5 / 62
序章
到着の前日
しおりを挟むイエローナイフ空港からさらに北へ車でいくこと8時間……。
もっと早く着ければよかったのだが、コンジ先生が途中で、やれお腹が空いただの、のどが渇いただのさんざん文句を言って寄り道をしたため、
『或雪山山荘』の麓の村に着いた頃には夜に差しかかっていた。
当初の予定では、ここに到着するのは昼下がりの午後のはずだった。
迎えに来てくれるはずの大富豪パパデス・シンデレイラの使いの人も、さすがに夕刻まで待って来なかったので屋敷に引き上げたらしい。
翌日の朝、迎えに来てくれるとのことで、一日遅れてしまったので、この麓の村の宿泊所に一晩泊まらせてもらうことになった。
その日は宿泊所で簡易な食事を取らせてもらった。
コンジ先生は相変わらず文句を言ってらっしゃいましたけどね。
「本来ならば今日は豪華なディナーを堪能していたはずなんだ。どうしてこんな粗末なものをこの僕が食べなきゃいけない自体に陥るだなんて……。」
「じゃあ、コンジ先生の分、私が食べましょうか?」
「いやいや。何を言ってるんだね。君は。もちろんいただくけれども、まあ、ちょっとした不満を漏らしただけじゃないか。ふん。……ま、まあまあいけるな。ずず……。」
そう言ってスープをすするコンジ先生、マナーはいかがなものでしょうかね。
コンジ先生って、IQは高いのですけど、常識はないんですよね……。
宿泊所の世話をしてくれたのは、高齢の女性でこの村で生まれ育った人だそうだ。
「あなたたちはこの地方に伝わる人狼伝説をしっておるかい?」
その女性が気さくに話しかけてくれる。
「あ、はい。聞いたことがあります。夜に無敵になり、人間を食らう人狼ですよね。」
「ああ。じゃが、この村ではさらに恐ろしい言い伝えがあるんじゃ。」
「ほほう……。それはどういった話なんだ? えーと、おばあさん。」
「いや!コンジ先生! 失礼ですよ。まだお若いですよね。」
私は思わずツッコんだ。
「いや、まあ、ばあさんでええよ。今年で80じゃからな。」
「ええ!? 見えないですよ。まだ……70代かと思いました!」
「いや……。ジョシュアくん。君。それ、あまり変わらないよ……。」
そしておばあさんは村に伝わる人狼伝説を聞かせてくれた。
言い伝えによると、人狼はその血を味わった人間に化けることができるらしい。
しかも、その血からその人間の記憶や体質など遺伝子情報まで読み取ってなりきってしまうのだと。
親しい人間でさえ、見分けがつかないほどだという。
「昨日まで親しい人間だった者が翌日の夜に狼になって食い殺される……。隣の人も信じられない……みなが疑心暗鬼になり殺し合う。
そんな凄惨な事件があったんじゃ……。」
おばあさんは妙に説得力のある凄みでそう話をしてくれたんです。
「それは興味深いな。ぜひ捕まえたいものだな。」
「無茶はしないでくださいね。コンジ先生。」
ってこう注意しても決して聞かないんだろうなぁ。
「ひっひっひ。狼の哭く声がする晩は、早く寝て決して他の人間を信用しないことじゃ。」
おばあさんはそう言って部屋に案内してくれた。
その夜は轟々と吹雪の音が聞こえる夜だったが、なんとか安全に眠れる場所にありつけた。
だけど、あんな人狼の話を聞いたからか、なかなか寝付けなかった。
コンジ先生はまったく意に介さず、さっさと寝てしまったようだけど……。
もう。ここに乙女がいるんだから、もうちょっと心配してくれてもいいのに。
私は少し不満に思いながら、そうこうしている間に意識が遠のき、眠りについていたのだった―。
