12 / 57
〜11章〜
最果ての生活
しおりを挟む
ルーナのお気に入りの小高い丘で、二人は遠くの海を眺めていた。
ソルがフロンスマーレに流れてついてから、およそ二週間ほど経過しただろうか。
異国の地での生活は変わり映えのないゆったりとしたもので、ソルはすぐにそこでの生活に適応することができた。
今日もまた家の手伝いで木の実などを集めてきたところだ。
「二人がかりだとやっぱり全然違うわね」
木の実のたっぷり詰まった袋を、満足げに眺めてルーナが言った。
隣に佇むジェインがワンッと鳴いた。
「あぁ、ごめんごめん。もちろんジェインも力になってるわよ」
ジェインの首元を大袈裟に撫でながら、愛犬のご機嫌を取る。
「ソル、明日は悪いんだけど、ジェインと二人で枯れ枝を集めといてもらえる?」
「わかった。どこか行くの?」
今ではほとんど不自由なく手話が使えるようになったソルは、ジェインの尻尾を撫でながら片手で答えた。
「お母さんと隣町まで行かなきゃ行けないの。ほんとはソルも一緒に連れて行きたいけど、今はよその町とかに行くのは良くないって、お父さんが」
隣町といえば、『ジョレスパオラ』だろうか。どんな町なのか気になるが、自身の立場上わがままを言えるものでもないので、仕方なく黙って頷いた。
「お土産買ってくるから、楽しみにしていてね」
ルーナが微笑みながら目の前で手を結んだ。
「さて、と」
ルーナはそう言うと、腰を上げ「行きましょう!」と尻を払った。
遠くの海では、一隻の船が水平線に浮かび上がってきていた。
「急がないとね」
ニヤニヤしながら、うたた寝をしていたジェインを起こした。
初めは大変だったが、今では山道も慣れたもので、ルーナとジェインの歩くペースに何なく着いて行けるようになっていた。
二人と一匹は瞬く間に山を降り森を抜けた。
村に着き、海辺の桟橋を目指す。水平線に浮かんでいた船は、もうそろそろ桟橋へと到着する頃だった。
「おーい!」
るんるんで船に手を振るルーナ。ジェインも嬉しそうに吠えている。
「綺麗なのあるといいね」
ルーナはニヤリと頷いた。
船が桟橋へと到着し、タラップがかけられるとルーナは一目散に駆け上がっていった。ソルも遅れて船へと乗り込み、ルーナの後を追った。
「おう、ルーナ。ソル。元気か」
乗組員たちは大きな木の箱を抱えながら、二人に声をかけていく。
「おぉ、お前たち、あそこの箱、運び出してくれ」
「オッケー、ロージェ」
鍛え上げられた恰幅の良い海の男、ロージェが二人にそう指示を出すと、「今日はお宝があるぞ」と笑い、大きな木箱を抱え船を降りていった。
ルーナは目を輝かせソルの方を見た。ソルは肩をすくめ、「早く終わらせよう」と伝えた。ルーナはジェインに「手伝ってね」と微笑み、ジェインは渋々といった様子で一声上げた。
二人と一匹は黙々と木箱の搬出を手伝い、気づけば汗だくになっていた。(ソルの場合は汗はかかないが、節々が軋むのを感じた。)
「お疲れさん」
ゼエゼエと甲板に座り込み息を整えていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
船長でロキエッタの父親であるタタリアだ。
「ロージェが今日はお宝がって」
希望に満ちた目をタタリアへと向ける。タタリアは何も言わず、ニンマリと笑いながら小さな木箱をルーナへと差し出した。
ルーナはそれを大切そうに受け取り、そっと蓋を開けた。
ソルも中身を覗き込むと、中にはたくさんの美しい貝殻が詰まっていた。そして、その貝殻に埋もれて何やら怪しく光るものが見える。慎重に貝殻を退けていくと、そこには大きな宝石が輝いていた。どう見ても高価な宝石だ。
不安げにタタリアを見上げたルーナは一言、「いいの?」と呟いた。
