Hな短編集・不倫編

矢木羽研

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女社長から特別手当は何が欲しいか聞かれたので貴女を抱きたいと答えたらOKしてくれた

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 15年越しの思いを打ち明けて、一夜限りのアバンチュールを楽しむ男女の物語。

 ※ノクターンノベルズにて同タイトルの完全版を掲載しております

 ***

 俺の勤めるIT企業は社員20名にも満たない小規模ベンチャーだが、開発力と品質において業界内で高い評価を受けている。その秘密は優秀な社員に対する福利厚生の厚さで、優秀な人材を確保し、かつ逃さないということだ。

 現金収入はもちろん重要だが、現金による満足度はいずれ頭打ちになる。やや極端な例えとなるが、手取りが1000万円から2000万円に倍増したからといって、それによって1000万円の2倍の満足度を得られる人間は多くない。

 よって、エリート人材を繋ぎ止めるためには、給与よりもそれ以外の福利厚生をいかに充実させるかが重要になってくるわけだ。

 我が社では、優秀な働きをした社員には現金のボーナスに加えて特別手当が与えられる。それは例えば2週間以上にわたる長期休暇だったり、勤務時間の完全自由化だったり、あるいはオフィス環境を自分好みにカスタマイズする権利などだ。ある程度の範囲はあるが、社員のモチベーションを高めるためにそれなりのわがままが許される。

 結果として俺たち社員は、額面上はより多くの給与が得られる大企業からオファーがあっても、居心地の良さから留まる者が多い。特にプログラマというのは、収入の多寡よりも「趣味の時間」や「自分らしい働き方」を重視する傾向が強いのだ。

 そして今回、俺がその特別手当に与れることになった。

「特別手当として何か望むものはありますか?」

 社長が直々に問いかける。彼女はもともと、別の会社で俺の先輩にあたる人だった。やり手のシステムエンジニアだったが会社の方針と合わずに退社、後に独立して俺を引き抜くことになる。俺も転職前はうだつの上がらない社員だったが、引き抜かれて以降は彼女のおかげで大いに活躍している。

「……社長を、抱かせてもらっていいですか?」

 本来ならセクハラで即刻クビにされてもおかしくないセリフだ。しかし俺は会社にとって、そして社長にとって必要な人材であるという自覚がある。

「抱くってのは、その……男女の関係になるってこと?」
「はい。もちろん今すぐにとは言いません。社長の都合のいい日時や場所で結構です」
「……つまり愛人にしてくれってことかしら? それともセフレとかそういう話?」

 社長は眉間にしわを寄せながら腕を組んだ。

「いえ、そこまでは求めません。一夜を共にしていただくだけで結構です」

 社長は呆れた顔で俺を見た。

「……なんでまたそんなことを思いついたのかしら?」
「以前から社長……先輩のことが好きでした。お互い既婚の身であることは承知の上で、どうか一夜だけ」
「…………」

 沈黙が流れる。当然の反応だろう。

「……そうね、あなたには昔から助けられているし、そのくらいのわがままは許されてもいいかも知れないわ」
「ほ、本当ですか!!」

 思わず身を乗り出す。

「ただし条件があるわ。絶対に口外しないこと!それと今回限りだと約束してくれること」
「はい! ありがとうございます!!」

 こうして俺は念願の彼女との一夜を手に入れたのである。

 **

 後日、俺は仕事を終えると彼女の指定した高級ホテルに向かう。家族には今日は仕事で帰れないと早めに伝えている。ここで働くようになってからはよくあること(その分、休日は増えたので労働時間自体は減っている)なので、特に怪しまれることはなかった。

 待ち合わせのロビーで、彼女は濃い紫色のイブニングドレス姿で俺を迎えた。

「すみません、少し遅れました」
「いいのよ。それじゃ、まずはお食事にしましょうか。もちろん私のおごりよ」

 レストランでのディナーの間、俺は彼女のドレス姿に見惚れていた。

「どうしたの?」

 視線に気付いた彼女が微笑みかける。

「いえ、社長ってこういう服も着こなせるんだなって」

 実際、職場では地味なスーツ姿しか見たことがなかった。

「こう見えても社長になると色々付き合いもあるからね。このくらいの着こなしは必要なのよ」
「へえ、やっぱりそういうものなんですね」
「ま、この後脱がされちゃうんだけどね」

 そう言った社長の目が妖しく輝いた気がした。

 しかし「この後」はまだ来なかった。食事が済むと、彼女にホテル内のバーへと連れられた。これは彼女なりの焦らしかも知れない。まあ一度きりの夜、ゆったりと楽しむことにしよう。

 カウンター席に並んで座ると、彼女は甘めのカクテルを注文したので、俺も同じものを頼む。

「乾杯」

 グラスを傾ける。カランと氷が鳴る音が心地よい。

「ところで、どうして社長は俺の頼みを聞き入れてくれたんですか?」

 今さらだが、これだけは聞いておきたかった。

「それは……あなたを手放したくないからよ」

 彼女はそう答えると、俺の手を握った。

「男女の関係になるとは思わなかったけれど、前の会社にいたときから私にとっては大事なパートナーだったわ」
「光栄です。これからもお世話になると思います」
「ふふっ、期待しているわ」

