虹の樹物語

藤井 樹

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〜20章〜

嵐の予感

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 雲一つない空に鳥の群れが羽ばたいている。

 いつもと変わり映えのない時間が流れている。

 肩に抱えた木材を下ろし、大きく伸びをしながらその空気を存分に吸い込いこんだ。

「ちんたらすんな!さっさとしろ」

 戦士隊長のベラトルに早速どやされて、コーモスは威勢よく返事を返した。担いだ木材が肩に食い込むが気にしている場合ではない。

「何ボケッとしてるんだお前さんは」

「すいません。つい」

 コーモスは今、戦士隊長のベラトルと共に森へと続く道にある柵の修繕を行なっていた。

 獣が迷い込んだのだろう。柵の一部が壊されていたのだ。

 戦士隊とは名ばかりで、基本的には村の便利屋といったところである。

「おい、ハンマーよこせ」

 コーモスは言われた通りハンマーを手渡すと、コーモスは綺麗に並べられた木の柵を器用に結びつけていく。

「それにしてもやっぱりなんかおかしいな。お前はどう思う?」

 地面に次々と柵を打ち付けていく。その様はさすが戦士隊長といった様子で力強さに溢れている。

「ラールーの亡霊のことも気になります。どこかの荒くれ者たちが悪戯をしてるんじゃないでしょうか」

 ふんっと力強くハンマーを打ち付け、ベラトルは鼻を鳴らした。

「プルヴィアの婆さんはダンマリを決め込んでやがる。普段は偉そうにしてるっていうのに、いざっていう時には篭りっきりだ。まったく」

 先ほどよりも力強くハンマーを叩き下ろしたベラトルは「休憩だ」と言いドサリとその場に座り込んだ。

 コーモスもその隣に腰を下ろし、二人でソロリルの枝を口にした。

 ソロリルの枝は樹液がたくさん詰まっており、しゃぶると甘い汁がじわじわと溢れ出てくる。疲れた体にはうってつけだ。

「変なことばかりだよな。機械人間が現れたと思ったら、今度は亡霊犬だ。誰がどう見ても不吉なことの前兆じゃねぇか」

 ギリギリとソロリルの枝を噛み締める勢いでベラトルは不満げに言った。

「それに最近じゃ漁の具合も良くねぇ。海の神様が怒ってらっしゃるんだ」

 話半分にベラトルの話を聞いていたコーモスだったが、自身が遭遇した亡霊に思いを馳せていた。

 あれは何だったのだろうか。

 今まで見たことも聞いたこともないものであった。

 この世のものとは思えない悍ましい鳴き声が耳から離れない。

「おい、もうこっちは良い。漁船の方を手伝ってやれ」

 加えていた枝を遠くの方へと投げやり、ベラトルは立ち上がった。

 コーモスは言われた通り、港の方へと歩き出す。

「タタリアによろしく伝えてくれ」

 背後からベラトルが声を掛ける。コーモスは頷き、どやされる前に走り出した。

 

 港まで辿り着くと水平線の彼方に村の漁船が漂っているのが見えた。

 普段であればここにルーナ、そして機械人間がいるのだが彼らはまだ帰ってきていない。

 漁船が到着するまでの間、コーモスは一眠りすることにした。

 今日は朝からこき使われっぱなしだったのだ。これくらいの休息を取っても罰は当たらないだろう。

 木陰に身を横たえ、静かに目を閉じる。

 ひんやりとした空気が流れ、頬をくすぐる風が心地よい。

 今日は村がどことなく静かだ。

 そんなことをぼんやりと考えながらゆっくりと体が沈み込んでいくのを感じる。

 どっと疲労が押し寄せ、あっという間に夢の世界へと落ちていった。

 ざわざわと周りが騒がしい。

 朝から働き詰めで疲れてるんだ。静かにしてくれ。

 と、突如轟音が鳴り響き、コーモスは慌てて飛び起きた。

 あたりを見回すが特に変わりはない。

 海の方へと目を向けると村の漁船がもう到着する頃だった。

 よくよく目を凝らして見てみると、なんと船から煙が立ち登っているではないか。

 漁船の背後に二隻の船がまとわりつくようにして漂っている。

「襲撃か!」

 コーモスは桟橋の方へと走りかけ、ひたと立ち止まった。

 戦士長を呼びにいかねば。そう思い、来た道を全速力で駆け抜ける。

 すぐにベラトルも慌てた様子で駆けてきた。

「何があった!」

 コーモスが漁船が襲撃にあってることを告げると、ベラトルはすぐさま走り出した。

「村の人間の避難をさせろ!俺は戦士隊を集める!」

 ベラトルの背中を追い、大声で叫んだ。

「襲撃だ!みんな森へ逃げろ!」

 バタバタと人たちが家から出てくる。

「どうした、何があった!」

「襲撃です!海の方から。みんなを連れて森まで逃げてください」

 皆慌てた様子でバタバタと家から飛び出してくる。

「襲撃です!森へ避難してください」

 村の戦士隊はすぐに集結していた。

 皆肩に槍やら斧やらを抱えて神妙な顔つきで立ち尽くしている。

 コーモスもその集団に合流し、ベラトルの指示を待った。

「カロリア、それとアージェルム。お前たちは避難誘導を頼む。避難が完了したら、森の入り口の警備を頼む。森に侵入しようとする奴らがいたら叩き割ってやれ」

 誘導を任された二人の男は拳を突き上げ、村の中へと駆けていった。若い二人だが、しっかりとやってくれるだろう。避難誘導を始めた二人を見ながらコーモスはソワソワと落ち着かない心をなんとか宥めるため、深呼吸をした。

「ゾンバン、何人か連れて漁船の方を頼む。怪我人も出てるだろうから彼らの避難と手当を。その他のものは港で賊を迎え撃つ。遠慮することはない。上陸される前に沈めるぞ。」

 各自持ち場につくべく散らばっていった。

 コーモスは皆と共に襲撃に備え、投石の準備に取りかかった。

 木のつるを集め、その先に拳大ほどの石をくくりつける。村に上陸される前に船を沈められたらと思うが、なかなかに難しいことだろう。

 また海賊は大砲を有していると思われ、戦力差は明らかだ。

 それでもやらねばならない。大切な故郷を守るためだ。

 石をくくりつける手に自然と力がこもる。

 ふと丘の方を見上げると、プルヴィアを中心に村の魔法使いたちが円陣を組んでいた。

 すぐにぶつぶつと魔法を唱え始めている。

 彼らの力も借りてどうにかこの苦境を乗り切れれば良いが。

 さまざまな感情が心の中を渦巻くが、その時は刻一刻と近づいていくる。

 と、突如背中を誰かに叩かれた。

「コーモス。緊張しているのか」

 振り返るとそこには戦士長のベラトルがニヤリとした顔で立っていた。

「少し」

 短くそう答えると、そんなコーモスを見てベラトルが大声を上げて笑い出した。

「何も心配することはない。万が一上陸されたら奴らの頭をかち割ってやればいいんだ。危なくなったら逃げろ、いいな。犬死する必要なんてないからな。背中は俺が守ってやる」

 豪快に笑いながらグルングルンと肩を回している。

 そんな戦士長に背中を押され、コーモスもやっと腹が決まった。

 来るなら来い。

 コーモスは水平線上に浮かぶ二隻の船を睨みつけその時を待った。
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