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30.真剣交際をいたしましょう(1)
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「エマさん、少しよろしいですか」
「…申し訳ありません、お急ぎでなければまた王宮でお会いした時にお伺いいたします」
無礼を承知で私はそう答えた。ここにはもう公爵とその使用人たちしかいない。完全アウェーである。ランドルの忠告を心の隅に置いている私は、自意識過剰と公爵に笑われようが出来るだけ早く立ち去りたかった。
「やけに警戒しますね。まだ私が怖いのですか?」
公爵は私の態度に気を悪くした様子もなく、優しく尋ねてくる。
「今はもうそんなことはありませんが、私もお暇する時間ですので…」
「今、余った焼き菓子を包ませているところなんです。ぜひ持って帰って、侍女の皆さんと食べてください。日持ちするので、今日来られなかったシンディーさんへのお土産にもどうですか」
シンディーは本日体調不良のためお茶会を欠席した。今日はどんよりした曇り空で肌寒い。こういう日、シンディーはよく頭痛や眩暈に襲われるのだ。おそらく気圧のせいなのだろう。今頃はランドルの特製薬を飲んで横になっているはずだった。
それはそうと、公爵の提案に私は思わず心を動かされた。私はフィナンシェとシフォンケーキを選んだが、どちらもびっくりするくらい美味しかったからだ。程よい甘さで、発酵バターの芳醇な香りがして、さっくりでふわふわでしっとりで、掛け値なしに最高だった。皆へのお土産にしたら喜ばれるに違いない。なんなら私も、今日食べられなかったマドレーヌやパウンドケーキを食べたい。
「…お心遣い、ありがとうございます」
情けないことに、私はまんまと釣られた。美味しいものにはどうしても弱い。
「じゃあ、包み終わるまで少しお話ししましょう」
公爵はそう言うと私を手招きした。私は申し訳程度にちょこっと近づいた。
「エマさん、まずあなたに謝らなくちゃいけません」
「え?」
「あなたは今日の会に合わせたお話を用意して、よく練習もしてきてくれたんですね。王宮の仕事をたくさん任されている忙しいあなたにとって、3日間であそこまで仕上げるのは大変だったでしょう。負担をかけてしまった」
ああ、と私は合点がいった。同時に、この公爵のことを自己中心的な人だと思っていたので意外に感じた。私が勝手に決めつけていたよりは、ずっと洞察力も想像力もあるらしい。
「そのことでしたら、確かに少し大変でした。ですが、お気になさらなくて大丈夫です。良い経験になりましたし…まぁ、この一回で十分ですけれど」
「もう、来てはいただけませんか?あなたにまた会いたいのです。こういった形ではなく、ふたりで」
「は?」
私は何を言われているのか分からなかった。そんな朴念仁の私に、公爵がずいと近寄って来る。私は反射的に距離を取ろうとしたが、その前に右手をそっと取られた。頭が真っ白になり、声も出ない。私を見据える碧い目に捕らえられたかのように動けない。
「つまりですね…私の恋人に、なってくれませんか」
(やっぱり、この人…)
ランドルに言われた言葉が、耳の奥で再生される。
『遊ばれないように…』
「キズものにされないように…』
(この人、私を慰み者にするつもりなんだ!)
私は公爵の手を振り払った。
「お、お断りしますっ!」
思ったより大きな声が出てしまい、私は驚いた。公爵も驚いたようだったが、私と違って至極落ち着いていた。
「…どうしてですか?」
「私は、遊びたいとは思っておりませんので!お付き合いするとしたら、結婚を考えるお相手とだけです」
「それならちょうど良かった、私も結婚を前提としたお付き合いを望んでいるので。よろしくお願いいたしますね、エマさん」
公爵は目を細め、にっこりと笑った。いやいやいやいや、それこそ有り得ない話だ。
「無理無理無理、無理です!」
慌てる私を、公爵は不思議そうに見つめる。
「おかしいですね…今度はなぜでしょう?」
「だって!」
言わなくても分かるでしょうというのが私の本音だった。なぜと問うことに対してなぜと問いたいぐらいだ。
「まず、身分が不釣り合いです。私は一伯爵の娘に過ぎません、それも実家とは疎遠です」
「身分のことは、私は気にしませんよ。あなたの人柄を多少なりとも知った今、実家と疎遠なのは別にあなたのせいだとも思えませんし」
「…公爵様が気になさらなくても、きっと周囲の方々は気になさいます」
「私は早くに両親に先立たれましたし、口うるさい親戚もいません。王家の方々も、あなたが相手なら反対はしないでしょう」
「でも、私は気にします。私はきらびやかな上位貴族の方々の中に混ざってやっていける自信がありません」
「今日のあなたを見ている限り、私の友人知人たちとも良好な関係を築いてくれそうだと思いましたけどね。堂々としていたではないですか。身分なんて、それほど気にすることではありませんよ。高貴なる王族は別として、貴族諸侯など似たり寄ったりだと私は思っていますよ」
「それでもダメです、とにかくダメです」
もう理由を並び立てるのは諦めて、私はもうひたすら断った。
「エマさん、私のことがお嫌いですか?」
「好いたり嫌ったりするほど、私は公爵様のことを存じ上げません」
「じゃあ良い機会ではないですか。ひとつ、付き合ってみて判断してください」
カフカ公爵も譲らない。
「そんなに軽く付き合えません!」
