トムとライラの道中記 ~挫折ヒーラーとウェアウルフ少女の物語~

矢木羽研

文字の大きさ
上 下
27 / 43
本編

田園

しおりを挟む
中央都市から西を目指す旅は順調に進んだ。このあたりは国の穀倉地帯であり、荷馬車の往来が多いために街道が整備されている。それを守るための騎士も定期的に巡回しているので、魔物や野盗も鳴りを潜めているのである。

形ばかりの関所を抜けると、既にゴルド卿の領内である。街道の両側には畑が広がっており、牛にすきを引かせてうねを立てたり、種をまいている光景が見える。

「種まきが始まっているな」

エルに話しかける。俺の生まれは農村だが、子供の頃に孤児として神殿に引き取られたので農作業の記憶はあまりない。だが神殿にいたころは、種まきの時季になるたびに豊穣の祈りを捧げるために畑に出向いていたので農業にも詳しくなった。ゴルド卿との縁もそれが始まりである。

「ああ、春まきの燕麦えんばくか。今年も豊作だといいな」

この地域において、燕麦は冬の小麦を収穫した後の輪作で栽培される。領内において、土地に応じた3年あるいは4年周期の輪作りんさくを徹底したのはゴルド卿の代であると聞いた。おかげで収穫は安定して豊かになったので、農民からは領主として非常に敬愛されている。

*

少し進むと、見慣れた家紋の入ったマントを付けた人物が見えた。背格好からするとゴルド卿のご長男にして現領主のようだ。農夫と話をしている。

「ごきげんよう」
「やや、あなた方は。父でしたら在宅だと思いますよ」
馬から降りてあいさつをすると丁寧に応対してくれた。

「それにしても、見事な畑ですね」
見渡す限り、種まき前後の茶色い土と、白詰草しろつめくさ(家畜の飼料にして緑肥りょくひであり蜂蜜の源でもある)が可憐な花を咲かせている緑地がまだらに広がっている。2年前は荒れ地が目立っていたのだが、今ではしっかり農地として整備されているようだ。

「ええ、近年は移民も増えて働き手が多くなりましたからね」
「本当に、若様は私らのために良くしてくださりますよ」
年老いた農夫が言う。既に二世殿は領主を継いでいるので、本来なら「領主様」とか「お館様」とでも呼ぶべきである。しかし、彼はまだまだ未熟者だとして「若」呼ばわりを甘受しているという話を聞いている。実際、年齢はまだ20代の半ばである。

「宅までお連れいたしましょうか?」
「いえ、お構いなく。お忙しいようですので我々はこれで失礼します」

おそらく、近隣の農家を一軒一軒尋ねて様子を聞いているのだろう。民思いには脱帽するばかりである。若くして家督を譲られたにもかかわらず、おごりが微塵も感じられない。

*

程なくして、ゴルド卿の邸宅に着いた。俺にとっての冒険の始まりの地である。次に戻ってくる時は目的を果たした後だと思っていたのだが。

馬を降りて門を潜ろうとすると、一匹の白い狼……いや、大型犬が飛びついてきた。とはいえ、攻撃的な様子はない。俺の足元にじゃれついて来る。

「こら!アルフ……って、トムさん?!それにみんなも!」
「久しぶりだな。恥ずかしながら戻って来た」

「もう。パーティは一旦解散したんだから、今さら恥もなにもないでしょう」
エレナが言う。
「それに、私の予想通りみたいね」
彼女は、白い大型犬……アルフに目をやるとそう言った。狼と未間違えたという時点で俺もなんとなく察しがついたのだが、皆が集まってから詳しく話すつもりなのだろう。

「この子、アランの家で飼っていた子よね?」
2年前の旅立ちの時には、まだほんの子犬だったのを思い出す。
「はい!拾った頃はすごくちっちゃい子犬だったんですけど、しばらく見ないうちにすっかり大きくなっちゃって。今では若様が猟犬として訓練しているという話ですよ」
「やっぱりね……私の予想は当たったかも。おじさまはおられるかしら?色々とわかったことがあるから、作戦会議といきましょう」

こうして、執務室にいたゴルド卿を呼び出し、7人での会議が始まった。

***

【一般用語集】
すき
家畜に引かせて畑を耕したり、畝《うね》を立てたりする農具。
日本語では同訓異字の「鋤《すき》(スペード/スコップ/シャベル/踏みすき)」と混同されるが、家畜に引かせるか人間が持つかで使い分ける。

うね
畑に作物を植えるために、帯状に盛った土のこと。

燕麦えんばく
オーツ麦。オートミールの原料。
本作にたびたび登場する「麦粥」は、これか大麦から作られる。

輪作りんさく
同じ農地で複数種類の作物を特定のローテーションで栽培すること。連作障害を防ぎ、収穫を安定させる効果がある。

緑肥りょくひ
土を肥やす目的で植えられる作物。収穫せずにそのまま土にすき込んで新たな作物を植える。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

女神様、もっと早く祝福が欲しかった。

しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。 今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。 女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか? 一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...