虹の樹物語

藤井 樹

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〜17章〜

陸を彷徨う海賊

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 晴れ晴れとした空の下、コーモスは一人鹿の背の上でぼんやりとしていた。

 コーモスを乗せたその鹿はトボトボとフロンスマーレを目指して歩いていく。

(あいつ自分のこと、頭がイカれてるって言いやがった)

 こめかみを指差し、クルクルと回してニヤリと笑って見せたソルを思い出し、コーモスは曖昧な笑みを浮かべた。

 案外、機械人間も悪くないのかもな。

 コーモスはそんなことを思いつつ、広大な高原をダラダラと歩いていた。

 それにしてもあの獣、一体なんだったんだろう。

 また頭のおかしい魔女が実験と称して獣にイタズラでもしたのだろうか。

 見たこともない恐ろしい獣を思い返しコーモスはブルブルっと体を震わせた。

 広大な大地に爽やかな風が吹き付ける。

 ふと、何か嫌な匂いが鼻を突いた気がして振り返ると、少し先のあたりに人影が二つ、まるでコーモスの後を付けるようにして歩いているのが見えた。

 こちらが気がついたことに、あちらも気がついたのだろう。

 ジリジリと距離を詰め始めたようだ。

 こちらは鹿、向こうは徒歩。

 このまま走り去れば逃げ切るのは簡単なようだが、コーモスはちょっとした好奇心に駆られ、わざと気がついていない様子でゆっくりと鹿を歩かせた。

 なるほど、この嫌な匂いはどうやら後ろの二人から漂ってくるようだ。

 一人で不用心に歩く少年の身包みを剥ごうという、なんとも陳腐な盗賊様のようである。

 それならば、とコーモスは鹿からゆっくりと降りると、ドスンと大地に座り込み腰に下げた袋からルパの実をボリボリと食べてみせた。

 背後の盗賊たちは舌なめずりをしていることだろう。

 鼻を突く異臭が風に運ばれ次第に強烈になってくる。

 そうしてすぐに、背後からなんとも品のない男の声が呼びかけてきた。

「おい、小僧」

 コーモスは初めてそこに誰かいるのに気がついた様子で、ゆっくりと振り返ってみせると「なんですか?」とまるでひ弱な少年のような声を出した。

「子供が一人で出歩いちゃいけねぇなぁ。なぁ?」

 そう言ってニヤニヤと唇の端を吊り上げる男。隣にいたもう一人の男もニヤニヤ顔をしている。どちらもその図体は大きく成熟しきった植物人間のようである。

 改めて彼らの姿を見て、コーモスは確信を深めた。

 どこからどう見ても盗賊だ。

 この鼻を突く強烈な異臭も、さすが盗賊様といった貫禄である。

 ゆっくりと立ち上がろうとしたコーモスに突如、男のうちの一人が掴みかかってきた。

 当然、そんなことはお見通しだったコーモスはサラリと身をかわすと、懐から棍棒を取り出して男の目と鼻の先に突き出した。

「お前たち、盗賊か?俺はフロンスマーレの戦士隊だ。馬鹿な真似はよすんだな。それと、子供だからって甘く見てると痛い目見るぞ」

 コーモスにかわされ地面に転がっていた男は立ち上がると、憤怒の形相でコーモスを睨みつけた。

「ふん。何が戦士隊だ。・・・偉そうに」

 ペッと唾を吐き捨てた男はもう一方の男に問いかけた。

「おい、こいつじゃねぇのか。『ヴェリアン』を殺したのは」

『ヴェリアン』?なんだそれ。

 コーモスは聞きなれない言葉に首を傾げたが、目の前に掲げた棍棒は一直線に男たちのことを据えていた。

「さぁな。それはこいつに聞いてみようや」

 そう言うなり男は、足元の砂を蹴り上げコーモスの視界を奪う。

「ク、クソッ!」

 一瞬の隙を取られたコーモスの右手から棍棒が叩き落とされる。

 砂埃に視界を奪われていたコーモスは、反応が遅れもう一方の男の体当たりをもろに受けてしまった。

 どうやらただの盗賊ではないようだ。嫌に手慣れている。

 脇腹に食らった強烈な一撃に、広大な大地に大の字になって転がったコーモスの目には涙が浮かんだ。

 が、それで終わってしまってはフロンスマーレの戦士隊の誇りが消えてしまう。

 コーモスはまだ息の詰まる胸を無理矢理に上下させ勢いよく立ち上がると、大きな声を上げながら目の前の暴漢二人に突進していった。

 余裕な表情を浮かべていた盗賊たちであったが、コーモスのあまりにも速い身のこなしに驚いた様子で、慌てて臨戦態勢に入る。

「おい、レレー。そいつをとっ捕まえろ!」

