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本編
むきエビと干しエビでダブルエビチリ!
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そろそろ後輩が来る頃だ。1時間ほど水に漬けておいた冷凍エビもすっかり解凍された。
事の起こりは3日前。友達と中華屋に食べに行ったという報告が後輩からあった。友達とシェアする前提で麻婆豆腐とレバニラ、エビチリの中から2つを選ばなくてはならなくなり、迷った末にエビチリを見送ったという。
これはある種の「振り」だろう。ちょうど、先週使った冷凍エビがまだ半分残っているので、今日もこれを使うことにする。今回は常温でじっくり解凍したいので早めに仕込んでいたというわけだ。
*
「おはようございます!」
「おはよう!」
「先輩、すっかり元気になったみたいですね!」
噂をすれば彼女がやってきた。後期になってからはあまり大学内で会う機会が少なくなったので、ちょうど一週間ぶりである。先週は風邪気味でみっともない姿を見せてしまった。
「おかげさまでな。さっそく、昼飯作ろうか?」
「お願いします! あ、エビ解凍してるんですね」
「ちょうど俺もエビチリを食べたくなったからな。さて、エビも解凍できたようだな」
水を捨て、片栗粉をまぶして手でもみこむ。
「やっぱり、解凍の時は塩と重曹を入れたんですか?」
「もちろん! ここで洗ったりする必要はないからな」
塩を入れることで浸透圧で縮むのを防ぎ、重曹を入れることでぷりぷりとした食感を楽しめるようになる。冷凍シーフードの解凍には必須とも言える。
「片栗粉をまぶしたら、卵を入れるんだ」
「え、2個も入れるんですか、それも全部?」
「ああ、この場合は衣というよりは、卵そのものを具にするからな」
少量の卵白と片栗粉で衣を付けるのが一般的な作り方だと思うが、俺の場合は全卵をたっぷり使用する。
「次は野菜を切るか。今のうちに、パスタのお湯を頼めるか?」
「わかりました! スパゲッティなら250グラムくらい茹でちゃって平気ですよね?」
「ああ、頼んだ!」
本調子に戻ったので、130グラムくらい食べないと話にならない。
「ねぎとにんにく、しょうがはみじん切りにするんですね」
「そうだな、少し油で炒めて香りを出すから、おろしチューブより生のほうがいいと思う」
「長ねぎだから一緒に炒めるんでしょうけど、青ねぎなら最後に散らしたほうがいいですよね」
「まあそうだな」
時間をかけて炒めると美味しくなるのは硬い白ねぎである。白ねぎの青い部分を使っても良いのだが、もともと柔らかい青ねぎは香味野菜として炒めるには向かない。
「フライパンに油を熱したら、まずエビを炒めるぞ」
「あ、意外です。香味野菜じゃないんですね」
「しっかり火を通したいからな。ちゃんと一つずつ、両面を焼いていくんだ」
特に、エビの粒が大きい場合は重要である。解凍したつもりでも中が凍っている場合、ちゃんと火が通らないこともある。
「次は卵!」
「前に作った山西省風のトマトソースと同じですね」
「そうそう。軽く火を入れたら一旦取り出すんだ。後から入れると火が通りにくいからな」
生卵はソースの中に入れずに、乾いた鍋で先に炒めておく。中華料理においては基本的な技法であるようだ。
「取り出したら、同じフライパンに油を足して香味野菜を炒めていくぞ」
「ねぎ、にんにく、しょうがですね」
「ああ、焦げ付かないように弱火でな」
パスタが茹で上がるまでに時間はあるので、ゆっくり作ればいい。
*
「ネギがしんなりしてきたところで、さっき混ぜておいたケチャップと味噌、唐辛子を入れて煮立てるんだ」
炒めている間に合わせ調味料を作っておいた。ケチャップを大さじ3、味噌を大さじ1、唐辛子は小ぶりだが辛い鷹の爪を2本入れた。
「豆板醤でもいいんですよね」
「もちろん」
むしろ本当なら豆板醤を使うところだが、あると思ったのに無かったので味噌+唐辛子で代用したのである。うっかりしていたのだが、こういうときに適当にごまかすのも料理の腕である。
「これ、焼きケチャップですね! 暗殺者のナポリタンのときにやりました!」
「ちゃんと覚えてくれてるんだな」
「先輩の料理ですもの! 酸味が飛んで甘みが強くなるんですよね」
*
水分が飛んで多少粘り気が出てきたところで、干しエビを戻し汁ごと入れ、鶏ガラスープの粉末を少々加える。まんべんなく混ぜたところに、炒めたむきエビと卵を戻す。
「そういえば、むきエビだけじゃなくて干しエビも使うんですね」
「香りが出るからな。本来は殻付きのエビを使うんだけど、それだと処理も面倒だから干しエビで代用するんだ」
「確かに、干しエビだったら丸ごと風味が出ますからね」
むしろ、干しエビだけでもそれなりに仕上がる。低予算で作るならむきエビは省いてもいいくらいだ。
「全部混ぜたら、あとは煮詰めていくだけだな」
「ちょっとお味見を……なるほど、甘さ控えめですね」
「ご飯のおかずにするなら砂糖を少し入れるところだけど、今日はあくまでパスタソースだからな」
ご飯には甘め、パスタには酸っぱめ。迷ったらこれを頭に入れて調整すればよい。
「私はもうちょっと甘くしたほうがいいかもって思ったんですけど、食べるときにちょっとお砂糖を足しましょうかね」
「ま、そのへんは好みだからな」
「食卓でお砂糖を料理に混ぜるっていうのも先輩に教えてもらいましたっけ。タイ料理の方式なんですよね」
今日のエビチリは、俺の料理としてはかなり手が込んだ部類である。必然的に、今までに作ってきた料理の集大成というか、エッセンスが色々なところに散りばめられている。後輩の一言一言がそれを思い出させてくれた。
*
「さて、パスタもそろそろかな」
「ですね。取り分けましょう!」
皿に盛ったパスタに、鮮やかなオレンジ色のエビチリソースが映える。仕上げにペッパーミルで挽きたての花椒を散らす。
「では、いただきます!……うーん、エビチリとパスタ、一緒に食べたのは初めてですけど、合わないわけがないですね」
「ケチャップベースの日本式だからな。中国料理でもかた焼きそばにかけて食べたりもするようだ」
「エビチリと言えばご飯のイメージでしたけど、麺にも合いますよねやっぱり」
そう言いながら、実に美味そうに食べてくれる。
「相変わらずプリプリのエビもいいですけど、ふわふわ卵の存在感もまたいいですね」
「ああ、エビだけで存在感を出そうとすると量が必要になるから、ボリュームをかさ増しするというわけだ」
一人分につき全卵が丸ごと1個分入っている。むしろ卵料理と呼んでも差し支えがないくらいだ。
「食感のメリハリもあるし、私は好きですね。今度うちでもやってみようっと」
*
「ごちそうさまでした! 今日も美味しかったです」
「お粗末様。俺の方も、やっぱり食べてくれる人がいると嬉しいものだな」
「先輩、午後は確か予定なかったんですよね? 今日は天気もいいし、久しぶりに買い物でも行きませんか?」
「そうだな、ちょうど秋真っ盛りだし、たまには行ってみるか」
厳しい夏が終わり、また厳しい冬が来るまでのわずかな時間。小さい秋を探しに出かけるとするか。
事の起こりは3日前。友達と中華屋に食べに行ったという報告が後輩からあった。友達とシェアする前提で麻婆豆腐とレバニラ、エビチリの中から2つを選ばなくてはならなくなり、迷った末にエビチリを見送ったという。
これはある種の「振り」だろう。ちょうど、先週使った冷凍エビがまだ半分残っているので、今日もこれを使うことにする。今回は常温でじっくり解凍したいので早めに仕込んでいたというわけだ。
*
「おはようございます!」
「おはよう!」
「先輩、すっかり元気になったみたいですね!」
噂をすれば彼女がやってきた。後期になってからはあまり大学内で会う機会が少なくなったので、ちょうど一週間ぶりである。先週は風邪気味でみっともない姿を見せてしまった。
「おかげさまでな。さっそく、昼飯作ろうか?」
「お願いします! あ、エビ解凍してるんですね」
「ちょうど俺もエビチリを食べたくなったからな。さて、エビも解凍できたようだな」
水を捨て、片栗粉をまぶして手でもみこむ。
「やっぱり、解凍の時は塩と重曹を入れたんですか?」
「もちろん! ここで洗ったりする必要はないからな」
塩を入れることで浸透圧で縮むのを防ぎ、重曹を入れることでぷりぷりとした食感を楽しめるようになる。冷凍シーフードの解凍には必須とも言える。
「片栗粉をまぶしたら、卵を入れるんだ」
「え、2個も入れるんですか、それも全部?」
「ああ、この場合は衣というよりは、卵そのものを具にするからな」
少量の卵白と片栗粉で衣を付けるのが一般的な作り方だと思うが、俺の場合は全卵をたっぷり使用する。
「次は野菜を切るか。今のうちに、パスタのお湯を頼めるか?」
「わかりました! スパゲッティなら250グラムくらい茹でちゃって平気ですよね?」
「ああ、頼んだ!」
本調子に戻ったので、130グラムくらい食べないと話にならない。
「ねぎとにんにく、しょうがはみじん切りにするんですね」
「そうだな、少し油で炒めて香りを出すから、おろしチューブより生のほうがいいと思う」
「長ねぎだから一緒に炒めるんでしょうけど、青ねぎなら最後に散らしたほうがいいですよね」
「まあそうだな」
時間をかけて炒めると美味しくなるのは硬い白ねぎである。白ねぎの青い部分を使っても良いのだが、もともと柔らかい青ねぎは香味野菜として炒めるには向かない。
「フライパンに油を熱したら、まずエビを炒めるぞ」
「あ、意外です。香味野菜じゃないんですね」
「しっかり火を通したいからな。ちゃんと一つずつ、両面を焼いていくんだ」
特に、エビの粒が大きい場合は重要である。解凍したつもりでも中が凍っている場合、ちゃんと火が通らないこともある。
「次は卵!」
「前に作った山西省風のトマトソースと同じですね」
「そうそう。軽く火を入れたら一旦取り出すんだ。後から入れると火が通りにくいからな」
生卵はソースの中に入れずに、乾いた鍋で先に炒めておく。中華料理においては基本的な技法であるようだ。
「取り出したら、同じフライパンに油を足して香味野菜を炒めていくぞ」
「ねぎ、にんにく、しょうがですね」
「ああ、焦げ付かないように弱火でな」
パスタが茹で上がるまでに時間はあるので、ゆっくり作ればいい。
*
「ネギがしんなりしてきたところで、さっき混ぜておいたケチャップと味噌、唐辛子を入れて煮立てるんだ」
炒めている間に合わせ調味料を作っておいた。ケチャップを大さじ3、味噌を大さじ1、唐辛子は小ぶりだが辛い鷹の爪を2本入れた。
「豆板醤でもいいんですよね」
「もちろん」
むしろ本当なら豆板醤を使うところだが、あると思ったのに無かったので味噌+唐辛子で代用したのである。うっかりしていたのだが、こういうときに適当にごまかすのも料理の腕である。
「これ、焼きケチャップですね! 暗殺者のナポリタンのときにやりました!」
「ちゃんと覚えてくれてるんだな」
「先輩の料理ですもの! 酸味が飛んで甘みが強くなるんですよね」
*
水分が飛んで多少粘り気が出てきたところで、干しエビを戻し汁ごと入れ、鶏ガラスープの粉末を少々加える。まんべんなく混ぜたところに、炒めたむきエビと卵を戻す。
「そういえば、むきエビだけじゃなくて干しエビも使うんですね」
「香りが出るからな。本来は殻付きのエビを使うんだけど、それだと処理も面倒だから干しエビで代用するんだ」
「確かに、干しエビだったら丸ごと風味が出ますからね」
むしろ、干しエビだけでもそれなりに仕上がる。低予算で作るならむきエビは省いてもいいくらいだ。
「全部混ぜたら、あとは煮詰めていくだけだな」
「ちょっとお味見を……なるほど、甘さ控えめですね」
「ご飯のおかずにするなら砂糖を少し入れるところだけど、今日はあくまでパスタソースだからな」
ご飯には甘め、パスタには酸っぱめ。迷ったらこれを頭に入れて調整すればよい。
「私はもうちょっと甘くしたほうがいいかもって思ったんですけど、食べるときにちょっとお砂糖を足しましょうかね」
「ま、そのへんは好みだからな」
「食卓でお砂糖を料理に混ぜるっていうのも先輩に教えてもらいましたっけ。タイ料理の方式なんですよね」
今日のエビチリは、俺の料理としてはかなり手が込んだ部類である。必然的に、今までに作ってきた料理の集大成というか、エッセンスが色々なところに散りばめられている。後輩の一言一言がそれを思い出させてくれた。
*
「さて、パスタもそろそろかな」
「ですね。取り分けましょう!」
皿に盛ったパスタに、鮮やかなオレンジ色のエビチリソースが映える。仕上げにペッパーミルで挽きたての花椒を散らす。
「では、いただきます!……うーん、エビチリとパスタ、一緒に食べたのは初めてですけど、合わないわけがないですね」
「ケチャップベースの日本式だからな。中国料理でもかた焼きそばにかけて食べたりもするようだ」
「エビチリと言えばご飯のイメージでしたけど、麺にも合いますよねやっぱり」
そう言いながら、実に美味そうに食べてくれる。
「相変わらずプリプリのエビもいいですけど、ふわふわ卵の存在感もまたいいですね」
「ああ、エビだけで存在感を出そうとすると量が必要になるから、ボリュームをかさ増しするというわけだ」
一人分につき全卵が丸ごと1個分入っている。むしろ卵料理と呼んでも差し支えがないくらいだ。
「食感のメリハリもあるし、私は好きですね。今度うちでもやってみようっと」
*
「ごちそうさまでした! 今日も美味しかったです」
「お粗末様。俺の方も、やっぱり食べてくれる人がいると嬉しいものだな」
「先輩、午後は確か予定なかったんですよね? 今日は天気もいいし、久しぶりに買い物でも行きませんか?」
「そうだな、ちょうど秋真っ盛りだし、たまには行ってみるか」
厳しい夏が終わり、また厳しい冬が来るまでのわずかな時間。小さい秋を探しに出かけるとするか。
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