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〜4章〜
植物人間
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「みなさんは『植物人間』をご存知ですか?」
ソルたちは今日もまた授業を受けている。教員は今日もまた、モニターの向こうだ。
教員の問いかけに、教室は静まり返る。
「知らないですかね。『植物人間』とは、旧人類、まだタンパク質で肉体が組織されている時代。脳が損傷を受け、意識が失われながらも体は生き永らえている状態になってしまった人のことを指します」
手元の電子ノートにはベッドに横たわる老人が映し出されている。
その老人からはさまざまな管が生えており、どこか寂しい雰囲気を漂わせている。
「名前の通り、生きてはいますが、意志の疎通は不可能で、それはまるで植物と同じであるため、そう名付けられました」
ゆっくりと胸を上下させていた老人は、やがて管に飲み込まれ一つの卵型の物体になった。
「本日、勉強するのは『植物人間』についてです」
卵型の物体の上に、『もう一つの新人類・植物人間』と、タイトルが書き出される。
「ひとえに『植物人間』と言っても、これから学ぶのはルナシリスの民についてです」
卵型の物体にヒビが入り、中から角の生えた獣が這い出してきた。
「ルナシリスの民もまた、『天と地の戦い』において『進化』に迫られました」
ソルは今日は珍しくしっかりと授業に耳を傾けている。
教員は、我々が新たな肉体を得たのと同じよう、ルナシリスの民もまた新たな肉体が必要だった、と説明を始めた。
「まずは簡単に、当時のソルマルクとルナシリスの関係についてお話していきましょう」
「当時、彼らは星との調和を目指し、その力を利用した技術を高めていました」
角の生えた獣が、大地にその角を突き刺し、どんどん剥がしていく。
「彼ら独自の技術発展が世界を脅かしていました」
剥がれた大地が、新たな獣に変わり大きな軍勢と化していった。
「星の支配を恐れた我々ソルマルクは、ルナシリスとの和平条約を結ぶべく、海を渡りました」
小さな小舟に乗った人体模型たちは荒波に揉まれている。
「互いの技術を共有し、共に発展していこう、と、ソルマルクは星の発展のため、友愛の手を差し伸べました」
角の生えた獣と小さな人型の模型が対峙している。ソルはそれをぼんやりと眺めていた。
教員は、一呼吸をおき、残念ながら、と続けた。
モニター内の人型の模型がその獣に引き裂かれる。
「しかし、ルナシリスの王、ロータス・マーレは愚かにも我々ソルマルクの友愛の手を拒み、すぐさま攻撃に転じました」
教室内の生徒たちは、静かながら何処かぼんやりと空を見ている。ソルも欠伸を噛み殺す。
ルナシリス王国の悪事は、授業で習わずとも皆知っている歴然とした歴史であるからだ。
「しかし、この争いはそう長くは続きませんでした。。理由がわかる人はいますか?」
しんと静まり返る教室。ソルはなんとなくの理解はあったが、当然答えることはなかった。
「今日も珍しくちゃんと起きてますね、ではソル君」
ソルはビクッと体を震わせ、呆然とした。
(起きてるのに、また僕か!)
教室内が笑い声に包まれる。心の中で毒づいたソルは咳払いをし、答えた。
「神々の怒りに触れたからです」
またもや笑い声に包まれる教室。ソルはムッとし、後ろを振り返る。
トットが呆れた顔で、やれやれと両手を上げていた。
「一理ありますね。しかし、歴史書にはこう書かれています。『国家間の戦争の経験がない両国はすぐに疲弊し、戦争を続ける体力がなくなった。』と」
獣と人型模型は共に倒れ、やがて動かなくなった。
「授業で神様の存在が出てくるわけないだろ」とトットが後ろから囃し立てる。
ソルは振り向きもせず、ふんっ、と鼻を鳴らす。
「この争いで、ルナシリスの脅威を目の当たりにした我々ソルマルクは、自衛のため現在の法神『アイアス』を作ることを決定しました」教員が続ける。
説明を聞いていたソルは、段々と睡魔が忍び寄るのを自覚した。
(今日はちゃんと起きてるぞ。また笑いものにされたらかなわない)
段々とぼやける視界の中、ソルはなんとか起きていようと努める。ぼんやりと教員の声が聞こえてくる。
「さて、『アイアス』誕生後の歴史についてですが、時間がないのでざっと説明していきます。みなさん寝ないようしっかりと聞いてくださいね」
教室内から乾いた笑い声が響く。
ソルは連れ去られそうな意識の中、教員の話に耳を傾けた。
『アイアス』
ソルマルクの人類が生み出した『完全神』とも呼ばれている、高度な人工知能。
ありとあらゆるデータを元に、国家の政策を決定し、実質的な国の支配を担っている。
実際に『アイアス』誕生後の人類史を見るに、『アイアス』による統治は功を奏しているといって過言ではない。
ソルマルクの急速な発展に焦りを見せたルナシリスは、ソルマルクの首都『インソムニア』にて、同時多発的なテロ行為を行なった。青年たちの集う小さな集会にて、飲食物に毒を盛ったのだった。
このルナシリスの下劣な行為に憤ったソルマルク政府は、これを宣戦布告とし、すぐさま反撃を開始した。
『アイアス』の力は圧倒的であった。
ルナシリスの応戦にも怯むことなく、次々と町を制圧していく。
ソルマルク国民は『アイアス』の圧倒的な力に、胸を躍らせ、高揚した。
今度こそ、勝てる。
今度こそ、正義の鉄槌が下される。
追い詰められたルナシリスの時の王、ロータス・マーレは、敗走し山の奥深くへと消えた。
すでに散り散りとなり、虫の息となっていたルナシリスを目の当たりにし、ソルマルク国民は鬨の声を上げた。
正義の勝利を確信した時であった。
大きな揺れと共に、大地が割れた。
空を見上げると巨大な竜巻が渦巻き、海には巨大な津波が押し寄せていた。
大きな混乱をきたしたソルマルク国民は、阿鼻叫喚し逃げ惑った。
しかし、大地から溢れ出した溶岩に囲まれ逃げ場を失った。
そうして彼らは、空から降り注ぐ瓦礫に潰され、そして押し寄せる津波に飲まれた。
ルナシリスは、星をも破壊せんとするほどの、強力で邪悪な魔法を用いたのだ。
この大悪術を止めるべく、『アイアス』は奮闘したが、力及ばず、その身を消失した。
悪魔が解き放たれたかのような光景だった。
栄華を誇った街は、今では瓦礫の山と化し、豊かな緑や、楽しげに歌う生物の声も消えていた。
『天と地の戦い』はこうして幕を閉じた。
と、同時に星の崩壊が始まった時でもあった。
「ソル君、ソル君」
遠くで何者かの声がこだましている。
(うるさいなぁ、誰だよ)
ソルは不躾なその呼び声に蓋をした。
と、突如背中に激しい衝撃と共に痛みが生じる。
「痛っ!」
ガバっと起き上がり、背中の方を見やると、トットが笑っていた。
「おはよう、ソル君」
ニヤニヤとするトットを目にし、ソルは状況を把握した。
「起きてます、起きてます!大丈夫です!」
教室内が笑い声で充満する。これで何度目だろうか。
「起きているフリが上手になりましたね」と、教員。
再度、笑い声が教室内に上がる。
「あのー、すいません」
ソルは、自身が信じられず平謝りした。
「少し話が長くなってしまいましたかね。少し早いですが、一旦休憩にしましょう。十五分後に再開します」
