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本編
葉ニンニクのペペロンチーノ
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2024年3月4日(月)
「私は気に入ったんですけどね」
「そうだな、台所も広いし。ただ、ちょっと高くないか?」
4月から住むことを考えているアパートの内見を終えたので、ついでに近くにある商店街を散策しながら後輩と話す。来年度から一緒に住むことを考えているが、お互いの部屋は狭いので新たに部屋を借りようと思っているのだ。
「もう3月だし、早く決めないとまずいってのはわかるんだけどな」
「今の先輩の部屋は弟さんが使う予定なんですよね? 同じ不動産屋さんだし、そのあたりも交渉できるんじゃないですか?」
4月から弟は進学を機に一人暮らしをする。通学には問題がなさそうなので、俺の部屋をそのまま利用することも考慮に入れている。
「それに、高いと言っても今の家賃の合計よりは安いんですから」
「そうだなぁ。でも、なにかもう一つ決め手が欲しいんだよな」
駅前の商店街は、いかにも昔ながらといった雰囲気だ。今まで俺が住んでいたところの周辺には、あまりこのような店はなかったので新鮮な気分である。活気もあり、住むには悪くない場所のように思える。
「ねえ先輩、野菜買っていきませんか?」
八百屋の前で彼女が足を止める。
「いらっしゃい! 見るだけ見てってよ!」
威勢の良い店主の声につられて思わず店頭の野菜を見ると、葉物のひとつに目が止まる。
「これは……」
「お兄さん、それは葉ニンニク! 今が旬だし、なかなか入らないからね!」
「ねえ、せっかくなので買ってきません?」
葉ニンニク。本場中国では麻婆豆腐や回鍋肉に欠かせないとは聞いたことがあるが、なかなか売っているところを見ないので使ったことはない。ちょうどいいので買ってみよう。
*
「先輩、これで何を作ってくれるんですか?」
部屋に帰ると、さっそく彼女が目を輝かせながら尋ねてくる。
「そうだな。まずはペペロンチーノを試してみようか」
にんにくを使うパスタ料理は限りなくあるだろうが、基本といえばアーリオ・オーリオ・ペペロンチーノである。
「それじゃ、さっそくやってみるか」
俺がまな板を出すと、彼女は鍋にお湯を張って沸かしてくれる。このコンビネーションもすっかり板についてきた。
「結構、土が溜まってるな」
葉の内側の部分の隙間に土が溜まっていたので、一度バラバラにしてから丁寧に洗っていく。
「気づいて良かったですね。普通に切っただけだとジャリジャリだったかも」
「だな。ネギやニラとは一味ちがうみたいだ」
どう料理しょうかと考え、とりあえず白い部分と青い部分に分けることにする。
「下の白いところは普通のにんにくみたいに使ってみるか」
「でも、にんにくよりは詰まってない感じですね。ネギみたい」
いつものペペロンチーノのようにみじん切りにしてみたのだが、確かに塊ではなく層のようになっていた。
「唐辛子も刻んで、と。これを低温で炒めていくか」
オリーブオイルを引いたフライパンで弱火で炒めていく。香ばしい香りが漂う。
「匂いはちゃんとにんにくって感じですね」
「そうだな。刻んでいるときにも思ったけど、ネギとは別物だ」
そのまま、軽く焦げ目が付くまで炒めていく。フライパンを彼女に任せて、葉っぱの部分は3センチほどの長さに刻んでおく。
「これは後から入れたほうがいいですかね」
「そうだな、パスタを炒め合わせた後の最後の仕上げってところか」
*
「パスタが茹で上がりました!」
「よし、フライパンに入れてくれ」
「茹で汁もですよね!」
俺の返事を待つまでもなく、パスタと茹で汁をフライパンに入れていく。
「味付けはこれを使ってみるか」
「ナンプラー! なるほど、パッタイ風ってわけですね」
「ああ、なんだか葉っぱがニラみたいだったからな」
この野菜にはアジア系のクセの強い風味が合う気がする。イタリアンにこだわるならアンチョビを使ってもいいかも知れない。
「最後に葉っぱを入れて、味の素を少し振るか」
「油を通すといい色になりますね!」
「葉ニンニクのペペロンチーノ、完成!」
それぞれの皿に盛り付けて、さっそくいただく!
