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38.空白の5年間(2)
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おじさまはハンカチを出して、私の涙を拭いてくれた。しかし、呆れるぐらい次から次に溢れてくる。私はハンカチを借りて目をぎゅっと押さえ、何とか涙を止めようとした。だが、まるで涙腺が壊れたかのようにとめどなく流れる。おじさまは優しく頭を撫でてくれた。
おじさまがテオドールに言った通り、私は確かに寂しく悲しい思いをした。しかし、だからと言って、心の中でテオドールを責めていたのは間違いだったと気がついた。そもそも私が結婚しようなんて言ったせいで、私たちの関係はおかしくなってしまったのだ。自分のせいだから仕方がないではないか。
テオドールは昔からずっと私を気にかけてくれ、私のために怒ってくれた。美味しいものをたくさん食べさせてくれて、色々な楽しいことを教えてくれた。どんな時も大切にしてくれた。守ってくれた。そして不思議なほど私のことを分かってくれていた。
それなのに私はテオドールに言われるまで、結婚したくない、子どもを持ちたくないという気持ちすら察してあげることができなかった。きっと立ち入られたくないデリケートな部分だったに違いない。テオドールが私と距離を置きたいなら、私はそれを受け入れようと思った。現に、誕生日の贈り物が届くまでは、気持ちを何とか誤魔化してやってきた。
そう、あの夜だった。抑え込んでいた感情が爆発してしまった。美しく輝くブローチが起爆剤となって。あのテオドールがわざわざ街へ行って私のためにそれを選んでくれたことが嬉しかった。同時に、なぜ今さらそんなことをするのかと思った。でも、おじさまの話を聞いた今なら分かる。
『お前のことは忘れていない』
きっと、そう言いたかったのだ。昔と全く変わらず、私のことを気にかけてくれているのだ。
本当はずっと会いたかった。話したいこともたくさんあった。それに何より、今度は私がテオドールの喜ぶことをしてあげたかった。5年前に誕生日プレゼントを渡した時に喜んでもらえて、私はとても嬉しかったのだ。心が満たされたと同時に、これまで自分がしてもらうばかりだったと気がついた。
それでいて、私は自分の幸せを優先した。
家を出たい。自由が欲しい。自分の家族をつくりたい。後悔したくない。誰かの特別になりたい。今世こそは幸せになりたい。今世こそ「幸せな人生だった」と思って死にたい。
自分の欲ばかりだ。おじさまやテオドールに恩を返すこともせず、さっさと王都に来て、そのまま5年間も宮廷侍女をやっている。恋人までつくり、それでいてテオドールに対して不平不満を抱いていた。おじさまの話を聞くまで、テオドールの苦しみや葛藤を露ほども知らずに。私は何も分かってはいなかった。浅ましい、欲の塊だった。
私は涙を拭い、嗚咽を止めようとした。こんなに泣くのはおかしいことだ。だって、私が招いたことなのだ。
「私のため、だったんですね…。テオドール、は、いつも…」
私はしゃくりあげながら言った。
「今までも、そうだった、のに。私は、何も…分かって、なかった…っ」
おじさまは私をぎゅっと抱きしめた。泣きじゃくる幼い子どもを落ち着かせようとする時のように、背中をトントンしてくれる。
「エマ、そんなに自分を責めないで。君が悪い訳じゃない、すれ違ってしまっただけなんだ。君が逆境を乗り越えるのに必死だったことは、私もテオドールもちゃんと分かっている。ただ、テオドールは頑固だからね…そのせいでここに来る直前、言い争いになってしまったよ」
私は驚いて、涙でぐちゃぐちゃの顔を上げた。
「心配いらないよ、ただの親子喧嘩だから。あまりに頑なだから、思い上がるなと言ってやったんだ。『年に一度や二度会いに行くぐらいで、エマの邪魔になると本気で思っているのか?あの子はお前よりずっと強いから、いつまでも過去に囚われちゃいないよ』とね。つい煽るような言い方をしてしまったから、テオドールは怒っていた。…大人げなかったが、黙っていられなくてね。
ついでに、『エマはますます素晴らしい女性になったし、今や王宮の人気者だ。男たちが放っておくわけはないから、そろそろ正式に私の養女にして、輿入れまで一切の面倒を見てやりたいと思う』とも言った。テオドールは怒りながらも、ひどく動揺していたよ。君が誰かのものになるのは覚悟の上かと思っていたが…。とんだお間抜けさんだよ、君が他の男にとっても魅力的だということを気づいていなかったなら」
いつも穏やかなおじさまの表情はいつになく真剣で、声も鋭かった。まるで別人のようで私は戸惑ったが、次の瞬間には私の知っているおじさまに戻っていた。
「…テオドールは努力しているが、この先本当の意味で母親の死を乗り越えられるかは分からない。だから、君に待ってやれと言うつもりはない。ただ、君を想っているのは本当だということだけは伝えたかった。…老婆心を出してすまなかったね。君たちの間に立ち入るのは、最初で最後にするつもりだ」
