野良ネコの独言

越地八郎

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野良ネコの独言

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 僕はネコである。
 もう、この世にはいないネコである。
 
 僕がこの世にいた時の話をしよう。
 僕は野良ネコだった。父親も母親もわからない。

 野良ネコだったせいか、人間達から嫌われていた。
 庭に入ると
「シッ、シッ」
 と追い払われたり、物を投げられたりしたこともあった。
 車に撥ねられそうになったことや、他のネコと争って怪我をしたことも何度もあった。

 それでも僕は生き抜いた。

 ある時、男子浪人生のいる家の屋根で日向ぼっこをしていた。
 昼前後は日当りがよく、いい気持ちで休んでいられた。

 ところが、その男子浪人生に見つかり、追い払われた。
 それでも僕はこの家の人間達に見つからないように、時折ここの屋根で日向ぼっこをすることがあった。
 もちろん、見つかると追い払われた。

 だが、そのうちに気が変わったのか、僕のことを追い払わなくなり、その代わりにだしを取り終えた煮干しやさかなの骨を投げてよこすようになった。

 この浪人生を始め、家の者が
「そんなにこの家がいいなら、たまにおいでよ。ゆっくり休んでいきなよ」
 という態度に変わってきた。

 僕もそれに甘えて、時折この家に来ては屋根で日向ぼっこをしたり、この家の者の食べ残しをもらったりするようになった。

 さて、この家の浪人生だが、しばしば弱気になり、
「来年もまた、大学受験に失敗するのではないか」
とクヨクヨしていた。

「情けない奴だ。僕なんか、ずーっと、野良ネコとして生き抜いてきたんだ。クヨクヨするヒマもないんだ。僕を敵視する奴らがいるからこそ、意地でも生き抜こうとしているんだ。そのくらいのことで悩んでどうする?」

と、言ってやりたい気分だった。

 だが、弱気に陥ることも多かったにも関わらず、この浪人生は大学に入ることができ、四年後には無事卒業し、就職もできた。

 そのころから、僕はからだが弱くなってきた。
 いよいよ死が近づいてきたことを悟った僕は、この家から立ち去り、数日後、この家から数キロメートル程離れた場所で、息絶えた。
 遺体は保健所の者に処分された。

 人間達に一方的に嫌われてばかりの一生だったが、あの浪人生がいた家の者達は、僕を屋根でゆっくり休ませてくれたり、多少ながらもエサをくれたりもした。
 この点には感謝したい。

 あのかつての浪人生も、就職してから十年後に結婚し、今では二児の父親になっている。
 何だか頼りなさそうなダメおやじ的なところもあるが、彼は彼なりに生きている。

 僕は野良ネコとして精一杯生き抜いた。
 彼もまた、残りの人生を精一杯生きてほしい。
 また、その子ども達にも生きる力を付けさせながら育ててほしい。

 この世に生き物として生まれた以上、人間であろうと、ネコであろうと、他の生き物であろうと、当然やるべきことではないだろうか?

 そんな思いで今、あの世から彼の生き方を眺めている。
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