「私は真剣だと言っているでしょうに…どうしたら分かってもらえるのでしょう?」
公爵は少し困ったように微笑みながらそう言った。
「…申し訳ありません、お急ぎでなければまた王宮でお会いした時にお伺いいたします」
無礼を承知で私はそう答えた。ここにはもう公爵とその使用人たちしかいない。完全アウェーである。ランドルの忠告を心の隅に置いている私は、自意識過剰と公爵に笑われようが出来るだけ早く立ち去りたかった。
「やけに警戒しますね。まだ私が怖いのですか?」
公爵は私の態度に気を悪くした様子もなく、優しく尋ねてくる。
「今はもうそんなことはありませんが、私もお暇する時間ですので…」
「今、余った焼き菓子を包ませているところなんです。ぜひ持って帰って、侍女の皆さんと食べてください。日持ちするので、今日来られなかったシンディーさんへのお土産にもどうですか」
シンディーは本日体調不良のためお茶会を欠席した。今日はどんよりした曇り空で肌寒い。こういう日、シンディーはよく頭痛や眩暈に襲われるのだ。おそらく気圧のせいなのだろう。今頃はランドルの特製薬を飲んで横になっているはずだった。
それはそうと、公爵の提案に私は思わず心を動かされた。私はフィナンシェとシフォンケーキを選んだが、どちらもびっくりするくらい美味しかったからだ。程よい甘さで、発酵バターの芳醇な香りがして、さっくりでふわふわでしっとりで、掛け値なしに最高だった。皆へのお土産にしたら喜ばれるに違いない。なんなら私も、今日食べられなかったマドレーヌやパウンドケーキを食べたい。
「…お心遣い、ありがとうございます」
情けないことに、私はまんまと釣られた。美味しいものにはどうしても弱い。
「じゃあ、包み終わるまで少しお話ししましょう」
公爵はそう言うと私を手招きした。私は申し訳程度にちょこっと近づいた。
「エマさん、まずあなたに謝らなくちゃいけません」
「え?」
「あなたは今日の会に合わせたお話を用意して、よく練習もしてきてくれたんですね。王宮の仕事をたくさん任されている忙しいあなたにとって、3日間であそこまで仕上げるのは大変だったでしょう。負担をかけてしまった」
ああ、と私は合点がいった。同時に、この公爵のことを自己中心的な人だと思っていたので意外に感じた。私が勝手に決めつけていたよりは、ずっと洞察力も想像力もあるらしい。
「そのことでしたら、確かに少し大変でした。ですが、お気になさらなくて大丈夫です。良い経験になりましたし…まぁ、この一回で十分ですけれど」
「もう、来てはいただけませんか?あなたにまた会いたいのです。こういった形ではなく、ふたりで」
「は?」
私は何を言われているのか分からなかった。そんな朴念仁の私に、公爵がずいと近寄って来る。私は反射的に距離を取ろうとしたが、その前に右手をそっと取られた。頭が真っ白になり、声も出ない。私を見据える碧い目に捕らえられたかのように動けない。
「つまりですね…私の恋人に、なってくれませんか」
(やっぱり、この人…)
ランドルに言われた言葉が、耳の奥で再生される。
『遊ばれないように…』
「キズものにされないように…』
(この人、私を慰み者にするつもりなんだ!)
私は公爵の手を振り払った。
「お、お断りしますっ!」
思ったより大きな声が出てしまい、私は驚いた。公爵も驚いたようだったが、私と違って至極落ち着いていた。
「…どうしてですか?」
「私は、遊びたいとは思っておりませんので!お付き合いするとしたら、結婚を考えるお相手とだけです」
「それならちょうど良かった、私も結婚を前提としたお付き合いを望んでいるので。よろしくお願いいたしますね、エマさん」
公爵は目を細め、にっこりと笑った。いやいやいやいや、それこそ有り得ない話だ。
「無理無理無理、無理です!」
慌てる私を、公爵は不思議そうに見つめる。
「おかしいですね…今度はなぜでしょう?」
「だって!」
言わなくても分かるでしょうというのが私の本音だった。なぜと問うことに対してなぜと問いたいぐらいだ。
「まず、身分が不釣り合いです。私は一伯爵の娘に過ぎません、それも実家とは疎遠です」
「身分のことは、私は気にしませんよ。あなたの人柄を多少なりとも知った今、実家と疎遠なのは別にあなたのせいだとも思えませんし」
「…公爵様が気になさらなくても、きっと周囲の方々は気になさいます」
「私は早くに両親に先立たれましたし、口うるさい親戚もいません。王家の方々も、あなたが相手なら反対はしないでしょう」
「でも、私は気にします。私はきらびやかな上位貴族の方々の中に混ざってやっていける自信がありません」
「今日のあなたを見ている限り、私の友人知人たちとも良好な関係を築いてくれそうだと思いましたけどね。堂々としていたではないですか。身分なんて、それほど気にすることではありませんよ。高貴なる王族は別として、貴族諸侯など似たり寄ったりだと私は思っていますよ」
「それでもダメです、とにかくダメです」
もう理由を並び立てるのは諦めて、私はもうひたすら断った。
「エマさん、私のことがお嫌いですか?」
「好いたり嫌ったりするほど、私は公爵様のことを存じ上げません」
「じゃあ良い機会ではないですか。ひとつ、付き合ってみて判断してください」
カフカ公爵も譲らない。
「そんなに軽く付き合えません!」
「私は真剣だと言っているでしょうに…どうしたら分かってもらえるのでしょう?」
公爵は少し困ったように微笑みながらそう言った。
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