ルーナの肩を叩き、「いつも頑張ってくれてるからな。たまにはご褒美あげないとな」と豪快に笑った。
「本当にありがとう。大切にするね」
大事そうにその宝石を取り上げると、空へと掲げた。陽光が反射しキラキラと輝いている。
その光を眩しそうに眺めるルーナの横顔を見て、ソルはなぜか不思議な気持ちになった。
その光はルーナには何色に見えているんだろう。
パンパン、と手を叩きジェインを呼ぶ。
音に気がついたジェインは首をこちらに向け、「何?」と表情で訴えた。その口には木の枝が加えられている。
いくつかに分かれる獣道の一つを指差し、手招きをする。
ジェインは口に咥えた枝を背中にかけられた袋へ器用に納め、ゆっくりとソルの方へと歩いてきた。
ソルは今、ジェインと共に村の近くの森で小枝の収集を行っていた。
ルーナはというと、隣町の『ジョレスパオラ』へと出かけており、留守番がてら小枝を集めることを言い渡されていたのだ。
(もう十分集まったかな。ついでに石も拾ってってあげよう。)
細い獣道をかき分けしばらく歩いていくと、ルーナがいつも立ち寄る滝壺に到着した。
ソルはゆっくりと地面を見ながら歩き、その後ろをジェインが大人しく着いてきていた。
きらりと光る石をいくつか拾い上げたものの、どれもイマイチなものばかりで、ソルは仕方なく早々に村へと引き返すことにした。
木陰に腰を下ろし、ジェインにおやつをあげる。ジェインは嬉しそうにそれを貪り、もう一つ、とねだった。
(ジェインはほんとお利口さんだなぁ。)
わしゃわしゃとジェインの頭を撫で、持ってきたおやつを少しばかりつまむ。
轟々と流れる滝の音に耳を澄まし、ふぅと息は吐く。爽やかな風が心地よく頬を撫でる。
ふと親友トットのことを思い出したソルは顔をしかめた。
彼は無事なのだろうか。それともやはり・・・いや、考えても仕方がない。
ソルはスッと立ち上がり尻についた砂埃を払った。
ジェインの尻を軽く叩き、帰る合図を送る。日陰で寝そべっていたジェインは、「もう行くの?」と言わんばかりにソルを見上げ、渋々といった様子でゆっくりと立ち上がった。
森を降り村へ辿り着くと、そこはいつもと変わらぬゆったりとした時が流れていた。
ソルたちの姿を発見し、何人かの男たちが手を挙げ遠くの方から声をかける。
ソルは声が出せない分、大きく手を振ってそれに応えた。
ジェインと共にチンタラ歩いていると、軒先で何やら作業をしている男と目があったが、その男は何か言うでもなくすぐに目を逸らした。
一定数、ソルの存在を快く思わない人間がいるということを、ソルはよく理解していた。
ルーナの親友ロキエッタしかりだ。
その後、道中何人かの人とすれ違ったが、声をかけてくるものは一人としていなかった。
多少傷つくが、気にしていても仕方がない。そう自分に言い聞かせ、ソルは胸を張ってジェインと共に村を後にした。
家に到着するとまず、ジェインの鞍袋を外し彼を解放した。ジェインは首をぶるぶると振るわせ大きなあくびをした後、トボトボと家の中へと入っていった。
ジェインに続きソルも帰宅する。室内には天窓からの陽光がピンスポットのように差し込むのみで、そのほかの窓は覆われたままだ。ひんやりとした空気が心地よい。
陽光除けの木の皮を編んだ服を壁にかけ、ソファにとっぷりと腰を下ろした。
ボーッとしていると、ジェインが近づいてソファへと飛び乗った。そして、ソルの膝を枕にすやすやと眠り始めた。
優しく頭を撫でながら、火照った頭をゆっくりと冷ましていく。
ジェインの規則的な寝息に誘われ、ソルもうとうとと船を漕いだ。
バタン、と家の扉が開く音で目が覚めた。
どれくらい眠っていただろうか。
入口の方を見ると、テラシーが帰宅していた。ジェインも目が覚めたようで家主の元へと一目散に駆けて行った。
「お帰りなさい」頭上に大きく両手を上げ手話でそう伝えた。
「ソル、帰ってたか」
ふぅと息をつきながら、愛犬の頭を撫で、ガチャガチャと抱えた荷物を一つ一つ丁寧にかけていく。
一緒に住んでみて分かったことだが、テラシーはとても几帳面な男で、フロンスマーレの中では珍しく、かっちりとした人物であった。
「言うタイミングがなかったんだが、今日は首都まで行ってきたんだ。ドゥロルパっていう街だよ。君の返還手続きについてのお伺いをしにね」
真っ白なマクマイのジュースを飲みながらテラシーはソルの向かいに座り、またもふぅと息を吐いた。
ソルは黙って話の続きを待った。
「何せ初めてのことだからね。役所連中も混乱していたよ」
ハハハ、と珍しく笑い声を上げるテラシー。
「ダラダラと仕事するくらいなら、さっさと辞めて畑でも耕してろ、ってどやしてやったよ」
再び大きな笑い声を上げると、またもやふぅとため息をついた。
「と、まぁそんなわけで、ソルには申し訳ないけど、まだまだ帰れるまで時間がかかりそうなんだ。すまないね」
ソルは肩をすくめた。
「今の生活、楽しい」と、これまた手話で伝える。
テラシーはそっと微笑み、「それならよかった」と呟いた。
「そういえば、今日は一人で何をしていたんだい?」
「森に行ってジェインと一緒に木の枝を集めてた」とソル。
「そうか。ありがとう、助かるよ。特に問題はなかったかい?」
ソルは手話で「陽光を浴びすぎると疲れるみたい」と伝え、降参だと言わんばかりに両手を上げた。
「そうか。あんまり無理して外に出なくても大丈夫だからね」
ソルは感謝の意を伝え、ジェインを呼んだ。
主人の足元で落ち着いていたジェインだったが、大人しくソルの方へと近づいてきて、頭を撫でさせた。
そんなジェインの様子を見て、テラシーは「もうすっかり家族だな」と笑った。
テラシーのその言葉が嬉しいやら恥ずかしいやら、ソルはいつも以上にジェインの頭を撫でてやった。
「そうだ」とテラシーは手を叩き何かを思いついた様子で声を上げた。
「村の職人にもっと陽光を遮れるものを作れないか相談してみるよ。ちょうど、別件で話したいこともあったんだ」
テラシーは帰ってきたばかりだというのに、意気揚々と立ち上がりソルが止めるまでもなくそそくさと家を出て行ってしまった。
フロンスマーレの人は優しく思いやりのある人が多いな。
「ね!」と、ジェインの頭を撫でる。
ジェインは不思議そうにソルを一瞥し、またすぐに顔を伏せ居眠りをした。
つれないなぁ、と苦笑いを噛み殺し、ソファへと体を深く預けた。
気分が良くなったソルは今度は穏やかな気持ちで眠りに落ちていった。
「ソル!ソル!」
ハッとして目覚めると、目の前には心配な様子でこちらを伺っているルナがいた。
なぜか動悸が激しく、左の背中あたりが痛む。
また嫌な夢を見てしまった。
親友のトットの夢だ。考えても仕方がないことなのに、いまだに頭から離れない。
ソルは乱れる呼吸をなんとか鎮め、「おかえり」とルナに伝えた。
「ソル、大丈夫?ひどく苦しそうだったけど。また何か嫌な夢でも見た?」
ソルの背中を優しくさすりながらルーナが尋ねる。
また、ってことはよくうなされているのだろうか。だとしたら恥ずかしい。
とりあえず首を振り「大丈夫」と答える。
ルーナはそれでも不安そうにソルの顔をじっと見つめてくる。
居心地の悪いソルは笑顔を作り、親指を立てて見せた。
そんなソルの空元気を読み取ったのか、ルーナは怪訝そうな顔をした。
「ソル。顔色が良くないわ。もしかしたらやっぱりこっちの環境が合ってないのかも」
ルーナは立ち上がると台所へと行き、水を持ってきてくれた。
手渡されたカップを受け取り、一口それを口に含む。
すぐに動悸は落ち着いたが、まだどこか落ち着かない。
「ちょっと疲れてるだけ。大丈夫」と笑顔でルーナに伝えるが、確かに体の調子が優れないようだ。
陽光をここのところ浴びすぎただけで、そんなに心配することじゃない。
そう思い、呼吸も落ち着いてきたソルは満面の笑みで「大丈夫!」と伝える。
少しはその表情に信憑性が出たのか、ルーナは呆れたように笑った。
「そういえば、はい、これ。お土産」
ルーナは腰に下げた袋から小さな包みを取り出すと、ソルへと手渡した。
「開けてみて」
嬉しそうにこちらの反応を待つルーナ。ソルは早速その包みを破り、中身を取り出す。
それは綺麗に成形された葉枯紙で作られた本のようであった。
(すごいな。)思わずハッと息を呑み、自然と顔がほころんだ。
綺麗に成形された葉は美しく、外装はなんとも趣のあるものであった。
「それね、ルナシリスの昔からある童話なの。せっかくだしこっちの文化にも触れてもらいたいなって」
童話にしては随分と分厚いし文字数も多いな。これを全部読むにはだいぶかかりそうだ。
そんなことを思いながら、パラパラと数ページめくると、小さな植物人間が動物たちと戯れているところを見つけた。
「ルーナみたいだね」とその植物人間を指差す。恥ずかしそうに「みんな一緒よ」とルーナは笑った。
「でもそれ好きなキャラクターなの。ありがと」とまたまた恥ずかしそうに笑う。
「ありがとう。すごい嬉しい。じっくり読んでみる」
「子供向けの童話だからどこまで面白いかわからないけど、ぜひ」
ルーナは嬉しそうに笑い、「よし、ご飯を作りましょう」と立ち上がった。
長旅から帰ってきて疲れているだろうに、疲れを見せることのないルーナはさっさと台所へと向かった。
ルーナからもらった本を大切に自分のベッドの枕元に置き、ソルも少しでも力になろうとルーナに続いて台所へと行く。
ルーナの指示に従いながらご飯の準備をする。
二人での作業はまだ、阿吽の呼吸とはいかないが、それでもそれは幸せな時間であった。
ソルは、異国の地での限られた時間を存分に楽しみ、そしてこの身に刻もう、と固く心に誓った。
隣に目をやるとルーナと目が合い、彼女はそっと笑った。
「あぁ、そうだ。あの本が読み終わるまでは外出禁止ね」
「!」
いつものようにルーナは、悪戯っ子のように笑っていた。
それから数日の間、ソルは本当に外出を禁じられていた。
ルーナが家にいる時は、家事や内職を手伝い一日を終える。
ルーナが外出をし家が空くときは、何かしらの宿題を大量に課される。
そんな日々が続いていた。
一度、誰もいないときに外に出ようと試みたこともあったが、家を飛び出すとそこにはジェインが逆門番として、ソルの脱走に目を光らせていた。
ソルはやれやれと仕方なく家の中へと引き返した。
家の外で嬉しそうにジェインが吠えているのが聞こえる。
(ジェインのやつめ。楽しんでるな。)
ソルは早々に諦め、ルーナからもらった童話を読むことにした。
その童話にはどうやらルナシリスの歴史が描かれているようだった。
そっと一ページ目を開くと、そこにはまるでルーナのような女の子の植物人間が描かれていた。そっと微笑み全てを受け入れるかのように両手を広げている。
ソルはその絵の女の子の微笑みに、外出できない鬱憤を忘れ、好奇心の駆られるまま、その本を読み始めた。
ソルがフロンスマーレに流れてついてから、およそ二週間ほど経過しただろうか。
異国の地での生活は変わり映えのないゆったりとしたもので、ソルはすぐにそこでの生活に適応することができた。
今日もまた家の手伝いで木の実などを集めてきたところだ。
「二人がかりだとやっぱり全然違うわね」
木の実のたっぷり詰まった袋を、満足げに眺めてルーナが言った。
隣に佇むジェインがワンッと鳴いた。
「あぁ、ごめんごめん。もちろんジェインも力になってるわよ」
ジェインの首元を大袈裟に撫でながら、愛犬のご機嫌を取る。
「ソル、明日は悪いんだけど、ジェインと二人で枯れ枝を集めといてもらえる?」
「わかった。どこか行くの?」
今ではほとんど不自由なく手話が使えるようになったソルは、ジェインの尻尾を撫でながら片手で答えた。
「お母さんと隣町まで行かなきゃ行けないの。ほんとはソルも一緒に連れて行きたいけど、今はよその町とかに行くのは良くないって、お父さんが」
隣町といえば、『ジョレスパオラ』だろうか。どんな町なのか気になるが、自身の立場上わがままを言えるものでもないので、仕方なく黙って頷いた。
「お土産買ってくるから、楽しみにしていてね」
ルーナが微笑みながら目の前で手を結んだ。
「さて、と」
ルーナはそう言うと、腰を上げ「行きましょう!」と尻を払った。
遠くの海では、一隻の船が水平線に浮かび上がってきていた。
「急がないとね」
ニヤニヤしながら、うたた寝をしていたジェインを起こした。
初めは大変だったが、今では山道も慣れたもので、ルーナとジェインの歩くペースに何なく着いて行けるようになっていた。
二人と一匹は瞬く間に山を降り森を抜けた。
村に着き、海辺の桟橋を目指す。水平線に浮かんでいた船は、もうそろそろ桟橋へと到着する頃だった。
「おーい!」
るんるんで船に手を振るルーナ。ジェインも嬉しそうに吠えている。
「綺麗なのあるといいね」
ルーナはニヤリと頷いた。
船が桟橋へと到着し、タラップがかけられるとルーナは一目散に駆け上がっていった。ソルも遅れて船へと乗り込み、ルーナの後を追った。
「おう、ルーナ。ソル。元気か」
乗組員たちは大きな木の箱を抱えながら、二人に声をかけていく。
「おぉ、お前たち、あそこの箱、運び出してくれ」
「オッケー、ロージェ」
鍛え上げられた恰幅の良い海の男、ロージェが二人にそう指示を出すと、「今日はお宝があるぞ」と笑い、大きな木箱を抱え船を降りていった。
ルーナは目を輝かせソルの方を見た。ソルは肩をすくめ、「早く終わらせよう」と伝えた。ルーナはジェインに「手伝ってね」と微笑み、ジェインは渋々といった様子で一声上げた。
二人と一匹は黙々と木箱の搬出を手伝い、気づけば汗だくになっていた。(ソルの場合は汗はかかないが、節々が軋むのを感じた。)
「お疲れさん」
ゼエゼエと甲板に座り込み息を整えていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
船長でロキエッタの父親であるタタリアだ。
「ロージェが今日はお宝がって」
希望に満ちた目をタタリアへと向ける。タタリアは何も言わず、ニンマリと笑いながら小さな木箱をルーナへと差し出した。
ルーナはそれを大切そうに受け取り、そっと蓋を開けた。
ソルも中身を覗き込むと、中にはたくさんの美しい貝殻が詰まっていた。そして、その貝殻に埋もれて何やら怪しく光るものが見える。慎重に貝殻を退けていくと、そこには大きな宝石が輝いていた。どう見ても高価な宝石だ。
不安げにタタリアを見上げたルーナは一言、「いいの?」と呟いた。
ルーナの肩を叩き、「いつも頑張ってくれてるからな。たまにはご褒美あげないとな」と豪快に笑った。
「本当にありがとう。大切にするね」
大事そうにその宝石を取り上げると、空へと掲げた。陽光が反射しキラキラと輝いている。
その光を眩しそうに眺めるルーナの横顔を見て、ソルはなぜか不思議な気持ちになった。
その光はルーナには何色に見えているんだろう。
パンパン、と手を叩きジェインを呼ぶ。
音に気がついたジェインは首をこちらに向け、「何?」と表情で訴えた。その口には木の枝が加えられている。
いくつかに分かれる獣道の一つを指差し、手招きをする。
