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吸血鬼殲滅戦・波
第174話 吸血鬼殲滅戦・波『ウシュマルからの脱出』
しおりを挟む『ウシュマル』の女王ウシュマル・クィーンと一緒に街の外まで逃げてきたヒルコだったがー。
「待て! ヒルコとやら。我が友であり、『ウシュマル』の農業の王でもあるチャークを見捨てて行くことは出来ない!」
「うーん……。でも、もう無事かどうかわかんないよー?」
「む……、そ、それでもだ! 彼は妾(わらわ)の友なのだ!」
「そっかぁ……。どうしよっかなぁ。ジン様なら助けに行く……って言うだろうなぁ。」
「ほお? ジンというのか? お主の主人は……。」
「そうさぁ! とっても優しい御方なんだよ?」
「ふむ。この世界にあって珍しい者であるな。」
(ヒルコ! こちらの『チチェン・イッツァ』の街に『不死国』が襲撃してきたわ! 残念ながら『ウシュマル』に手を回す余裕はありません。)
(アイ様! わかりました。では、なるべく多くの住民を逃がす方向でやってみるよー。)
(気をつけなさい。無理は禁物ですよ?)
(うん! わかったよー。)
「クィーンさん。チャークさんはどこにいるんだい?」
「この入口のアーチの門から見える『魔法使いのピラミッド』にいるわ。チャークは妾(わらわ)が人質になっていたから逆らえなかったの。」
「そうかぁ! なら、クィーンさんはここで待っていてくれる? 僕が忍び込んで連れてくるよ?」
「わかりましたわ。お任せするわ。頼みましたよ!」
「おっけぇー。まっかせなさぁい!」
この『ウシュマル』の街の食糧事情を一手に引き受けるチャークさんは、ウシュマル・クィーンさんの最も信頼できる友であり、臣下なのだ。
チャークさんのいる『魔法使いのピラミッド』の前に、ヒルコがそっと近づく。
見張りをしている双頭の蛇の兵士や、双頭のジャガーの兵士らの傍をヒルコは壁の色と一体化して通り抜ける。
隠密行動にはヒルコが最も適しているだろう。
奥に進んで行き、階段を上っていく。
上方に立派な装飾の部屋が見えた。
そこが魔法使いの間、つまりチャークの部屋らしい。
中にそっと入ると、象のように長い鼻で一対の大牙をもち、石斧や蛇などの輝く武器を携えた姿で涙を流す者がいた。
「あなたがチャークさんですね?」
ヒルコが声をかける。
「いかにも……。我はチャーク。して、軟体の体を持つ魔物よ。貴様は何者であるか? 『シウ家』の者らとは違うようだが……。」
「はい。僕はヒルコと申します。ウシュマル・クィーン様に頼まれてやってきました。」
「なに!? クィーン様……とな?」
「はい。街の外でお待ちしております。ここはいったん落ち延びていただき、再起を図っていただきたいと思います。」
「そうか……。クィーン様は救われたか……。」
そう言ってチャークは涙を流した。
涙もろいというのは本当だなとヒルコは思った。
「チャーク様。お急ぎを……。」
ヒルコがそう声をかけたが、チャークは動こうとはしなかった。
「ヒルコとやら。クィーン様のことは頼んだ。だが、我はともには行けぬ。この街の民を見捨てて行くことは出来ぬ。そして、我が憂いはクィーン様の身の安全のみであった。」
「チャーク様! 早まってはいけません。いずれ、『チチェン・イッツァ』の我が主や『エルフ国』の救援が来ましょう。その際に反撃とするのです!」
「ふふふ。ヒルコ殿。その気持ちはありがたい。だが……。我は……。我の身体はすでにヤツラの血で汚れているのだよ……。」
そう言って、口を開いたチャークの口元には恐ろしい尖った牙が光ったのだった。
「そ、それは!? では、あなたはすでに!?」
「そうだ! 我が意思が我を抑えている間に、早く逃げるのだ!」
「く……。おいたわしや! でも僕はその強靭な意思に感服しましたよ!」