 それから俺たちは他愛のないことを語り合った。

「そろそろいいかしら?」
「はい」

 バーを出るとエレベーターで最上階へと向かう。

 部屋に入ると、一面のガラス張りからの夜景が俺たちを出迎えた。

「すごい眺めですね……」
「気に入ってくれたかしら」
「はい」

 彼女はベッドに腰掛けてい微笑んだ。ほろ酔いなのか顔が少し赤い。

「さあ、おいでなさい」

 俺は言われるままに彼女の元へ歩み寄ると、隣に座り肩を抱いた。

「んっ……」

 そのまま唇を重ねる。

「ちゅっ……はぁ……れろっ……」

 舌を絡ませ合う。

「ぷはっ……もう、いきなり激しいじゃない」
「すみません。でも我慢できなくて……」
「いいわ、今夜は私があなたのご褒美なんだから」

 そう言いながら立ち上がると、俺に背中を向けた。

「ドレス、皺になっちゃうといけないから脱がせて下さる?」

 俺は黙ってファスナーに手をかけ、ゆっくりと下ろしていく。露わになる白い背中にドキリとする。
 ドレスの下から現れた薄い紫色の下着はまだ真新しく、今夜のために用意されたものかも知れない。

「私、結婚してから夫以外にこんな姿を見せるのは初めてよ」
「そうですか。とても綺麗ですよ、社長」
「ありがとう。あなたも早く」

 俺はシャツを脱ぎ捨て、ズボンも下ろす。

「俺も、結婚してから妻以外の人を抱くのは初めてです」
「あら、そうなの?」
「ええ。社長に受け入れてもらえるか不安です」
「大丈夫よ、今夜はあなたが好きなように愉しめばいいんだから」

 そう言う彼女の体を俺は強く抱きしめた。

 ***

 しばらく余韻に浸った後、俺は彼女に覆いかぶさったまま尋ねた。

「どうでした?」

 すると、彼女は俺の頭を撫でてくれた。

「とても良かったわ。こんなに満足したのは久しぶりかもね」

 社交辞令かも知れないが、そんなことはどうでも良かった。微笑んだ彼女の顔はとても美しかった。

「シャワー、浴びましょうか」
「そうですね」

 俺たちはバスルームへと向かった。その後、俺と彼女はガウンを纏ってベッドの上で横になった。

「なんだか夢みたいですね、社長とこんなことしたなんて」
「そうね」
「OJTで指導してもらった頃から好きだったんですよ。アタックしようと思ったらもう相手がいるとわかって諦めましたが」
「そうだったの、気付かなかったわ」

 これは本音かもしれない。仕事はできるが恋愛には疎いタイプだと俺は思っている。

「一夜限りとはいえ15年越しの想いが叶いました。わがままに付き合ってくれて本当にありがとうございます」
「いいのよ。私もこんなに楽しい夜は何年ぶりかしら」

 また今日みたいに抱かせてくれませんか?そう言おうとして飲み込んだ。今回限りだと約束したじゃないか。

「今後もよろしくお願いします」
「ええ、私からもよろしく。あなたは他に代わりがいない人だから」

 彼女は改めて俺の手を取った。そのまま二人は眠りについた。

 **

 翌朝、ルームサービスで朝食を済ませると、俺達は別々にホテルを後にして会社で再会した。

「おはようございます!」
「おはよう!」

 昨夜は何事もなかったかのように、いつものように挨拶をする。

「なあ、特別手当には何を申請するんだ?」

 同僚が尋ねてきた。

「特に欲しいものもないからな、正月明けあたりに長期休暇を取ろうと思っている。うちのやつと久しぶりに北海道でスキーでも楽しもうかと思ってね」

 特別手当として社長を抱いたことは口外できない。そこで、表向きの特別手当を用意してもらえることになった。結果としてはタダで社長を抱かせてもらったようなものだが、これは彼女の好意として受け取っておこう。

「そうか、年末進行にお前に抜けられると大変だが、それならなんとかなりそうだ」
「自分の仕事はきっちり片付けてから行くから安心しろよ」
「北海道に行くの?おみやげに塩キャラメルとホワイトチョコを買ってきてね。旦那も娘も大好物なの」

 俺たちの会話を聞いて社長が割り込んできた。

「はいはい、わかってますよ」
「お、それなら俺は昆布ラーメンでも買ってきてもらおうかな」
「先輩、僕はバタークッキーをお願いしますね」
「まったく注文が多いなぁ。俺はプライベートで遊びに行くんだぞ」

 笑い合ういつもの仲間たち。俺はこの職場が大好きだ。

「さあ、そろそろ仕事だ。例の件の進捗はどうなってる?」

 昨夜のことは幻だったのではと思うほどに、いつも通りの日常が繰り広げられる。俺を受け入れ、認めてくれた社長に報いるため、今日も人一倍働くとするか。
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