ジェインは口に咥えた枝を背中にかけられた袋へ器用に納め、ゆっくりとソルの方へと歩いてきた。
ソルは今、ジェインと共に村の近くの森で小枝の収集を行っていた。
ルーナはというと、隣町の『ジョレスパオラ』へと出かけており、留守番がてら小枝を集めることを言い渡されていたのだ。
(もう十分集まったかな。ついでに石も拾ってってあげよう。)
細い獣道をかき分けしばらく歩いていくと、ルーナがいつも立ち寄る滝壺に到着した。
ソルはゆっくりと地面を見ながら歩き、その後ろをジェインが大人しく着いてきていた。
きらりと光る石をいくつか拾い上げたものの、どれもイマイチなものばかりで、ソルは仕方なく早々に村へと引き返すことにした。
木陰に腰を下ろし、ジェインにおやつをあげる。ジェインは嬉しそうにそれを貪り、もう一つ、とねだった。
(ジェインはほんとお利口さんだなぁ。)
わしゃわしゃとジェインの頭を撫で、持ってきたおやつを少しばかりつまむ。
轟々と流れる滝の音に耳を澄まし、ふぅと息は吐く。爽やかな風が心地よく頬を撫でる。
ふと親友トットのことを思い出したソルは顔をしかめた。
彼は無事なのだろうか。それともやはり・・・いや、考えても仕方がない。
ソルはスッと立ち上がり尻についた砂埃を払った。
ジェインの尻を軽く叩き、帰る合図を送る。日陰で寝そべっていたジェインは、「もう行くの?」と言わんばかりにソルを見上げ、渋々といった様子でゆっくりと立ち上がった。
森を降り村へ辿り着くと、そこはいつもと変わらぬゆったりとした時が流れていた。
ソルたちの姿を発見し、何人かの男たちが手を挙げ遠くの方から声をかける。
ソルは声が出せない分、大きく手を振ってそれに応えた。
ジェインと共にチンタラ歩いていると、軒先で何やら作業をしている男と目があったが、その男は何か言うでもなくすぐに目を逸らした。
一定数、ソルの存在を快く思わない人間がいるということを、ソルはよく理解していた。
ルーナの親友ロキエッタしかりだ。
その後、道中何人かの人とすれ違ったが、声をかけてくるものは一人としていなかった。
多少傷つくが、気にしていても仕方がない。そう自分に言い聞かせ、ソルは胸を張ってジェインと共に村を後にした。
家に到着するとまず、ジェインの鞍袋を外し彼を解放した。ジェインは首をぶるぶると振るわせ大きなあくびをした後、トボトボと家の中へと入っていった。
ジェインに続きソルも帰宅する。室内には天窓からの陽光がピンスポットのように差し込むのみで、そのほかの窓は覆われたままだ。ひんやりとした空気が心地よい。
陽光除けの木の皮を編んだ服を壁にかけ、ソファにとっぷりと腰を下ろした。
ボーッとしていると、ジェインが近づいてソファへと飛び乗った。そして、ソルの膝を枕にすやすやと眠り始めた。
優しく頭を撫でながら、火照った頭をゆっくりと冷ましていく。
ジェインの規則的な寝息に誘われ、ソルもうとうとと船を漕いだ。
バタン、と家の扉が開く音で目が覚めた。
どれくらい眠っていただろうか。
入口の方を見ると、テラシーが帰宅していた。ジェインも目が覚めたようで家主の元へと一目散に駆けて行った。
「お帰りなさい」頭上に大きく両手を上げ手話でそう伝えた。
「ソル、帰ってたか」
ふぅと息をつきながら、愛犬の頭を撫で、ガチャガチャと抱えた荷物を一つ一つ丁寧にかけていく。
一緒に住んでみて分かったことだが、テラシーはとても几帳面な男で、フロンスマーレの中では珍しく、かっちりとした人物であった。
「言うタイミングがなかったんだが、今日は首都まで行ってきたんだ。ドゥロルパっていう街だよ。君の返還手続きについてのお伺いをしにね」
真っ白なマクマイのジュースを飲みながらテラシーはソルの向かいに座り、またもふぅと息を吐いた。
ソルは黙って話の続きを待った。
「何せ初めてのことだからね。役所連中も混乱していたよ」
ハハハ、と珍しく笑い声を上げるテラシー。
「ダラダラと仕事するくらいなら、さっさと辞めて畑でも耕してろ、ってどやしてやったよ」
再び大きな笑い声を上げると、またもやふぅとため息をついた。
「と、まぁそんなわけで、ソルには申し訳ないけど、まだまだ帰れるまで時間がかかりそうなんだ。すまないね」
ソルは肩をすくめた。
「今の生活、楽しい」と、これまた手話で伝える。
テラシーはそっと微笑み、「それならよかった」と呟いた。
「そういえば、今日は一人で何をしていたんだい?」
「森に行ってジェインと一緒に木の枝を集めてた」とソル。
「そうか。ありがとう、助かるよ。特に問題はなかったかい?」
ソルは手話で「陽光を浴びすぎると疲れるみたい」と伝え、降参だと言わんばかりに両手を上げた。
「そうか。あんまり無理して外に出なくても大丈夫だからね」
ソルは感謝の意を伝え、ジェインを呼んだ。
主人の足元で落ち着いていたジェインだったが、大人しくソルの方へと近づいてきて、頭を撫でさせた。
そんなジェインの様子を見て、テラシーは「もうすっかり家族だな」と笑った。
テラシーのその言葉が嬉しいやら恥ずかしいやら、ソルはいつも以上にジェインの頭を撫でてやった。
「そうだ」とテラシーは手を叩き何かを思いついた様子で声を上げた。
「村の職人にもっと陽光を遮れるものを作れないか相談してみるよ。ちょうど、別件で話したいこともあったんだ」
テラシーは帰ってきたばかりだというのに、意気揚々と立ち上がりソルが止めるまでもなくそそくさと家を出て行ってしまった。
フロンスマーレの人は優しく思いやりのある人が多いな。
「ね!」と、ジェインの頭を撫でる。
ジェインは不思議そうにソルを一瞥し、またすぐに顔を伏せ居眠りをした。
つれないなぁ、と苦笑いを噛み殺し、ソファへと体を深く預けた。
気分が良くなったソルは今度は穏やかな気持ちで眠りに落ちていった。
「ソル!ソル!」
ハッとして目覚めると、目の前には心配な様子でこちらを伺っているルナがいた。
なぜか動悸が激しく、左の背中あたりが痛む。
また嫌な夢を見てしまった。
親友のトットの夢だ。考えても仕方がないことなのに、いまだに頭から離れない。
ソルは乱れる呼吸をなんとか鎮め、「おかえり」とルナに伝えた。
「ソル、大丈夫?ひどく苦しそうだったけど。また何か嫌な夢でも見た?」
ソルの背中を優しくさすりながらルーナが尋ねる。
また、ってことはよくうなされているのだろうか。だとしたら恥ずかしい。
とりあえず首を振り「大丈夫」と答える。
ルーナはそれでも不安そうにソルの顔をじっと見つめてくる。
居心地の悪いソルは笑顔を作り、親指を立てて見せた。
そんなソルの空元気を読み取ったのか、ルーナは怪訝そうな顔をした。
「ソル。顔色が良くないわ。もしかしたらやっぱりこっちの環境が合ってないのかも」
ルーナは立ち上がると台所へと行き、水を持ってきてくれた。
手渡されたカップを受け取り、一口それを口に含む。
すぐに動悸は落ち着いたが、まだどこか落ち着かない。
「ちょっと疲れてるだけ。大丈夫」と笑顔でルーナに伝えるが、確かに体の調子が優れないようだ。
陽光をここのところ浴びすぎただけで、そんなに心配することじゃない。
そう思い、呼吸も落ち着いてきたソルは満面の笑みで「大丈夫!」と伝える。
少しはその表情に信憑性が出たのか、ルーナは呆れたように笑った。
「そういえば、はい、これ。お土産」
ルーナは腰に下げた袋から小さな包みを取り出すと、ソルへと手渡した。
「開けてみて」
嬉しそうにこちらの反応を待つルーナ。ソルは早速その包みを破り、中身を取り出す。
それは綺麗に成形された葉枯紙で作られた本のようであった。
