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029 暴風のマリリス

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「ええい、襲撃者はまだ殺せんのか!」
 城壁南に布陣した天幕にて、苛立ち混じりに声を荒げる男がいた。四天王の1人、マリリス・メリドルーザその人である。
 彼の持つ【暴風】の二つ名の通り、周囲には風が巻き起こり、機嫌の悪さを雄弁に語っていた。

「ハッ。只今、東軍・西軍に援軍を打診しております。じきに人間どもの首を御前にご覧に入れることができましょう」
 マリリスの問いに魔族の男が応える。
 
「我は既に半日待ったぞ? あといかほど待てばあの目障りな城壁を突き崩せるのだ?」

「今しばらくのお時間をいただきたく。南軍は襲撃を受け、西軍、東軍は兵の移動がありましたが、北軍は変わらぬ兵力で攻め続けております。ひとたび城壁内部に入りさえすれば、我らの勝利は揺るぎません」

「3時間後に我が出る。日没までに街を落とせなければ、一切をもろともに吹き飛ばすゆえ、兵達にはそう伝えろ」
 マリリスは天幕内の砂を風で巻き上げると、サラサラと落ちる砂を眺め始めた。

◇ ◇ ◇ ◇

 俺の名はジョナサン。
 【ハジマリの町】衛兵隊の一員だ。隊員一の甘いマスクと剣の腕は、町の娘たちの話題に上らない日は無いほどだ。……実際に聞いたことはないが。
 通称チャラサンと呼ばれている。ごく一部のアホからのみの不名誉なあだ名だが。

 俺のレベルは18。衛兵隊のレベル平均が13のため、頭一つ抜きん出ていると言えるだろう。
 隊長はゴリラカテゴリだから別格。

 そんな強者の俺にはふさわしい武器が支給される。たとえば今手に握る【ムラサメブレード】だ。

 城壁の完成を受けて町長から供出してもらった武具の一つとのことだが、なんとこの魔剣には【斬撃強化】が付与されている。
 ……あれ?何か嫌な記憶を思い出しそうになったが、思い出せないのだから大したことではないのだろう。
 ともあれ、この魔剣の力があれば、眼前に迫る敵を容易に切り捨てることができる。

「【真空斬り】!」

 魔剣のきらめきを宿した真空の刃が数匹のゴブリンをまとめて躯に変える。

「フハハハ! 俺の名はジョナサン! 俺の魔剣の手にかかりたいやつはいくらでもかかってくるがいい! 町の皆の平和を守るため、衛兵隊が屈することはけしてない!」

 想いを口に出すと、不思議と力がみなぎってくる。
 おっと、さっきの戦闘でレベルがあがっていたようだ。また一つ強者の階段を登ってしまったな。あとであいつ・・・に自慢して悔しがらせてやろう。

◇ ◇ ◇ ◇

 城壁北、戦場から離れた森の中。俺はクロとシロの報告を元に戦況を確認していた。

「にゃんにゃん」
 ふむふむ。
 アッシュ達は健在。順調に敵の数を減らしているようだ。
 攻めてくる敵を城壁上の衛兵達とで挟み合う形で戦えているため、想定よりも敵の攻撃が激しくない。マリリスの出方次第だが、このままの状況であれば押し切る事も可能だろう。

 東、西門も健在。敵が南門へ兵を割いたため、城壁への攻撃が鈍り膠着状態を維持できているようだ。

 現状で問題なのは北門だ。
 門は破られていないが、既に城壁の上に敵が入り込み、城壁上での戦闘に入っている。
 城壁上では衛兵が敵を囲んで数的有利を作り戦っているが、敵とのレベル差を考えればかなり厳しい状況と言えるだろう。

 なにか手を打たなければ、北門の陥落から波及して戦況が決まってしまう……

 そう思いながら次の手を考えていたが、城壁上で名乗りを上げるチャラそうな男が1人現れたらしい。
 
「にゃんにゃん」
 ふむふむ。
 チャラ男は手に刀を持ち、ゴブリンを軽々と切り捨てていると。

 それ多分【ムラサメブレード】だな。
 本当なら【ハジマリの町】が滅んだあとで、廃墟となった町長宅跡地の宝箱で入手するはずの武器。
 いつか町長から譲ってもらおうと思っていたが、この時期には衛兵隊が持っていたのかな。どういう経緯で町長宅の宝箱に入ったんだろうか……

 チャラ男がだれかはわからないが、【ムラサメブレード】を持つほどの男だ。きっと北門を守り抜いてくれるだろう。


「じゃあ引き続き、アッシュ達が危なくなったら助けてやってくれ」
「にゃー」「にゃん」
 応えながら影に溶けていくキャッツ。

 俺は地面に片手を付き、再び意識を集中し始めた。

◇ ◇ ◇ ◇

「【エアロスラッシュ】(模倣)!」

 アッシュの鉄剣から発生した風の刃が、城壁南に設置された大きな天幕を切り裂く。風の刃の勢いは弱まることなく、天幕内の砂時計を吹き飛ばした。

 アッシュ達が天幕内に入ると、魔族の男が一人で椅子に座っている。
 男はアッシュ達には目をくれず、飛び散った砂をじっと眺めていた。

「おまえがマリリスか? 痛い目に会いたくなかったら今直ぐ逃げ出したほうがいいぜ!」

 アッシュが声をかけると、魔族の男が表情を変えずに口を開く。

「ーー下等な人間どもが……我が与えた猶予を自ら投げ捨てるとは、哀れすぎて言葉にならぬわ」

 男はゆっくりと椅子から立ち上がる。
纏う風は徐々にその力を増していき、アッシュの斬撃で切り裂かれた天幕を細切れにして吹き飛ばした。

「いかにも、我が名はマリリス・メリドルーザ。貴様らを蹂躙する者の名を魂に刻んで死んでゆけ!」

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