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吸血鬼の陰謀

第129話 吸血鬼の陰謀『劣勢』

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※チチェン・イッツァ周辺図



 ハールマンが生み出した古着を着た人形たちが影の剣で切りつけてきた。

 襲い来る人形たちをジョナサンさんとミナさんがそれを華麗に剣でいなす。

 夫婦だからだろうか、息がピッタリの動きでまるで華麗なダンスを踊っているかのようにも見える。


 「ミナ! 後ろ!」

 「はい! ジョナサン! そこぉ!!」

 ジョナサンさんがミナさんの背後に回り込み背中合わせになり、ミナさんが剣で彼の背後をサラリと薙ぎ払い、ジョナサンさんが彼女の背後の敵を打ち払った。

 古着人形たちが距離をとって下がる。



 「苦しぃいいいーーっ!!」

 「殺せぇええええーーーーっ!!」

 キュルテンの呪文で蘇らされた苦痛の表情の少女霊たちがオレたちのほうへ襲いかかってくる。

 イシカの拳打が炸裂したが、何の衝撃もなく、少女たちはすりぬけてきた!

 ホノリも合わせて蹴りを叩き込んだ……はずが、やはり空振りをする!



 「イシカの攻撃が効かないである!」

 「ホノリの攻撃もすり抜けたのだ!」


 そしてオレたちの間近に迫ってきた9人の少女霊たち……。

 超ナノテクマシンのサイコ・ガードで防御できるのか!?



 その瞬間、ジロキチが呪文を唱えた。

 『かもめの水兵さん、並んだ水兵さん、白い帽子、白いシャツ、白い服、波にチャップチャップ浮かんでる!!』

 すると、カモメの姿の兵隊が複数出てきたのだ。


 (マスター! 『イステの歌』によればレベル3の召喚魔法『かもめの水兵さん』です。)

 (おお! なるほど! 目には目を、召喚魔法には召喚魔法か!?)



 少女霊たちはかもめの水兵たちに取り巻いていく。


 「ならば、オレたちは……! 本体を叩く!」

 「イエス! マスター!」


 オレはそう言うが早いかアダマンタイトの剣を抜き、少女霊たちをかわし、操っているキュルテンのほうへ向かった。

 が、そこへ何かの液体が飛沫をあげて飛んできたのだ。



 「マスター! 危険です! サイコ・ガード!!」

 アイが周囲の超ナノテクマシンの結束力を強め、磁気による反射防御を強力に強めた。


 ジュワ……ジュゥウウジュワワ……


 超ナノテクマシンの塊が数兆個ほど溶けてしまったようだ……。



 「いったんお下がりを!」

 「ああ! ヤバそうだな!」

 オレは少し後方へ下がった。

 飛沫が飛んできた方向を見ると、たくさんの瓶をぶら下げたヘイグがいた。

 いつの間にか近寄ってきていたのだ。アイがその接近を察知することに遅れを取るとはな……。



 「ふふふ……。よくぞかわしたものよ。まったく気づかずにソウルランドへ送ってやったものを……。」


 ヘイグが瓶を舌なめずりしながら言う。

 シュワシュワ音を立てているその瓶の中身はおそらくは強力な硫酸のようなものだろう。

 『深い川よ、私の故郷はヨルダンのかなたにある。深い川よ、私はお前を越えて、仲間たちの元へと帰りたい。おお、お前もあの福音の宴に行ってみたいとは思わないか? そこでは、すべてのものが平和であることが約束されているという……。』

 ヘイグが呪文を唱えると、またたく間に瓶の液体が溢れ出してくる!