(すごいな。)思わずハッと息を呑み、自然と顔がほころんだ。
綺麗に成形された葉は美しく、外装はなんとも趣のあるものであった。
「それね、ルナシリスの昔からある童話なの。せっかくだしこっちの文化にも触れてもらいたいなって」
童話にしては随分と分厚いし文字数も多いな。これを全部読むにはだいぶかかりそうだ。
そんなことを思いながら、パラパラと数ページめくると、小さな植物人間が動物たちと戯れているところを見つけた。
「ルーナみたいだね」とその植物人間を指差す。恥ずかしそうに「みんな一緒よ」とルーナは笑った。
「でもそれ好きなキャラクターなの。ありがと」とまたまた恥ずかしそうに笑う。
「ありがとう。すごい嬉しい。じっくり読んでみる」
「子供向けの童話だからどこまで面白いかわからないけど、ぜひ」
ルーナは嬉しそうに笑い、「よし、ご飯を作りましょう」と立ち上がった。
長旅から帰ってきて疲れているだろうに、疲れを見せることのないルーナはさっさと台所へと向かった。
ルーナからもらった本を大切に自分のベッドの枕元に置き、ソルも少しでも力になろうとルーナに続いて台所へと行く。
ルーナの指示に従いながらご飯の準備をする。
二人での作業はまだ、阿吽の呼吸とはいかないが、それでもそれは幸せな時間であった。
ソルは、異国の地での限られた時間を存分に楽しみ、そしてこの身に刻もう、と固く心に誓った。
隣に目をやるとルーナと目が合い、彼女はそっと笑った。
「あぁ、そうだ。あの本が読み終わるまでは外出禁止ね」
「!」
いつものようにルーナは、悪戯っ子のように笑っていた。
それから数日の間、ソルは本当に外出を禁じられていた。
ルーナが家にいる時は、家事や内職を手伝い一日を終える。
ルーナが外出をし家が空くときは、何かしらの宿題を大量に課される。
そんな日々が続いていた。
一度、誰もいないときに外に出ようと試みたこともあったが、家を飛び出すとそこにはジェインが逆門番として、ソルの脱走に目を光らせていた。
ソルはやれやれと仕方なく家の中へと引き返した。
家の外で嬉しそうにジェインが吠えているのが聞こえる。
(ジェインのやつめ。楽しんでるな。)
ソルは早々に諦め、ルーナからもらった童話を読むことにした。
その童話にはどうやらルナシリスの歴史が描かれているようだった。
そっと一ページ目を開くと、そこにはまるでルーナのような女の子の植物人間が描かれていた。そっと微笑み全てを受け入れるかのように両手を広げている。
ソルはその絵の女の子の微笑みに、外出できない鬱憤を忘れ、好奇心の駆られるまま、その本を読み始めた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第一部
Hiroko
ファンタジー
異世界に行けると噂の踏切。
僕と友人の美津子が行きついた世界は、八岐大蛇(やまたのおろち)が退治されずに生き残る、奈良時代の日本だった。
現在と過去、現実と神話の世界が入り混じる和の異世界へ。
流行りの異世界物を私も書いてみよう!
と言うことで書き始めましたが、どうしようかなあ。
まだ書き始めたばかりで、この先どうなるかわかりません。
私が書くと、どうしてもホラーっぽくなっちゃうんですよね。
なんとかなりませんか?
題名とかいろいろ模索中です。
なかなかしっくりした題名を思いつきません。
気分次第でやめちゃうかもです。
その時はごめんなさい。
更新、不定期です。
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。
そんな世界に唯一現れた白髪の少年。
その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる