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〜17章〜
仮初めの甘い時
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モクモクと煙の立ち登る街『ラプリナ』を見下ろして、クラクラとする頭を抑えていたのはシエロでした。その先には首都『ラティリア』がありますが、ここからでは小さすぎてよく見えません。
それはさておき、あの立ち昇る煙はドーナツ工場からでしょうか?
なんとも悩ましげに、味しそうな煙がモクモクです。
彼らは今、『リプレスラ』と呼ばれる郊外の町に辿り着いていました。
シエロのお家があるモックショートの谷を抜けるとすぐに見えてくる小さな町で、この町ではアレルギーがある人やベジタリアンの人たちのための焼き菓子が作られています。
小さな町ではありますが、食べたいのに食べられない、どうしても焼き菓子を食べたい、という人たちには大人気な場所で、人口少ない街にも関わらず連日多くの人々で賑わっています。
「大丈夫?」
隣では杖をつき背中の曲がった老婆が心配そうに伺っています。なんともしわくちゃな顔をしていますが、この老婆は実はまだ十五歳の麗しき乙女です。
シエロは静かに頷き「急ごう」と深いため息を吐きました。
「本当に大丈夫か?やっぱりやめといた方がいいんじゃないのか?なんだかオレすげー不安になってきたぞ」
シエロの肩に乗ったパタムールは珍しく心配そうにしています。
「さっきのやつ、飲むのはもう少し我慢しなさいね。ラプリナに着いたら飲みなさい」
まるで母親のように老婆が言います。その声には少しだけ面白がる調子が感じられましたが、それはいつものことです。
ふっと自虐的に笑ったシエロはジンジンと痛むこめかみはひとまず置いて、しっかりとした足取りで歩き始めました。
リプレスラには今日もまた多くの人が訪れているようです。
シエロたちが町に足を踏み入れると、そこにはたくさんの行列がいくつにも伸びています。
皆それぞれお目当ての焼き菓子を求めてワクワクとした表情をしています。
実はそれはシエロも同じでした。
この町には、当然味気ないものではありますが砂糖を一切使わないクッキーがあり、道化師としての旅の折に立ち寄ることがしばしばありました。
砂糖を摂ることを禁じられたシエロにとってはそれは唯一の慰めとでもいいましょうか。
シエロたち一行は静かにその行列の間を通って、そそくさとその町を抜けました。
泣く泣くってやつです。行列がなければもしかしたら・・・。
いやいや、残念なことに今は時間がありません。
ルーフェが危険に晒されているのです。
一行は町を抜けるとすぐに『ワッフリア』と呼ばれる街の郊外へと続く道に出ました。
「うわぁ。いい匂いだ」
シエロは道の先から微かに漂ってくるバターの香りに思わずそうこぼしました。
「まだ流石に大丈夫よね?」
甘いバターの香りを胸いっぱいに吸い込んだシエロの隣で老婆が茶化すように尋ねます。
ふんっと鼻を刺激していた甘い魅惑的な香りを吹き飛ばしたシエロは「全然」と胸を張りその道を行きます。
その道はラプリナまで続く一本道で、主に行商人たちが使う道です。
普通の人はなかなか寄り付くことはありません。
綺麗に整備されたそのあたりには、まだ切られたばかりの小さな切り株が顔を覗かせています。
その切り株の上をパタムールは小さな傘に捕まりながら悠々と飛び回っています。
延々と続くかのようにその道は退屈な道でした。
だって景色が全くもって変わらないのですもの。
小さな傘でふわぁっと滑空するのにも飽きたパタムールはシエロの肩へとよじ登ると欠伸を抑えながら言いました。
「やっぱりさっきのとこでバター塗っておくんだった」
日差しは強いとはいえ、もう冬です。
パタムールの体は乾燥にやられているようです。
「ラプリナに着いたら調達しよう。幸いシニーもいるし」
とぼとぼと隣を歩く老婆を見下ろしそう呟くと、突如その老婆が悲鳴を上げ手にしていた杖を取り落としてしまいました。
足を止め呆然と立ちすくむ老婆にシエロとパタムールは目を見合わせ驚いています。
「どうしたんだ?」
まるで初めて隣にシエロがいることを気がついた様子の老婆が、ゆっくりとこちらを振り返ります。
「あの子、本を手放しちゃった。・・・なんでかしら」
ほんとは年上のお姉さんなのですが、すっかり老婆になりきっていたシニーは愕然とそう呟きました。
「本?手放したってどういうこと?」
そのあまりの形相にシエロは思わず尋ねます。
よくわかりませんが、よくないことが起きたことぐらいはわかります。
老婆ははぁっとめんどくさそうに深いため息をつくと口を開きました。
「あの子に渡しておいた魔除けの魔法がかかった本が手放されたの。ちゃんと毎日読むように言ったのに」
地面に転がった杖を「イテテテ」となんとか拾い上げた老婆は、杖を頼りに歩みを早めます。
「本って、前に読んでたやつ?あの『退屈な男が』なんとやらって」
まるで若者のようにスタスタと歩く老婆の曲がった背中に問いかけると、老婆は不機嫌そうに振り返り吐き捨てるように言いました。
「そう!せっかく私が譲ったのに、もう手放しちゃうなんて。年寄りの忠告なんてものはいつの時代もそうやって無視されるのね。まったく、嫌になるわ」
急ぐわよ!とシニーはなんだか怒った様子でズンズンと歩いて行きます。
こんな時は黙って何も尋ねることなどせず、従っておくの得策です。
「手放すとどうなるんだ?」
空気の読めないパタムールが思わずそう尋ねます。
シエロはヒヤヒヤとしながらも老婆の返答に耳をすませました。
はぁっとこの世の不幸を全て抱え込んだかのようなため息を吐いた老婆は呆れたように言いました。
「あの変態がいつでもあの子に手を出せるようになるの。以上」
それは困った話です。
シエロはとんでもない速さで歩く老婆を慌てて追いかけます。
微かに通っていたバターの香りがどんどんと甘い焼き菓子の匂いへと変わっていきました。
ズキズキと痛むこめかみのことは無視を決め込んで、シエロは先を急ぎました。
それはさておき、あの立ち昇る煙はドーナツ工場からでしょうか?
なんとも悩ましげに、味しそうな煙がモクモクです。
彼らは今、『リプレスラ』と呼ばれる郊外の町に辿り着いていました。
シエロのお家があるモックショートの谷を抜けるとすぐに見えてくる小さな町で、この町ではアレルギーがある人やベジタリアンの人たちのための焼き菓子が作られています。
小さな町ではありますが、食べたいのに食べられない、どうしても焼き菓子を食べたい、という人たちには大人気な場所で、人口少ない街にも関わらず連日多くの人々で賑わっています。
「大丈夫?」
隣では杖をつき背中の曲がった老婆が心配そうに伺っています。なんともしわくちゃな顔をしていますが、この老婆は実はまだ十五歳の麗しき乙女です。
シエロは静かに頷き「急ごう」と深いため息を吐きました。
「本当に大丈夫か?やっぱりやめといた方がいいんじゃないのか?なんだかオレすげー不安になってきたぞ」
シエロの肩に乗ったパタムールは珍しく心配そうにしています。
「さっきのやつ、飲むのはもう少し我慢しなさいね。ラプリナに着いたら飲みなさい」
まるで母親のように老婆が言います。その声には少しだけ面白がる調子が感じられましたが、それはいつものことです。
ふっと自虐的に笑ったシエロはジンジンと痛むこめかみはひとまず置いて、しっかりとした足取りで歩き始めました。
リプレスラには今日もまた多くの人が訪れているようです。
シエロたちが町に足を踏み入れると、そこにはたくさんの行列がいくつにも伸びています。
皆それぞれお目当ての焼き菓子を求めてワクワクとした表情をしています。
実はそれはシエロも同じでした。
この町には、当然味気ないものではありますが砂糖を一切使わないクッキーがあり、道化師としての旅の折に立ち寄ることがしばしばありました。
砂糖を摂ることを禁じられたシエロにとってはそれは唯一の慰めとでもいいましょうか。
シエロたち一行は静かにその行列の間を通って、そそくさとその町を抜けました。
泣く泣くってやつです。行列がなければもしかしたら・・・。
いやいや、残念なことに今は時間がありません。
ルーフェが危険に晒されているのです。
一行は町を抜けるとすぐに『ワッフリア』と呼ばれる街の郊外へと続く道に出ました。
「うわぁ。いい匂いだ」
シエロは道の先から微かに漂ってくるバターの香りに思わずそうこぼしました。
「まだ流石に大丈夫よね?」
甘いバターの香りを胸いっぱいに吸い込んだシエロの隣で老婆が茶化すように尋ねます。
ふんっと鼻を刺激していた甘い魅惑的な香りを吹き飛ばしたシエロは「全然」と胸を張りその道を行きます。
その道はラプリナまで続く一本道で、主に行商人たちが使う道です。
普通の人はなかなか寄り付くことはありません。
綺麗に整備されたそのあたりには、まだ切られたばかりの小さな切り株が顔を覗かせています。
その切り株の上をパタムールは小さな傘に捕まりながら悠々と飛び回っています。
延々と続くかのようにその道は退屈な道でした。
だって景色が全くもって変わらないのですもの。
小さな傘でふわぁっと滑空するのにも飽きたパタムールはシエロの肩へとよじ登ると欠伸を抑えながら言いました。
「やっぱりさっきのとこでバター塗っておくんだった」
日差しは強いとはいえ、もう冬です。
パタムールの体は乾燥にやられているようです。
「ラプリナに着いたら調達しよう。幸いシニーもいるし」
とぼとぼと隣を歩く老婆を見下ろしそう呟くと、突如その老婆が悲鳴を上げ手にしていた杖を取り落としてしまいました。
足を止め呆然と立ちすくむ老婆にシエロとパタムールは目を見合わせ驚いています。
「どうしたんだ?」
まるで初めて隣にシエロがいることを気がついた様子の老婆が、ゆっくりとこちらを振り返ります。
「あの子、本を手放しちゃった。・・・なんでかしら」
ほんとは年上のお姉さんなのですが、すっかり老婆になりきっていたシニーは愕然とそう呟きました。
「本?手放したってどういうこと?」
そのあまりの形相にシエロは思わず尋ねます。
よくわかりませんが、よくないことが起きたことぐらいはわかります。
老婆ははぁっとめんどくさそうに深いため息をつくと口を開きました。
「あの子に渡しておいた魔除けの魔法がかかった本が手放されたの。ちゃんと毎日読むように言ったのに」
地面に転がった杖を「イテテテ」となんとか拾い上げた老婆は、杖を頼りに歩みを早めます。
「本って、前に読んでたやつ?あの『退屈な男が』なんとやらって」
まるで若者のようにスタスタと歩く老婆の曲がった背中に問いかけると、老婆は不機嫌そうに振り返り吐き捨てるように言いました。
「そう!せっかく私が譲ったのに、もう手放しちゃうなんて。年寄りの忠告なんてものはいつの時代もそうやって無視されるのね。まったく、嫌になるわ」
急ぐわよ!とシニーはなんだか怒った様子でズンズンと歩いて行きます。
こんな時は黙って何も尋ねることなどせず、従っておくの得策です。
「手放すとどうなるんだ?」
空気の読めないパタムールが思わずそう尋ねます。
シエロはヒヤヒヤとしながらも老婆の返答に耳をすませました。
はぁっとこの世の不幸を全て抱え込んだかのようなため息を吐いた老婆は呆れたように言いました。
「あの変態がいつでもあの子に手を出せるようになるの。以上」
それは困った話です。
シエロはとんでもない速さで歩く老婆を慌てて追いかけます。
微かに通っていたバターの香りがどんどんと甘い焼き菓子の匂いへと変わっていきました。
ズキズキと痛むこめかみのことは無視を決め込んで、シエロは先を急ぎました。
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