私は頷き、おじさまにお礼を言った。心配をかけてしまって申し訳ないと思ったし、こんなに心を砕いてくれてありがたくも思った。
こうして私は自分の身勝手さと視野の狭さ、そして愚かさをやっと思い知った。同時に、テオドールの心の中も少し知ることができたのだった。
おじさまがテオドールに言った通り、私は確かに寂しく悲しい思いをした。しかし、だからと言って、心の中でテオドールを責めていたのは間違いだったと気がついた。そもそも私が結婚しようなんて言ったせいで、私たちの関係はおかしくなってしまったのだ。自分のせいだから仕方がないではないか。
テオドールは昔からずっと私を気にかけてくれ、私のために怒ってくれた。美味しいものをたくさん食べさせてくれて、色々な楽しいことを教えてくれた。どんな時も大切にしてくれた。守ってくれた。そして不思議なほど私のことを分かってくれていた。
それなのに私はテオドールに言われるまで、結婚したくない、子どもを持ちたくないという気持ちすら察してあげることができなかった。きっと立ち入られたくないデリケートな部分だったに違いない。テオドールが私と距離を置きたいなら、私はそれを受け入れようと思った。現に、誕生日の贈り物が届くまでは、気持ちを何とか誤魔化してやってきた。
そう、あの夜だった。抑え込んでいた感情が爆発してしまった。美しく輝くブローチが起爆剤となって。あのテオドールがわざわざ街へ行って私のためにそれを選んでくれたことが嬉しかった。同時に、なぜ今さらそんなことをするのかと思った。でも、おじさまの話を聞いた今なら分かる。
『お前のことは忘れていない』
きっと、そう言いたかったのだ。昔と全く変わらず、私のことを気にかけてくれているのだ。
本当はずっと会いたかった。話したいこともたくさんあった。それに何より、今度は私がテオドールの喜ぶことをしてあげたかった。5年前に誕生日プレゼントを渡した時に喜んでもらえて、私はとても嬉しかったのだ。心が満たされたと同時に、これまで自分がしてもらうばかりだったと気がついた。
それでいて、私は自分の幸せを優先した。
家を出たい。自由が欲しい。自分の家族をつくりたい。後悔したくない。誰かの特別になりたい。今世こそは幸せになりたい。今世こそ「幸せな人生だった」と思って死にたい。
自分の欲ばかりだ。おじさまやテオドールに恩を返すこともせず、さっさと王都に来て、そのまま5年間も宮廷侍女をやっている。恋人までつくり、それでいてテオドールに対して不平不満を抱いていた。おじさまの話を聞くまで、テオドールの苦しみや葛藤を露ほども知らずに。私は何も分かってはいなかった。浅ましい、欲の塊だった。
私は涙を拭い、嗚咽を止めようとした。こんなに泣くのはおかしいことだ。だって、私が招いたことなのだ。
「私のため、だったんですね…。テオドール、は、いつも…」
私はしゃくりあげながら言った。
「今までも、そうだった、のに。私は、何も…分かって、なかった…っ」
おじさまは私をぎゅっと抱きしめた。泣きじゃくる幼い子どもを落ち着かせようとする時のように、背中をトントンしてくれる。
「エマ、そんなに自分を責めないで。君が悪い訳じゃない、すれ違ってしまっただけなんだ。君が逆境を乗り越えるのに必死だったことは、私もテオドールもちゃんと分かっている。ただ、テオドールは頑固だからね…そのせいでここに来る直前、言い争いになってしまったよ」
私は驚いて、涙でぐちゃぐちゃの顔を上げた。
「心配いらないよ、ただの親子喧嘩だから。あまりに頑なだから、思い上がるなと言ってやったんだ。『年に一度や二度会いに行くぐらいで、エマの邪魔になると本気で思っているのか?あの子はお前よりずっと強いから、いつまでも過去に囚われちゃいないよ』とね。つい煽るような言い方をしてしまったから、テオドールは怒っていた。…大人げなかったが、黙っていられなくてね。
ついでに、『エマはますます素晴らしい女性になったし、今や王宮の人気者だ。男たちが放っておくわけはないから、そろそろ正式に私の養女にして、輿入れまで一切の面倒を見てやりたいと思う』とも言った。テオドールは怒りながらも、ひどく動揺していたよ。君が誰かのものになるのは覚悟の上かと思っていたが…。とんだお間抜けさんだよ、君が他の男にとっても魅力的だということを気づいていなかったなら」
いつも穏やかなおじさまの表情はいつになく真剣で、声も鋭かった。まるで別人のようで私は戸惑ったが、次の瞬間には私の知っているおじさまに戻っていた。
「…テオドールは努力しているが、この先本当の意味で母親の死を乗り越えられるかは分からない。だから、君に待ってやれと言うつもりはない。ただ、君を想っているのは本当だということだけは伝えたかった。…老婆心を出してすまなかったね。君たちの間に立ち入るのは、最初で最後にするつもりだ」
私は頷き、おじさまにお礼を言った。心配をかけてしまって申し訳ないと思ったし、こんなに心を砕いてくれてありがたくも思った。
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