ヒルコはそう言って、部屋を後にし、『魔法使いのピラミッド』から外に出たのだ。
ふと街を見渡すと、たくさんの影が徘徊していた。
この街はすでに吸血鬼に乗っ取られていたのだ。
ヒルコはクィーンだけでも連れて逃げなければいけないと新たに気合いを入れるのだった。
「出合え! 出合え! クィーンが逃げたぞー!」
「警戒態勢を取れ!」
「侵入者を逃がすな!」
ようやくクィーンがいなくなったことに気がついたらしい。
闇をうごめく黒エルフたちが騒ぎ出した。
ヒルコはすでに正面門を越えようとしていた。
だが、そこで何人もの影が猿のように襲いかかってきた。
いや、何匹もと言ったほうが正解だろうか、それはヒトというより獣だったからだ。
「溶解液っ!」
ヒルコはその身体から酸性の液を噴射し、その猿のような生き物たちに浴びせかけた。
素早い動きでそれらの影たちは身を躱したが、一匹だけ逃げおくれてかかってしまった。
「ぐぎゃーーっ! いだい! いだい!」
のたうちまわるその影はまさしく人間の姿をしていたが、牙が見える。
「吸血鬼か!」
ヒルコは追手をあざむくため、地面に染み込むように姿を消した。
ヒルこの姿を見失ったヤツラはまわりをうろうろと探し回っていたが、見つけることは出来なかった。
急いで、クィーンの隠れている場所に向かうと、ヒルコはクィーンに事情を話した。
クィーンはショックを受けていたが、自身のやるべきことは逃げ延びて再び『ウシュマル』を解放すべきだと理解していたのだ。
こうして、クィーンはヒルコとともに『チチェン・イッツァ』へ逃げ延びていくのであったー。
****
オレたちが『人ごろし城』への潜入を試みていたその同時刻ー。
『チチェン・イッツァ』の北方向から『ディノ・ドラグーン』の軍勢が攻め込んできていたのだ。
『蛙を放つ』を象徴するスピノサウルスが、『ぶよを放つ』を象徴するカルカロドントサウルスが、『腫れ物を生じさせる』を象徴し最も巨大なギガノトサウルスが、そして、『雹を降らせる』を象徴するアクロカントサウルスが、大軍を率いて進軍していたのだ。
圧倒的軍勢で一気に攻め込もうとしていた恐竜軍は、目の前の者たちに阻まれ、計画が大幅に狂わされていた。
「なんだぁ!? あいつらは!?」
「このギガノトサウルス様の攻撃がまったく通じんとは!?」
「どうなっている!? ヤツラはたった4匹だぞ!?」
そう、いち早くその進軍に気づき、転移の魔法でヤツラの目の前に現れ、その進軍を止めていたのは、サルガタナスさんだった。
オレもその『ディノ・ドラグーン』たちが攻めてきていることはアイから知らされていたのだが、アイはサルガタナスさんたちが向かったことを知り、問題ないと判断したのだ。
それにしても、サルガタナスさんってただの『ヤプー』の諜報員じゃあないよ……。
まあ、そういうわけで、『ジュラシック・シティ』からの軍をサルガタナスさんたちが、防いでくれている間に、オレたちは『人ごろし城』の魔術師を探し出して討つ。
そして、青ひげ男爵を倒せば、ヤツラの軍も総崩れになるだろう。
もちろん、その後、『ジュラシック・シティ』や『ウシュマル』をなんとかしないといけないが、まずは目先の青ひげ男爵を討つことが先決だ。
オレとアイ、ヘルシングさんは一直線に、空中に作られた磁界の線路を超加速し、『人ごろし城』の上部の塔の窓から侵入した。
塔を1階まで下りて、王の間に向かう。
塔の下から侵入者に気づいた牛の魔人や、骸骨戦士どもがわんさか上ってこようとするのが見える。
ここからは気が抜けない。
「行くぞ! アイ! ヘルシングさん!」
「ああ! 燃える展開だな! ジン殿!」
「サポートはお任せください! マスター!」
オレはアダマンタイトの剣を抜き放ったのだったー。
~続く~
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