ピエロなシエロのおかしなおはなし

藤井 樹

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〜13章〜

閑古鳥の眠る日

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 普段は閑古鳥の寂しげな鳴き声が鳴り響くマジディクラ。

 今日は珍しくその鳴き声が聞こえてきません。

 バタバタと激しい人の出入りを見るに、今日は大繁盛といったところでしょうか。

 マジディクラで働くルーフェとエイマの二人はさぞご機嫌なことでしょう。

 と思いきや、なんだか二人の様子はいつもと違います。

 何かあったのでしょうか。

「エイマ、ちょっと在庫補充してくるわね」

 ルーフェは額に浮かんだ汗をそっと拭い、キッチンの方へと身を滑り込ませました。

「はぁ」

 キッチンの扉に背中を預け、深い深いため息をついています。

 やはり、何かあったようです。

 ふぅっと息を整えたルーフェは鏡を覗き込みます。そこにはなんだか困ったような顔をした自分の顔がこちらを見つめ返していました。

 再び深いため息をついたルーフェは仕方なく、といった様子でショーケースに補充するための焼き菓子を取り出すと表へと戻ります。。

「ありがとうございました!」

 エイマは忙しなくお客様からの要望に対応しています。

 閑古鳥が来なくてよかった。

 ルーフェはあくせくと働くエイマの背中を見て、心からそう思いました。

 これだけ忙しければエイマと話をせずに済みます。

 普段は仲良しなはずの二人に何があったのか。

 実はちょっとした、いえ、実に大変なことが、今朝のオープン前に起こったのです。

 いつものように開店準備をしていたルーフェでしたが、ふとオープン前のマジディクラに来客がありました。

 エイマは何やら買い出しがあると早々に出ていってしまっていたため、仕方なくルーフェはまだクローズの看板が下げられた扉の鍵を開け、突然の訪問客を招き入れました。

 マジディクラを訪れたのはエイマの恋人でした。

「あら、お久しぶりです」

 彼に会うのはいつぶりでしょうか。普段お店に訪れることなど皆無だったエイマの恋人の突然の来訪に、ルーフェ少しばかり戸惑い気味です。

 エイマの恋人は手を上げ調子の良いニヤリで応えます。

「元気ですか?エイマは?」

 キョロキョロと店内を見回しながら後ろ手に扉を閉めたエイマの恋人はそう尋ねました。

 ルーフェはにっこりと笑顔を浮かべたまま外出していることを伝えると、エイマの恋人はふーんとだけ答え、勝手に店内のテーブルに腰を下ろしました。

「エイマに何か用でもあったんですか?帰ってくるまで待たれます?」

 お茶を淹れていますね、とキッチンの中へと戻ろうとしたルーフェの手を、エイマの恋人が突然掴みました。

「いや、結構。すぐに帰りますよ。それより」

 エイマの恋人はそう言うとニヤリとなんだか寒気のする笑顔を浮かべます。

 なんだか不穏な空気を感じとったルーフェは握られた手をさっと引き後ずさります。

「ルーフェさん、でしたよね。今、恋仲の人っているんですか」

 えっ、と驚いた様子のルーフェを満足げに見つめていたエイマの恋人は立ち上がり、再びルーフェの手を握りました。

「あ、あの」

 突然のことに恐怖心が芽生えたルーフェの体はいうことを聞きません。

 モゴモゴとしているルーフェを満足げに見つめるエイマの恋人は、さらに反対の方の手をも握りルーフェの顔を覗き込みます。

「よかったら僕と一緒に来てくれませんか。デートしましょう」

「い、いや、あの」

 ジリジリと顔を寄せてくるエイマの恋人に吐き気を催したルーフェは咄嗟に腕を振り解き、彼の胸を強く押しました。

 ガチャン。

「ただいまー。・・・あれ」

 振り返るとキッチンの方からエイマが顔を覗かせていました。買い物から帰ってきたのでしょう。

「あ、エイマ」

 ルーフェはエイマの恋人からさらに後ずさると、エイマの方に逃げるでもなくなんだか変な位置に佇むことしかできません。

「やぁ、ハニー。ちょっと顔が見たくて寄ったんだ。けどもう行かなくちゃ。今日も仕事頑張ってな」

 エイマの恋人はそう言うとさっさとお店を後にしてしまいました。

 その間、ルーフェはじっと身を潜め、呼吸をすることさえ忘れるぐらいに放心していました。

「はぁ」

 エイマの恋人が帰るとすぐに深いため息が込み上げてきます。

「なんだったのかしら」

 エイマはそうは言いつつもどこか嬉しそうに微笑んでいます。

 ルーフェはというと、さぁ困りました。

 たった今起きたことは到底エイマには話せません。いや、話すべきなのでしょうが。

 ふぅっと胸を抑え深呼吸をしているルーフェをエイマが不思議そうな顔で見つめます。

「ルーフェ、どうかしたの?」

 まるでたった今ルーフェに気がついたかのように、エイマは尋ねます。

 色恋沙汰にはとことん甘いエイマです。

 今起きたことを話したら取り乱してしまうかもしれません。いえ、きっとそうです。

 ルーフェは乱れる心をなんとか落ち着かせ「なんでもない」と呟くと、さっさとキッチンの中へと篭ってしまいました。

 マジディクラに流れる不穏な空気をエイマが見逃すわけがありません。

 すぐさまエイマが追いかけてきました。

「ルーフェ、どうしたの?何かあった?」

 真剣な表情でこちらを見つめるエイマに、ルーフェの心は今にも決壊してしまいそうです。

 でも、そうするとエイマの心も決壊してしまい、またこれからの二人の関係にも大きな溝ができてしまうことでしょう。

 ルーフェは弱々しく微笑むことしかできません。

 呆れたようにため息をついたエイマは「まぁ何かあったら言ってよね」とだけ言い残し、オープンの準備へと向かいました。

「はぁ」

 一通りお客様を捌いた二人は深いため息をつきました。

 一人は満足げ、もう一人はどこか悩ましげ、そんなため息でした。

「ちょっと事務所に引き上げるわね。また混み出したらすぐにこっち来るから」

 エイマはそう言うと額に浮かんだ汗を拭いキッチンへと続く扉の中へと消えていきました。

「はぁ」

 エイマもお客もいなくなった店内で一人、ルーフェは安堵と悲しみの混じったため息を吐きました。

 珍しく混んだのが今日でよかったと、ルーフェは胸を撫で下ろします。

 これがいつものように閑古鳥の相手をしていたのでは、すぐにでもエイマにバレてしまいそうだからです。

「はぁ」

「ため息はお肌に良くないわよ」

 ぼーっとため息をついていたルーフェは、突如聞こえてきた妖艶な女性の声にビクッと体を起こしキョロキョロと店内を見回しました。

 ちょうど今朝ほどエイマの恋人が座っていたテーブルに、小さな体には不釣り合いな程に大きな帽子を被りまん丸の眼鏡をかけた、まだ幼い小さな女の子が座っているではありませんか。今の声の主はこの女の子なのでしょうか。

 いつの間に入ってきたのでしょう。

「あ、ごめんなさい。気が付かなかったわ」

 いらっしゃいませ、と背筋を伸ばしその女の子の方へと駆け寄ったルーフェは、次にその女の子が口にした言葉に耳を疑いました。

「え?」

「じゃあ待ってるわ」

 風変わりなその女の子はそう告げると、さっさと店を後にしてしまいました。

 まるで狐につままれたかのように、呆然と立ち尽くしていると後ろからエイマの声が聞こえてきました。

「どうしたの?」

 ハッとして振り返ったルーフェは困惑した様子で、またもや弱々しく微笑むことしかできませんでした。

 なんだか今日はとても変な日のようです。

「なんでもない」

 はぁっと深いため息をついたルーフェにそれ以上何も尋ねることはせず、エイマは呆れた様子でキッチンの中へと帰って行きました。

 これなら、閑古鳥の相手をしている方がよっぽどマシだわ。

 今日一日に起こったことを思い出し、そんなことを思うルーフェ。

 結局その後はいつものように退屈な時間が流れ、ダラダラと過ごしていたルーフェではありましたが、仕事が終わると急いで帰り支度を済ませマジディクラを後にしました。

 あの女の子、何者なんだろう。

 ルーフェははやる気持ちをなんとか抑え、夜の街へと消えて行きます。

 そんな彼女の背中を黒猫がじっと見つめていましたが、やがて何かを思い出したかのように夜の闇の中へと、その姿をくらませていきました。
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