教員は怒るでもなく、そう言うと、遅れないように、と付け足しモニターの向こうから消えた。生徒たちはバタバタと立ち上がり、教室内はすぐさま喧騒に包まれた。
「お前寝すぎだろ」
トットは笑いながらソルの右肩を指で突き差した。周りにいた生徒たちが、クスッと笑い声を上げる。
「起きていようと思ってたんだけど、なんでかな」
後頭部をカリカリと掻きながらソルは気まずそうに肩をすくめる。
「てか、もう少し優しく起こしてくれない?めっちゃ痛かったんだけど」
ソルは多少の怒りを滲ませ、トットに不満を垂れる。
トットは笑いながらただ一言、お前が悪い、と言った。
「それで、どこまで聞いてたんだ?」
「いやー多分全部聞いてたよ、けど半分は寝てた」
なんだそりゃ、とトットは呆れている。
「真面目なのか不真面目なのかよくわからんやつだなお前は」
やれやれと、トットは大袈裟に両手を上げた。
ソルは、んーと唸り、次こそは寝ないぞ、と固く心に誓った。
「全員揃ってますね。ソル君は起きてますね」
もう慣れた。笑い声。ソルは、背筋を伸ばし、元気よく返事をした。再度、笑い声。
それでは、本題に戻ります。と教員が説明を始める。
「なぜルナシリスの民が『植物人間』と評されるのか。それは『天と地の戦い』の後、ルナシリスの民が辿った『進化』の過程にあります」
手元のモニターには、卵型の物体がいくつも地面に突き刺さるようにして立っている。
その卵型の物体を指でなぞると、ご機嫌のようにその身を微かに震わせた。
「ルナシリスもまた先の争いに際し、地殻変動に直面し存続の危機に瀕しました」
では彼らはどのようにして生きながらえたのか、と教員が続ける。
「それは、妖術を用いた植物及び動物との融合によるものでした」
モニター内の卵型の物体が触手によって持ち上げられ、運ばれていく。
教室内はざわめき、すぐさまトットが質問をする。
「先生、それはつまり、植物や動物との交配ということでしょうか?」
「詳しくは判明していませんが、恐らくそれに近しいことが行われたと推測されています」
再度教室内がざわめいた。
もしこれが事実ならなんともおぞましいことである。
トットが後ろで、なんかヤベェな、と漏らしている。
ソルはまたもや欠伸を噛み殺した。
(なんでこんなに眠たいんだろう、今日は)
ショッキングな内容であるにも関わらず、睡魔はソルを離してくれない。
「お静かに。さて、動植物との融合を果たした結果、ルナシリスの民は新たな環境下に適応するに至りました。どのような理由を持ってだかわかりますか?」
教員が女生徒を指名する。
「ルナシリスは、ソルマルクほど被害を受けなかったため、より生命力の高い動植物を取り込むことにより、環境の変化に適応したと思います」
女生徒は前回ほど自信を持っていないようだ。教員も微笑みながら、惜しいです、と述べた。
「確かに、ルナシリスの領地は戦争による被害が多くはありませんでした。しかし、それでも、一つ重大な被害に遭いました。それは、やはり自転軸の変化です」
あ、っと女生徒が息を呑む。
「気づきましたか?もしよろしければ、回答願えますか?」
再度指名された女生徒は、辿々しくも次のように続けた。
「ソルマルクは、自転軸の変化により陽光が射さなくなりました。同時に、ルナシリスは自転軸の変化により、月光が射さなくなりました。つまり、夜がなく常に陽光のみが差し込む熱帯地域に適応する必要に迫られたということになります。えっと、それで、、、」
女生徒の回答は段々と尻すぼみになっていく。
「ありがとうございます。素晴らしい回答です。少しだけ私の方から補足させていただきます」
女生徒はなんとも言えない表情のまま席に座っているが、ひとまず安堵したようだった。
「先ほど説明をしていただいたように、ルナシリスは自転軸の変化により陽光のみが射す熱帯地域へと変化しました」
触手に運ばれている卵型の物体はうっすると汗のようなものをかいている。
やがて、一つ一つ地面の中へと埋め込まれていった。
「結論から言いますと、ルナシリスの民は『光合成』を行える身体にすることにより、その身の存続を可能にしました」
