30 / 43
本編
始点
しおりを挟む
夜、邸宅でささやかながら宴が開かれた。宴と言っても畑から取れた作物を中心とした質実剛健な料理が目立つが、もちろん普段のギルド酒場などで食べるものよりは質・量ともに段違いである。その中心でひときわ目立っていたのは、大きく切り分けられた塊肉のローストを始めとするイノシシ料理であった。
「このテーブルの半分くらいもある巨大なイノシシでした。それをアルフが、ほとんど一匹だけで仕留めてしまったという話ですよ」
アランがそう語り、骨付きのアバラ肉にかじりついた。狩りに連れ出したのは「若」ことゴルド卿の子息。アルフを猟犬として調教したのも彼であるという。なお、今夜は村の有力者の食事に招かれているということで、この席にはいない。
「やっぱり、私の思った通りね。アルフはただの猟犬なんかじゃないわ」
脂の滴る獣肉を、細かく切り分けながらエレナが言う。
「うん。私でも一人でそんな大きさのイノシシを捕まえるのは無理かも」
ライラは大きな塊を手でつかんで頬張りながら言う。
「なるほど、仮初めとはいえ神狼としての力は本物のようだね」
イザはそう言うと、カブのペーストと腸詰めをレタスで巻いて口に入れた。
「そうなると、仮初めの聖剣も本物に匹敵するということか」
俺はにんにくの効いたレバーのパテを、こんがりと焼かれたパンに塗って口に入れる。
「……出発は早いほうが良さそうだな」
肉の旨味が溶け込んだスープで口を湿らせたゴルド卿が決意を決める。
「準備は必要です。先日、工房へ武具の生産や修繕を依頼したばかりで、あと3日はかかるとのことです。いずれにせよ、まずは中央都市を拠点にすべきでしょう」
柔らかく煮込まれた舌を切り分けながらエルが言う。
ここにいる誰もが心は次の冒険へと動いているが、それはそれとして久しぶりの豪華な食事を思い思いに楽しんでいた。かつての仲間たちと再びこのような食卓を囲める日が来るとは、エルフの村を一人で去ったときの俺には想像もできなかっただろう。
*
「こちら、今年の蜂蜜で作ったお酒です」
給仕が配膳した銀のカップに注がれた、甘い香りのする琥珀色の液体。酵母による発酵の泡が残っているのが新しい証拠だ。口に入れると甘酸っぱい味と泡の刺激が爽やかな気分にさせてくれる。これから無謀な冒険に挑もうとしている俺たちを励ましてくれるような気がした。
**
「おはよう。みんな、よく眠れたようだな」
邸宅にて迎えた翌朝。朝食の席でゴルド卿が顔を見渡す。誰もがきれいな目をしている。寝付けなかったり泣きはらしたりした者はいなかったようだ。
「父から話は伺いました。領地のことは私にお任せください」
夕食にはいなかった二世殿が同席し、特に領内に家族が暮らすアランを見ながらそう言った。2年前の旅立ちで家督を譲られた時から覚悟はできているようだった。武門の生まれの定めとして、今は亡き母君からも、幼い頃から「父親がいなくなる日」のことを教え込まれていると聞いている。
「僕も、昨夜の話はさすがに急だったんですけど、覚悟はとっくにできていたんですよね。今までははっきりしなかった目的がようやく定められたようで、むしろ晴れやかな気分です」
パンにバターを塗りながらアランが言う。2年前に『聖剣』を手にしてから、彼の人生は一変した。農家に産まれた一介の少年が、世界を救うため……世界を脅かしている謎に挑むために、命がけの冒険に出発した。結果、成果は得られずに帰郷して緊張の糸が途切れていたところに、より具体的な「目的」がもたらされたのである。
「私がこの大陸に来てトムと……仲間たちと出会ったのも、きっとそのためだと思うの。今まではトムの後をついてきたけど、これからは私がトムを導かなきゃ!」
ライラはこんがりと焼けたベーコンが乗ったパンを食べながら言う。俺が倒れてから妙にしおらしくなっていた彼女が気にかかっていたのだが、すっかりいつもの調子を取り戻したようだ。あるいは、彼女もまた決意を新たにしたのだろうか。
**
「それでは、出発する。必ずや目的を果たして帰って来る。お前たち、家と領地のことは任せたぞ」
ゴルド卿は愛馬にまたがり、門の前に並んだ息子と使用人たちを前に、堂々たる声で宣言した。卿を筆頭に、アラン、エル、俺、ライラ、エレナ、イザと続く。猟犬アルフはアランと共に歩を進める。
俺にとっての冒険の始まりの地から、いま新たなる旅が始まる。
「このテーブルの半分くらいもある巨大なイノシシでした。それをアルフが、ほとんど一匹だけで仕留めてしまったという話ですよ」
アランがそう語り、骨付きのアバラ肉にかじりついた。狩りに連れ出したのは「若」ことゴルド卿の子息。アルフを猟犬として調教したのも彼であるという。なお、今夜は村の有力者の食事に招かれているということで、この席にはいない。
「やっぱり、私の思った通りね。アルフはただの猟犬なんかじゃないわ」
脂の滴る獣肉を、細かく切り分けながらエレナが言う。
「うん。私でも一人でそんな大きさのイノシシを捕まえるのは無理かも」
ライラは大きな塊を手でつかんで頬張りながら言う。
「なるほど、仮初めとはいえ神狼としての力は本物のようだね」
イザはそう言うと、カブのペーストと腸詰めをレタスで巻いて口に入れた。
「そうなると、仮初めの聖剣も本物に匹敵するということか」
俺はにんにくの効いたレバーのパテを、こんがりと焼かれたパンに塗って口に入れる。
「……出発は早いほうが良さそうだな」
肉の旨味が溶け込んだスープで口を湿らせたゴルド卿が決意を決める。
