トムとライラの道中記 ~挫折ヒーラーとウェアウルフ少女の物語~

矢木羽研

文字の大きさ
上 下
29 / 43
本編

輪廻

しおりを挟む
神狼しんろうと聖剣の伝説。私がエルフの里や、学院の古文書から得た断片的な情報を継ぎ合わせて、それらしい話としてまとめたの。アランとライラにとっては辛い話になるけれど、聞いてくれるかしら」
エレナは全員の目を見て意志を確認すると、改まった口調で伝承を語った。

***

千と一つの満月を迎えるごとに空と大地は荒ぶり、恵みと滅びをもたらす。
それを鎮めるのは『神狼の巫女』に導かれし『聖剣の勇者』なり。
禁断の地の扉の奥、混沌の獣に彼女と彼の身を捧げることで平穏が再び訪れよう。

***

「千と一つの満月、文字通りに受け取ればおよそ81年。前におじさまが調べた、飢饉や大災害が発生する周期とも一致しているわ。おそらく人知れず、歴史の中で何度も繰り返されてきたんでしょうね」

彼女は残酷な伝承を披露したが、当事者であるアランとライラは落ち着いていた。まるで、この運命を最初から知っていたかのように。

「混沌の獣というのが何を意味するのかはわからないわ。文字通りの魔物かも知れないし、自然現象や地形を意味する可能性もあるわね」

「……ライラとアランは運命に身を捧げろと言うのか」
「それは私が干渉できることではないわ。全ては定められたこと。でも今回は違う。神狼も勇者も一人じゃないし、聖剣も一つだけじゃない」
エレナは改めて俺を見た。

*

「……神狼と聖剣と勇者。かつては一組しかなかったものが、この時代には二組も揃っている、というわけか」
黙って聞いていたイザが口を開く。

「そうね。今まではその身を犠牲にすることでしか解決できなかったのかも知れないけれど、今回はそうとは限らない。もちろん危険な賭けだとは承知しているわ」

「確かに、運命が変えられないのだとしたら犠牲者をいたずらに増やすだけになってしまう。それに、たとえ混沌の獣とやらを力で倒すことができたとして、良い結果に繋がるとは限らないからな」
エレナの提案する賭けに対して、エルが静かに分析をする。

「これは私の勝手な考えだけど、たとえ誰であっても、運命によって何かのために犠牲になることが定められているなんて許せないの。人知れず闇に消えていった巫女や勇者に報いるためにも、私はこの連鎖そのものを断ち切りたい!」

*

しばしの沈黙。俺は考えにふける。混沌の獣に捧げられる命。それは、例えば緑肥として畑にき込まれる白詰草のごとく、大地をより豊かにするために必要な犠牲であるのかも知れなかった。豊穣神が生み出した自然の輪廻の一部なのかも知れない。だが、神殿でライラが恍惚こうこつとした顔で見上げていた慈悲深き豊穣神が、そんな残酷なことをするとは思えなかった。

「俺は、エレナの言うことに賛成だ」
沈黙を破ると、視線が集まってくる。
「そもそも、ライラが俺と出会ったことが豊穣神の巡り合せだと思っている。おかげで、運命を打ち破れるかも知れない切り札が手に入ったわけだからな」
改めてテーブルの上の剣に触れる。この姿になってからは一度も振るったことのないこの剣が、今では体の一部であるかのように思えた。

「もちろん、それぞれに考えがあると思う。特にライラとアランにはな。エレナは運命と言ったが、禁断の地に向かうかどうかは自分自身の意思の問題だと俺は思っている。……そしてエル、神官としてお前はどう思う?」

「そうだな。これは信仰や教義の解釈とは別の、単なる俺の直感に過ぎないが……。混沌の獣とやらが実在するとしても、それが豊穣神の用意したものとは思えないな。むしろ、大地にあるべき力を奪っているのではないか?」

草や獣は人や獣の糧となり、肉体が死ねばそれは大地の糧となる。永遠に繰り返される生命の輪廻こそが豊穣神信仰の根幹である。死すべき定めのためだけに生み出される命があってはならない。

「あたいもエレナに賛成だ。大事な人が死ぬことが運命だというならば、そんなものはぶち壊してしまえばいい。少なくともそれができる可能性があるのなら命を賭けてもいいよ」
イザが力強く言う。盗賊として闇に生きていた彼女は、救えなかった命というものを何度も見てきたのだろう。

「僕も、この剣を振るうのは人々を脅かす魔物を斬るためだと思っています。ただ命を捧げるのが最終的な運命だとしても、そんなものは受け入れたくない!」
力強くアランが宣言する。彼はやはり勇者と呼ぶにふさわしい。

「私も。トムもみんなも……この世界が大好きだから、ここからいなくなるのは嫌!」
ライラは自らの死を恐れるよりも、俺や仲間との別れを拒む。これもまた彼女らしい。

「……いずれにしても、この場で決めるには早急すぎるのではないかね。一晩じっくり考えてからでも遅くはあるまい」

ゴルド卿はそう言って場をまとめたが、目には決意の色が見える。もともと『異変』解決が悲願であったので、将来の禍根を断ち切れる機会があるのならば、多少の危険を冒してでも打って出ない手はないのだろう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

女神様、もっと早く祝福が欲しかった。

しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。 今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。 女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか? 一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。

14歳までレベル1..なので1ルークなんて言われていました。だけど何でかスキルが自由に得られるので製作系スキルで楽して暮らしたいと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕はルーク 普通の人は15歳までに3~5レベルになるはずなのに僕は14歳で1のまま、なので村の同い年のジグとザグにはいじめられてました。 だけど15歳の恩恵の儀で自分のスキルカードを得て人生が一転していきました。 洗濯しか取り柄のなかった僕が何とか楽して暮らしていきます。 ------ この子のおかげで作家デビューできました ありがとうルーク、いつか日の目を見れればいいのですが

処理中です...