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本編
手作り非推奨?辛子明太子バター
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「先輩、おはようございます!」
「おはよう!」
長い春休みが終わって大学が始まった。まあそんなこととは関係なく、俺たちの日曜日はいつものように訪れる。
「暖かくなってきましたねぇ。昨日、サークルでお花見があったんですよ。ほとんど葉桜でしたけどね」
「花見かぁ。今年は行きそびれたなぁ」
3月中にゼミで行く話があったのだが、旅行やらで不在という連中が多くてお流れになってしまった。
「先輩、せっかくなんで今日は春らしい感じのが食べたいですね」
「春と言ってもな……そうだ、辛子明太子なんてどうだ?ピンク色だし、気分だけでも花見っぽくしたいからな」
「お、いいですねえ。私、大好きですよ明太子」
普段はあまり買わないのだが、昨日の大学帰りにたまたま3割引になっていたのを見つけたので買っておいたのである。パスタにすることを見越して、チューブバターも買ってきた。
*
「先輩、明太子と辛子明太子ってどうちがうんですか?」
お湯を沸かす間、後輩が聞いてきた。
「ああ、それなんだけどな。もともと『明太子』ってのが博多弁では『タラコ』の意味なんだ」
「え、それじゃタラコと明太子って同じなんですか?」
「本来はそうだな。ただ、博多のほうでは唐辛子を入れた辛子明太子が主流で、それが日本中に広まったから、辛いやつのことを単に『明太子』と呼ぶようになった」
つまり、辛子明太子を指して単に明太子と呼ぶのは厳密には間違いということになる。
「俺は言葉の意味は明確にしたいから、ちゃんと『辛子明太子』って言うからな」
「先輩、そういうとこ結構こだわるタイプですよね」
「まあな」
言葉は大切にしたい。身内ばかりと話しているとスラングや略称に頼りがちになるが、それが通じる相手ばかりではないのである。
「さて、今回のは混ぜるだけの簡単なやつな。1本でちょうど二人分になる」
俺は辛子明太子を半分に切って、それぞれの深皿に取り分ける。
「ここにバターを大さじ1杯分くらい入れて、中身とよく混ぜるんだ。チューブじゃない場合は先にレンチンして溶かしておくと混ざりやすい」
「先輩、皮はどうします?」
「食べたきゃ食べてもいいぞ。いらないなら俺がもらっとく」
食べられるものは極力捨てないというのが俺のスタンスである。
「じゃあ一緒に食べちゃいますね。ちょっと味が濃い感じなのが好きなんですよ」
それはどうやら後輩も同じであるようだ。
「2本入って塩分は約6グラムか。そうなると1人分あたり1.5グラムだから、あと1.5グラムの塩分が必要だな」
俺は辛子明太子のパッケージの成分表を確認すると、めんつゆのボトルを取り出し、塩分1.5グラム分を計算しながら深皿に加える。どんなソースにしても、パスタ100グラムにつき3グラムの塩分が適正だと思っている。ソースのみで味付けをするので、茹でる時のお湯には塩は入れない。
「あとはレモン汁とおろしにんにくをお好みで。本当は刻み海苔もあればいいんだけど、あいにく用意してなくてな」
辛子明太子ソースを作るのは簡単なのだが、材料を常備するのは意外と難しい。今回も、普段使わないバターを買ってきてしまったくらいだ。
「はい、いつもみたいに食べながら味変するとします」
*
「よし、茹で上がった」
いつもの1.4ミリのスパゲッティを湯切りして、それぞれの深皿に盛り付ける。
「少しオリーブオイルを絡めて、よく混ぜるんだ」
「いい色ですねえ、それじゃさっそく、いただきまーす!」
*
「どうだ、美味いか?」
「ええ、美味しいですよ」
彼女は黙々と食べている。今日も気に入ってくれたようでなによりだ。
「それならよかった。ただ、ちょっと思うところがあってな」
「どうしたんです?」
「俺は基本的にパスタは手料理派なんだけどな。タラコや辛子明太子だけは市販品のソースを買ったほうがいいと思ってるんだよな」
料理を手作りするというのは、大抵の場合は既製品より満足感やコストパフォーマンスを示せるものだが、中には例外がある。
「なんでです?」
「まず材料を用意する手間だ。俺が普段の料理で使う材料は、長期間保存できるものか、スーパーで格安で調達できるものなんだが、タラコ類はそのどちらでもない」
「確かに、そうですね」
「そしてコスト面だ。一人分の目安は半腹で25グラム程度。スーパーだとだいたい100グラム400円だから、100円換算だな。ところが、100円出せば結構できの良いレトルトが買えるんだよな。もちろん刻み海苔のおまけもついてくる」
「なるほど。だいたい、2人分で200円くらいで売ってますもんね」
ミートソースのレトルトには肉の少なさでがっかりさせられることが多いが、タラコソースではそのようなことは経験上少ない。温める手間もなくそのまま混ぜるだけという手軽さも素晴らしい。
「それに、タラコソースに最低限必要なのはバターだが、これも俺は常備する習慣がないからな」
コレステロールが気になるというのもあるが、単純に使い勝手の面から食用油としてのバターは植物油より使いづらい。
今回は手軽に使えるチューブタイプを使ったが、通常のバターであればなおさらである。
「あと刻み海苔な。なくてもいいけど、やっぱり香り付けにはあるとなしでは段違いだからな」
海苔は、風味は優れているが特段栄養価があるものではなく、無ければ無いでまったく問題がないものだ。
俺も親からの仕送りはありがたく使わせてもらったが、使い切ってからは一度も買っていない。
「市販のタラコソースなら刻み海苔もついてるだろ?手間やコストを考えると、総合的に市販で十分だって思うんだよ」
「確かにそうですねえ。うちは家族が好きだったから、冷蔵庫の中にはいつもタラコとバターはあったんですけど」
「そういうわけで、俺は手料理としてのタラコパスタはあまり勧めない。もちろん材料や手間にこだわるなら別だろうが、意識の低い普段の料理としては向いていない要素ばかりなんだ」
「うーむ、意識が高いんだか低いんだか……」
後輩はそう言いながら、呆れたような目で俺を見る。
*
「先輩、今日もごちそうさまでした」
二人で片付けをし、部屋を後にするときに彼女は改めてそう言った。
「ああ、お粗末さま」
「さっきはタラコソースなんて手作りするもんじゃないなんて言ってましたけど、私にとっては先輩が作ってくれたってだけでも嬉しいですよ」
「そっか、ありがとな」
「またお願いしますね。私も食べさせてもらうばっかりじゃなくて、またお土産持ってきますから」
この言葉を聞いて、客の食べている前でコストの話をしたのはちょっと失敗だったかなと、少しだけ反省をした。
*
彼女を見送って考える。俺は割とドライなほうなので、家族の手料理というものにも特に執着はなく、インスタントや店屋物でも喜んで食べていた。だが、手作りであること自体に価値を見出す者もいるのだ。
もう少し、手料理についての考え方を広げてみるのもいいかも知れない。そう思って、俺は来週には何を作ってやろうかと考えるのであった。
「おはよう!」
長い春休みが終わって大学が始まった。まあそんなこととは関係なく、俺たちの日曜日はいつものように訪れる。
「暖かくなってきましたねぇ。昨日、サークルでお花見があったんですよ。ほとんど葉桜でしたけどね」
「花見かぁ。今年は行きそびれたなぁ」
3月中にゼミで行く話があったのだが、旅行やらで不在という連中が多くてお流れになってしまった。
「先輩、せっかくなんで今日は春らしい感じのが食べたいですね」
「春と言ってもな……そうだ、辛子明太子なんてどうだ?ピンク色だし、気分だけでも花見っぽくしたいからな」
「お、いいですねえ。私、大好きですよ明太子」
普段はあまり買わないのだが、昨日の大学帰りにたまたま3割引になっていたのを見つけたので買っておいたのである。パスタにすることを見越して、チューブバターも買ってきた。
*
「先輩、明太子と辛子明太子ってどうちがうんですか?」
お湯を沸かす間、後輩が聞いてきた。
「ああ、それなんだけどな。もともと『明太子』ってのが博多弁では『タラコ』の意味なんだ」
「え、それじゃタラコと明太子って同じなんですか?」
「本来はそうだな。ただ、博多のほうでは唐辛子を入れた辛子明太子が主流で、それが日本中に広まったから、辛いやつのことを単に『明太子』と呼ぶようになった」
つまり、辛子明太子を指して単に明太子と呼ぶのは厳密には間違いということになる。
「俺は言葉の意味は明確にしたいから、ちゃんと『辛子明太子』って言うからな」
「先輩、そういうとこ結構こだわるタイプですよね」
「まあな」
言葉は大切にしたい。身内ばかりと話しているとスラングや略称に頼りがちになるが、それが通じる相手ばかりではないのである。
「さて、今回のは混ぜるだけの簡単なやつな。1本でちょうど二人分になる」
俺は辛子明太子を半分に切って、それぞれの深皿に取り分ける。
「ここにバターを大さじ1杯分くらい入れて、中身とよく混ぜるんだ。チューブじゃない場合は先にレンチンして溶かしておくと混ざりやすい」
「先輩、皮はどうします?」
「食べたきゃ食べてもいいぞ。いらないなら俺がもらっとく」
食べられるものは極力捨てないというのが俺のスタンスである。
「じゃあ一緒に食べちゃいますね。ちょっと味が濃い感じなのが好きなんですよ」
それはどうやら後輩も同じであるようだ。
「2本入って塩分は約6グラムか。そうなると1人分あたり1.5グラムだから、あと1.5グラムの塩分が必要だな」
俺は辛子明太子のパッケージの成分表を確認すると、めんつゆのボトルを取り出し、塩分1.5グラム分を計算しながら深皿に加える。どんなソースにしても、パスタ100グラムにつき3グラムの塩分が適正だと思っている。ソースのみで味付けをするので、茹でる時のお湯には塩は入れない。
「あとはレモン汁とおろしにんにくをお好みで。本当は刻み海苔もあればいいんだけど、あいにく用意してなくてな」
辛子明太子ソースを作るのは簡単なのだが、材料を常備するのは意外と難しい。今回も、普段使わないバターを買ってきてしまったくらいだ。
「はい、いつもみたいに食べながら味変するとします」
*
「よし、茹で上がった」
いつもの1.4ミリのスパゲッティを湯切りして、それぞれの深皿に盛り付ける。
「少しオリーブオイルを絡めて、よく混ぜるんだ」
「いい色ですねえ、それじゃさっそく、いただきまーす!」
*
「どうだ、美味いか?」
「ええ、美味しいですよ」
彼女は黙々と食べている。今日も気に入ってくれたようでなによりだ。
「それならよかった。ただ、ちょっと思うところがあってな」
「どうしたんです?」
「俺は基本的にパスタは手料理派なんだけどな。タラコや辛子明太子だけは市販品のソースを買ったほうがいいと思ってるんだよな」
料理を手作りするというのは、大抵の場合は既製品より満足感やコストパフォーマンスを示せるものだが、中には例外がある。
「なんでです?」
「まず材料を用意する手間だ。俺が普段の料理で使う材料は、長期間保存できるものか、スーパーで格安で調達できるものなんだが、タラコ類はそのどちらでもない」
「確かに、そうですね」
「そしてコスト面だ。一人分の目安は半腹で25グラム程度。スーパーだとだいたい100グラム400円だから、100円換算だな。ところが、100円出せば結構できの良いレトルトが買えるんだよな。もちろん刻み海苔のおまけもついてくる」
「なるほど。だいたい、2人分で200円くらいで売ってますもんね」
ミートソースのレトルトには肉の少なさでがっかりさせられることが多いが、タラコソースではそのようなことは経験上少ない。温める手間もなくそのまま混ぜるだけという手軽さも素晴らしい。
「それに、タラコソースに最低限必要なのはバターだが、これも俺は常備する習慣がないからな」
コレステロールが気になるというのもあるが、単純に使い勝手の面から食用油としてのバターは植物油より使いづらい。
今回は手軽に使えるチューブタイプを使ったが、通常のバターであればなおさらである。
「あと刻み海苔な。なくてもいいけど、やっぱり香り付けにはあるとなしでは段違いだからな」
海苔は、風味は優れているが特段栄養価があるものではなく、無ければ無いでまったく問題がないものだ。
俺も親からの仕送りはありがたく使わせてもらったが、使い切ってからは一度も買っていない。
「市販のタラコソースなら刻み海苔もついてるだろ?手間やコストを考えると、総合的に市販で十分だって思うんだよ」
「確かにそうですねえ。うちは家族が好きだったから、冷蔵庫の中にはいつもタラコとバターはあったんですけど」
「そういうわけで、俺は手料理としてのタラコパスタはあまり勧めない。もちろん材料や手間にこだわるなら別だろうが、意識の低い普段の料理としては向いていない要素ばかりなんだ」
「うーむ、意識が高いんだか低いんだか……」
後輩はそう言いながら、呆れたような目で俺を見る。
*
「先輩、今日もごちそうさまでした」
二人で片付けをし、部屋を後にするときに彼女は改めてそう言った。
「ああ、お粗末さま」
「さっきはタラコソースなんて手作りするもんじゃないなんて言ってましたけど、私にとっては先輩が作ってくれたってだけでも嬉しいですよ」
「そっか、ありがとな」
「またお願いしますね。私も食べさせてもらうばっかりじゃなくて、またお土産持ってきますから」
この言葉を聞いて、客の食べている前でコストの話をしたのはちょっと失敗だったかなと、少しだけ反省をした。
*
彼女を見送って考える。俺は割とドライなほうなので、家族の手料理というものにも特に執着はなく、インスタントや店屋物でも喜んで食べていた。だが、手作りであること自体に価値を見出す者もいるのだ。
もう少し、手料理についての考え方を広げてみるのもいいかも知れない。そう思って、俺は来週には何を作ってやろうかと考えるのであった。
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