【完結】惨めな最期は二度と御免です!不遇な転生令嬢は、今度こそ幸せな結末を迎えます。

糸掛 理真

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73.侵入者

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 テオドールとガンザー伯爵は帰って行った。というより、いつまで入り浸っているんですかと看護師に叱られて追い出された。
 
 この病院が特別なのか、病院というもの全般がそうなのかは分からないが、上位貴族でも容赦なく叱責されているのが新鮮だ。

 そして気づけばすでに夕暮れ時で、私は病室の窓からぼんやりと外を眺めていた。

 私は平凡で、卑怯で、俗な人間だ。

 旧ユリシーズ領で今も苦しむ民を放っておいて、テオドールの元へ走ることも考えたぐらいには。

 ガンザー伯爵夫妻に全て丸投げしちゃおうかなとも思ったし、王妃殿下のお望みを叶えるという形でしばらく首席侍女を務め、いつか結婚が決まれば退職して家庭に入るのも良いなと思った。

 自分の幸せのためにそうしてしまおうかと本気で考えたが、やはりそれは出来なかった。

 なぜなら、自分のことばかりを優先したところで幸せにはなれないと悟ってしまったからだ。

 自分の望みや幸せのためなら他人が苦しんでも良い、大きな目的の為に犠牲が出るのは仕方ない、そう考えた人たちの末路がどうなるか。

 人を傷つけ、不幸にした人は、自分もその十字架を背負うことになる。現にアンジェリッテは、私に襲いかかったことで自分の人生を大きく狂わせた。あの子があれほど自己中心的でなく、身の丈にあった生活に満足できるような子だったら、きっと幸せに暮らせたのに。

 悪いことはするものではない。私は身に染みてそう感じた。仮に法で裁かれるようなことはでなくても、人の道に背くような行為をしたらいつかバチが当たりそうな気がするし、もしそれがなくても後ろ暗い気持ちで生きていくのは嫌だ。

 私はいつだってお天道様に堂々と顔を向けられる自分でありたい。自分のことも、周囲の人のことも、どちらも大切にできる人間でありたい。せっかく一命を取り留めたのだから、今後の人生を今まで以上に大切に生きたい。

 そう考えると、ガンザー家の養女になり、両親がしでかしたことの後始末をつけるべきだと思った。私の責任ではないのかもしれないが、逃げるのは民に顔向けができないし、自分だって後味が悪い。ある程度復興が進んだら、その時はまた自分の幸せを追求しよう。

 この選択は正しいと思える。その自信はある。でも。

 「テオドールと一緒にいたいよー…」

 しかし、現実問題それは不可能だった。せめてガンザー領と辺境がもう少し近ければ、遠距離恋愛を提案したかもしれない。しかし、移動だけで数日かかってしまうほどの距離はさすがに遠すぎる。第一、結婚という未来が見えないのにお付き合いするのは気が進まない。

 もちろん結婚が全てではないのは分かる。だが、今更テオドールと気軽なお付き合いなどできない。そうするには私はあの人を愛しすぎている。出来ることなら独占したいし、死ぬまで添い遂げたい。我ながら非常に重い愛情を抱えているのだ。

 そんなことを考えているうちに陽はとっぷりと暮れ、夕食が運ばれてきた。と言っても、今日はまだ体の負担にならないよう、とろりとしたポタージュのようなものだけだ。しかしそれすらもほとんど食べられない。胃がすっかり縮んでしまっている上に胸もいっぱいで、全然入っていかないのだ。

 「大丈夫ですよ、少しずつ食べられるようになれば良いんですから」

 看護師さんは慰めるように優しくそう言ってくれ、食後に飲む薬と痛み止めの薬を渡してくれた。

 「明日は色々と検査を受けていただくことになります。もし夜の間に気分が悪くなったりなどありましたら、このベルを鳴らして呼んでくださいね」

 私はありがたくベルを受け取った。こうして医療が受けられるというのはありがたい。入院費がどれくらいの額になるのかというのが心配だったが、給金はそれほど使わずに貯めてあるのできっと大丈夫だろう。

 そして私はまた部屋に一人になった。そして明かりが消された後も、全然寝られなかった。ずっと寝ていたので当然と言えば当然ではあるが、考え事をやめようとしても全然やめられない。水面に浮かぶあぶくのように、消えたと思っても次から次へと生まれては浮かび上がってくる。

 考えすぎて息苦しくなってきたため、私は外の空気を吸いたくなった。怪我している左腕を動かすと激しく痛むので、そろりそろりとベットから降りる。キャスターのついた点滴スタンドを注意して押しながら、私は窓際まで移動した。

 窓を少し開け、ひんやりとした空気を吸い込む。何気なく下を向いた時、私はびっくりして思わず息を呑んだ。

 何者かがヤモリのように壁を登って来ていた。
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