あの世からの贈り物

越地八郎

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3話

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 僧侶の読経や、参列者の焼香が終わると、跳一は来た者達を精進落としの席に案内した。

 その案内している最中、十人の集団がやってきた。誰一人喪服を着ている者はいなかった。
 Tシャツやジーンズで来ている者、ジャージを着用して来た者もいた。中には真っ赤なワンピースに真っ赤なストッキングで来た女性がいて、三歳くらいの男の子を連れていた。
 全員が笑い声を発していた。

 跳一は目を丸くした。
 航太の親族も引き攣ったような顔つきでこの十人を凝視していた。
「あんた達、何しに来たんだ!」
 航太の親族の一人が罵声を浴びせるように問い詰めようとすると、十人の中の一人が
「見ればわかるだろっ。弔問だ」
 と、喧嘩腰的な答え方をした。

 会場内に険悪な雰囲気が漂った。
 十人の集団は、受付係に向けて投げつけるように香典袋を出し、住所、氏名を殴り書きすると、親族にお辞儀もせずに次々に焼香をした。
 跳一には何か起きそうな不安な気持ちになった。

 十人は落ち着いた態度で焼香をしていたが、それを終えるやいなや、
「バンザーイ」 
 と、万歳三唱をしたのである。
 参列者は一斉に絶句して、十人を凝視した。

 そこで跳一がこの十人達に詰め寄り、
「ちょっと、あなた達、何ですか?何のつもりですか?通夜の席で万歳三唱とは、どういうことですか?」
 と怒りを込めて問い質した。

 すると、一人の男が大声で笑って答えた。
「この子の母親はとんでもない女なんですよ」

 さらに真っ赤なワンピースの女が答えた。
「そうよ、私の旦那を騙した、悪い、悪い女なのよ」
と、オホホと笑った。

 次に三歳の男の子が、航太の母親を指差して
「おまえが、パパを騙した女だな。オニババア、死んじまえ」
 と叫んだ。

 子どもにまでこんな教育をしているのかと、跳一には信じ難い光景に思えた。
「どういうことですか?」
 跳一は怒鳴るようにして、訊こうとした。

 すると先程の男が答えた。
「私はこの女の元夫です。そして航太の父親です。でもそれはあくまでも、戸籍上の父親であって、実の父ではないのです。この子は元妻の不倫の子です」

 参列者から「えーっ」という驚きの声が一斉に聴こえた。
 跳一も絶句した。

「この女は私の知らない間に間男と情事をして、航太はそれでできた子なんですよ。だから私達は万歳三唱をしたのですよ。めでたい話ですから」
 航太の戸籍上の父親はワハハハと大笑いをしながら答えた。

「たとえ、不倫の子であっても生きる権利はあります。亡くなったことを笑わなくてもいいじゃないですか」
 跳一は戸籍上の父親をたしなめようとした。

「私達が笑っているのはあの子に対してではありません。この女に対してです」
 戸籍上の父親は、航太の母親を指さして答えた。

「あの淫乱の異常性欲女と、女ったらしの間男に対して笑っているのです。あの二人はアダルトビデオ顔負けの変態情事に耽けていたからバチが当たったのですよ。あの子はそんな母親の犠牲になったのです。あの子は可哀想な子です。でも、この男狂い女に対しては可哀想だとも何とも思いません。この女があの子を殺したようなものですよ。あの子をはねた運転手は、私にとっては恩人ですよ。刑務所には時折、面会に行って、励ましてあげようと思いますよ。美味しいものも差し入れようと思います。そして出てきたら、美味しい料理をごちそうしたい、一緒に酒を酌み交わしたいとさえ思っていますよ。いや、それだけでは足りませんね。出所したら、再就職の世話もしてあげたいですね。これで私はあの不倫の子の養育義務から解放されるのです。生命保険はあの間男ではなく、私のところに入ってくる。解約しないでいて本当によかった。こんなめでたい日は、ありませんよ」

 戸籍上の父親は高笑いを続けた。
 次に真っ赤なワンピースの女が航太の母親に嘲笑的な視線を送りながら、
「あなたも男を見る目がないわね。こんなにいい人なのに。あなたが間男の子を産んだから、私があなたに代わって、この人の子を産んであげたの。出産した時にはDNA鑑定もして、この人の子であることをきちんと証明してあげたの」
 と、勝ち誇ったような口調で言った。さらに

「ほら、この子、目とか、口元なんかが、父親似でしょう」
 と、三歳の男の子を抱き上げ、オホホホと高笑いをした。
 さらに
「ほら、サトシ、もう一度やってあげなさい。パパを騙した悪い人に」
 と、その男の子に指図したかと思うと、また航太の母親を指差し、
「パパを騙した悪い女、オニババア、死んじまえ」
 と、罵った。

「どういう事情があったにせよ、通夜の席でこんなことしなくてもいいじゃないか」
 跳一はさらに抗議した。

「妻に不倫の子を産まれた男の気持ち、あんたにわかるのか? どれだけ悔しい思いをしたことか、あんたにわかるのか?」
 戸籍上の父親は跳一を睨みつけた。

「そうだ、この女はひどい女なんだ。故意に間男の子を産み、一生我々親戚一同を騙し通そうとした女なんだ」
「生まれてから一年以内だったら戸籍の訂正もできたのに、一年を過ぎてから発覚したのでそれもできず、自分の子でもないのに養育義務を負わされる身になったんだ」
「法律上やむを得ないとはいえ、この女は養育費を堂々と請求し、『すいません』の一言も言わなかったんだ。その上、『もっとよこせ』と要求してきやがった厚かましい女なんだ」

 他の七人が次々と航太の母親の実情を暴露して攻撃した。さらにその内の一人が数枚の写真を取り出した。
「これを見ろ。この女は航太の養育費でいろいろな男と寝ていたんだ。このホテルに入る時の男と、こちらのホテルに入る時の男と違うことが見ればわかるぞ」

 跳一はその写真を見た。確かに違う男だった。参列者からもため息が聞こえてきた。
「一度、興信所を使って、この女のことを調べたのさ」
 との説明もあった。

 さらに別の一人が
「あんた、この女と寝たことがあるのか?」
 と、跳一に訊いてきた。

「ありませんよ。航太君とキャッチボールの相手をしてあげたくらいですよ」
 跳一は憮然として答えた。

「それはよかったね、こんな女とそういう関係にならなくて。我々も航太の冥福は祈る。しかし、この女に対しての哀悼の気持ちはこれっぽっちもない。あんたも航太の冥福は祈っても、この女におくやみや慰めの言葉を掛けることはやめた方がいい。航太はこの女に殺されたようなものだよ。いやっ、この子はこの女に殺されるために、不倫の子としてこの世に生まれてきた悲劇の子だったんだよ」

 この十人の態度は、「我々には非難される理由は何もない。全てこの女が悪いんだ」というものだった。
 この後も十人は、
「淫売婦、この子を殺したのはおまえだ」
「性病にかかって死んでしまえ、男漁りの男狂い」
と、矢継ぎ早に航太君の母親に罵声を浴びせまくった。

 三歳の男の子も
「パパを騙した悪魔め。オニババア、とっとと死んじゃえ」
 と、大人達と一緒になって繰り返し罵倒し続けた。

 これらの攻撃に耐えられず、航太の母親は泣き崩れた。
 そして母親方の親族が反撃に出た。
「おい、いくらなんでも酷過ぎるじゃないか」
「そうだ、航太は交通事故で死んだんだぞ。母親に殺されたのではない」
「そうだ、名誉棄損だ」
「お前らこそ、交通事故か性病で死んじまえ」

 参列者の中にも、航太の母親を非難する者、擁護する者、通夜の席で万歳三唱をした十人を非難する者が出て来て、会場内は大騒ぎになった。
 怒号や罵声が飛び交い、いつ、どちらかが手を出してもおかしくないような状態になった。

 跳一もどうしていいのかわからなくなり、おろおろとするだけだった。
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