虹の樹物語

藤井 樹

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〜10章〜

異文化交流

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 ソルは今、大きな葉っぱを傘のように抱え、太陽の下にいる。

 目の前には見たことのない光景が延々と広がっている。見渡す限り緑の平原だ。

 見知らぬ場所で見知らぬ植物人間と出会い戸惑っていたソルであったが、浮き足立つルーナに背中を押され、太陽の下へと早速連れ出されていた。

「大丈夫?」

 傘の中のソルを覗き込むように、ルーナが尋ねてきた。その顔はどこか楽しげである。

 ソルはゆっくりと頷き、ふぅっと深呼吸をしてその一歩を踏み出した。

 照りつける陽光に目の前には蜃気楼が起き、生ぬるい風が足元を駆け抜ける。

「まずは村のみんなに紹介しないと」

 行くわよ、とルーナはソルの手を引きずんずんと歩みを進める。

 ソルは不安な様子でルーナに導かれるがままに着いて行く。

 家を出てしばらく進むと地面はザラザラとした砂に変わり、風に揺れる緑は徐々に減っていった。すぐに前方に狼煙が上がっているのが見えてくる。

「あそこよ。あそこ。『フロンスマーレ』っていう村」

 前方を指差し、るんるんと歩き続けていたルーナが振り返り、はっと顔を曇らせた。

「ソル、大丈夫?」

 慣れない環境の中、緊張と疲労で顔が引き攣っていたのだろう。ソルは手を振って「大丈夫」と合図し、ルーナに追いついた。

「少し休みましょうか」

 そう言い心配するルーナに、ソルは筆談で「大丈夫。行こう」と伝えた。

 心配そうな表情を浮かべながらも、それ以上は何も言わず再びずんずんと進み始めた。

 少し歩くとすぐにルーナの村『フロンスマーレ』に辿り着いた。

 その村は何とも奇妙な様相をしており、ソルは思わず息を呑んだ。

 淡いゴツゴツとした何かで作られた建物が立ち並ぶその村は、まるで魔法の国に迷い込んでしまったかのように独特で、不思議な魅力を放っている。

 呆気に取られるソルを横目にルーナは自慢げに笑う。

「綺麗でしょ」

 静かに同意したソルはゆっくりと歩き始める。

「おぉ、来よった」見覚えのある顔が笑う。

 村の入り口で談笑していた周りの男たちが、ソルの姿を捉え口を閉ざした。

「こんにちは」

 ルーナはソルの背中を押し出し、興味津々な村の男たちに彼を紹介した。

「みんな、例のソルマルク人、ソルよ」

 ニヤリと笑いながらそう紹介し、村の男たち一人一人をソルに紹介していった。皆人懐っこく笑顔をたたえソルに握手を求めた。ぎこちなく笑いながら挨拶を交わしていく。

「フィーニは議会場で会ってるからわかるわよね。彼はこの村の村長なの」

「会えて光栄じゃよ」と、しわくちゃで枯れた草のような老人が手を差し出してきた。

 ソルはその手を取り曖昧に微笑んだ。

 どうやら未知の世界の植物人間たちは皆、和やかで人懐っこいようだ。ソルはたくさん携えてきた葉枯紙を取り出し「お世話になります」と書き、男たちへと掲げた。

 男たちは一瞬戸惑った様子だったがすぐに嬉しそうに笑い、ソルの肩を叩いた。

「彼、言葉が話せないの。海水に長いこと浸かっていたからって、お父さんが」

「大変だったね。なんかあったらなんでも言ってくれ」

 漁師のロージェだと名乗った男は、「これは友愛の証だ」と言って、目の前で両手の指のみを絡ませ軽く振った。周りにいる男たちもまた、同じように両手を結んだ。

 身体の作りは違えど優しさ溢れる異民族に驚き、ソルは慌てて同じ仕草を返し今度は心から微笑んだ。

 村の男たちは満足そうに頷き笑い合った。

 彼らの人柄に安心したソルは心に引っかかっていたものを確かめるべく、右手を上げ伺うような素振りをして見せた。

 みな、キョトンとした顔をしている。

 ソルは慌てて葉枯紙を引っ張り出し、サラサラっと文字を書き殴っていく。

「他に機会人間はいませんでしたか?事故にあって友達も海に投げ出されてしまったんです」

 ソルの差し出す葉枯紙を覗き込み、村の男たちは顔を顰めている。

「お前、何か見たか?」

「いやー、彼の他には特に何も」

 みな互いの顔を見合わせ確認し合っているが、誰も心当たりがないようだ。

 申し訳なさそうな顔でソルの方へと向き直り、ロージェが代表して口を開いた。

「どうやら誰も他に機会人間を見ていないようだ。・・・力になれなくて申し訳ない」

 ギュッと胸が締めつられるような思いであったが、それでもソルは無理にでも笑顔を作り村の男たちへ感謝の意を示した。

「何か見つかったら知らせるからね」

 男たちはそう慰めるようにソルの肩をそっと叩いた。

 そんな彼らにソルは笑顔で応える。その様子を見ていたたまれなくなったのか、ルーナは不自然に明るい調子で言った。

「それじゃ!他にも色々紹介したいから、私たちは行くね!」

「気をつけてな」

 村の男たちと別れ村の中心地へと向かう。無言のままゆっくりと歩く二人。

(・・・トット。)

 沈んでいく船に取り残された親友のことを思い胸が締め付けられる。

 ルーナがチラチラとこちらを伺っているのを目の端に感じ、ソルは無理やり笑顔を作った。

 彼女は申し訳なさそうにそっと微笑んだ。

 その後、二人は無言のままもう少しばかり歩き村の中心へと辿り着いた。

「ここが村の中心に当たるところで、いろんなお店があるの」

 ルーナはそう言うと、一軒一軒説明しながら店の前を練り歩いていく。

 と、ルーナが突如、「あっ!」と声を上げ、「おーい、コーモス」と手を振った。

 前方の厩舎あたりで、柵の修理をしている男が振り返る。その植物人間はルーナと歳が近いのだろう。全身が若々しくそして逞しい。

「彼、コーモスっていうんだけど、私と歳が近いの。きっとソルのいい友達になれると思うわよ」

 ルーナはコーモスに近づいていきながらそう説明をした。

 ソルは緊張しながらも彼女の後を付いていく。

「よぉ、ルーナ元気か」

 にこやかにそう返したコーモスだったが、背後にいるソルの方を見ると真顔に戻り、ルーナの耳元で何か呟いた。

 ソルには彼が何を言ったのか聞こえなかった。首を傾げ「どう言うこと?」とルーナが尋ねる。

 コーモスは再びルーナに顔を近づけ、ヒソヒソと何かを耳打ちした。

 ルーナは「問題なし」と胸を張り、コーモスの手を引きソルの目の前まで引っ張り出すと、双方を紹介した。

「コーモス、ソルよ。ソル、コーモスよ」

 そう取り次いだルーナは笑顔で二人を眺めている。

「コーモスだ。・・・よろしく」

 渋々と言った様子で、そう言うと友愛の証を目の前に掲げた。

 ソルも友愛の証を掲げ、静かに会釈した。

 コーモスは自分のことを良くは思っていないのだろう。その微妙な空気を感じ取ったソルは居心地が悪かったが、ルーナは一人ニコニコと「よろしくね」と二人に言った。

「それじゃ、俺は行く。早く終わらせないとベラトルさんに怒られちまう」

 コーモスはそう言うと再び厩舎の柵の修理へと戻っていった。

「何かあったら彼を頼るといいわ。コーモスは戦士隊所属でとっても強いのよ」

 さっきの微妙な空気を感じなかったのだろうか。ルーナは満開の笑顔でそう言うと、「じゃあ、次。行きましょう」とさっさと歩き始めた。

(敵わない。ってこういうことを言うのかな。)

 ルーナの飄々とした調子にすっかり励まされたソルは苦笑いを噛み殺し、ルーナの後を追った。

「ここにはプルヴィアおばさんって言う人が住んでいて、怪我とかした時にみんなここで手当てをしてもらったりしてるの。お薬もくれるわ。あ、そうそう。プルヴィアおばさんは議会場でソルに質問したおばさんよ」

 ソルは心の奥まで見透かされるような瞳を思い出して苦笑した。

 ふふふ、と笑うと「静かで少し怖いけど、本当はとってもいい人よ」と付け足した。

 ん?待てよ。

 ルーナはあの議会に参加していたのか、まだほんの子供なのに。

 周りの観察などしてる余裕などなく、ただただオドオドとしていたことを思い出し、気恥ずかしくなったソルは葉枯紙を取り出しルーナに尋ねる。

「ルーナも議会に参加してたの?」

「ええ。参加したわ。ソルを一番最初に見つけたのが私だったから。まぁけどすぐに追い出されちゃったけどね。子供の参加するところじゃないって。呼んでおいて失礼な話よね」

 いじけてみせてまたいたずらっ子のように笑った。

 その後、一通り立ち並ぶお店を見て歩き、道中何人かの人たちと挨拶を交わした後、二人は少し休憩しようと道の脇にある大きな丸太に腰を下ろした。

 村の中には至る所にこのような丸太が置かれており、その背後には先の尖った葉をつけた大きな木が、その丸太に覆いかぶさるようにして生えていた。その木のおかげで陽光が遮られ、ひんやりとした空気が心地よい。

 ルーナは腰に下げた袋から、何やらパラパラと取り出し隣にソルに差し出した。

「はい、これ。ルパっていう木の実。食べられるかしら?」

 ソルの手にパラパラとその実を落とし、そのうち一つを摘み自身の口に運んだ。

 恐る恐るそれを口に運び、噛み締める。ほんのり甘くパキパキとした食感だった。

「美味しい」

 ルーナは胸を張り「私が採ってきたのよ」と笑った。

「どこで採るの?」

「裏の森。木が生い茂っていて日陰が多いからソルにはちょうどいいかもね」

 ルーナはまた一つポリポリとルパの実を頬張りながら、村の反対側の方を指差した。

「よかったらソルも手伝ってね」

 ソルは頷き、手のひらにたくさんあるルパの実を一つ口に運んだ。

 森ってどんな感じなんだろう。

 授業で習った気もするが、もしかしたら居眠りをしていたのかもしれない。あまり記憶にない。

(もう少し真面目に授業を受けておくんだった。)と、一人反省をする。

 小腹が膨れしばらく休んでいる間、ソルはルーナからの質問攻めにあっていた。

「本当に夜しかないの?」

「動物とか植物とかないってほんと?」

「普段何食べてるの?」

 好奇心の尽きない彼女は、ソルの返答にその都度大袈裟に驚いて見せ、「それでそれで?」と質問を繰り返すのであった。

 彼女との会話は楽しかったが、筆談というのがなんとももどかしく、言葉の話せなくなってしまった自分の体を恨んだ。

 ソルマルクに戻って病院に行けば、きっと治るだろう。しかし、その後またルナシリスに来てルーナと会う、ということは不可能なことに思える。

(もっとちゃんと話せたらなぁ。)

