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本編
深淵
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「ここが東の果て、『禁断の地』か……」
エルフの里を発って半日、そこには垂直な一枚板のような岩盤がそびえ立っていた。
「前に来た時はどうやっても開かなかった扉ね」
エレナが言う。よく見ると焼け焦げた跡がまだ残っている。魔術による爆発などを使って強引に突破しようとしたのだろう。
「鍵となるのは聖剣と神狼、ですね」
アランがそう言いながら、『聖剣』の切っ先を壁に当てると、ライラがその隣にそっと手をかざす。すると、轟音とともに岩盤が2つに割れはじめた。
「すごい!継ぎ目一つなかった岩なのに、まるで引き戸みたい!」
エレナが興奮して叫ぶ。剣と手のひらを岩から離してもその動きは止まらない。暗闇への道は少しずつ開いていき、人間の背丈ほどの幅まで開くとようやく動きを止めた。
「《照明》」
俺とエルが同時に呪文を唱えた。法術による灯りがそれぞれの手に宿る。暗い夜道や洞窟を進む際、光源は念のために複数用意しておくのが基本だ。《照明》は初歩の法術なのでアランも使用でき、また原理は異なるがエレナも同様の魔術を使えるが、基本的には神官が優先的に使うものだ。
「ここから先は、おそらく80年以上誰も足を踏み入れたことのない地。心してかからないとね」
イザは折りたたんでいた棒を雑嚢から取り出し、展開する。壁や足場、あるいは罠の確認のために斥候が使うものだ。これは精霊銀を使った逸品なので頑丈であり、武器としても使用できる。
こうして俺たちは、イザを先頭にしてゆっくりと闇の中へを足を踏み入れていった。
*
しばらくは一本道が続いた。自然の洞窟というよりも通路として整備された道のようだ。危険といえば一部の天井が低くなっているくらいであり、床は平坦だった。道中には魔物はおらず、懸念していた罠の類もなさそうだが、油断はできない。
「……この先、いるね」
通路が開けて大きな広間に差し掛かった。腐敗臭がする。《照明》の灯りの元、床の上にうずくまる影がある。それは白骨化した死体のようだが、負の生命力を感じる。死に損ないだ。
アンデッドと呼ばれる連中には大きく分けて3つの種類がある。まず屍術師によって人形のように操られた死体、次に第三者の悪霊が乗り移った死体、最も厄介なのは、強大な屍術師が自らを生ける屍と化した例である。
そして、この場にはおそらく3種が全て混在している!屍術師とその下僕どもといったところだ。
「……こんなところにあるのが並の屍であるわけがない。全力で行くぞ」
ゴルド卿の合図で一気に攻めかかる。
「《猛炎》!」
エレナの詠唱とともに視界が灼熱の炎で染まる。間髪入れずに、イザが『炎のロッド』の魔力を開放して螺旋状の炎で巻き込む。2つの魔力が渦を巻いた炎の嵐の中でも、奴らの黒い輪郭は未だにその姿を留めている。
「さまよえる魂は天へと還れ、仮初めの肉体は地へと還れ」
エルの祈りの言葉が光の筋となって大地を伝わる。炎に悶える屍の何体かはそれによって浄化され、炎の中に消失した。
「お前が親玉だな」
俺は神官として培った感覚により、ひときわ強力な負の力を感じ取った。きっと奴こそがアンデッドを束ねる屍術師だ。
「ワォーン!」
奴は何か呪文を唱えようとしたが、アルフの遠吠えに怯んだ隙を俺は見逃さなかった。走りながら、拳ごと殴りつけるような勢いで剣を振り下ろした。
「《大癒》!」
同時に、回復呪文を唱える。剣で斬りつけると同時に拳から直接、生命力を送り込むのだ。アンデッドは負の生命体なので、正しき生命力を注がれるとその姿を維持することが困難になる。
「たぁっ!」
背後からライラの掛け声とともに骨の砕ける音が次々に聞こえる。腕の部分のみを狼のものに変身させ、その筋力で敵を打ち砕く技だ。炎の嵐と聖なる祈りに耐えた残党を粉砕しているようだった。
「すごい!よぉし、僕も!」
それと同時に、アランが俺を真似て回復呪文を唱える。あれは《中癒》か。さすが『聖剣』だけあって、俺のようにむき出しの拳を介するまでもなく、剣そのものに生命力をまとわせる。それにしてもひと目見ただけで応用してしまうとは!輝く刃が横一文字に閃くやいなや、生ける屍を上下に両断!!すると操り人形の糸が切れたように、残りの屍も崩れ落ちた。
*
「見事だ。わしの出る幕はなかったな」
ゴルド卿がつぶやく。屍の群れは、俺たちを攻撃する間もなく全滅した。卿も抜いた剣を振り下ろす機会すらなかったのだ。
「……考えたくはないんだけど、こいつらって勇者たちの成れの果てなのかしらね」
消し炭のようになった骨を見下ろしながらエレナが言う。
「どうだろうな。いずれにせよ、魂は正しいところに導かねばならん。……邪法に囚われし哀れなる魂よ。我が豊穣神の名のもとに全てを許し、その縛めを解き放つ。安らかな眠りの中で輪廻を待ち給え」
