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〜1章〜
人体の仕組みとその歴史
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「十五歳を迎えた青少年の受けるべき義務とはなんですか?・・・ソル君」
巨大なモニター越しに薄く輝く赤い視線が教室内を射抜く。窓から射す月の光が教室内を照らし、月明かりに輝く氷の結晶がキラキラと輝いている。
ソルと呼ばれた少年は、ビクッと体を震わせ、姿勢を正した。
「えっと・・・身体検査を受けて、自身の欠落したDNAの発現を確認すること、ですかね」
「そうですね。前回の話はちゃんと聞いていたようですね」
その教員は満足そうに頷き「たまには寝ずにしっかりと授業を受けてください」と付け足した。教室に笑い声が鳴り響く。決まりの悪いソルは真面目な表情を取り繕い、静かに頷いた。ふと背中を小突かれ後ろを振り返ると、親友であるウェンティトット、通称トットがニヤリと笑っている。
「今日はまだ寝てない」ソルはそう呟くと、苦笑いを噛み殺しながら視線をモニターへと戻す。
「さて、今日はみなさんの電子ノートに送りました資料に書いてあるように、我々ソルマルク人の『人体の仕組み及びその歴史』について学んでいこうと思います」
目の前のモニターが教員から資料へと切り替わり、それと同時に生徒たちの手元の電子ノートも併せて切り替わる。そこには人体模型の図が映し出され、腕や脚、様々な部位が付いたり離れたりを繰り返していた。
「さて、我々ソルマルク帝国の人類の祖先は、早急な『進化』を余儀なくされました」
全ての部位が正しき位置に収まると、その人体模型はテクテクと歩き始めた。
「それは遥か昔、ルナシリス王国との間で起こった『天と地の戦い』による地殻変動により起こった、大規模な環境の変化によるものでした。戦争の歴史については、別途、歴史学の方で」
モニターが切り替わり、そこにはこの星を思わせる球体の図がゆっくりと回転を始める。星を模したその球体の頭上をミサイルが行き交う。人体模型はミサイルから逃げるかのように行ったり来たりを繰り返した。
「さて、ここでいう『進化』とは、旧一般的であった生物学でいうところの『進化』とは全く異なり、科学技術に依るものでした。通常、環境への適応のための『進化』には、気の遠くなるような時間がかかるか、もしくは環境に適応したものだけが生き残り、それを『進化』の結果、とされていますが、それを待っていては人類はすぐに滅亡していたことでしょう。
我々の祖先は絶滅の危機に瀕していたため、一刻も早い『進化』を迫られました」
人体模型は一人、また一人と倒れていく。モニターの教員は続けた。
「ではなぜ、絶滅の危機に瀕していたのか。それを理解するにはまず、当時の人体について理解する必要があります」
モニター内に四つ足の獣が現れ走り回り始める。ソルが指で突っつくと、その四つ足の獣はびっくりしたかのように跳び上がり、より一層速度を上げ走り始めた。
「我々の祖先の肉体は、現在の私たちとは異なり、タンパク質と呼ばれる成分を基本に構成されていました。その肉体の維持のためには、様々なエネルギー源を取り込む必要がありました」
獣を追いかけ回す人体模型たち。やがて獣は捕まり各部位ごとに分解されていく。
「しかし、先ほど申し上げた地殻変動により、エネルギー源の確保が困難になりました。その理由がわかる人はいますか?」
女生徒が颯爽と手を上げる。
手元のモニターが三角形の図を写し始めた。ソルは珍しく睡魔に襲われず、授業についていけている。
「星の自転軸の変化によりさまざまな変化が起こりました。まず、陽光が刺さなくなったということです。そのためソルマルクは極度の極寒地域となりました。
また、戦争による天変地異により、海面が一気に上昇したソルマルクは国土の縮小を余儀なくされ、極度の温度低下も相まってそれまでの農業や畜産業からの撤退を余儀なくされます。
そのような変化のため、やがて草木や獣が完全に死滅し、当時の主なエネルギー源の確保が困難になりました」
女生徒は淀みなく答えていく。
「そのため、食物連鎖は一瞬で崩壊し、私たちの祖先は生存の危機に瀕しました」
スラスラと答えた女生徒に満足した様子の教員は嬉しそうに頷いた。
「おっしゃる通りです。当時の技術力を持ってしても、ほとんどの生物は死に絶え我々人類もまた絶滅の危機に瀕したのです」
教員は彼女に続いて説明を始める。
手元のモニターには五層に分けられたピラミッドが映し出され、一番下の層から順に、パラパラと塵となって消えていった。
「さて、エネルギー源の確保及び従来の環境での生活が困難になった我々人類は、今までの肉体を捨て、新たな環境に適応する肉体を自ら作ることにより、存続していく方法を模索しました。肉体の完成を待つ間、我々は意識のみの存在となり、大きく変わってしまった環境に耐えうる肉体の完成を待ちました。これが現在の我々でいうところの『進化』なのです」
再び人体模型が現れ、自身の体を一つ一つ外し始め、そうしてとうとう最後には頭だけとなっていった。
「新たな肉体の完成まで、実に十三年もの月日を要しました。この十三年を通称『脱色期』と呼びます。なぜ『脱色』という表現が使われるのかというと・・・わかる人はいますか?」
頭だけであった人体模型は、今や脳の形に変わり、水槽の中を漂っている。
ソルの後ろから、教員の問いに答える声が聞こえてきた。
「肉体と意識を切り離す過程の中で、色を認識する機能が失われたからです」
トットが颯爽と答える。
「そうですね、ウェンティトット君。その通りです」
トットを振り返ると彼は再びニヤリとしていた。
「確かに現在の我々がいうところの『進化』の後、色彩認識能力は完全に欠落しました」
水槽の中を漂う脳が取り出され、新たな人体模型へと運ばれていく。
しかし、と一呼吸置いて教員は続けた。
「今では、我々は色彩の認識をすることができます。これは何世代にも渡って、徐々に色を認識する能力が回復したと言われています。ですが、現在でも未だに我々は本当の意味での色彩の認識は可能になっていません」
教室内はしんと静まり返り、教員の発する言葉に耳をすませている。
モニター内の新たな体を得た脳は、おぼつかない足取りでゆっくりと歩き始めた。
「本来、色彩とは共通の認識を持って、区別できるものになります」
例えば、と教員は窓の外を見るよう生徒を促した。
「月が見えますか?今日は綺麗な三日月ですね。みなさんには何色に見えますか?」
ボソボソと各々が教員の問いに曖昧に答える。
「そう、光り輝く黄色、辺りが適当な表現でしょうか?これについてはみなさんと私とで、共通の認識ができていると思います」
雲一つない満点の星空の中心に、大きな三日月が堂々と輝いている。確かにその三日月は黄色でうっすらと光り輝いていた。
「自然界における色彩については、我々は共通の認識の下、色彩の区別・認識が可能なのです。しかしながら、人工物、例えば信号の光や、人工塗料などで描かれた絵画などは、人によりその色の見え方が異なるのです」
しんと静まりかえる教室の中、トットが疑問を投げかけた。
「先生、なぜ人工物のみ色彩の認識がおかしくなってしまったのですか?」
問いかけられた教員は嬉しそうに笑い、青年の問いに答えた。
「今現在の技術を持ってしても、我々はその謎の真相に辿り着けていないのです。『脱色期』をまさに経験した方々の文献がいくつか残っていますが、そこにはただ『神々の逆鱗に触れた。』『神々の罰』などのことが書かれているのみでした」
トットは不満げに唸り、再度質問をする。
「それはあくまで伝説上の、おとぎ話のような物で、信憑性に欠けるのではないですか?」
合理性のない話が嫌いなトットらしい。ソルはそう思い、心の中で微笑んだ。
教員もまた嬉しそうに笑い、新たなデータを送ってきた。
「さすがウェンティトット君、良い指摘です。先に触れた『天と地の戦い』について、一般的には国家間の戦争とされていますが、研究者の中にはその二国の他に神様の存在を信じて疑わない人もいるそうです。また、現在我々が認識しているよりも、より鮮やかな色彩を認識できていた、という説も存在します。真相は未だ不明ですが」
手元の電子ノートには、『天と地の戦い』と表示されている。
「少し話は逸れますが、そのおとぎ話について、簡単にお話しましょう」
トットはもやもやとした様子であったが、ソルを茶化すかのように、
「お前の好きなファンタジーじゃん」と背中をせっついた。
ソルは曖昧に笑顔を返し、手元の電子ノートに目を落とした。
そこには翼の生えた歪だが美しい女性が描かれ、たくさんの小さな人体模型たちに囲まれ、微笑んでいる。
ソルはその絵の女性に目を奪われ、目を離すことができなかった。
巨大なモニター越しに薄く輝く赤い視線が教室内を射抜く。窓から射す月の光が教室内を照らし、月明かりに輝く氷の結晶がキラキラと輝いている。
ソルと呼ばれた少年は、ビクッと体を震わせ、姿勢を正した。
「えっと・・・身体検査を受けて、自身の欠落したDNAの発現を確認すること、ですかね」
「そうですね。前回の話はちゃんと聞いていたようですね」
その教員は満足そうに頷き「たまには寝ずにしっかりと授業を受けてください」と付け足した。教室に笑い声が鳴り響く。決まりの悪いソルは真面目な表情を取り繕い、静かに頷いた。ふと背中を小突かれ後ろを振り返ると、親友であるウェンティトット、通称トットがニヤリと笑っている。
「今日はまだ寝てない」ソルはそう呟くと、苦笑いを噛み殺しながら視線をモニターへと戻す。
「さて、今日はみなさんの電子ノートに送りました資料に書いてあるように、我々ソルマルク人の『人体の仕組み及びその歴史』について学んでいこうと思います」
目の前のモニターが教員から資料へと切り替わり、それと同時に生徒たちの手元の電子ノートも併せて切り替わる。そこには人体模型の図が映し出され、腕や脚、様々な部位が付いたり離れたりを繰り返していた。
「さて、我々ソルマルク帝国の人類の祖先は、早急な『進化』を余儀なくされました」
全ての部位が正しき位置に収まると、その人体模型はテクテクと歩き始めた。
「それは遥か昔、ルナシリス王国との間で起こった『天と地の戦い』による地殻変動により起こった、大規模な環境の変化によるものでした。戦争の歴史については、別途、歴史学の方で」
モニターが切り替わり、そこにはこの星を思わせる球体の図がゆっくりと回転を始める。星を模したその球体の頭上をミサイルが行き交う。人体模型はミサイルから逃げるかのように行ったり来たりを繰り返した。
「さて、ここでいう『進化』とは、旧一般的であった生物学でいうところの『進化』とは全く異なり、科学技術に依るものでした。通常、環境への適応のための『進化』には、気の遠くなるような時間がかかるか、もしくは環境に適応したものだけが生き残り、それを『進化』の結果、とされていますが、それを待っていては人類はすぐに滅亡していたことでしょう。
我々の祖先は絶滅の危機に瀕していたため、一刻も早い『進化』を迫られました」
人体模型は一人、また一人と倒れていく。モニターの教員は続けた。
「ではなぜ、絶滅の危機に瀕していたのか。それを理解するにはまず、当時の人体について理解する必要があります」
モニター内に四つ足の獣が現れ走り回り始める。ソルが指で突っつくと、その四つ足の獣はびっくりしたかのように跳び上がり、より一層速度を上げ走り始めた。
「我々の祖先の肉体は、現在の私たちとは異なり、タンパク質と呼ばれる成分を基本に構成されていました。その肉体の維持のためには、様々なエネルギー源を取り込む必要がありました」
獣を追いかけ回す人体模型たち。やがて獣は捕まり各部位ごとに分解されていく。
「しかし、先ほど申し上げた地殻変動により、エネルギー源の確保が困難になりました。その理由がわかる人はいますか?」
女生徒が颯爽と手を上げる。
手元のモニターが三角形の図を写し始めた。ソルは珍しく睡魔に襲われず、授業についていけている。
「星の自転軸の変化によりさまざまな変化が起こりました。まず、陽光が刺さなくなったということです。そのためソルマルクは極度の極寒地域となりました。
また、戦争による天変地異により、海面が一気に上昇したソルマルクは国土の縮小を余儀なくされ、極度の温度低下も相まってそれまでの農業や畜産業からの撤退を余儀なくされます。
そのような変化のため、やがて草木や獣が完全に死滅し、当時の主なエネルギー源の確保が困難になりました」
女生徒は淀みなく答えていく。
「そのため、食物連鎖は一瞬で崩壊し、私たちの祖先は生存の危機に瀕しました」
スラスラと答えた女生徒に満足した様子の教員は嬉しそうに頷いた。
「おっしゃる通りです。当時の技術力を持ってしても、ほとんどの生物は死に絶え我々人類もまた絶滅の危機に瀕したのです」
教員は彼女に続いて説明を始める。
手元のモニターには五層に分けられたピラミッドが映し出され、一番下の層から順に、パラパラと塵となって消えていった。
「さて、エネルギー源の確保及び従来の環境での生活が困難になった我々人類は、今までの肉体を捨て、新たな環境に適応する肉体を自ら作ることにより、存続していく方法を模索しました。肉体の完成を待つ間、我々は意識のみの存在となり、大きく変わってしまった環境に耐えうる肉体の完成を待ちました。これが現在の我々でいうところの『進化』なのです」
再び人体模型が現れ、自身の体を一つ一つ外し始め、そうしてとうとう最後には頭だけとなっていった。
「新たな肉体の完成まで、実に十三年もの月日を要しました。この十三年を通称『脱色期』と呼びます。なぜ『脱色』という表現が使われるのかというと・・・わかる人はいますか?」
頭だけであった人体模型は、今や脳の形に変わり、水槽の中を漂っている。
ソルの後ろから、教員の問いに答える声が聞こえてきた。
「肉体と意識を切り離す過程の中で、色を認識する機能が失われたからです」
トットが颯爽と答える。
「そうですね、ウェンティトット君。その通りです」
トットを振り返ると彼は再びニヤリとしていた。
「確かに現在の我々がいうところの『進化』の後、色彩認識能力は完全に欠落しました」
水槽の中を漂う脳が取り出され、新たな人体模型へと運ばれていく。
しかし、と一呼吸置いて教員は続けた。
「今では、我々は色彩の認識をすることができます。これは何世代にも渡って、徐々に色を認識する能力が回復したと言われています。ですが、現在でも未だに我々は本当の意味での色彩の認識は可能になっていません」
教室内はしんと静まり返り、教員の発する言葉に耳をすませている。
モニター内の新たな体を得た脳は、おぼつかない足取りでゆっくりと歩き始めた。
「本来、色彩とは共通の認識を持って、区別できるものになります」
例えば、と教員は窓の外を見るよう生徒を促した。
「月が見えますか?今日は綺麗な三日月ですね。みなさんには何色に見えますか?」
ボソボソと各々が教員の問いに曖昧に答える。
「そう、光り輝く黄色、辺りが適当な表現でしょうか?これについてはみなさんと私とで、共通の認識ができていると思います」
雲一つない満点の星空の中心に、大きな三日月が堂々と輝いている。確かにその三日月は黄色でうっすらと光り輝いていた。
「自然界における色彩については、我々は共通の認識の下、色彩の区別・認識が可能なのです。しかしながら、人工物、例えば信号の光や、人工塗料などで描かれた絵画などは、人によりその色の見え方が異なるのです」
しんと静まりかえる教室の中、トットが疑問を投げかけた。
「先生、なぜ人工物のみ色彩の認識がおかしくなってしまったのですか?」
問いかけられた教員は嬉しそうに笑い、青年の問いに答えた。
「今現在の技術を持ってしても、我々はその謎の真相に辿り着けていないのです。『脱色期』をまさに経験した方々の文献がいくつか残っていますが、そこにはただ『神々の逆鱗に触れた。』『神々の罰』などのことが書かれているのみでした」
トットは不満げに唸り、再度質問をする。
「それはあくまで伝説上の、おとぎ話のような物で、信憑性に欠けるのではないですか?」
合理性のない話が嫌いなトットらしい。ソルはそう思い、心の中で微笑んだ。
教員もまた嬉しそうに笑い、新たなデータを送ってきた。
「さすがウェンティトット君、良い指摘です。先に触れた『天と地の戦い』について、一般的には国家間の戦争とされていますが、研究者の中にはその二国の他に神様の存在を信じて疑わない人もいるそうです。また、現在我々が認識しているよりも、より鮮やかな色彩を認識できていた、という説も存在します。真相は未だ不明ですが」
手元の電子ノートには、『天と地の戦い』と表示されている。
「少し話は逸れますが、そのおとぎ話について、簡単にお話しましょう」
トットはもやもやとした様子であったが、ソルを茶化すかのように、
「お前の好きなファンタジーじゃん」と背中をせっついた。
ソルは曖昧に笑顔を返し、手元の電子ノートに目を落とした。
そこには翼の生えた歪だが美しい女性が描かれ、たくさんの小さな人体模型たちに囲まれ、微笑んでいる。
ソルはその絵の女性に目を奪われ、目を離すことができなかった。
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