 そんなことを考えながら、軽い自己憐憫に陥った。

 そんなソルの気持ちを知ってか知らずか、ルーナは突如立ち上がり、歩き始めた。

 ソルも慌てて着いて行き、ルーナの肩を叩いた。

「次はどこ行くの?」

「私の友達を紹介しようと思って。ロキエッタって女の子よ」

 すぐそこ、と前方の大きな家を指差した。漁師団の長の娘であるロキエッタはルーナの親友であり、用があると呼び出されていたらしい。

 ソルを見つけたことによってそれどころではなくなり、会えずじまいだったとのことだ。

 大きく立派な家に着く手前、一人の老人が通りがかり隣にいたルーナが大きな感嘆の声を上げた。

「モルぺおじさん!」

 ゆっくりと歩くその老人は、真っ白な髭をたっぷりとたくわえており、村長のフィーニよりもさらに枯れた葉のように年老いていた。

 モルぺと呼ばれたその老人は振り返ることなく、ゆっくりと歩みを進めている。

 そんな老人の肩をそっと叩いて、ルーナは挨拶をした。

 ゆっくりと振り向いたその老人は、ルーナの顔を確認するとこれまたゆっくりと微笑んだ。まるで自身の顔が崩れるのを恐れているかのような微笑み方だった。

 ゆっくりと手を捻り、その手を優雅に差し出した。

 ルーナはその手を取ることはせず、軽く握りしめた両手を胸の前で軽く振った。

 一通り人たちとの挨拶を交わしていたソルであったが、また新たな風習を目の当たりにし、挨拶を覚えるまで時間がかかるなぁと、その光景をぼんやりと見つめていた。

 視線を感じ二人を見やると、モルぺがこちらを凝視していた。

 ルーナが何やら手を大きく動かし、まるで踊っているかのような動きをした。

(手話か!)