改めてエルが祈りの言葉を口にすると、床にくすぶっていた燐光が地面に吸い込まれるように消えていった。俺も黙祷しながらそれを見送る。
「トム、無茶をしたな。素手で奴らを触っただろう。念のため清めておけ。ライラもだぞ」
エルが懐から聖水の小瓶を取り出し、俺とライラの手にふりかけてくれる。
「すまん。飛ばすよりも直接叩き込んだほうが早いと思ってな」
「それにしても、アランとともに2回の攻撃だけで奴を討ち滅ぼすとは。法術と剣技を同時に繰り出す、これこそが聖騎士の本領というわけだな」
エルはいたく感心して俺たちを見る。
「よしてくれ、聖騎士と呼べるのはアランだけだ。俺はまがい物、神官崩れのただの戦士さ」
聖騎士とは戦士でありながらも神官である存在だ。俺は神官を道半ばで諦めて戦士になっただけに過ぎない。
「だが、魔物との戦いでは結果が全てだ。誇るべきときは自らを誇るべきだろう」
「そうですよ、あんなことができるなんて、僕には考えもつかなかったんですから!」
「少し騒ぎ過ぎだよ、静かにしな」
興奮気味にアランが語るのをイザが制する。ここは敵地なのだ。
*
「どうやら、この部屋から続くのは階段一つだけのようだね」
広間を探索すると、壁の奥に隠された空間を発見した。棒で叩けば反響音ですぐにわかるような粗末なものだ。実際、俺がメイスを振るうとあっけなく崩れて、地下に向かう階段が姿を表した。この空間の設計者とは別の者が、急ごしらえで隠したような印象を受けた。
「どうする?……って、聞くまでもないか」
イザは俺たちに問いかけたが、既に先へ進むという意志は揺るがないことをすぐに確かめた。
こうして、俺たちは深淵へと足を踏み入れていく。
***
【本作独自の用語・用法】
『罠の確認のために斥候が使う棒』
いわゆる「10フィート棒」。ただ本作の場合、イメージとしてはそこまで長くないかも。
『アンデッド』
RPGなどでよく使われる分類としては以下のようなものがあり、本作もそれに従っている。ただし作中世界においては、具体的な呼び分けは浸透していない。
・操り人形→一般のゾンビなど
・第三者の悪霊が憑依→ワイト
・強大な屍術師自身→リッチ
エルフの里を発って半日、そこには垂直な一枚板のような岩盤がそびえ立っていた。
「前に来た時はどうやっても開かなかった扉ね」
エレナが言う。よく見ると焼け焦げた跡がまだ残っている。魔術による爆発などを使って強引に突破しようとしたのだろう。
「鍵となるのは聖剣と神狼、ですね」
アランがそう言いながら、『聖剣』の切っ先を壁に当てると、ライラがその隣にそっと手をかざす。すると、轟音とともに岩盤が2つに割れはじめた。
「すごい!継ぎ目一つなかった岩なのに、まるで引き戸みたい!」
エレナが興奮して叫ぶ。剣と手のひらを岩から離してもその動きは止まらない。暗闇への道は少しずつ開いていき、人間の背丈ほどの幅まで開くとようやく動きを止めた。
「《照明》」
俺とエルが同時に呪文を唱えた。法術による灯りがそれぞれの手に宿る。暗い夜道や洞窟を進む際、光源は念のために複数用意しておくのが基本だ。《照明》は初歩の法術なのでアランも使用でき、また原理は異なるがエレナも同様の魔術を使えるが、基本的には神官が優先的に使うものだ。
「ここから先は、おそらく80年以上誰も足を踏み入れたことのない地。心してかからないとね」
イザは折りたたんでいた棒を雑嚢から取り出し、展開する。壁や足場、あるいは罠の確認のために斥候が使うものだ。これは精霊銀を使った逸品なので頑丈であり、武器としても使用できる。
こうして俺たちは、イザを先頭にしてゆっくりと闇の中へを足を踏み入れていった。
*
しばらくは一本道が続いた。自然の洞窟というよりも通路として整備された道のようだ。危険といえば一部の天井が低くなっているくらいであり、床は平坦だった。道中には魔物はおらず、懸念していた罠の類もなさそうだが、油断はできない。
「……この先、いるね」
通路が開けて大きな広間に差し掛かった。腐敗臭がする。《照明》の灯りの元、床の上にうずくまる影がある。それは白骨化した死体のようだが、負の生命力を感じる。死に損ないだ。
アンデッドと呼ばれる連中には大きく分けて3つの種類がある。まず屍術師によって人形のように操られた死体、次に第三者の悪霊が乗り移った死体、最も厄介なのは、強大な屍術師が自らを生ける屍と化した例である。
そして、この場にはおそらく3種が全て混在している!屍術師とその下僕どもといったところだ。
「……こんなところにあるのが並の屍であるわけがない。全力で行くぞ」
ゴルド卿の合図で一気に攻めかかる。
「《猛炎》!」
エレナの詠唱とともに視界が灼熱の炎で染まる。間髪入れずに、イザが『炎のロッド』の魔力を開放して螺旋状の炎で巻き込む。2つの魔力が渦を巻いた炎の嵐の中でも、奴らの黒い輪郭は未だにその姿を留めている。
「さまよえる魂は天へと還れ、仮初めの肉体は地へと還れ」
エルの祈りの言葉が光の筋となって大地を伝わる。炎に悶える屍の何体かはそれによって浄化され、炎の中に消失した。
「お前が親玉だな」
俺は神官として培った感覚により、ひときわ強力な負の力を感じ取った。きっと奴こそがアンデッドを束ねる屍術師だ。
「ワォーン!」
奴は何か呪文を唱えようとしたが、アルフの遠吠えに怯んだ隙を俺は見逃さなかった。走りながら、拳ごと殴りつけるような勢いで剣を振り下ろした。
「《大癒》!」
同時に、回復呪文を唱える。剣で斬りつけると同時に拳から直接、生命力を送り込むのだ。アンデッドは負の生命体なので、正しき生命力を注がれるとその姿を維持することが困難になる。
「たぁっ!」
背後からライラの掛け声とともに骨の砕ける音が次々に聞こえる。腕の部分のみを狼のものに変身させ、その筋力で敵を打ち砕く技だ。炎の嵐と聖なる祈りに耐えた残党を粉砕しているようだった。
「すごい!よぉし、僕も!」
それと同時に、アランが俺を真似て回復呪文を唱える。あれは《中癒》か。さすが『聖剣』だけあって、俺のようにむき出しの拳を介するまでもなく、剣そのものに生命力をまとわせる。それにしてもひと目見ただけで応用してしまうとは!輝く刃が横一文字に閃くやいなや、生ける屍を上下に両断!!すると操り人形の糸が切れたように、残りの屍も崩れ落ちた。
*
「見事だ。わしの出る幕はなかったな」
ゴルド卿がつぶやく。屍の群れは、俺たちを攻撃する間もなく全滅した。卿も抜いた剣を振り下ろす機会すらなかったのだ。
「……考えたくはないんだけど、こいつらって勇者たちの成れの果てなのかしらね」
消し炭のようになった骨を見下ろしながらエレナが言う。
「どうだろうな。いずれにせよ、魂は正しいところに導かねばならん。……邪法に囚われし哀れなる魂よ。我が豊穣神の名のもとに全てを許し、その縛めを解き放つ。安らかな眠りの中で輪廻を待ち給え」
改めてエルが祈りの言葉を口にすると、床にくすぶっていた燐光が地面に吸い込まれるように消えていった。俺も黙祷しながらそれを見送る。
「トム、無茶をしたな。素手で奴らを触っただろう。念のため清めておけ。ライラもだぞ」
エルが懐から聖水の小瓶を取り出し、俺とライラの手にふりかけてくれる。
「すまん。飛ばすよりも直接叩き込んだほうが早いと思ってな」
「それにしても、アランとともに2回の攻撃だけで奴を討ち滅ぼすとは。法術と剣技を同時に繰り出す、これこそが聖騎士の本領というわけだな」
エルはいたく感心して俺たちを見る。
「よしてくれ、聖騎士と呼べるのはアランだけだ。俺はまがい物、神官崩れのただの戦士さ」
聖騎士とは戦士でありながらも神官である存在だ。俺は神官を道半ばで諦めて戦士になっただけに過ぎない。
「だが、魔物との戦いでは結果が全てだ。誇るべきときは自らを誇るべきだろう」
「そうですよ、あんなことができるなんて、僕には考えもつかなかったんですから!」
「少し騒ぎ過ぎだよ、静かにしな」
興奮気味にアランが語るのをイザが制する。ここは敵地なのだ。
*
「どうやら、この部屋から続くのは階段一つだけのようだね」
広間を探索すると、壁の奥に隠された空間を発見した。棒で叩けば反響音ですぐにわかるような粗末なものだ。実際、俺がメイスを振るうとあっけなく崩れて、地下に向かう階段が姿を表した。この空間の設計者とは別の者が、急ごしらえで隠したような印象を受けた。
「どうする?……って、聞くまでもないか」
イザは俺たちに問いかけたが、既に先へ進むという意志は揺るがないことをすぐに確かめた。
こうして、俺たちは深淵へと足を踏み入れていく。
***
【本作独自の用語・用法】
『罠の確認のために斥候が使う棒』
いわゆる「10フィート棒」。ただ本作の場合、イメージとしてはそこまで長くないかも。
『アンデッド』
RPGなどでよく使われる分類としては以下のようなものがあり、本作もそれに従っている。ただし作中世界においては、具体的な呼び分けは浸透していない。
・操り人形→一般のゾンビなど
・第三者の悪霊が憑依→ワイト
・強大な屍術師自身→リッチ
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「《獣使い》と呼ばれる俺は今日も相棒の狼っ娘とともに冒険と夜の戦いに精を出す」(注:R18)の前日譚に相当する物語です。
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この子のおかげで作家デビューできました
ありがとうルーク、いつか日の目を見れればいいのですが
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