがパニックにならないよう配慮してくれているのだろうか。
ソルはしっかりと頷きバリケードの中に身を潜めた。
ルーナは未だに呼吸が乱れたままで額には汗が滲み出している。
「頼んだよ」
ちらりと娘の様子を伺いテラシーはそう言い残すと、投石部隊の方へと合流していった。
「ルーナ。大丈夫?合図が出たら森に逃げてって」
ルーナは目を伏せたまま静かに頷きゆっくりと呼吸を整えようとした。
双方の投石の音があたりに鳴り響き、また時折耳をつんざくような轟音が村に鳴り響く。
海賊の目的はなんなのだろうか。こんな辺境の村に何の用があるのだろう。
鳴り響く戦闘の音にじっと身を縮こませ、ひたすら合図を待つ。
しばらくするとバリケードの外を叩く投石の音が止んだ。そのタイミングでパンっと空に何やら打ち上げられた。
合図だ。
うぉーっと村の戦士隊たちが一斉にバリケードの外へと駆け出していく。皆その手にはさまざまな武器を抱えている。
「ルーナ、合図が出た。行こう!」
ルーナを立たせ走り出そうとしたが、ルーナの足はもつれすぐさま地面に転んでしまった。
「足が震えて言うことを聞かないの」
ルーナはビクビクと怯えた様子でそう呟いた。その呼吸は先ほどよりもより一層荒いように見える。
仕方なく一旦ルーナを抱えバリケードの中央へと戻るソル。
どうしよう。今バリケードの外に出ても大丈夫だろうか。
バリケードの向こう側で怒号が飛び交う。まさに交戦中なのだろう。
血生臭い香りがあたりに広がっているような気がする。
再びバリケードに投石がぶつかる音が鳴り響き始めた。
海賊の火薬を無力化する必要がある。それさえ叶えばあとは数の勝負だ。船に乗り込める人数には限りがある。村の男たちの方が数では優勢なはずだ。
ソルは恐怖に押し潰されそうになりながらも、必死に戦況の好転を叶えるべく頭を動かした。
「ちょっと待って」
ふとルーナがそう呟くとゆっくりと深呼吸をし何かを呟いた。
「レイファ・トーレン」
フワッと生ぬるい風がルーナを包み込んだような気がした。これもまた魔法だろうか。
「よし、大丈夫」
青ざめた顔はそのままだったが先ほどより落ち着いたように見える。
呼吸もまだ荒いがすくっと立ち上がったルーナはソルの手を取り言った。
「走れる。行こう」
二人はゆっくりとバリケードの端の方に身を潜め、森へ逃げるタイミングを伺う。
そっとバリケードの向こう側を覗いてみると、そこはまさに戦闘の真っ最中であった。
コーモスやテラシーが必死に武器を振り上げ攻防を繰り広げている。
対峙していた海賊を薙ぎ倒しあたりを見回したテラシーがこちらに気がついた。
「動けるか。私が途中まで誘導するからしっかり着いてきなさい」
二人の側まで駆け寄ってきたテラシーは、二人を敵の目から守るように歩き出した。
敵の目に捕まらないように、物陰に隠れながらコソコソと駆け足だ。
恐怖のあまり周りへと目を配る余裕はない。が、耳に届いてくる生々しい戦闘の音は嫌と言うほど鳴り響いてくる。
ふとルーナの横顔を見ると、やはりまだ顔色が良くなくまたその目は恐怖で震えていた。
そんなルーナを見てソルは自身の心の中で、恐怖に打ち勝つほどの強い気持ちが湧いてくるのを感じた。
必ずルーナを守ろう。
突如現実となった目の前の理不尽な状況に怒りが湧いてきたソルは、決然とした目でその戦闘へと見守った。
と、ソルたちに気がついたのか海賊のうちの一人がこちらへ大声を上げながら駆け寄ってきた。
テラシーが武器を構え大きな声を上げ応える。
「ソル、行きなさい」
ソルは間髪入れずにルーナの手を引き駆け出した。背後で金属がぶつかり合う音がする。
テラシーのことは心配だが、彼ならきっと大丈夫だろう。
心配そうに後ろを振り返るルーナだったが、ソルに手を引かれた彼女はすぐに前を向きしっかりとした足取りで駆けている。
「きっと大丈夫だよ!頑張って走って!」
ルーナを必死の思いで励ますソル。その声に呼応するかのように、ソルの手を握る手に力が籠った。
一心不乱に駆け抜けた二人はすぐに森へと続く道まで辿り着いた。
と、突如物陰から何やら飛び出してくる。
ルーナの手を思いっきり引っ張り抱き抱えるようにしてその何かを交わすソル。
地面に投げ出されたルーナは「きゃあ」と思わず悲鳴を上げる。
が、すぐに立ち上がりソルの背後へとしがみついた。
二人の目の前には海賊がいた。どうやら森への侵入を試みていたようだ。
「みぃつけた」
みすぼらしい衣服に身を包んだ植物人間は、薄汚い笑顔を顔に浮かべている。
その腰には剣がぶら下げられており、二人は思わず息を呑んだ。
「ルーナ、隙を見て逃げるんだ」
背後に隠れるルーナにそう小声で伝えると、ルーナは「あなたはどうするの」と強く背中を引っ張った。
「なんとか交わしてすぐに後を追う。できれば森を守ってる戦士隊の人を呼んでくれると助かるかも」
「でも・・・」と、心配そうなルーナだったがソルは毅然とした態度で叫んだ。
「いいから走れ!」
ソルの大声に驚いたルーナは、尻を叩かれた馬の如く勢いよく駆け出していった。
「ほーほー、泣けるねぇ。愛しの彼女を守るためにその命を差し出すかぁ。いいねぇ若いって」
ニヤニヤとソルたちのやりとりを余裕の表情で見守っていた海賊は、舌なめずりをしてソルのことを見てきた。
「おっ?お前まさか例の機械人間か?こりゃお手柄だ、はっはっは」
例の?まさか、目的は僕か?
海賊の目がきらりと光り、ソルに飛び掛かってきた。
その動きは思いのほか早く、あっという間に地面へと押し倒されてしまった。
鼻を突く酒混じりの異臭が海賊の口から漂ってくる。
「命だけは助けてやるよ。へへへ。さぁいい子だ、大人しくしやがるんだ」
両手を地面に押し付けられ、ぎりぎりと手首をねじ上げてくる。あまりの痛みと恐怖に思わず叫び出しそうになるが、今ここで大声を上げたらルーナが戻ってきてしまうかもしれない。
ソルは必死に声を押し殺し、考えた。
両手は塞がれ、また見事に両足も器用に踏みつけられており身動きが取れない。
それでもなんとか逃げ出そうと必死の抵抗を試みる。
「いい加減に抵抗するのは止めろ、このクソガキがっ!」
顔面に唾が撒き散るほど剣幕で怒鳴りつける海賊。
ソルはその一瞬を逃さなかった。海賊の顔面めがけて思いっきり頭突きをする。
「うう、いてぇ。あぁ」
あまりの衝撃に思わず頭を抱えたふらふらと後ずさる海賊。
「き、機械人間でよかった」
打ち付けたデコを撫でながら、自身の恐怖を打ち消すかのように軽口を叩いた。
頭をぶんぶんと振りこちらを睨みつける海賊。
ソルは必死にあたりに目を凝らし何か使えるものがないか探した。
「もう許さねぇ。ボコボコにしてスクラップにしてやらぁ」
剣を抜きすぐさま飛び掛かってきた海賊であったが、今度はソルも反応ができた。
さっと横に身をかわすと勢いよく飛び込んできた海賊の足をさらい転げさせた。
地面に突っ伏した海賊はうめき声を上げている。勢いよく胸を打ち呼吸が止まったようだ。酸素を求めて喘いでいる。
あの時と同じだ。
ソルはインソムニアの酒場で酔っ払いに絡まれた時のことを思い出していた。
トットは軽くあの酔っ払いをいなしていた。
僕にだってできる。
必死に自分自身にそう言い聞かせる。頭は冴えているが体がひどくだるく、なかなか動き出そうとしてくれない。。
そうこうしているうちに海賊はゆっくりと起きあがろうとしていた。ソルは慌ててその顔面めがけて砂を蹴り上げる。
またもやうめき声を上げて目を覆う海賊。
勢い余って尻餅をついてしまったソルだったが森の方から人影が近づいてくるのを見つけた。
「おーい、大丈夫か!」
戦士隊の植物人間が二人、こちらに向かっていた。
助かった。
フラフラと立ち上がった海賊は、新たに参戦したきた戦士隊を見ると「ちぇっ」と唾を吐き出した。
これでなんとかなりそうだ。そう思ったのも束の間、広場の方から新たに海賊がわらわらとこちらに駆けてきた。
広場での戦闘を交わしこちらまで辿り着いたのだろうか。ざっと三人もいる。
「おーい、ここに機械人間がいるぞ」
先ほどまでソルと交戦していた海賊がそう仲間に告げる。
それを聞いた海賊たちはニヤニヤとした様子で笑い合い、じわじわとこちらに間合いを詰めてくる。
皆その手には剣が握り締められている。
今度こそお遊びはなし、といった様子だ。
「下がってろ」
村の戦士隊の一人がそうソルに告げると、もう一人と共に前に飛び出していった。
海賊四人に対して、こちらは戦士隊二人だ。圧倒的に不利な状況なことは明白であり、ソルは慌てて辺りを見渡した。
何か使えるものはないか。僕も力にならなきゃ。
森へと続く道の脇を木で造られた柵が囲っている。一部がまだ修理の途中なのか、地面に突き刺さったままの木の棒を見つけた。
ソルはその一本をなんとか引き抜くと急いで戦闘に参加した。
「おるぁ!」
海賊が剣を振り下ろしそれをなんとか交わす戦士隊。
金属の擦れ合う音が周囲に鳴り響く。その音はずきずきとソルの頭を突いてくるようだ。
ソルは雄叫びを上げながらその喧騒の中へと突進していった。
不意を突かれた海賊たちは慌てて身を交わしたが、そのうちの一人が逃げ遅れソルの振り下ろした木の棒の餌食になった。
ドサリと地面に倒れた海賊はピクピクと体を震わせたが立ち上がることはなかった。
ソルはというと、勢い余って地面に転がり込んでしまった。
「いいぞ!このままの勢いでやっちまうぞ」
戦士隊の一人が嬉しそうに声を上げ、ソルの腕を掴み一気に引っ張り上げた。
一瞬の隙をつくかのように海賊たちへと特攻していく戦士隊。
不意を突かれた海賊たちは陣形を立て直す余裕もなく圧倒されていく。
それでもさすが海賊、といったところでなかなか決定打を打つことはできないでいた。
ソルも必死の思いで木の棒を振り回していたが、空振りばかりだ。
しばらくの攻防を繰り返したころ、村の方から戦士隊たちがこちらに駆けてきた。
広場の方は無事鎮圧できたのだろうか。
希望に満ちた目で戦士隊たちを見やるソル。
新たに迫り来る戦士隊を見た海賊たちは、血の気が引き戦意を喪失したようだ。
一人、また一人と武器を捨て抵抗をやめた。
「カロリア、アージェルム。無事だったか!」
恰幅の良い戦士隊の一人が、側にいた植物人間たちに声をかけた。その後ろを付き従っていた戦士隊たちが海賊を取り囲み、一斉に縛り上げる。その中にはコーモスの姿もあった。
ソルとともに戦っていた若い二人の戦士隊は居住まいを正し敬礼した。
「ソル、お前もいたのか。大丈夫だったか?」
二人の背後にいたソルの姿を確認すると心配そうな表情でそう尋ねてきた。
戦士隊長のベラトルだろう。一度挨拶を交わしたことがある程度でそれ以上の交流はない。
心の底から心配してくれているのを感じ取り、ソルはその大男の目を見つめた。
やがて黙って頷き弱々しく笑った。
「村の方はご無事で?」
ベラトルはニヤリとして「当然だ。みんな海に逃げていったぜ。今は船を落とそうとしてるが、おそらく難しいだろうな」
あたりに安堵の空気が流れ込む。
よかった。ひとまず難は去ったようだ。
ソルは柵に腰掛けゆっくりとため息をついた。
極度の緊張状態だったためか、全身が硬直していて節々が痛む。
「こいつらはどうしますか?」
縛り上げられ自由を奪われた海賊たちは項垂れていたが、何やらぶつぶつと呟いていた。
「地下牢に閉じ込めておけ。あとでじっくりと話を聞かないとな」
そう言うと顎で海賊たちをさし、海賊たちはすぐさま担ぎ運ばれていった。
「俺たちは先に戻る。お前たちは避難したみんなを連れてきてくれ」
戦士隊長はそう言うと部下を引き連れ村へと戻っていく。
運ばれている海賊たちが何やらぶつくさと暴言を吐いているようだ。が、ポカンと頭を叩かれるとすぐに大人しくなった。
「ソル。よく頑張ったな。見直したぞ」
帰り際コーモスがこっそりと耳打ちをしてきた。ニヤリと親指を立てて走り去っていくコーモスを見て、ソルは誇らしげな気持ちになった。
共に乗り越えた、と言っていいのだろうか。村の男たちから多少ばかりでも認められたと思うのはあまりにもおこがましいだろうか。
柵にもたれながらニヤニヤとしていたソルであったが、不審げにこちらを伺うアージェルムを見てハッとし、弱々しく笑った。
「大丈夫か?先に村に戻っていてくれ。俺たちはみんなを呼びにいってくるから」
ソルは「僕も行く」と呟くとゆっくりと柵から身を起こし歩き始めた。
二人は肩をすくめ先を歩くソルにすぐさま追いついた。
「にしてもお前があんなに勇敢だったなんてなぁ」
カロリアが面白そうに笑う。今まで戦士隊の植物人間と会話をすることはほとんどなかったが、共に難を乗り越えた今となっては自然と会話も弾んでいく。
「怖かった。戦ったことなんて今まで一度もなかったし」
ソルははぁっとため息をつき手をぶらぶらとさせた。海賊を殴った感触が今の掌にある。
ははは、とカロリアは大声で笑い「まぁそんなもんだよな」とソルの背中を叩いた。
「いつもルーナの影に隠れて軟弱なやつだと思ってたが、やる時はやるんだな。見直したぞ」
そんな風に思われていたのか。
甚だ心外だったがそれは口に出さず曖昧に笑うことしかできなかった。
「まぁ何はともあれ無事乗り越えたんだ。今日はお祭りだな」
ニカっと笑ったアージェルムは二人の背中を叩き意気揚々と歩いていく。
森の入り木陰に辺りが覆われるとスッと爽やかな空気がソルを包み込んだ。
降り注ぐ木漏れ日とそよ風が優しくソルを労ってくれているようだ。
早くルーナに会いたい。
そう早る気持ちを二人に悟られないように、ゆっくりと森の中を進んでいった。
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