 レレーと呼ばれた盗賊は勇んでコーモスの前に立ちはだかると、突進してくるコーモスのことをその巨大な身を呈して受け止めた。

 と思いきや、ぶつかり合う直前にコーモスはひらりと身をかわすと指示を出したもう一方の盗賊目掛けて飛びかかった。

 レレーの大きな背中で見えなかったのか、突如目の前に現れたコーモスに驚いた盗賊は、なす術もなくコーモスの一撃を顔面に喰らい突き飛ばされる。

「カ、カンツク!」

 後ろを振り返った盗賊は「野郎!」と怒りに顔を歪ませコーモスへと迫る。

 巨大な体から繰り出される拳をなんとかかわしたコーモスであったが、怒りに震えるレレーの猛追はとどまることを知らなかった。

 まだ未成熟のコーモスとの体格差は歴然で、その攻撃を受けたらひとたまりもない、とコーモスはじんわりと冷や汗が背中に流れるのを感じた。

 そうこうしているうちに、地面に伸びていたカンツクがゆっくりと起き上がったようだ。

 一対二だと分が悪い。

 コーモスは荒れ狂うレレーから一旦距離を取り、二人の海賊と対峙した。

「あぁ、いてぇ。・・・小僧、やりやがったな」

 真っ赤に腫れあがった頬を撫で、カンツクはレレーと並びこちらを睨みつける。

「おい、小僧。お前、誰に手を出したかわかってるのか?」

 薄ら笑いを浮かべたカンツクはペッと血が混じった唾を吐き出す。

「俺らはなぁ、あのヴィヴィリアン海賊だぞ!」

「泣く子も黙る大海賊様だ!」とレレーが続ける。

 どうだ!と言わんばかりに盛大に唇を吊り上げ汚れた歯を見せつけてくる二人。

 ヴィヴィリアン海賊!

 この国の人間ならば知らない者はいない、確かに名の知れた海賊である。

 極悪非道の荒くれ者で、気まぐれに漁船を襲っては海底から引き上げられた金品財宝を奪っていく。

 その一連の略奪には無駄がなく迅速で、最後にはまるで煙のように消えてしまう、とどこかで聞いたことがある。

 コーモスはごくりと生唾を飲み込み、自身の動揺を悟られないようなんとか取り繕った。

「そんな海賊がなんで陸の上をほっつき歩いているんだ?」

 コーモスのその問いに二人の海賊たちはモゴモゴとバツが悪そうな顔をした。

 聞かれちゃまずいことがあるんだ!

 二人にとって都合の悪いことを突いてやろうと、コーモスは必死になって頭を働かせた。

 何かなかったか。

 先ほどどちらかがふと漏らした聞きなれない言葉を思い出したコーモスは、何かを悟った様子を見せながら二人に問いかける。

「あぁ、そういえば。さっき言ってた『ヴェリアン』だっけ?それと関係あるのか?」

『ヴェリアン』と聞いてハッとした表情を浮かべた二人は、またもや怒りの形相を浮かべる。

「小僧、あんまり海賊を舐めるなよ」

 レレーはそう言うと再びコーモスに襲い掛かろうと身を低くした。

 ふと、遠くの方で発射音のような音がしたかと思うと、それを聞いた二人はビクッと体を震わせ顔を見合わせる。その表情は強張っているように見えた。

「ま、まずい。もうそんな時間か」

 目の前の海賊二人は音のした方を恐る恐ると言った様子で見つめている。

「悪運が強いようだな、小僧」

 海賊たちはそう言ってペッと地面に向かい唾を吐き出すと、そそくさとその場を走り去っていく。

「た、助かった・・・」

 あまりにも一瞬の出来事で、何が起きたのかよくわからなかったがひとまず助かったようだ。

 走り去る海賊たちの背中を眺めながら安堵のため息をついたコーモスは、ふと遠くの空に煙弾が上がっているのを発見した。

 海賊たちの何かの合図だろうか。

 先ほどの発射音はあの煙弾だったのだろう。

 どの組織も下っ端は大変なようだ。

 すっかり気が抜けたコーモスは、発射音を聞いた海賊たちの表情を思い出し、思わず笑い出す。

 ふと、すっと冷たい風が頬をくすぐる。その風には少しばかり煙の匂いが混じっているように思えた。

「いけね」

 コーモスは早速村に戻り、上司のベラトルにたった今遭遇したことを報告せねば、と地面に転がった棍棒を拾い上げた。

 いつの間にか逃げ出していた鹿を口笛を鳴らし呼びつけ、そそくさと引き返すコーモス。

 海賊たちが陸をうろついている。ルーナたちは大丈夫だろうか。

 ルーナたちと別れてからは随分と時間が経っていたので、現状どうしようもないように思われた。

 きっと変に勘の良い魔女たちが守ってくれるだろう。

 コーモスは少しばかりモヤモヤとする気持ちを抱えながらも、村への道のりを急いだ。
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