「準備は必要です。先日、工房へ武具の生産や修繕を依頼したばかりで、あと3日はかかるとのことです。いずれにせよ、まずは中央都市を拠点にすべきでしょう」
柔らかく煮込まれた舌を切り分けながらエルが言う。
ここにいる誰もが心は次の冒険へと動いているが、それはそれとして久しぶりの豪華な食事を思い思いに楽しんでいた。かつての仲間たちと再びこのような食卓を囲める日が来るとは、エルフの村を一人で去ったときの俺には想像もできなかっただろう。
*
「こちら、今年の蜂蜜で作ったお酒です」
給仕が配膳した銀のカップに注がれた、甘い香りのする琥珀色の液体。酵母による発酵の泡が残っているのが新しい証拠だ。口に入れると甘酸っぱい味と泡の刺激が爽やかな気分にさせてくれる。これから無謀な冒険に挑もうとしている俺たちを励ましてくれるような気がした。
**
「おはよう。みんな、よく眠れたようだな」
邸宅にて迎えた翌朝。朝食の席でゴルド卿が顔を見渡す。誰もがきれいな目をしている。寝付けなかったり泣きはらしたりした者はいなかったようだ。
「父から話は伺いました。領地のことは私にお任せください」
夕食にはいなかった二世殿が同席し、特に領内に家族が暮らすアランを見ながらそう言った。2年前の旅立ちで家督を譲られた時から覚悟はできているようだった。武門の生まれの定めとして、今は亡き母君からも、幼い頃から「父親がいなくなる日」のことを教え込まれていると聞いている。
「僕も、昨夜の話はさすがに急だったんですけど、覚悟はとっくにできていたんですよね。今までははっきりしなかった目的がようやく定められたようで、むしろ晴れやかな気分です」
パンにバターを塗りながらアランが言う。2年前に『聖剣』を手にしてから、彼の人生は一変した。農家に産まれた一介の少年が、世界を救うため……世界を脅かしている謎に挑むために、命がけの冒険に出発した。結果、成果は得られずに帰郷して緊張の糸が途切れていたところに、より具体的な「目的」がもたらされたのである。
「私がこの大陸に来てトムと……仲間たちと出会ったのも、きっとそのためだと思うの。今まではトムの後をついてきたけど、これからは私がトムを導かなきゃ!」
ライラはこんがりと焼けたベーコンが乗ったパンを食べながら言う。俺が倒れてから妙にしおらしくなっていた彼女が気にかかっていたのだが、すっかりいつもの調子を取り戻したようだ。あるいは、彼女もまた決意を新たにしたのだろうか。
**
「それでは、出発する。必ずや目的を果たして帰って来る。お前たち、家と領地のことは任せたぞ」
ゴルド卿は愛馬にまたがり、門の前に並んだ息子と使用人たちを前に、堂々たる声で宣言した。卿を筆頭に、アラン、エル、俺、ライラ、エレナ、イザと続く。猟犬アルフはアランと共に歩を進める。
俺にとっての冒険の始まりの地から、いま新たなる旅が始まる。
0
「《獣使い》と呼ばれる俺は今日も相棒の狼っ娘とともに冒険と夜の戦いに精を出す」(注:R18)の前日譚に相当する物語です。
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


異世界で美少女『攻略』スキルでハーレム目指します。嫁のために命懸けてたらいつの間にか最強に!?雷撃魔法と聖剣で俺TUEEEもできて最高です。
真心糸
ファンタジー
☆カクヨムにて、200万PV、ブクマ6500達成!☆
【あらすじ】
どこにでもいるサラリーマンの主人公は、突如光り出した自宅のPCから異世界に転生することになる。
神様は言った。
「あなたはこれから別の世界に転生します。キャラクター設定を行ってください」
現世になんの未練もない主人公は、その状況をすんなり受け入れ、神様らしき人物の指示に従うことにした。
神様曰く、好きな外見を設定して、有効なポイントの範囲内でチートスキルを授けてくれるとのことだ。
それはいい。じゃあ、理想のイケメンになって、美少女ハーレムが作れるようなスキルを取得しよう。
あと、できれば俺TUEEEもしたいなぁ。
そう考えた主人公は、欲望のままにキャラ設定を行った。
そして彼は、剣と魔法がある異世界に「ライ・ミカヅチ」として転生することになる。
ライが取得したチートスキルのうち、最も興味深いのは『攻略』というスキルだ。
この攻略スキルは、好みの美少女を全世界から検索できるのはもちろんのこと、その子の好感度が上がるようなイベントを予見してアドバイスまでしてくれるという優れモノらしい。
さっそく攻略スキルを使ってみると、前世では見たことないような美少女に出会うことができ、このタイミングでこんなセリフを囁くと好感度が上がるよ、なんてアドバイスまでしてくれた。
そして、その通りに行動すると、めちゃくちゃモテたのだ。
チートスキルの効果を実感したライは、冒険者となって俺TUEEEを楽しみながら、理想のハーレムを作ることを人生の目標に決める。
しかし、出会う美少女たちは皆、なにかしらの逆境に苦しんでいて、ライはそんな彼女たちに全力で救いの手を差し伸べる。
もちろん、攻略スキルを使って。
もちろん、救ったあとはハーレムに入ってもらう。
下心全開なのに、正義感があって、熱い心を持つ男ライ・ミカヅチ。
これは、そんな主人公が、異世界を全力で生き抜き、たくさんの美少女を助ける物語。
【他サイトでの掲載状況】
本作は、カクヨム様、小説家になろう様でも掲載しています。

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる