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〜6章〜
閑古鳥を狙う黒猫
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「ってとこなんだけど、困ったものね」
ルーフェたちのお店『マジディクラ』には今日もまた、暇な時間が流れていました。
どうしたものか、とエイマが現在の経営状況についてあーだこーだと思案しています。
ルーフェは閑古鳥に餌をやりながらぼんやりと、エイマの話すお店の経営状況についての演説に耳を傾けていました。
といっても、数字が苦手なルーフェにとっては、エイマの話すほとんどのことがピンとこず、要約すると『大変よろしくない』といった具合のようです。
「おかしいわよねぇ。ルーフェの作るお菓子はすごく可愛いし映えるわ。味だって悪くないと思うし。なんでお客さんが全然こないのかしら」
それが分かれば商売なんてものは楽チンなのですが、現実はチョコレートのようには甘くありません。
ルーフェははぁっとため息をつくと、せめてもの反抗として閑古鳥を追い払いました。
さっと向かいの建物の屋根の上に逃げ去った閑古鳥でしたが、そこにも先客がいました。
屋根の上を縄張りとする黒猫です。シャーっと威嚇され仕方なく飛び去る閑古鳥。
「また来るからな」と、追い払われた閑古鳥は捨て台詞を吐き飛び去っていきました。
退屈だなぁ、とぼんやりと窓の外を眺めていると見覚えのある豪華な馬車が店の前に停まりました。
あの人だ!
ルーフェは立ち上がりエイマの背中を突っつきます。
「まぁ、あの方かしら」
エイマはすぐさま目をキラキラと輝かせ、どことなく色づきます。
まったくこの娘は。ご自慢の彼はどこに行ってしまったのでしょうか。
カランコロン。
『マジディクラ』の扉を開けたのはやっぱり、あの素敵な紳士でした。
「ごきげんよう」
その紳士はやはり優雅に挨拶をすると笑顔で近づいてきます。
まるでバラ園の中に彷徨い込んでしまったかのように、店内がパッと華やぎます。
「いらっしゃいませ。先日はどうもありがとうございました」
片手を上げそれに応えた紳士は、何やら小さなメモ書きを渡してきました。
ドキドキと二人してそのメモ書きを覗き込むと、そこにはこう書いてありました。
『スウィッフルカンパニー 代表 ディアボロ伯爵』
まぁ、とエイマが悲鳴にも似た声を上げました。
見覚えのない名前でありましたが、エイマにとっては十分に衝撃的だったようです。
ルーフェは小声でエイマに尋ねます。
「有名な方なの?」
エイマはさらにひっそりと答えました。
「有名なんてどころの騒ぎじゃないわ。あの『人工島ムンサントルテ』を作った会社の社長さんよ」
まさか!
