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70.あの時の
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「起きたのか、良かった!エマ!」
迷いなく私に走り寄るテオドールに、医師が穏やかに言った。
「うんうん良かったねぇ。でもちょっとお静かに。あまり患者さんを刺激しないでね」
「あ、すみません…」
叱られて素直に謝るテオドールを見て、私は思わず笑った。
「ふふっ…!」
「なんだよ…」
少し不満そうにしながらも、テオドールも笑っていた。その顔は本当に嬉しそうで、ホッとしたような表情だった。
医師が私の状態をテオドールに説明してくれ、傷口の状態が少しよくなってきたら腕の状態を確認し、場合によってはリハビリが必要になるかもしれないと話した。
「あとねー、エマちゃんは割と血が止まりにくいタイプだから、今後の人生も大怪我には気をつけてねぇ。分かりやすく言うと、血液中の血を固める成分が少なめでサラッサラなのね。女の子だし、もし将来妊娠したら早めに大きい病院に行って、体質のことを必ず伝えるようにして。先に分かっていれば、病院も対策とれるからね。旦那さん…ではないんだっけ、まあでもパートナーなんでしょ?気をつけてあげてね」
「あっ、はい。気をつけます」
テオドールは特に否定せず、そう言った。
そんなテオドールをじっと見て、医師は目を細めた。
「ほんと、大きくなったねぇ…。こんなに立派に育って、天国のお母さんもきっと誇らしく思っているよ」
「え?」
怪訝そうなテオデールに、医師はにっこりした。
「君が生まれた時、私が取り上げたんだよ」
「ええっ!」
私もテオドールもびっくりして医師を見つめた。
「私ね、若い頃は辺境にいたんだよ。あのお産は一生忘れられない。リアさん、妊娠中の経過は順潮そのもので…なのに、いざ生まれるという段になって、大出血してしまってね。何とか助けようと全力を尽くしたんだけど、駄目だったんだ。今でも悔しいよ。原因は胎盤の位置が下すぎたことなんだ。この20年で機械の精度がかなり上がったから、今なら出産前にある程度分かるだろうし、きっと助けることができたのに…」
そう話す医師の優しそうな目は一度悲しげに翳ったが、テオドールに再び向けられた目にはまた光が戻っていた。
「でも、せめて君を助けられてよかった。『お腹の子を助けてください、命より大事なんです、絶対に助けてください』って…。自分の命がいよいよ危ないって時にだよ。君のお母さんは本当に強い人で、君が生まれる前から君を深く愛していたんだ」
「…そうですね。命をかけて産んでもらいました。……俺は、そのことにずっと罪悪感を持っています」
「そうかぁ…うん、当事者からしたらそう思ってしまうのかもねぇ。でもね、わたしも子どもがいるから分かるけど…我が子が生きていて、幸せでいてくれるのが親にとって最大の喜びなんだよ。まあ、親の中にも例外はいるみたいだけど…少なくともリアさんは君の幸せを何よりも願ってる。だからさ、君にはぜひ幸せでいてほしいな」
テオドールは何と答えようか少し逡巡している様子だったが、不器用に小さく微笑んで言った。
「はい。…父から、俺も生まれる時死にかけていたと聞きました。助けてくださってありがとうございました」
「礼には及ばないよ。…大人になった君に会えて、こちらこそお礼を言いたいよ。ありがとうね。…エマちゃんが回復するまで、色々と助けてあげて」
「…はい」
照れたように笑うテオドールの顔は、なんだかこれまでと違って見えた。吹っ切れたような、スッキリしたような顔だった。
また様子を見に来るからねと言い残して、医師は部屋から出ていった。私はテオドールを見つめた。どれだけ見てもまだ足りないと思うほど、つい見てしまう。テオドールは私の視線に気付き、身体を屈めて私に顔を寄せた。
「どうした…?気分が悪いのか?水飲むか?」
気遣わしげにそう聞いてくれる。その優しさが嬉しく、同時に申し訳なくなった。
「心配かけてごめんね」
私が謝ると、テオドールはため息混じりにこう言った。
「ほんっっっとに、な。しょうもない男に捕まりやがって、危ないことに巻き込まれやがって…。ケガ人相手にこれ以上はやめとくけどよ」
「アルマン様とのこと、聞いたの?」
「聞いてねえけど想像はつく。付き合ってたんだろ?」
「うう…まぁ、うん」
テオドールはまたため息を吐いたが、俺がとやかく言う権利はないなと言った。
「もう他の男に騙されることは無いからいい。お前は俺の女だからな」
『俺の女』。本来あまり好きな響きの言葉じゃないのに、テオドールに言われると嬉しくなってしまう。
私が照れていると、テオドールはおもむろに私の右手をそっと取った。
「エマ…今更と思われるかもしれないけど、頼みがある。俺と、けっ…」
コン!コンコン!