卵型の物体が地面に埋め込まれた場所から、一本の草が生え始めた。それは風に揺られ心地よさそうにしており、ソルの眠気をさらに助長する。
「『光合成』と言うのは、植物に備わっている機能の一つで、陽光エネルギーを変換して生体に必要な有機物質を作り出す反応過程のことを指し、この特性をなんらかの形で取り込んだと思われます」
やがて草はどんどんと育ち、大きな木や花へと変化していく。
「ルナシリスの民は、『光合成』を可能にすることにより、熱帯地域での生存を可能にしました」
すくすくと育つ植物が、今ではその姿を徐々に変え始めている。
「また、それと同時に動物の特性も一部取り込む者もいるようで、より自然と調和した姿形へと変貌することとなりました」
モニター内にはいわゆる『植物人型』が誕生していた。
「これらのことを踏まえ、ルナシリスの民は『植物人間』と評されることになったのです」
その『植物人間』はゆっくりと歩を進める。ふと足を止め、こちらを振り返ると、そっと微笑んだ。綺麗であどけない、花のような少女だった。
ソルはついに、寝落ちした。
ソルたちは今日もまた授業を受けている。教員は今日もまた、モニターの向こうだ。
教員の問いかけに、教室は静まり返る。
「知らないですかね。『植物人間』とは、旧人類、まだタンパク質で肉体が組織されている時代。脳が損傷を受け、意識が失われながらも体は生き永らえている状態になってしまった人のことを指します」
手元の電子ノートにはベッドに横たわる老人が映し出されている。
その老人からはさまざまな管が生えており、どこか寂しい雰囲気を漂わせている。
「名前の通り、生きてはいますが、意志の疎通は不可能で、それはまるで植物と同じであるため、そう名付けられました」
ゆっくりと胸を上下させていた老人は、やがて管に飲み込まれ一つの卵型の物体になった。
「本日、勉強するのは『植物人間』についてです」
卵型の物体の上に、『もう一つの新人類・植物人間』と、タイトルが書き出される。
「ひとえに『植物人間』と言っても、これから学ぶのはルナシリスの民についてです」
卵型の物体にヒビが入り、中から角の生えた獣が這い出してきた。
「ルナシリスの民もまた、『天と地の戦い』において『進化』に迫られました」
ソルは今日は珍しくしっかりと授業に耳を傾けている。
教員は、我々が新たな肉体を得たのと同じよう、ルナシリスの民もまた新たな肉体が必要だった、と説明を始めた。
「まずは簡単に、当時のソルマルクとルナシリスの関係についてお話していきましょう」
「当時、彼らは星との調和を目指し、その力を利用した技術を高めていました」
角の生えた獣が、大地にその角を突き刺し、どんどん剥がしていく。
「彼ら独自の技術発展が世界を脅かしていました」
剥がれた大地が、新たな獣に変わり大きな軍勢と化していった。
「星の支配を恐れた我々ソルマルクは、ルナシリスとの和平条約を結ぶべく、海を渡りました」
小さな小舟に乗った人体模型たちは荒波に揉まれている。
「互いの技術を共有し、共に発展していこう、と、ソルマルクは星の発展のため、友愛の手を差し伸べました」
角の生えた獣と小さな人型の模型が対峙している。ソルはそれをぼんやりと眺めていた。
教員は、一呼吸をおき、残念ながら、と続けた。
モニター内の人型の模型がその獣に引き裂かれる。
「しかし、ルナシリスの王、ロータス・マーレは愚かにも我々ソルマルクの友愛の手を拒み、すぐさま攻撃に転じました」
教室内の生徒たちは、静かながら何処かぼんやりと空を見ている。ソルも欠伸を噛み殺す。
ルナシリス王国の悪事は、授業で習わずとも皆知っている歴然とした歴史であるからだ。
「しかし、この争いはそう長くは続きませんでした。。理由がわかる人はいますか?」
しんと静まり返る教室。ソルはなんとなくの理解はあったが、当然答えることはなかった。
「今日も珍しくちゃんと起きてますね、ではソル君」
ソルはビクッと体を震わせ、呆然とした。
(起きてるのに、また僕か!)