翌朝―。
昨日ずっと続いていた吹雪は、少し小康状態になっていた。
8時になったころ、おばあさんが朝食の支度ができたと声をかけてくれた。
私たちが朝食をいただいていると、宿泊所に誰かが訪ねてきた。
カランコロンカラーン。
扉についている鈴が小気味よい音を立てた。
雪まみれの山男のような男性、中国人のように見えるその男が大声で呼びかけてきた。
「コンジ・キノノウ様!! ジョシュア・ジョシバーナ様! いませんか!?」
どうやら、私たちを迎えに来てくれたシンデレイラ家の方らしい。
「あ! はい! 私たちです。コンジ・キノノウとジョシュア・ジョシバーナです!」
私はそう返事して、その男性の下へ走り寄った。
「ああ。昨日はすみませんでしたね。吹雪いてきたもので帰ってしまって。申し遅れました。
私はシンデレイラ家の『或雪山山荘(あるゆきやまさんそう)』の管理人、カン・リーニン(漢・李恁)です。お迎えに上がりました。」
「これはご苦労さまです。この天候では仕方がなかったですね。」
「この辺りの天気は7日吹雪くと1日晴れる特殊な天気なんですよ。だから、今日も吹雪くと思いますので、すぐに出発したいんですがよろしいですか?」
なんとも独特な天気なのかしら。
「これもコンジ先生が寄り道なんかするからですよ。」
「ああ! 君は僕だけのせいにしようというのか? 喜んでガツガツ食べていたのはむしろ君のほうだったと思うけど?」
そんなこんなで、すぐ準備をした私たちは管理人のカンさんについて雪山の道を進むことになった。
「順調に行けば、3時間程度で着くかと思いますので、はぐれないようについて来てください。」
「はーい。」
「ふん。何かスノーモービル的なものはなかったのかね?まったく。」
「すみませんねぇ。道がデコボコしてるもんですから、スノーモービルやソリは晴れた時以外はなかなか使えんのですよ。」
あーあ。これも昨日にちゃんと着いていればなかったのにな。
ちょっぴり、あの途中で寄って食べたプーティンやバタータルト、七面鳥の丸焼きをやめておけばよかったと後悔するジョシュアでした……。
****
天候はすぐに崩れた。
吹雪がだんだんと強くなり、まさにホワイトアウトな世界―。
1m先も見えないほどだ。
先頭を行く管理人のカンに続いてコンジ、そしてジョシュアの順で黙々と歩く。
もはやお互いの声も聞こえない。
えんえんとしまく雪の舞いが幻聴を聞かせるのか、狼の鳴き声が聞こえる―。
ザク……。
ザク。
ザク……。
自分の歩く音がやけに耳にへばりつく。
ぶ厚い手袋を通して、凍気が指先に染み込んでくるようだ。
靴は防水加工がされているはずなのだが、冷たさが厳しく、一歩一歩の足の運びを遅らせる。
前を進む者の背中だけを見つめ、ただひたすらこの一面の白い世界を進んでいく―。
ザク……。
ザク。
ザク……。
自分の歩く音がやけに耳にへばりつく。
もう何時間も経ったかのような気もする。
だが、まだそんなに経っていないような気もする。
時間の感覚もこの冷気とともに鈍って行っているのか―。
ザク……。
ザク。
ザク……。
自分の歩く音がやけに耳にへばりつく。
吹雪はますます強くなり、もはや前を進む者の姿さえ見えなくなっていた―。
ただひたすら、前についている雪の上の足跡にかぶせるように自分の歩を進める。
先頭のカンはどうやって進む道がわかるのだろうか?
もしかして、このまままったく道を間違えていて、永遠にこの雪の嵐の中をさまよい続けるのではないだろうか?
前を見ても白―。
横を見ても白―。
後ろを見ても白―。
白の色しかない世界―。
このまま消えても誰も気がつかないだろう……。
ザク……。
ザク。
ザク……。
自分の歩く音がやけに耳にへばりつく。
ただ歩くー。
永遠に近い時間が経っただろうか……。
****
あーあ。
なんという不運なんでしょうか。
本当なら昨日には山荘に着いていたはずなのに、乙女にこんな行軍を強いるだなんて……。
私はなんだか腹が立っていた。
「ああ! 着きましたよ! おふた方!」
先頭のカンさんが大声でこちらを振り返って叫んだ。
「ふむ。やっと着いたか。3時間21分35秒だ。言った通りより21分35秒遅れで着いたな。」
コンジ先生……神経質すぎません?
私はとにかく無事着いたことにホッとしていた。
だが、同時に何か胸の内でざわざわと何かざわつく気配を感じていたのだった―。
~続く~
※ホラーミステリー大賞、応募しています。
「続きが気になる!」
「犯人、わかった!」
「怖いけど、面白い!」
と思ったら、
作品への応援よろしくお願いいたします!
お気に入りに追加をしていただけると本当に嬉しいです(*´ω`*)b
何卒よろしくお願い致します!!
あっちゅまん
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
四次元残響の檻(おり)
葉羽
ミステリー
音響学の権威である変わり者の学者、阿座河燐太郎(あざかわ りんたろう)博士が、古びた洋館を改装した音響研究所の地下実験室で謎の死を遂げた。密室状態の実験室から博士の身体は消失し、物証は一切残されていない。警察は超常現象として捜査を打ち切ろうとするが、事件の報を聞きつけた神藤葉羽は、そこに論理的なトリックが隠されていると確信する。葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、奇妙な音響装置が残された地下実験室を訪れる。そこで葉羽は、博士が四次元空間と共鳴現象を利用した前代未聞の殺人トリックを仕掛けた可能性に気づく。しかし、謎を解き明かそうとする葉羽と彩由美の周囲で、不可解な現象が次々と発生し、二人は見えない恐怖に追い詰められていく。四次元残響が引き起こす恐怖と、天才高校生・葉羽の推理が交錯する中、事件は想像を絶する結末へと向かっていく。
【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ
ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。
【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】
なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。
【登場人物】
エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。
ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。
マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。
アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。
アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。
クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。
ピエロの嘲笑が消えない
葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美から奇妙な相談を受ける。彼女の叔母が入院している精神科診療所「クロウ・ハウス」で、不可解な現象が続いているというのだ。患者たちは一様に「ピエロを見た」と怯え、精神を病んでいく。葉羽は、彩由美と共に診療所を訪れ、調査を開始する。だが、そこは常識では計り知れない恐怖が支配する場所だった。患者たちの証言、院長の怪しい行動、そして診療所に隠された秘密。葉羽は持ち前の推理力で謎に挑むが、見えない敵は彼の想像を遥かに超える狡猾さで迫ってくる。ピエロの正体は何なのか? 診療所で何が行われているのか? そして、葉羽は愛する彩由美を守り抜き、この悪夢を終わらせることができるのか? 深層心理に潜む恐怖を暴き出す、戦慄の本格推理ホラー。
化け物殺人事件 〜フランケンシュタインの化け物はプロメテウスに火を与えられたのか?〜
あっちゅまん
ミステリー
絶海の孤島に建てられた極秘の研究所は、軍とも関連があると言われており、島に向かっての極秘の定期便の船以外は外界と接続していない。
そんな隔絶された研究所の密室内で殺人事件が起きた!
真犯人は超人工知能搭載のロボットか!?
フランケンシュタインの化け物が登場。この最新科学で生み出された化け物はロボット三原則によって人間を害することはできない……はず?
点と点が繋がり…AIは道具なのか、意思を持っているのか!?
名探偵「黄金探偵」コンジの第二作目。
金色の脳細胞IQ250を持つ男・名探偵、輝乃皇・崑児(きののう・こんじ)は、この謎を推理で突きとめることができるのか!?
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる