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本編
田園
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中央都市から西を目指す旅は順調に進んだ。このあたりは国の穀倉地帯であり、荷馬車の往来が多いために街道が整備されている。それを守るための騎士も定期的に巡回しているので、魔物や野盗も鳴りを潜めているのである。
形ばかりの関所を抜けると、既にゴルド卿の領内である。街道の両側には畑が広がっており、牛に犂を引かせて畝を立てたり、種をまいている光景が見える。
「種まきが始まっているな」
エルに話しかける。俺の生まれは農村だが、子供の頃に孤児として神殿に引き取られたので農作業の記憶はあまりない。だが神殿にいたころは、種まきの時季になるたびに豊穣の祈りを捧げるために畑に出向いていたので農業にも詳しくなった。ゴルド卿との縁もそれが始まりである。
「ああ、春まきの燕麦か。今年も豊作だといいな」
この地域において、燕麦は冬の小麦を収穫した後の輪作で栽培される。領内において、土地に応じた3年あるいは4年周期の輪作を徹底したのはゴルド卿の代であると聞いた。おかげで収穫は安定して豊かになったので、農民からは領主として非常に敬愛されている。
*
少し進むと、見慣れた家紋の入ったマントを付けた人物が見えた。背格好からするとゴルド卿のご長男にして現領主のようだ。農夫と話をしている。
「ごきげんよう」
「やや、あなた方は。父でしたら在宅だと思いますよ」
馬から降りてあいさつをすると丁寧に応対してくれた。
「それにしても、見事な畑ですね」
見渡す限り、種まき前後の茶色い土と、白詰草(家畜の飼料にして緑肥であり蜂蜜の源でもある)が可憐な花を咲かせている緑地がまだらに広がっている。2年前は荒れ地が目立っていたのだが、今ではしっかり農地として整備されているようだ。
「ええ、近年は移民も増えて働き手が多くなりましたからね」
「本当に、若様は私らのために良くしてくださりますよ」
年老いた農夫が言う。既に二世殿は領主を継いでいるので、本来なら「領主様」とか「お館様」とでも呼ぶべきである。しかし、彼はまだまだ未熟者だとして「若」呼ばわりを甘受しているという話を聞いている。実際、年齢はまだ20代の半ばである。
「宅までお連れいたしましょうか?」
「いえ、お構いなく。お忙しいようですので我々はこれで失礼します」
おそらく、近隣の農家を一軒一軒尋ねて様子を聞いているのだろう。民思いには脱帽するばかりである。若くして家督を譲られたにもかかわらず、奢りが微塵も感じられない。
*
程なくして、ゴルド卿の邸宅に着いた。俺にとっての冒険の始まりの地である。次に戻ってくる時は目的を果たした後だと思っていたのだが。
馬を降りて門を潜ろうとすると、一匹の白い狼……いや、大型犬が飛びついてきた。とはいえ、攻撃的な様子はない。俺の足元にじゃれついて来る。
「こら!アルフ……って、トムさん?!それにみんなも!」
「久しぶりだな。恥ずかしながら戻って来た」
「もう。パーティは一旦解散したんだから、今さら恥もなにもないでしょう」
エレナが言う。
「それに、私の予想通りみたいね」
彼女は、白い大型犬……アルフに目をやるとそう言った。狼と未間違えたという時点で俺もなんとなく察しがついたのだが、皆が集まってから詳しく話すつもりなのだろう。
「この子、アランの家で飼っていた子よね?」
2年前の旅立ちの時には、まだほんの子犬だったのを思い出す。
「はい!拾った頃はすごくちっちゃい子犬だったんですけど、しばらく見ないうちにすっかり大きくなっちゃって。今では若様が猟犬として訓練しているという話ですよ」
「やっぱりね……私の予想は当たったかも。おじさまはおられるかしら?色々とわかったことがあるから、作戦会議といきましょう」
こうして、執務室にいたゴルド卿を呼び出し、7人での会議が始まった。
***
【一般用語集】
『犂』
家畜に引かせて畑を耕したり、畝《うね》を立てたりする農具。
日本語では同訓異字の「鋤《すき》(スペード/スコップ/シャベル/踏みすき)」と混同されるが、家畜に引かせるか人間が持つかで使い分ける。
『畝』
畑に作物を植えるために、帯状に盛った土のこと。
『燕麦』
オーツ麦。オートミールの原料。
本作にたびたび登場する「麦粥」は、これか大麦から作られる。
『輪作』
同じ農地で複数種類の作物を特定のローテーションで栽培すること。連作障害を防ぎ、収穫を安定させる効果がある。
『緑肥』
土を肥やす目的で植えられる作物。収穫せずにそのまま土にすき込んで新たな作物を植える。
形ばかりの関所を抜けると、既にゴルド卿の領内である。街道の両側には畑が広がっており、牛に犂を引かせて畝を立てたり、種をまいている光景が見える。
「種まきが始まっているな」
エルに話しかける。俺の生まれは農村だが、子供の頃に孤児として神殿に引き取られたので農作業の記憶はあまりない。だが神殿にいたころは、種まきの時季になるたびに豊穣の祈りを捧げるために畑に出向いていたので農業にも詳しくなった。ゴルド卿との縁もそれが始まりである。
「ああ、春まきの燕麦か。今年も豊作だといいな」
この地域において、燕麦は冬の小麦を収穫した後の輪作で栽培される。領内において、土地に応じた3年あるいは4年周期の輪作を徹底したのはゴルド卿の代であると聞いた。おかげで収穫は安定して豊かになったので、農民からは領主として非常に敬愛されている。
*
少し進むと、見慣れた家紋の入ったマントを付けた人物が見えた。背格好からするとゴルド卿のご長男にして現領主のようだ。農夫と話をしている。
「ごきげんよう」
「やや、あなた方は。父でしたら在宅だと思いますよ」
馬から降りてあいさつをすると丁寧に応対してくれた。
「それにしても、見事な畑ですね」
見渡す限り、種まき前後の茶色い土と、白詰草(家畜の飼料にして緑肥であり蜂蜜の源でもある)が可憐な花を咲かせている緑地がまだらに広がっている。2年前は荒れ地が目立っていたのだが、今ではしっかり農地として整備されているようだ。
「ええ、近年は移民も増えて働き手が多くなりましたからね」
「本当に、若様は私らのために良くしてくださりますよ」
年老いた農夫が言う。既に二世殿は領主を継いでいるので、本来なら「領主様」とか「お館様」とでも呼ぶべきである。しかし、彼はまだまだ未熟者だとして「若」呼ばわりを甘受しているという話を聞いている。実際、年齢はまだ20代の半ばである。
「宅までお連れいたしましょうか?」
「いえ、お構いなく。お忙しいようですので我々はこれで失礼します」
おそらく、近隣の農家を一軒一軒尋ねて様子を聞いているのだろう。民思いには脱帽するばかりである。若くして家督を譲られたにもかかわらず、奢りが微塵も感じられない。
*
程なくして、ゴルド卿の邸宅に着いた。俺にとっての冒険の始まりの地である。次に戻ってくる時は目的を果たした後だと思っていたのだが。
馬を降りて門を潜ろうとすると、一匹の白い狼……いや、大型犬が飛びついてきた。とはいえ、攻撃的な様子はない。俺の足元にじゃれついて来る。
「こら!アルフ……って、トムさん?!それにみんなも!」
「久しぶりだな。恥ずかしながら戻って来た」
「もう。パーティは一旦解散したんだから、今さら恥もなにもないでしょう」
エレナが言う。
「それに、私の予想通りみたいね」
彼女は、白い大型犬……アルフに目をやるとそう言った。狼と未間違えたという時点で俺もなんとなく察しがついたのだが、皆が集まってから詳しく話すつもりなのだろう。
「この子、アランの家で飼っていた子よね?」
2年前の旅立ちの時には、まだほんの子犬だったのを思い出す。
「はい!拾った頃はすごくちっちゃい子犬だったんですけど、しばらく見ないうちにすっかり大きくなっちゃって。今では若様が猟犬として訓練しているという話ですよ」
「やっぱりね……私の予想は当たったかも。おじさまはおられるかしら?色々とわかったことがあるから、作戦会議といきましょう」
こうして、執務室にいたゴルド卿を呼び出し、7人での会議が始まった。
***
【一般用語集】
『犂』
家畜に引かせて畑を耕したり、畝《うね》を立てたりする農具。
日本語では同訓異字の「鋤《すき》(スペード/スコップ/シャベル/踏みすき)」と混同されるが、家畜に引かせるか人間が持つかで使い分ける。
『畝』
畑に作物を植えるために、帯状に盛った土のこと。
『燕麦』
オーツ麦。オートミールの原料。
本作にたびたび登場する「麦粥」は、これか大麦から作られる。
『輪作』
同じ農地で複数種類の作物を特定のローテーションで栽培すること。連作障害を防ぎ、収穫を安定させる効果がある。
『緑肥』
土を肥やす目的で植えられる作物。収穫せずにそのまま土にすき込んで新たな作物を植える。
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「《獣使い》と呼ばれる俺は今日も相棒の狼っ娘とともに冒険と夜の戦いに精を出す」(注:R18)の前日譚に相当する物語です。
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