教室内が笑い声に包まれる。心の中で毒づいたソルは咳払いをし、答えた。
「神々の怒りに触れたからです」
またもや笑い声に包まれる教室。ソルはムッとし、後ろを振り返る。
トットが呆れた顔で、やれやれと両手を上げていた。
「一理ありますね。しかし、歴史書にはこう書かれています。『国家間の戦争の経験がない両国はすぐに疲弊し、戦争を続ける体力がなくなった。』と」
獣と人型模型は共に倒れ、やがて動かなくなった。
「授業で神様の存在が出てくるわけないだろ」とトットが後ろから囃し立てる。
ソルは振り向きもせず、ふんっ、と鼻を鳴らす。
「この争いで、ルナシリスの脅威を目の当たりにした我々ソルマルクは、自衛のため現在の法神『アイアス』を作ることを決定しました」教員が続ける。
説明を聞いていたソルは、段々と睡魔が忍び寄るのを自覚した。
(今日はちゃんと起きてるぞ。また笑いものにされたらかなわない)
段々とぼやける視界の中、ソルはなんとか起きていようと努める。ぼんやりと教員の声が聞こえてくる。
「さて、『アイアス』誕生後の歴史についてですが、時間がないのでざっと説明していきます。みなさん寝ないようしっかりと聞いてくださいね」
教室内から乾いた笑い声が響く。
ソルは連れ去られそうな意識の中、教員の話に耳を傾けた。
『アイアス』
ソルマルクの人類が生み出した『完全神』とも呼ばれている、高度な人工知能。
ありとあらゆるデータを元に、国家の政策を決定し、実質的な国の支配を担っている。
実際に『アイアス』誕生後の人類史を見るに、『アイアス』による統治は功を奏しているといって過言ではない。
ソルマルクの急速な発展に焦りを見せたルナシリスは、ソルマルクの首都『インソムニア』にて、同時多発的なテロ行為を行なった。青年たちの集う小さな集会にて、飲食物に毒を盛ったのだった。
このルナシリスの下劣な行為に憤ったソルマルク政府は、これを宣戦布告とし、すぐさま反撃を開始した。
『アイアス』の力は圧倒的であった。
ルナシリスの応戦にも怯むことなく、次々と町を制圧していく。
ソルマルク国民は『アイアス』の圧倒的な力に、胸を躍らせ、高揚した。
今度こそ、勝てる。
今度こそ、正義の鉄槌が下される。
追い詰められたルナシリスの時の王、ロータス・マーレは、敗走し山の奥深くへと消えた。
すでに散り散りとなり、虫の息となっていたルナシリスを目の当たりにし、ソルマルク国民は鬨の声を上げた。
正義の勝利を確信した時であった。
大きな揺れと共に、大地が割れた。
空を見上げると巨大な竜巻が渦巻き、海には巨大な津波が押し寄せていた。
大きな混乱をきたしたソルマルク国民は、阿鼻叫喚し逃げ惑った。
しかし、大地から溢れ出した溶岩に囲まれ逃げ場を失った。
そうして彼らは、空から降り注ぐ瓦礫に潰され、そして押し寄せる津波に飲まれた。
ルナシリスは、星をも破壊せんとするほどの、強力で邪悪な魔法を用いたのだ。
この大悪術を止めるべく、『アイアス』は奮闘したが、力及ばず、その身を消失した。
悪魔が解き放たれたかのような光景だった。
栄華を誇った街は、今では瓦礫の山と化し、豊かな緑や、楽しげに歌う生物の声も消えていた。
『天と地の戦い』はこうして幕を閉じた。
と、同時に星の崩壊が始まった時でもあった。
「ソル君、ソル君」
遠くで何者かの声がこだましている。
(うるさいなぁ、誰だよ)
ソルは不躾なその呼び声に蓋をした。
と、突如背中に激しい衝撃と共に痛みが生じる。
「痛っ!」
ガバっと起き上がり、背中の方を見やると、トットが笑っていた。
「おはよう、ソル君」
ニヤニヤとするトットを目にし、ソルは状況を把握した。
「起きてます、起きてます!大丈夫です!」
教室内が笑い声で充満する。これで何度目だろうか。
「起きているフリが上手になりましたね」と、教員。
再度、笑い声が教室内に上がる。
「あのー、すいません」
ソルは、自身が信じられず平謝りした。
「少し話が長くなってしまいましたかね。少し早いですが、一旦休憩にしましょう。十五分後に再開します」
教員は怒るでもなく、そう言うと、遅れないように、と付け足しモニターの向こうから消えた。生徒たちはバタバタと立ち上がり、教室内はすぐさま喧騒に包まれた。
「お前寝すぎだろ」
トットは笑いながらソルの右肩を指で突き差した。周りにいた生徒たちが、クスッと笑い声を上げる。
「起きていようと思ってたんだけど、なんでかな」
後頭部をカリカリと掻きながらソルは気まずそうに肩をすくめる。
「てか、もう少し優しく起こしてくれない?めっちゃ痛かったんだけど」
ソルは多少の怒りを滲ませ、トットに不満を垂れる。
トットは笑いながらただ一言、お前が悪い、と言った。
「それで、どこまで聞いてたんだ?」
「いやー多分全部聞いてたよ、けど半分は寝てた」
なんだそりゃ、とトットは呆れている。
「真面目なのか不真面目なのかよくわからんやつだなお前は」
やれやれと、トットは大袈裟に両手を上げた。
ソルは、んーと唸り、次こそは寝ないぞ、と固く心に誓った。
「全員揃ってますね。ソル君は起きてますね」
もう慣れた。笑い声。ソルは、背筋を伸ばし、元気よく返事をした。再度、笑い声。
それでは、本題に戻ります。と教員が説明を始める。
「なぜルナシリスの民が『植物人間』と評されるのか。それは『天と地の戦い』の後、ルナシリスの民が辿った『進化』の過程にあります」
手元のモニターには、卵型の物体がいくつも地面に突き刺さるようにして立っている。
その卵型の物体を指でなぞると、ご機嫌のようにその身を微かに震わせた。
「ルナシリスもまた先の争いに際し、地殻変動に直面し存続の危機に瀕しました」
では彼らはどのようにして生きながらえたのか、と教員が続ける。
「それは、妖術を用いた植物及び動物との融合によるものでした」
モニター内の卵型の物体が触手によって持ち上げられ、運ばれていく。
教室内はざわめき、すぐさまトットが質問をする。
「先生、それはつまり、植物や動物との交配ということでしょうか?」
「詳しくは判明していませんが、恐らくそれに近しいことが行われたと推測されています」
再度教室内がざわめいた。
もしこれが事実ならなんともおぞましいことである。
トットが後ろで、なんかヤベェな、と漏らしている。
ソルはまたもや欠伸を噛み殺した。
(なんでこんなに眠たいんだろう、今日は)
ショッキングな内容であるにも関わらず、睡魔はソルを離してくれない。
「お静かに。さて、動植物との融合を果たした結果、ルナシリスの民は新たな環境下に適応するに至りました。どのような理由を持ってだかわかりますか?」
教員が女生徒を指名する。
「ルナシリスは、ソルマルクほど被害を受けなかったため、より生命力の高い動植物を取り込むことにより、環境の変化に適応したと思います」
女生徒は前回ほど自信を持っていないようだ。教員も微笑みながら、惜しいです、と述べた。
「確かに、ルナシリスの領地は戦争による被害が多くはありませんでした。しかし、それでも、一つ重大な被害に遭いました。それは、やはり自転軸の変化です」
あ、っと女生徒が息を呑む。
「気づきましたか?もしよろしければ、回答願えますか?」
再度指名された女生徒は、辿々しくも次のように続けた。
「ソルマルクは、自転軸の変化により陽光が射さなくなりました。同時に、ルナシリスは自転軸の変化により、月光が射さなくなりました。つまり、夜がなく常に陽光のみが差し込む熱帯地域に適応する必要に迫られたということになります。えっと、それで、、、」
女生徒の回答は段々と尻すぼみになっていく。
「ありがとうございます。素晴らしい回答です。少しだけ私の方から補足させていただきます」
女生徒はなんとも言えない表情のまま席に座っているが、ひとまず安堵したようだった。
「先ほど説明をしていただいたように、ルナシリスは自転軸の変化により陽光のみが射す熱帯地域へと変化しました」
触手に運ばれている卵型の物体はうっすると汗のようなものをかいている。
やがて、一つ一つ地面の中へと埋め込まれていった。
「結論から言いますと、ルナシリスの民は『光合成』を行える身体にすることにより、その身の存続を可能にしました」
卵型の物体が地面に埋め込まれた場所から、一本の草が生え始めた。それは風に揺られ心地よさそうにしており、ソルの眠気をさらに助長する。
「『光合成』と言うのは、植物に備わっている機能の一つで、陽光エネルギーを変換して生体に必要な有機物質を作り出す反応過程のことを指し、この特性をなんらかの形で取り込んだと思われます」
やがて草はどんどんと育ち、大きな木や花へと変化していく。
「ルナシリスの民は、『光合成』を可能にすることにより、熱帯地域での生存を可能にしました」
すくすくと育つ植物が、今ではその姿を徐々に変え始めている。
「また、それと同時に動物の特性も一部取り込む者もいるようで、より自然と調和した姿形へと変貌することとなりました」
モニター内にはいわゆる『植物人型』が誕生していた。
「これらのことを踏まえ、ルナシリスの民は『植物人間』と評されることになったのです」
その『植物人間』はゆっくりと歩を進める。ふと足を止め、こちらを振り返ると、そっと微笑んだ。綺麗であどけない、花のような少女だった。
ソルはついに、寝落ちした。
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