『人工島ムンサントルテ』とは、首都ラティリアから船で渡ることのできる、人工的に作られた巨大な観光の島のことです。
大きな三日月型のようであり、また太陽のような形でもあるその島には、世界中の名高くお高いお菓子が集まると言われています。
世界中のお金持ちたちがこぞってそのお菓子を求めて集まってくるその島は、一般庶民にはなかなか縁のない世界なのです。
それを作った会社の代表ともなると、想像もつかないくらいのお金持ちなのでしょう。
まだ若く働きもりの年齢のようで、すらりとした背丈に精巧に整った顔、そして礼儀正しく上品なその振る舞いは完全無欠と言っていいでしょう。
なんてことでしょうか。
二人の密談が聞こえていたのか、その紳士はその綺麗に整った顔に微笑みを浮かべ握手を求めてきました。
「ディアボロと申します。よろしく」
二人は順番に握手を交わすとおずおずとディアボロ伯爵に尋ねます。
「あの、こんな小さなお店にどんな御用でしょう。何だか恥ずかしいわ」
エイマはカウンターの下で見えないというのに、スカートの皺を神経質に撫でつけて整えています。
ディアボロ伯爵はそんなエイマに優しく微笑みかけ言います。
「大きさなんて関係ないですよ。ここの焼き菓子は素晴らしい。ただ、それだけです。実はですね・・・」
ディアボロ伯爵の口から驚くべきことが二人に告げられました。
それはなんと、ディアボロ伯爵が経営するホテルのレストランで、マジディクラの焼き菓子を試験的に提供したいというではありませんか。
しかもそのホテルというのは『人工島ムンサントルテ』の一等地にある超高級ホテルのレストランらしく、伯爵のそのお話に二人は開いた口が塞がりませんでした。
「あの、つかぬことをお聞きしますが、正直うちはあんまり人気のあるお店ではありませんわ。一流のホテルで出すには少々力不足というか、その何ていうか」
普段強気で口達者なエイマでありますが、この時ばかりはもじもじと自信がなさげです。
ルーフェにとってもエイマの気持ちはよくわかります。
だって、毎日お客さんよりも閑古鳥の方が多くこの店には顔を出すのですから。
そんな二人でありましたが、ディアボロ伯爵は辛抱強くそして優しく、このマジディクラで作られている焼き菓子がどんなに素晴らしいか、熱弁してくれました。
ほんとはルーフェたちがその素晴らしさを熱弁すべきところなのですが、相手が相手なのでそんな大層なことはできません。
二人は信じられない思いで伯爵のお話に耳を傾けていました。
まるで夢のようなお話です。
結局、試験的に、ということでディアボロ伯爵が経営するホテルへと三種類の焼き菓子を卸すことに決まりました。
伯爵は話がまとまると、今日もまたいくつかの焼き菓子を買ってくださり、満足げに去っていきました。
「ふぅ」
伯爵が店を去ると、二人は安堵のため息をつきどっと脱力しました。
いまだに、たった今起きたことが信じられず、二人は目を合わせると再び深いため息をつきました。
「こんなことって、あるのね」
閑古鳥御用達のマジディクラに、一縷の望みが生まれた瞬間でした。
そうと決まれば早速、とルーフェはディアボロ伯爵のご要望に沿う焼き菓子を考えることにしました。
伯爵は三日月型のガトーショコラを大変気に入ってくださったようで、おんなじような可愛らしい焼き菓子を提供したい、とのことでした。
どうせお客も来ないでしょ、とエイマからはすぐさま新作の開発を命じられ、結局ルーフェは残りの時間をキッチン内で過ごすこととなりました。
何だかワクワクとしてきます。
やっと自分が焼いた焼き菓子が認められた様な気がしました。
んんーっと凝り固まった背中を伸ばしふと時計を見ると、もう閉店時間になっていました。
ルーフェが新作を考えている間、結局お客様は一人として来なかった様です。
疲れた様子でエイマがキッチンの中へと戻ってきました。
「どう?いいのできそう?必要なら新しい調理器具だって買っちゃうわよ」
ニヤリと上機嫌な様子のエイマは片付けを手伝ってくれ、ルーフェの考えた焼き菓子のアイディアに真剣に耳を傾けてくれました。