*
「おいしいんですけど、ちょっと甘みが欲しいかなって」
「ああ、俺も思ってた」
半分くらい食べたところで、彼女はそう言ってスティックシュガーを取り出した。俺も欲しかったところなので半分ずつかけて、よく混ぜる。やはりパッタイのようなタイ風に仕上げるのなら甘みは必要だ。
「うん、この味ですよ!」
「ペペロンチーノというよりパッタイになっちゃったけど、まあいいか」
もともと未知の野菜を使った料理だ。作りながら、そして食べながらアレンジしていくのが正解だ。
「今度は、もやしとか干しエビとか入れましょうかね」
「そうなるとまるっきりパッタイだなぁ。肉とかも入れるか」
最初に想像していたよりもだいぶ違うところに着地したが、これはこれで良いのだろう。
*
「ねえ先輩、やっぱりあのアパートに決めましょうよ」
「そうだな。おかげで新しい食材とも出会えたんだし、これからも楽しみだ」
思わぬ出会いから始まる物語、それは当初思い描いたものとは違うのかも知れないが、それはそれで新たな可能性を秘めているものだ。
「それじゃ先輩、さっそく電話しなきゃ!」
彼女に急かされながらスマホを開く。春からの新生活で待っているであろう、様々な出会いに思いを馳せながら。
「私は気に入ったんですけどね」
「そうだな、台所も広いし。ただ、ちょっと高くないか?」
4月から住むことを考えているアパートの内見を終えたので、ついでに近くにある商店街を散策しながら後輩と話す。来年度から一緒に住むことを考えているが、お互いの部屋は狭いので新たに部屋を借りようと思っているのだ。
「もう3月だし、早く決めないとまずいってのはわかるんだけどな」
「今の先輩の部屋は弟さんが使う予定なんですよね? 同じ不動産屋さんだし、そのあたりも交渉できるんじゃないですか?」
4月から弟は進学を機に一人暮らしをする。通学には問題がなさそうなので、俺の部屋をそのまま利用することも考慮に入れている。
「それに、高いと言っても今の家賃の合計よりは安いんですから」
「そうだなぁ。でも、なにかもう一つ決め手が欲しいんだよな」
駅前の商店街は、いかにも昔ながらといった雰囲気だ。今まで俺が住んでいたところの周辺には、あまりこのような店はなかったので新鮮な気分である。活気もあり、住むには悪くない場所のように思える。
「ねえ先輩、野菜買っていきませんか?」
八百屋の前で彼女が足を止める。
「いらっしゃい! 見るだけ見てってよ!」
威勢の良い店主の声につられて思わず店頭の野菜を見ると、葉物のひとつに目が止まる。
「これは……」
「お兄さん、それは葉ニンニク! 今が旬だし、なかなか入らないからね!」
「ねえ、せっかくなので買ってきません?」
葉ニンニク。本場中国では麻婆豆腐や回鍋肉に欠かせないとは聞いたことがあるが、なかなか売っているところを見ないので使ったことはない。ちょうどいいので買ってみよう。
*
「先輩、これで何を作ってくれるんですか?」
部屋に帰ると、さっそく彼女が目を輝かせながら尋ねてくる。
「そうだな。まずはペペロンチーノを試してみようか」
にんにくを使うパスタ料理は限りなくあるだろうが、基本といえばアーリオ・オーリオ・ペペロンチーノである。
「それじゃ、さっそくやってみるか」
俺がまな板を出すと、彼女は鍋にお湯を張って沸かしてくれる。このコンビネーションもすっかり板についてきた。
「結構、土が溜まってるな」
葉の内側の部分の隙間に土が溜まっていたので、一度バラバラにしてから丁寧に洗っていく。
「気づいて良かったですね。普通に切っただけだとジャリジャリだったかも」
「だな。ネギやニラとは一味ちがうみたいだ」
どう料理しょうかと考え、とりあえず白い部分と青い部分に分けることにする。
「下の白いところは普通のにんにくみたいに使ってみるか」
「でも、にんにくよりは詰まってない感じですね。ネギみたい」
いつものペペロンチーノのようにみじん切りにしてみたのだが、確かに塊ではなく層のようになっていた。
「唐辛子も刻んで、と。これを低温で炒めていくか」
オリーブオイルを引いたフライパンで弱火で炒めていく。香ばしい香りが漂う。
「匂いはちゃんとにんにくって感じですね」
「そうだな。刻んでいるときにも思ったけど、ネギとは別物だ」
そのまま、軽く焦げ目が付くまで炒めていく。フライパンを彼女に任せて、葉っぱの部分は3センチほどの長さに刻んでおく。
「これは後から入れたほうがいいですかね」
「そうだな、パスタを炒め合わせた後の最後の仕上げってところか」
*
「パスタが茹で上がりました!」
「よし、フライパンに入れてくれ」
「茹で汁もですよね!」
俺の返事を待つまでもなく、パスタと茹で汁をフライパンに入れていく。
「味付けはこれを使ってみるか」
「ナンプラー! なるほど、パッタイ風ってわけですね」
「ああ、なんだか葉っぱがニラみたいだったからな」
この野菜にはアジア系のクセの強い風味が合う気がする。イタリアンにこだわるならアンチョビを使ってもいいかも知れない。
「最後に葉っぱを入れて、味の素を少し振るか」
「油を通すといい色になりますね!」
「葉ニンニクのペペロンチーノ、完成!」
それぞれの皿に盛り付けて、さっそくいただく!
*
「おいしいんですけど、ちょっと甘みが欲しいかなって」
「ああ、俺も思ってた」
半分くらい食べたところで、彼女はそう言ってスティックシュガーを取り出した。俺も欲しかったところなので半分ずつかけて、よく混ぜる。やはりパッタイのようなタイ風に仕上げるのなら甘みは必要だ。
「うん、この味ですよ!」
「ペペロンチーノというよりパッタイになっちゃったけど、まあいいか」
もともと未知の野菜を使った料理だ。作りながら、そして食べながらアレンジしていくのが正解だ。
「今度は、もやしとか干しエビとか入れましょうかね」
「そうなるとまるっきりパッタイだなぁ。肉とかも入れるか」
最初に想像していたよりもだいぶ違うところに着地したが、これはこれで良いのだろう。
*
「ねえ先輩、やっぱりあのアパートに決めましょうよ」
「そうだな。おかげで新しい食材とも出会えたんだし、これからも楽しみだ」
思わぬ出会いから始まる物語、それは当初思い描いたものとは違うのかも知れないが、それはそれで新たな可能性を秘めているものだ。
「それじゃ先輩、さっそく電話しなきゃ!」
彼女に急かされながらスマホを開く。春からの新生活で待っているであろう、様々な出会いに思いを馳せながら。
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