テオドールが何か言い終わる前に、部屋のドアがノックされた。入ってきたのはガンザー伯爵だった。
迷いなく私に走り寄るテオドールに、医師が穏やかに言った。
「うんうん良かったねぇ。でもちょっとお静かに。あまり患者さんを刺激しないでね」
「あ、すみません…」
叱られて素直に謝るテオドールを見て、私は思わず笑った。
「ふふっ…!」
「なんだよ…」
少し不満そうにしながらも、テオドールも笑っていた。その顔は本当に嬉しそうで、ホッとしたような表情だった。
医師が私の状態をテオドールに説明してくれ、傷口の状態が少しよくなってきたら腕の状態を確認し、場合によってはリハビリが必要になるかもしれないと話した。
「あとねー、エマちゃんは割と血が止まりにくいタイプだから、今後の人生も大怪我には気をつけてねぇ。分かりやすく言うと、血液中の血を固める成分が少なめでサラッサラなのね。女の子だし、もし将来妊娠したら早めに大きい病院に行って、体質のことを必ず伝えるようにして。先に分かっていれば、病院も対策とれるからね。旦那さん…ではないんだっけ、まあでもパートナーなんでしょ?気をつけてあげてね」
「あっ、はい。気をつけます」
テオドールは特に否定せず、そう言った。
そんなテオドールをじっと見て、医師は目を細めた。
「ほんと、大きくなったねぇ…。こんなに立派に育って、天国のお母さんもきっと誇らしく思っているよ」
「え?」
怪訝そうなテオデールに、医師はにっこりした。
「君が生まれた時、私が取り上げたんだよ」
「ええっ!」
私もテオドールもびっくりして医師を見つめた。
「私ね、若い頃は辺境にいたんだよ。あのお産は一生忘れられない。リアさん、妊娠中の経過は順潮そのもので…なのに、いざ生まれるという段になって、大出血してしまってね。何とか助けようと全力を尽くしたんだけど、駄目だったんだ。今でも悔しいよ。原因は胎盤の位置が下すぎたことなんだ。この20年で機械の精度がかなり上がったから、今なら出産前にある程度分かるだろうし、きっと助けることができたのに…」
そう話す医師の優しそうな目は一度悲しげに翳ったが、テオドールに再び向けられた目にはまた光が戻っていた。
「でも、せめて君を助けられてよかった。『お腹の子を助けてください、命より大事なんです、絶対に助けてください』って…。自分の命がいよいよ危ないって時にだよ。君のお母さんは本当に強い人で、君が生まれる前から君を深く愛していたんだ」
「…そうですね。命をかけて産んでもらいました。……俺は、そのことにずっと罪悪感を持っています」
「そうかぁ…うん、当事者からしたらそう思ってしまうのかもねぇ。でもね、わたしも子どもがいるから分かるけど…我が子が生きていて、幸せでいてくれるのが親にとって最大の喜びなんだよ。まあ、親の中にも例外はいるみたいだけど…少なくともリアさんは君の幸せを何よりも願ってる。だからさ、君にはぜひ幸せでいてほしいな」
テオドールは何と答えようか少し逡巡している様子だったが、不器用に小さく微笑んで言った。
「はい。…父から、俺も生まれる時死にかけていたと聞きました。助けてくださってありがとうございました」
「礼には及ばないよ。…大人になった君に会えて、こちらこそお礼を言いたいよ。ありがとうね。…エマちゃんが回復するまで、色々と助けてあげて」
「…はい」
照れたように笑うテオドールの顔は、なんだかこれまでと違って見えた。吹っ切れたような、スッキリしたような顔だった。
また様子を見に来るからねと言い残して、医師は部屋から出ていった。私はテオドールを見つめた。どれだけ見てもまだ足りないと思うほど、つい見てしまう。テオドールは私の視線に気付き、身体を屈めて私に顔を寄せた。
「どうした…?気分が悪いのか?水飲むか?」
気遣わしげにそう聞いてくれる。その優しさが嬉しく、同時に申し訳なくなった。
「心配かけてごめんね」
私が謝ると、テオドールはため息混じりにこう言った。
「ほんっっっとに、な。しょうもない男に捕まりやがって、危ないことに巻き込まれやがって…。ケガ人相手にこれ以上はやめとくけどよ」
「アルマン様とのこと、聞いたの?」
「聞いてねえけど想像はつく。付き合ってたんだろ?」
「うう…まぁ、うん」
テオドールはまたため息を吐いたが、俺がとやかく言う権利はないなと言った。
「もう他の男に騙されることは無いからいい。お前は俺の女だからな」
『俺の女』。本来あまり好きな響きの言葉じゃないのに、テオドールに言われると嬉しくなってしまう。
私が照れていると、テオドールはおもむろに私の右手をそっと取った。
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