上 下
28 / 43
本編

聖剣

しおりを挟む
「知らせは聞いておるぞ、トムよ。飛竜の討伐、見事であったな」
開口一番、ゴルド卿は俺をねぎらってくれた。
「いえ、たまたま巡り合わせが良かっただけです。それに、エルが来てくれなければきっと今頃は……」
「神官を極める道は諦めたとしても、今のお前は立派な戦士だ。恥じることはない。それに治療術は健在という話ではないか。お前のお陰で一人の犠牲者も出なかったと聞くぞ」
「お褒めいただきありがとうございます」
俺にとって誇らしいのは、飛竜討伐よりもむしろ誰も死なせなかったことである。俺自身は戦士になったつもりでも、未だに神官としての心があるのだろう。改めて実感するのは妙に嬉しかった。

「彼の功績については後でゆっくり語るとして、今は本題に入りましょう。まずは私たちの新しい仲間、ライラを紹介するわ」

「はじめまして。アランに、ゴルド……卿。新大陸から来たライラです」
彼女はそう言うと、フードを脱いで狼の耳を見せた。
「……!人狼族とな??」
ゴルド卿は驚いた。長年世界を見てきたというが、人狼族を見たという話は聞いたことがない。それが目の前に現れ、なおかつ会話で意思疎通ができるのだ。

「はい。我々の教えで神狼しんろう族として伝えられる種族の末裔、すなわち豊穣神の眷属けんぞくであると見ています」
エルがゆっくりと説明する。

「つい先日、学院の古文書を当たって確信したわ。『聖剣の勇者』と『神狼の巫女』は、本来2つで1つの存在。私たちが『禁断の地』で足止めされたのも、第2の鍵である『神狼の巫女』がいなかったから。そう私は考えているわ」
「ふむ。話が少々飛躍しているように思えるが、その2つにはどのような関係があるのかね?」
エレナの説明に対してゴルド卿が質問をする。

「説明するよりも実例を見せるのが早いわね。トム、剣を二人に見せて」
「ああ」
俺は腰に下げていた鞘をテーブルの上に乗せ、中の剣を抜いた。

「これは……!」
声を出して驚いたのはアランだった。
「アラン、『聖剣』を見せてくれるかしら」
「は、はい……」
彼も慌てて腰の剣を抜き、テーブルの上に並べる。白い峰に青い刃を持つアランの聖剣と、黒い峰に赤い刃を持つ俺の剣。色こそ対照的ではあるが、瓜二つの見た目である。
「見れば見るほどそっくりですね。この剣はどこから?」
「元は中央都市の工房で作られた量産品よ」
改めて、ゴルド卿とアランに対してこの剣の由来を説明した。

*

「ふむ……。元はただの鋼の剣だったものが、飛竜の心臓の中で鍛えられて変質した、というわけか」
「『神狼の巫女』というのは、本来『聖剣の勇者』を導く存在。その聖剣が手元にないのであれば、自らの力で運命を引き寄せて生み出すのではないか。というのが私の仮説ね。そして、その逆も然り」
そこまで言うと、エレナは部屋の入口にいたアランの愛犬、アルフに目をやった。

「真の神狼であるライラが第2の聖剣を生み出し、トムは第2の勇者になった。そして真の聖剣を持つ真の勇者アランもまた、第2の神狼を生み出した。それがアルフね」
「ちょっと待ってくださいよ、うちのアルフが伝説の神狼族ですって?」
驚くアランに向かって、エレンが説明する。

「アルフ自身はただのお利口なワンちゃんでしょう。それをあなたが変質させたのよ。トムの剣が元は単なる鋼の剣だったようにね。例えば、怪我をして血が流れたところを舐めてもらったことはないかしら?」
「……そうだ、初めて毒蛇に噛まれた時、最初にこいつが舐めてくれたんだ。結局治らなかった上にこいつも苦しみだして、それをトムさんの解毒術で助けてもらって……」
「トムの剣が覚醒したのも、飛竜だけでなくライラの血を浴びたからだと聞いているわ。ここまで符合しているなんてね」

そこまで聞くと、ライラは無言で立ち上がり、机の下に隠れて狼に変身した。その姿は大きさも形もアルフと瓜二つ。純白のアルフに対して灰褐色のライラは毛色こそ対照的だが、まるで同じ胎内から産まれた姉妹のように見えた。

「2つの剣と、彼女たちの類似性。これでわかっていただけたかしら?私の仮説には飛躍はあるかも知れないけれど、いずれにしても『聖剣』と『神狼』には密接な関わりがあるはずよ」

一同は黙ってうなずく。
しおりを挟む

処理中です...