ピエロなシエロのおかしなおはなし

藤井 樹

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〜30章〜

愛情は最高のスパイス

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「シエロ⁉︎」

 パタムールが慌ててシエロの方へと飛び寄ります。

 シエロはうう、と弱々しく胸を抑えうずくまっています。

 突然の謎の男の登場にルーフェたちは呆然と立ち尽くすしかできませんでした。

 不愉快な笑い声をあげたその男は、ニヤニヤとイヤらしい笑みを顔に貼り付けたまま上機嫌に話を始めました。

「これはこれは。かの有名な幸運のピエロさんじゃないか。君も随分と綺麗な顔をしているらしいね。ハンサムなピエロに美しい女性が二人。それに、あぁ可愛らしい魔女もいましたな」

 そう言って背後から現れたのは魔女のシニーでした。

 魔法が解けてしまったようです。もう老婆でもなんでもありません。

 両手を縛られさるぐつわをされたシニーはなんだかぐったりとした様子です。

 その男はシニーの背中を押しゆっくりとルーフェの方へと誘いました。

 ふらふらと背中を押されたシニーは倒れ込みます。

 間一髪。

 床に倒れ込む前になんとかシニーの体を支えたルーフェ。すぐにシニーの拘束を外します。

 シニーは両手首をさすりながら弱々しく「ありがと」と呟きました。

 ルーフェはキッと振り返り、恐怖に震える声をなんとか抑えながらその男に尋ねました。

「あなた、誰なのよ」

 ハッとした表情をしたその長身の男は「これは失礼」と咳払いをした後、ご丁寧に自己紹介を始めました。

「私の名前はレタシモン・トゥルーデ。『心臓喰らいの悪魔』などと巷では呼ばれていますな」

 そう名乗った男はまるで自分の顔が壊れてしまうのを恐れているかのように、優しげな笑みを浮かべました。

 心臓喰らいの悪魔!

 ルーフェはやっとのこと、今自分が置かれている状況の深刻さに気がつきました。

 ウカおばさんも自分も、心臓を食べられるためにここに連れてこられたのか。

 ルーフェはその事実にクラクラと目眩がしてきました。

「ふん、ただの変態よ」シニーが嫌悪感を剥き出しに吐き捨てます。

 そして、そうなるとディアボロ伯爵は彼の手下だった、ということでしょうか。

 床に疼くまり苦しそうにしているシエロを見て、ルーフェの目に涙が溢れてきました。

「あぁ、なんて美しい瞳なんだ。今宵は素敵な時間を過ごせそうだ」

 レタシモン卿はそう言うと、パチリと指を鳴らしました。

 すると室内の灯りは机の上にある小さな照明を残して全て消えてしまいます。

 そして、それを合図に待っていたかのようにどこからともなく大きな黒い人型の影が現れたかと思うと、なす術もなくあっという間にルーフェたちのことを捕まえてしまいました。

「んんー!」

 自由を奪われたルーフェたちはただただレタシモン卿のふざけた演説を聞くことしかできません。

「私はね、可哀想な男なんだ。全てを失った。父も母も、恋人も。人生というものはなんて残酷なんだ、そう何度も恨んだ」

 自虐的に笑ったレタシモン卿は、少し間を置いて話を続けます。

「満たされることなど一度たりともなかったよ。誰も愛してくれない。誰も私を見てはくれない」

 レタシモン卿は身に纏っていた下品な毛皮のコートを脱ぎ捨てました。

「どれだけ苦しくても、どれだけ悲しくても、誰も私を救ってくれはしない」

 袖を捲り上げた腕には、この薄暗さでもわかるほどの切り傷がいくつも走っていました。

「それでも・・・私は生きることを諦めなかった」

 腕まくりをした右腕が密かに輝きを放ち始めたかと思うと、まるでそれは悪魔さながらに醜く姿を変えていきます。

「そして、孤独だった私にあの悪魔は希望の光を与えてくれた。ははは」

 レタシモン卿は狂ったようにそう言うとシエロの側に跪き首を垂れました。

「さて、まずは君だ、幸運のピエロ君」

 レタシモン卿はそう言うと、妖しい輝きを放つ右醜い右腕を振り上げました。

 ズブリ、とシエロの背中に彼の右腕がめり込んでいきます。

「んんー!」

 ルーフェたちを捉える影の腕に力がこもります。

 その影はどこか楽しんでいるようで、カラカラと不快な笑い声のような音を立てています。

 額に汗を浮かべ狂気に満ち溢れた瞳を輝かせながらシエロの心臓を漁っていたレタシモン卿は、ふと何かに気がついたかのように表情を曇らせました。

「ない・・・そんなはずは」

 慌てた様子でシエロの心臓を漁る悪魔は次第に苦痛に顔を歪ませ始めました。

「なっ。・・・まさか」

 まるで逃げるかのように慌てて腕を引き抜いた悪魔は思わず尻餅をつきます。

 ハァハァと呼吸を乱し、信じられないといった様子で呆然とシエロのことを見つめるレタシモン卿の瞳は恐怖で見開かれています。

 床にうずくまっていたシエロがゆっくりと動き出しました。

 ノロノロと気だるそうに立ち上がったシエロはゆっくりと口を開きました。

「俺のハートはルーフェのものなんだよ!」

 そう叫ぶなり尻餅をつくレタシモン卿の顔面めがけて強烈な蹴りをお見舞いしました。

「あぁ!」

 見事にその蹴りを喰らったレタシモン卿は仰向けにひっくり返っています。

 が、すぐにむくりと起き上がったかと思うと、憎悪に顔を歪ませて大声で叫びました。

「お前は愛するものを侮辱してピエロとなった!そんなやつに私の邪魔はさせない!」

 レタシモン卿の合図で、またもやどこからともなく巨大な影が現れます。

 次々に溢れ出てくるその影たちはシエロのことを捕まえようと一斉に飛び掛かりました。

 パンッ!

 その刹那、突如視界が奪われるほどの強烈な光が辺りを照らし出しました。

 パタムールがシニーのこしらえた何かの魔法を放ったのです。

 その光に照らされた巨大な影たちはこの世のものとは思えないほどの不快な悲鳴を上げたかと思うと、まるで初めから存在していなかったかのように綺麗さっぱり消えてしまいました。

「あぁ」

 目が焼かれるほどの強烈な光にレタシモン卿は頭を押さえてうずくまっています。

 ヨロヨロと立ち上がり、ブルブルっと頭を震わせたレタシモン卿はまるで本物の悪魔のような表情を浮かべ顔を上げ、そして、ハッとしました。

 彼の瞳にはシエロを取り囲むようにして立つ三人の女性の姿が映りました。

 一人は我が子を想う母親。

 もう一人はその子の恋想い人。

 そして、最後の一人は友人の魔女。

 それと、小さな木の人形。

「あぁぁぁぁぁぁ!」

 頭が割れそうになるほどの強い痛みにレタシモン卿は悶絶し、絶叫しています。

「悪いけど、あんたの拗らせに付き合ってるほど暇じゃないのよ、私たち」

 魔女がそう吐き捨てると、レタシモン卿は哀しみの泣き声を上げながらゆっくりと煙のように消えていきました。

「・・・帰ろう」
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