 ルーナの不思議な動きを見てやっと気がついた。その老人は耳が聞こえないのだ。

 ルーナに手招きされ、ソルはその老人へ会釈をした。

 老人は頷き、手を差し出してきた。

 先ほどのルーナを真似て、ソルも同じように握りしめた両手を胸の前で勢いよく振った。

 その様子を見た二人はキョトンとし、そしてすぐにクスクス笑った。ルーナに至っては噴き出している。

「ソル。モルぺおじさんは握手したいのよ」

 お腹を抱えながら笑う。ソルにはその違いがわからず、微妙な笑顔を浮かべながらその老人の手を取った。

「モルぺおじさんはね、旅人なの。この辺りの森をずっと探検して、森の声や動物の声を聞いて回っているの」

 また何やら手を使ってモルぺへ伝えた。

 モルぺは頷き、今度はソルに向かって何やら手話を行った。

「急ぎなさい。って言ってるわ」首を傾げながらルーナはそう言った。

 早く帰れ、ということだろうか。ソルは肩を落としルーナの方を見やる。

 ルーナにも意味がわからなかったらしく、手話で何やら語りかけているが、それ以上その老人が何かを言うことはなかった。

 その老人はソルの肩に手を置くとそっと微笑んだ。その目には敵対心などはなく、深い慈愛を感じさせるものであった。

 ソルは黙って頭を下げ、戸惑いながらも先ほど習った友愛の証を表した。

 老人はそれを返すことなく、またとぼとぼと歩き始め、やがて森の方へと消えていった。

「急ぎなさい。ってどういうことかしら」

 モルぺの去った方向を見ながらルーナが呟いた。

 やはり余所者はさっさと去れ、ということだろうか。

 気を落としたソルを察してのことか、ルーナは明るく言い放った。

「別に早く国に帰れってことじゃないと思うわ。モルぺおじさんがそんなひどいこと言うわけないもの」

 行きましょう。とすぐ目の前まで来ていた家の戸を叩く。

 家の中から女性の声が聞こえくる。

 バタンと勢いよくドアが開けられると、そこには小太りの女性が立っていた。

「こんにちわ。ロキーはいる?」

「あら、ルーナ」

 これまた優しそうな満面の笑みを浮かべ、今にも抱きしめんとするばかりの勢いでルーナの頬を両手で撫でた。

「噂の子ね」

 ソルの大きな葉っぱを抱えたソルの姿を見て微笑み、「よく来たわね」と微笑んだ。

「ソルっていうの」

 ソルは友愛の証をし、お辞儀をした。

「まぁ、すごい。お利口さんなのね」

 少しばかり子供扱いが過ぎる気がしたが、悪い気はせずソルは微笑んだ。

「ロキーなんだけど、昨日帰ってきてからずっとベッドに篭っててね。何にヘソ曲げているのか知らないけれど、ふて寝してるのよ」

 やれやれ、と年頃の娘を抱える母親は腰に手を当て、ルーナたちを家の中へと迎え入れた。

「ルーナ、ちょっとロキーを起こしてきてくれるかい?」

 ルーナはわかった、と勝手知った足取りで家の奥の方へと歩いていく。

 一人置いて行かれたソルは、どうしていいのかわからず玄関口にただ一人ぽつんと立ち尽くしていた。

「どうぞ座って。ゆっくりしてってちょうだい」

 そういうとロキーの母親は台所から、何やら盆に乗せて持ってきた。

「こういうのって食べられるのかしら」

 白い液体と茶色い円盤型のものが置かれていた。

 ソルは葉枯紙に「多分大丈夫です」と書き殴り、ロキーの母親に見せる。

 突き出された葉枯紙を見て、多少驚いた様子だったが、すぐに笑顔に戻り「それじゃ、遠慮せず食べてみて」と言った。

 木の実を削ってできたカップに入った白い液体を手に取り口をつける。

 甘い。独特な香りと濃厚な甘い味がした。「それはマクマイっていうフルーツの飲み物」とおばさんが教えてくれる。

 ソルは頷き「美味しいです」とおばさんに書き告げた。

 おばさんはうれしそうに頷き、「そっちも食べて。ルーナのお気に入りよ」と、茶色い円盤型のものを勧めた。

 これもまた独特の風味がしたが、甘じょっぱくサクサクとした食感がとても美味であった。

 ソルは改めて頷き、おばさんも嬉しそうに頷いた。

 と、部屋の奥の方から大きな声が聞こえてきた。

「帰ってよ!」

 ビクッと体震わせた二人は顔を見合わせる。

「あらやだ、喧嘩かしら」

 おばさんは声のした方を見ながら呟き、ため息をつきながら様子を見に行こうとした。

 するとほどなくして、バタバタと二つの足音が鳴り響いてきた。何やら口論をしている。

「どうしたのよ、ロキー」

 困り顔で追い立てられながらルーナは言った。

 その背中を一人の少女がグイッと押しやりながら居間の方まで出てきた。

 ロキエッタだろうか。

 新芽が生えたように柔らかくみずみずしい葉が彼女を覆っている。その葉はルーナとは異なり細長く先が鋭く尖っていた。

 ロキエッタはソルの姿を捉えるとハッと息を呑み、金切り声で叫んだ。

「そんなものと仲良くしてるなんてどうかしてるわ」

 ソルは気まずそうに身をすくめ、俯いた。

「そんなものって。ソルは人よ。何が問題だっていうの?」

「ルーナはソルマルクが世界を蹂躙した歴史を知らないの?知ってるでしょ?それに言葉だって話せなくて、筆談してるっていうじゃない。気味が悪いわ」

「ひどいわ、ロキー。彼は怪我してるの。それに国同士であった争いとソルは無関係だわ。彼とってもいい人よ」

 ソルの肩に手を置き、抗議するルーナ。

「呆れた」

 はぁっとため息をつき、部屋へと戻ろうとするロキエッタ。

「もうルーナなんか知らない。どうなっても知らないからね」

 そう言うと、ロキエッタは部屋の扉を乱暴に閉め、それ以降沈黙を貫いた。

 おばさんが気まずそうに謝り、ソルの背中をさすった。

「ごめんね、うちの娘がひどいことを」

 ルーナが肩を落としとぼとぼと戻ってきた。

「ごめんね、ソル」

 ソルは首を振り、「全然大丈夫」と書きなぐった。

「ルーナもごめんね。後でしっかり叱っておくから」

 おばさんは苦々しく微笑み、娘の閉じこもった部屋の扉を見据えた。

 二人はルキエッタの家を出て、とぼとぼと村を歩いた。

 先ほどのやりとりが気まずいのか、ルーナは何をいうでもなくただひたすら歩いている。

 ソルはふと、村で会った沈黙の老人モルぺのことを思い出し、自分も手話をできるようになろうと思った。

 ルーナの方を叩き、葉枯紙を引っ張り出す。

「手話、教えて」

 それを見てルーナは驚いたようだったが、何やら手を動かし手話で返事をしてきた。

「これは、オッケー、の意味」

 いつものように悪戯っ子のようにルーナは笑い、「帰ろう」とソルの手を引いた。

 オッケー、の手話はソルでも知っていた。
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