 ヘイグがその瓶をこちらに向かって投げつけてきた。

 「強化酸呪文『ディープリバー』だ! 溶けてなくなりやがれぃ!!」


 「最大熱放射防御態勢、発動!!」





 アイがそう叫ぶと、数百兆はある超ナノテクマシンのひとつひとつが熱エネルギーを一瞬で生み出し、その膨大な熱エネルギーで酸を一瞬にして気化させてしまったのだ。

 さきほどの防御は超ナノテクマシンのくっつくチカラを最大に強化し、固定化して防御していたのだが、それでは強酸の攻撃には耐えることができなかった。

 だから瞬時に防御の仕組みを変化させたというわけだ。その臨機応変な演算を一瞬で可能とは……。

 さすがはアイだな。


 「くふぅ……っ! はぁはぁ……。マスターの言葉! ありがたき幸せぇええ!!」



 あ、アイ……。思念通信じゃなくて声が漏れてますけど……。


 「なんだと!? この俺の強酸攻撃『アシッド・デフュージョン』をしのぐとは……。なるほどなるほど。実に面白い!」

 ヘイグが妙に嬉しそうによだれを垂らしている。

 やっぱりコイツが一番やばい気がする……。



 「ぐがごごががががァアアーーッ!!」

 最初にイシカとホノリに打ち倒されたはずの吸血鬼たちが起き上がり、カラドリウスさんとスチュパリデスさんのいるほうへなだれ込むように襲いかかった。


 「おまえたちは!?」

 「監査員の者たちじゃないの!?」


 襲い来る者どもは『爆裂コショウ』群生地区保安監視員たちだったのだ。



 スチュパリデスさんはその青銅の翼の盾でガードをして、吸血鬼どもの攻撃をしのいだ。

 カラドリウスさんは首に下げたアヌビスの書かれた黒い袋を掴み、呪文を唱えた。

 「沈静化呪文『朝』! 正気にもどれ! おまえたち!」


 『あさはふたたびここにあり、朝あさはわれらと共ともにあり、埋うもれよ眠ねむり行ゆけよ夢ゆめ、隠かくれよさらば小夜嵐さよあらし!』




 吸血鬼たちは一瞬動きが止まった。

 そこを逃さず、カラドリウスさんとスチュパリデスさんは後方へ身を引いた。


 「おまえたち! しっかりしなさいよ!」

 なおも声をかけ続けるカラドリウスさん。やはり仕事仲間に対して思うところがあるのだろう……。



 「ぐ……ふぅ……。カラドリウスさん……。俺たちを……助けてください……。」

 「スチュパリデスさん……。く……苦しい……。」

 吸血鬼になった監視員たちが声を振り絞るようにして言う。



 「く……。おまえたち!!」

 スチュパリデスさんが思わず、彼らに駆け寄ろうとしたその時ー。


 「ダメだ!! 危ない!」

 ジョナサンさんが叫び、剣でなぎ払うかのように間に立った。



 「クワァアアアーーーッ!!」

 監視員たちはその口に光る牙をむき出しにして、ジョナサンさんに襲いかかったのだ。

 もしも、ジョナサンさんが間に入らなければ、スチュパリデスさんたちが襲われていたに違いない。


 「魂まで……売り払ったか!? 貴様たち!」


 ジョナサンさんがその剣『ジプシーナイフ・ソード』を振りかざした。

 その剣から立ち上る凄まじい剣気……魔力を込めたに違いない。



 「剣技・サン・フランシスコ!!」


 目にも留まらぬ剣閃が炸裂する。

 吸血監視員たちが吹き飛ばされる。



 「うぷぷぷっぎゃぁーーぁあああーッはーはぁーーんっ!!」


 吸血監視員たちはちょっとうれしそうな声を発しながら、肉体が崩壊していく。

 これは、ヘルシングさんと同じ吸血鬼退治の剣だ。

 ジョナサンさんもさすがはヴァンパイア・ハンターを名乗るだけあってすごいな。



 「えいっ! とーどーめっ!」


 シュパン……


 そう言って、追い打ちの止めを差したのはミナさんだ。ここも息ぴったりだな。

 おっと、オレも目の前の相手に集中しなきゃだ……。




 ****


 「くううううっ!!」

 ジロキチが何かの衝撃にふっ飛ばされた。




 『おおさむこさむ、山から小僧が泣いてきた。なんといって泣いてきた、寒いといって泣いてきた。おおさむこさむ! おおさむこさむ!!』


 キュルテンの従える少女霊が氷の魔法を放ったのだ。

 その冷気は一瞬にして周囲をも冷たい空気に包み込むほどの威力だった。



 ジロキチの召喚していたカモメの水兵たちが消える……。

 ジロキチにダメージが入ったためか。

 まずい……。





 ジロキチのほうには非戦闘員のサルワタリ、サルガタナスさんが……!


 オレは手強い相手に劣勢になっていることに気がついたのだった。



~続く~

©「かもめの水兵さん」(曲/河村光陽 詞/武内俊子)
©「ディープリバー」(曲:黒人霊歌/詞:黒人霊歌)
©「朝」 作詞:島崎藤村/作曲:小田進吾
©「おおさむこさむ」(曲:わらべ歌/詞:わらべ歌)






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