結局、今日もまた暇ではありましたが、二人は清々しい気持ちでマジディクラを後にしました。
夜空に輝く三日月の光に、閑古鳥が鳴いています。
「ごめんね、もう構ってあげられなくなっちゃうかも」
ルーフェは建物の上で寂しげに鳴いている閑古鳥に上機嫌でそう投げかけました。
その閑古鳥はルーフェを見つめると驚いた様子で目を見開いています。
「薄情なやつだ」
建物の上を縄張りとする黒猫にまたもや追い出された閑古鳥は寒々とした夜空の中を悲しげに鳴きながら飛んで行きました。
ルーフェはその黒猫にウィンクを飛ばすとルンルンとした足取りで夜の帳へと消えていきました。
それをを見守った黒猫は、満足げにうずくまり三日月を見上げそっと鳴き声を上げました。
ルーフェたちのお店『マジディクラ』には今日もまた、暇な時間が流れていました。
どうしたものか、とエイマが現在の経営状況についてあーだこーだと思案しています。
ルーフェは閑古鳥に餌をやりながらぼんやりと、エイマの話すお店の経営状況についての演説に耳を傾けていました。
といっても、数字が苦手なルーフェにとっては、エイマの話すほとんどのことがピンとこず、要約すると『大変よろしくない』といった具合のようです。
「おかしいわよねぇ。ルーフェの作るお菓子はすごく可愛いし映えるわ。味だって悪くないと思うし。なんでお客さんが全然こないのかしら」
それが分かれば商売なんてものは楽チンなのですが、現実はチョコレートのようには甘くありません。
ルーフェははぁっとため息をつくと、せめてもの反抗として閑古鳥を追い払いました。
さっと向かいの建物の屋根の上に逃げ去った閑古鳥でしたが、そこにも先客がいました。
屋根の上を縄張りとする黒猫です。シャーっと威嚇され仕方なく飛び去る閑古鳥。
「また来るからな」と、追い払われた閑古鳥は捨て台詞を吐き飛び去っていきました。
退屈だなぁ、とぼんやりと窓の外を眺めていると見覚えのある豪華な馬車が店の前に停まりました。
あの人だ!
ルーフェは立ち上がりエイマの背中を突っつきます。
「まぁ、あの方かしら」
エイマはすぐさま目をキラキラと輝かせ、どことなく色づきます。
まったくこの娘は。ご自慢の彼はどこに行ってしまったのでしょうか。
カランコロン。
『マジディクラ』の扉を開けたのはやっぱり、あの素敵な紳士でした。
「ごきげんよう」
その紳士はやはり優雅に挨拶をすると笑顔で近づいてきます。
まるでバラ園の中に彷徨い込んでしまったかのように、店内がパッと華やぎます。
「いらっしゃいませ。先日はどうもありがとうございました」
片手を上げそれに応えた紳士は、何やら小さなメモ書きを渡してきました。
ドキドキと二人してそのメモ書きを覗き込むと、そこにはこう書いてありました。
『スウィッフルカンパニー 代表 ディアボロ伯爵』
まぁ、とエイマが悲鳴にも似た声を上げました。
見覚えのない名前でありましたが、エイマにとっては十分に衝撃的だったようです。
ルーフェは小声でエイマに尋ねます。
「有名な方なの?」
エイマはさらにひっそりと答えました。
「有名なんてどころの騒ぎじゃないわ。あの『人工島ムンサントルテ』を作った会社の社長さんよ」
まさか!
『人工島ムンサントルテ』とは、首都ラティリアから船で渡ることのできる、人工的に作られた巨大な観光の島のことです。
大きな三日月型のようであり、また太陽のような形でもあるその島には、世界中の名高くお高いお菓子が集まると言われています。
世界中のお金持ちたちがこぞってそのお菓子を求めて集まってくるその島は、一般庶民にはなかなか縁のない世界なのです。
それを作った会社の代表ともなると、想像もつかないくらいのお金持ちなのでしょう。
まだ若く働きもりの年齢のようで、すらりとした背丈に精巧に整った顔、そして礼儀正しく上品なその振る舞いは完全無欠と言っていいでしょう。
なんてことでしょうか。
二人の密談が聞こえていたのか、その紳士はその綺麗に整った顔に微笑みを浮かべ握手を求めてきました。
「ディアボロと申します。よろしく」
二人は順番に握手を交わすとおずおずとディアボロ伯爵に尋ねます。
「あの、こんな小さなお店にどんな御用でしょう。何だか恥ずかしいわ」
エイマはカウンターの下で見えないというのに、スカートの皺を神経質に撫でつけて整えています。
ディアボロ伯爵はそんなエイマに優しく微笑みかけ言います。
「大きさなんて関係ないですよ。ここの焼き菓子は素晴らしい。ただ、それだけです。実はですね・・・」
ディアボロ伯爵の口から驚くべきことが二人に告げられました。
それはなんと、ディアボロ伯爵が経営するホテルのレストランで、マジディクラの焼き菓子を試験的に提供したいというではありませんか。
しかもそのホテルというのは『人工島ムンサントルテ』の一等地にある超高級ホテルのレストランらしく、伯爵のそのお話に二人は開いた口が塞がりませんでした。
「あの、つかぬことをお聞きしますが、正直うちはあんまり人気のあるお店ではありませんわ。一流のホテルで出すには少々力不足というか、その何ていうか」
普段強気で口達者なエイマでありますが、この時ばかりはもじもじと自信がなさげです。
ルーフェにとってもエイマの気持ちはよくわかります。
だって、毎日お客さんよりも閑古鳥の方が多くこの店には顔を出すのですから。
そんな二人でありましたが、ディアボロ伯爵は辛抱強くそして優しく、このマジディクラで作られている焼き菓子がどんなに素晴らしいか、熱弁してくれました。
ほんとはルーフェたちがその素晴らしさを熱弁すべきところなのですが、相手が相手なのでそんな大層なことはできません。
二人は信じられない思いで伯爵のお話に耳を傾けていました。
まるで夢のようなお話です。
結局、試験的に、ということでディアボロ伯爵が経営するホテルへと三種類の焼き菓子を卸すことに決まりました。
伯爵は話がまとまると、今日もまたいくつかの焼き菓子を買ってくださり、満足げに去っていきました。
「ふぅ」
伯爵が店を去ると、二人は安堵のため息をつきどっと脱力しました。
いまだに、たった今起きたことが信じられず、二人は目を合わせると再び深いため息をつきました。
「こんなことって、あるのね」
閑古鳥御用達のマジディクラに、一縷の望みが生まれた瞬間でした。
そうと決まれば早速、とルーフェはディアボロ伯爵のご要望に沿う焼き菓子を考えることにしました。
伯爵は三日月型のガトーショコラを大変気に入ってくださったようで、おんなじような可愛らしい焼き菓子を提供したい、とのことでした。
どうせお客も来ないでしょ、とエイマからはすぐさま新作の開発を命じられ、結局ルーフェは残りの時間をキッチン内で過ごすこととなりました。
何だかワクワクとしてきます。
やっと自分が焼いた焼き菓子が認められた様な気がしました。
んんーっと凝り固まった背中を伸ばしふと時計を見ると、もう閉店時間になっていました。
ルーフェが新作を考えている間、結局お客様は一人として来なかった様です。
疲れた様子でエイマがキッチンの中へと戻ってきました。
「どう?いいのできそう?必要なら新しい調理器具だって買っちゃうわよ」
ニヤリと上機嫌な様子のエイマは片付けを手伝ってくれ、ルーフェの考えた焼き菓子のアイディアに真剣に耳を傾けてくれました。
結局、今日もまた暇ではありましたが、二人は清々しい気持ちでマジディクラを後にしました。
夜空に輝く三日月の光に、閑古鳥が鳴いています。
「ごめんね、もう構ってあげられなくなっちゃうかも」
ルーフェは建物の上で寂しげに鳴いている閑古鳥に上機嫌でそう投げかけました。
その閑古鳥はルーフェを見つめると驚いた様子で目を見開いています。
「薄情なやつだ」
建物の上を縄張りとする黒猫にまたもや追い出された閑古鳥は寒々とした夜空の中を悲しげに鳴きながら飛んで行きました。
ルーフェはその黒猫にウィンクを飛ばすとルンルンとした足取りで夜の帳へと消えていきました。
それをを見守った黒猫は、満足げにうずくまり三日月を見上げそっと鳴き声を上げました。
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