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本編
邂逅
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朝日を背に俺は進む。今日中に森林帯を横断する予定だ。
森林帯は南北に細長く、街道は森林を大きく迂回しているが、直接横断する近道もある。
荒れた道なので馬は使えないが、旅慣れていれば馬で街道を迂回するよりも徒歩で直通したほうが早くなり、なにより安上がりだ。
当然危険は大きいのだが、冒険者にとっては取るに足らない魔物しかいない。俺一人でも問題はないだろう。
宿屋の少年にもらった腸詰め入りの黒パンを食らいつつ、のんびりと足を運んだ。
さすがに少年が自慢するだけあって絶品だ。麦粥もそうだったが香草の加減が絶妙なのだろう。
機会があれば再訪して季節ごとの名物料理でも食べてみたいところだ、等と呑気なことを考えていた。
しかし、俺の見立ては甘かった。確かに魔物には苦戦しなかったが、川にかかる橋が流されていたのである。
橋が落ちること自体はそれほど珍しいことではなく、魔術師がいれば《浮遊》で軽く飛び越えられる距離である。
実際、ここを飛び越えたことは何度かあるし、他の冒険者パーティと協力して橋を修理したこともある。
だが、俺一人だけではどちらの手段も使えない。いつもの習慣で渡れて当然だと思いこんでいたのだ。
仕方なく、他に渡れそうなところを探して南に向かって川沿いを歩くことにした。最悪でも街道まで南下すれば良い。
だがこれも失敗だった。川幅はほとんど変わらず、もちろん橋もないので渡れそうなところはない。
遠回りになったとしても、元の道を引き返して街道との分かれ道まで戻るべきだった。
気付いたときには既に深入りしすぎていた。早く中央都市に戻りたいという焦りが初歩的なミスを連発させてしまったのだろう。
《照明》が使えるとはいえ、なるべくなら法力を温存して明るいうちに野営場所を探しておきたい。
川沿いは比較的開けていて歩きやすかったことだけが救いである。
幸いにして、俺が入れるくらいの大きなウロのある木を見つけることができた。
周囲の枯れ葉をかき集めて少しでも快適な寝床を作ることにする。枯れ枝も集めて焚き火も起こした。
そして、今度こそ基本に忠実に《障壁》と《警報》の呪文で安全を確保し、俺はようやく一息ついた。
夜半過ぎ頃、《警報》が反応して飛び起きた。しばらくすると、不吉な音が聞こえてきた。
"メキッ…………ペキッ"
距離はまだ遠いようだが、力任せに木をへし折っているような音だ。
"ペキッ……ベキッ"
再び同じ音が聞こえた。先ほどより近づいている。
"ベキッバキッビキッ!!"
今度は衝撃まで感じることができた。明らかにこちらに向かっている。俺は急いで戦闘の準備をする。
「《加速》!《剛盾》!」
盾を手に取ると真っ先に自己強化呪文を唱え、そして素早く駆け出す。
一度通ったばかりの道は暗くても走ることくらいはできる。そして川に沿って少し移動したところで奴を待ち伏せる。
……来た!
「《照明》!」
敵の姿を確認すると同時に、少しでも目くらましに期待して光を放った。
正体はトロルのようだ。人間の匂いに釣られたようだが、このあたりの地上に出たという報告は聞いたことがないぞ!?
だが、今の俺にとって勝てない相手ではない!
「《風刃》!」
神官の使える数少ない攻撃呪文である。奴が怯んでいる隙に接近し、右手で印を結んで奴の足首めがけて放つ。狙いは外さず、骨は断てずとも左脚の踵の腱を切断し、奴は崩折れた。
しかし戦意は失っていない。トロルの生命力は極めて高いのだ。俺は敢えて真正面から突撃する。
奴は右足と左手を支えにして、右手の棍棒を俺めがけて振り下ろす。それを《剛盾》で強化された盾を両手で構えて受け止める。呪文の効果で衝撃はほとんど受けない。
「喰らえ!《風刃》!」
奴が予想外の手応えに困惑している隙に盾を捨て、至近距離から放った風の刃で喉を深くえぐると、頭部が後ろに仰け反った。
「とどめだ!《聖炎》!」
《風刃》と並び、神官に許された数少ない攻撃呪文を切り口に放ち、内側から頭部を焼き尽くす!
やがて炎は胴体にも及び、完全に焼失したのを確認すると、俺はようやく一安心した。
それにしても神官にとっては極めて相性の悪い戦いだった。
トロルは頭さえ生きていれば再生してしまう恐ろしい化け物で、内部から焼き尽くさない限り死ぬことはない。
体はそれほど硬いわけではないので、ゴルド卿とアランがいたならあっという間に四肢を切り刻んだ後、エレナかイザの炎であっさりとどめを刺せただろう。
俺の得物のメイスではろくにダメージを与えられないので、燃費の悪い《風刃》と《聖炎》に頼らざるを得なかった。同じ戦い方ではあと1戦持つかどうかも怪しい。
あらためて仲間のありがたみを知り、そしてイザからの餞別である『火炎のロッド』を受け取らなかったことを後悔した。
幸いにして、2体目はいないようだ。ひとまず寝蔵に戻ることにしよう。ウロ穴も無事のようだ。
《障壁》《警報》を張り直し、敷き詰めた枯れ葉の中に潜り込もうとすると、温かい感触があった。
枯れ葉を払うと、1匹の大きな犬……いや、狼が姿を現した。
***
【用語集】
《障壁》
術者を中心とした半径数メートルに物理的なバリアを形成する法術。持続時間は強度と反比例する。
一枚板というよりは細かい格子状の構造で、空気や水・炎などは素通しする。
今回かけたのは虫や蛇を避ける程度の強さのものであり、夜明けくらいまでは持続する。
ただし強度や時間に関係なく、術者が範囲から出ると効果が消失する。
《警報》
術者を含む一定範囲内に侵入した者が現れた場合にそれを知らせる法術。
音が鳴るタイプと、音は鳴らずに術者にのみ感知できるタイプを使い分けることが可能で、今回は後者を使用。
また、ある程度の感度を調整することもできる。細かすぎると虫1匹にすら反応してしまう。
今回の話では、川向こうは無視して半円状に張った上に、感度を下げたので数十メートル先まで効果が及んでいた。
一度張った効果範囲を動かすことはできない上、術者が範囲内から出ると効果は消失するので移動中の警戒には向かない。
森林帯は南北に細長く、街道は森林を大きく迂回しているが、直接横断する近道もある。
荒れた道なので馬は使えないが、旅慣れていれば馬で街道を迂回するよりも徒歩で直通したほうが早くなり、なにより安上がりだ。
当然危険は大きいのだが、冒険者にとっては取るに足らない魔物しかいない。俺一人でも問題はないだろう。
宿屋の少年にもらった腸詰め入りの黒パンを食らいつつ、のんびりと足を運んだ。
さすがに少年が自慢するだけあって絶品だ。麦粥もそうだったが香草の加減が絶妙なのだろう。
機会があれば再訪して季節ごとの名物料理でも食べてみたいところだ、等と呑気なことを考えていた。
しかし、俺の見立ては甘かった。確かに魔物には苦戦しなかったが、川にかかる橋が流されていたのである。
橋が落ちること自体はそれほど珍しいことではなく、魔術師がいれば《浮遊》で軽く飛び越えられる距離である。
実際、ここを飛び越えたことは何度かあるし、他の冒険者パーティと協力して橋を修理したこともある。
だが、俺一人だけではどちらの手段も使えない。いつもの習慣で渡れて当然だと思いこんでいたのだ。
仕方なく、他に渡れそうなところを探して南に向かって川沿いを歩くことにした。最悪でも街道まで南下すれば良い。
だがこれも失敗だった。川幅はほとんど変わらず、もちろん橋もないので渡れそうなところはない。
遠回りになったとしても、元の道を引き返して街道との分かれ道まで戻るべきだった。
気付いたときには既に深入りしすぎていた。早く中央都市に戻りたいという焦りが初歩的なミスを連発させてしまったのだろう。
《照明》が使えるとはいえ、なるべくなら法力を温存して明るいうちに野営場所を探しておきたい。
川沿いは比較的開けていて歩きやすかったことだけが救いである。
幸いにして、俺が入れるくらいの大きなウロのある木を見つけることができた。
周囲の枯れ葉をかき集めて少しでも快適な寝床を作ることにする。枯れ枝も集めて焚き火も起こした。
そして、今度こそ基本に忠実に《障壁》と《警報》の呪文で安全を確保し、俺はようやく一息ついた。
夜半過ぎ頃、《警報》が反応して飛び起きた。しばらくすると、不吉な音が聞こえてきた。
"メキッ…………ペキッ"
距離はまだ遠いようだが、力任せに木をへし折っているような音だ。
"ペキッ……ベキッ"
再び同じ音が聞こえた。先ほどより近づいている。
"ベキッバキッビキッ!!"
今度は衝撃まで感じることができた。明らかにこちらに向かっている。俺は急いで戦闘の準備をする。
「《加速》!《剛盾》!」
盾を手に取ると真っ先に自己強化呪文を唱え、そして素早く駆け出す。
一度通ったばかりの道は暗くても走ることくらいはできる。そして川に沿って少し移動したところで奴を待ち伏せる。
……来た!
「《照明》!」
敵の姿を確認すると同時に、少しでも目くらましに期待して光を放った。
正体はトロルのようだ。人間の匂いに釣られたようだが、このあたりの地上に出たという報告は聞いたことがないぞ!?
だが、今の俺にとって勝てない相手ではない!
「《風刃》!」
神官の使える数少ない攻撃呪文である。奴が怯んでいる隙に接近し、右手で印を結んで奴の足首めがけて放つ。狙いは外さず、骨は断てずとも左脚の踵の腱を切断し、奴は崩折れた。
しかし戦意は失っていない。トロルの生命力は極めて高いのだ。俺は敢えて真正面から突撃する。
奴は右足と左手を支えにして、右手の棍棒を俺めがけて振り下ろす。それを《剛盾》で強化された盾を両手で構えて受け止める。呪文の効果で衝撃はほとんど受けない。
「喰らえ!《風刃》!」
奴が予想外の手応えに困惑している隙に盾を捨て、至近距離から放った風の刃で喉を深くえぐると、頭部が後ろに仰け反った。
「とどめだ!《聖炎》!」
《風刃》と並び、神官に許された数少ない攻撃呪文を切り口に放ち、内側から頭部を焼き尽くす!
やがて炎は胴体にも及び、完全に焼失したのを確認すると、俺はようやく一安心した。
それにしても神官にとっては極めて相性の悪い戦いだった。
トロルは頭さえ生きていれば再生してしまう恐ろしい化け物で、内部から焼き尽くさない限り死ぬことはない。
体はそれほど硬いわけではないので、ゴルド卿とアランがいたならあっという間に四肢を切り刻んだ後、エレナかイザの炎であっさりとどめを刺せただろう。
俺の得物のメイスではろくにダメージを与えられないので、燃費の悪い《風刃》と《聖炎》に頼らざるを得なかった。同じ戦い方ではあと1戦持つかどうかも怪しい。
あらためて仲間のありがたみを知り、そしてイザからの餞別である『火炎のロッド』を受け取らなかったことを後悔した。
幸いにして、2体目はいないようだ。ひとまず寝蔵に戻ることにしよう。ウロ穴も無事のようだ。
《障壁》《警報》を張り直し、敷き詰めた枯れ葉の中に潜り込もうとすると、温かい感触があった。
枯れ葉を払うと、1匹の大きな犬……いや、狼が姿を現した。
***
【用語集】
《障壁》
術者を中心とした半径数メートルに物理的なバリアを形成する法術。持続時間は強度と反比例する。
一枚板というよりは細かい格子状の構造で、空気や水・炎などは素通しする。
今回かけたのは虫や蛇を避ける程度の強さのものであり、夜明けくらいまでは持続する。
ただし強度や時間に関係なく、術者が範囲から出ると効果が消失する。
《警報》
術者を含む一定範囲内に侵入した者が現れた場合にそれを知らせる法術。
音が鳴るタイプと、音は鳴らずに術者にのみ感知できるタイプを使い分けることが可能で、今回は後者を使用。
また、ある程度の感度を調整することもできる。細かすぎると虫1匹にすら反応してしまう。
今回の話では、川向こうは無視して半円状に張った上に、感度を下げたので数十メートル先まで効果が及んでいた。
一度張った効果範囲を動かすことはできない上、術者が範囲内から出ると効果は消失するので移動中の警戒には向かない。
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「《獣使い》と呼ばれる俺は今日も相棒の狼っ娘とともに冒険と夜の戦いに精を出す」(注:R18)の前日譚に相当する物語です。
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この子のおかげで作家デビューできました
ありがとうルーク、いつか日の目を見れればいいのですが
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