ピエロなシエロのおかしなおはなし

藤井 樹

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〜20章〜

不協和味

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「うぅ・・・」

 ぼんやりとした意識の中、寝ぼけまなこを瞬かせたルーフェは、自らが置かれている状況にハッと気がつき目を覚ましました。

 ガタガタとゆっくりと揺れる床の上。そこは、どうやら馬車の荷台のようです。

 両手足を縛られ、口には詰め物がされています。

 何が起きているのでしょうか。

 ぼんやりとする頭を抱え、直前に何があったかを思い出すことができませんでした。

 ルーフェを乗せたその馬車はガタガタとその身を震わせながら、どこか目的を持って走っているようです。

 外からうっすらと差し込む光は月の光でしょうか。寒々しい空を想起させるようです。

 どこへ連れて行かれるのでしょう。

 ルーフェは恐怖で思わず身をすくめました。

 ガタガタと不愉快に揺れる床にイライラとしながらも、必死に思い出そうと頭を巡らせます。

 うぅ、っと背後で誰かの声が聞こえてきました。

 ビクッと驚きながらもなんとか身を捩り後ろを振り返ったルーフェは、またもや驚きました。

 ウカおばさん。・・・そうか!

 月明かりにそっと照らされて、隣に同じように縛り上げられ横たわっているウカの姿を見て、思い出してきました。

 ルーフェはディアボロ伯爵に連れられて、ミセス・ショコラという老舗へとお邪魔していました。

 そう、何やら頼みたいことがある、と散歩に誘われたのです。

 そこはシエロの母、ウカが長い間営んでいるガトーショコラの専門店で、二人は久々の再会を喜び合っていたのでした。

 何やら積もる話もあるようで、と気を利かせた伯爵は、しばらくの間外で待つ、と二人きりにしてくれたのですが、すぐに戻ってきたかと思うと、あっという間に二人を縛り上げてしまったのです。

 その後、何やら眠り薬のような物を嗅がされ、それからの記憶がありません。

 あの伯爵が!

 ルーフェは心から信頼を寄せていた伯爵に拉致されたという事実に胸を震わせました。

 その時の伯爵の眼を思い出したせいか、はたまた馬車の揺れのせいなのか、震える体を落ち着かせようとゆっくりと深呼吸をします。

 あの眼・・・。

 それはもう、まるで知らない人のようで恐ろしく、いつもの優しげな眼差しはどこにもありませんでした。

 あの寒々しい眼差しを思い出して、ルーフェは改めて身を震わせました。

 弱気になっちゃダメ。

 そう自分に言い聞かせ、なんとか強く自分を保とう、とルーフェは考えることを止めませんでした。

 そもそものところ、伯爵は何か目的があってルーフェに近づいてきたのでしょうか。

 拉致をしたところで、なんのメリットがあるというのでしょう?

 マジディクラにはお金がないことなど、伯爵ならよくご存知のはずです。

 おっと、そんな丁寧な言葉、もう使う必要などありませんね。

 ええと・・・あいつなら、よく知ってるはずです。うん、そうです。

 であるならば、身代金の要求ってわけではなさそうです。

 となると・・・どういうことなのでしょうか?

 考えれば考えるほど、これは夢なのではないか、とそう思えて仕方がありません。

 だって、あの伯爵がこんなことをするなんて、やっぱりなんだか辻褄が合いませんもの。

 あれこれと行ったり来たりする考えを追いかけているうちに、目の前のウカが目を覚ましたようです。

「うぅ」

 薄めを開けてぼんやりとした表情を浮かべているウカおばさんは、まだどこか夢うつつのようです。

 焦点の定まっていない視線を彷徨わせています。

「んんー」

 ルーフェはうめき声を上げてウカへ呼びかけます。

 その声に気がついたのか、ウカおばさんはハッと目を見開きルーフェのことを見ます。

「何があったの?」と言わんばかりに困ったように眉を下げるウカおばさん。

 ルーフェは「わからない」と言わんばかりになんとか首を横に振ります。

 ウカおばさんはふぅーっと鼻から息を吐き出すと優しく微笑みました。

「大丈夫よ」

 その眼差しはそう言っていました。

 それはあの時と変わらない、強くて優しい眼差しのままでした。

 話ができないのがなんとももどかしいですが、ルーフェはその笑顔にいくぶん勇気づけられたようで、少しずつではありますが心の中の恐怖の波が引いていくのを感じました。

 これから何が待っているのだろう。

 大きな恐怖と不安を抱えたルーフェたちは、やることもなくすぐに疲れ、再び深い眠りの中へと落ちていきました。
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