短編小説集:いつまでも愛してね

矢木羽研

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熊くんが見てる ★

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「この部屋に入るの、久しぶりかも」
「そう、だね……」

ここは彼女の部屋。幼稚園から一緒の幼馴染である。今日僕たちは高校を卒業して、クラスの打ち上げパーティも終えて、二人きりでここにいる。彼女のご両親は気を利かせて家を空けており、明日まで帰ってこないという。

「あのさ、うちの親にも聞いたけどお泊りOKだって」
「それじゃ、……朝まで一緒にいられるね」

お互いに照れくさくて本題に入れないのだが、つまりこれから、たぶん僕たちは初めてのセックスをするということだ。とはいえ、まだ軽いキスをするのが精一杯の関係であり、どうしたらいいのか勝手がわからない。

「あ、あのぬいぐるみ懐かしいな」
話題に困って視線をきょろきょろさせると、本棚の上に熊のぬいぐるみを見つけた。小さい頃、一緒にままごと遊びをしたような気がする。
「そうだね。あの子が子供の役で、私たちがお母さんとお父さんで……」

そこまで言うと彼女は恥ずかしそうに黙ってしまった。子供の遊びとは言え、当時から夫婦を疑似体験していた。なんとなくだけど、将来は結婚すると思っていた。周囲に仲の良さを囃し立てられながらも、本格的に男女として付き合ったのは、高校3年生になってようやくのことだったけれど。

「ねえ、私たち、将来結婚すると思う?」
「そりゃ、お互い好きで付き合ってるんだし、このまま無事に行けば……」
「結婚したら、その……赤ちゃん欲しい?」
「……うん」

ふと、現代社会の授業で先生が口にしたことを思い出す。日本は少子化とは言うものの、その主な要因は非婚化であり、夫婦が産む子供の数はここ数十年間でほとんど減っていないらしい。つまり、いかにライフスタイルが変わろうとも、結婚したからには子供を作る夫婦というのは、未だに圧倒的に多数派なのである。もちろん僕も、好きな人には自分の子供を産んで欲しいと思う。

「私も赤ちゃん欲しい。でも、そのためには、しなきゃいけないことがあって……」
彼女は照れくさそうに目を逸らしながら、セックスをほのめかす。
「だからね。今日これからするのは、そ、その予行練習というか……」

彼女はしどろもどろになる。頬が赤いのは差し込む夕陽のせいだけではないだろう。

「うん。僕も、ずっとそうしたいと思ってた」

僕はベッドに腰掛けていた彼女の手を取って立ち上がらせ、正面からそっと抱きしめた。

「……っ!」
「ほら、あそこが硬くなってるでしょ?今すぐにでも君を襲っちゃいたいって思ってる」
僕の股間は制服越しでもわかるくらい膨らんでいて、それを押し付けると、彼女はびくっと体を震わせた。
「う、ん……。私も、……して欲しいと思ってる」

僕は彼女の制服のブレザーに手をかけた。一瞬彼女は震えたが、決して拒まずに受け入れてくれた。ブラウス、インナー、スカートと脱がせていき、あっという間に彼女はブラとショーツのみの姿になった。今日のために用意していたかのような真新しい下着は、白くて清楚なデザインだった。

「ねえ、私だけ恥ずかしいな」
「あ、ごめん」

彼女に言われて、僕は急いで服を脱いだ。一度家に帰ってから着替えてきたのでパーカーにジーンズという普段着である。ついでにシャワーを浴びて下着も新品に履き替えてきた。ちょっと高めのブランド物のボクサーパンツである。

「ふふ、いい匂い。……私だけ汗臭くて恥ずかしいかも」

彼女は僕の、ボディソープの香りがする胸元に顔を擦り付けながら言う。

「大丈夫、全然気にしないから」

実際、彼女から不快な匂いは一切しない。制汗スプレーなのか、ほんのりと柑橘系の匂いがするので、彼女なりに気を使っているのだろう。

「んっ……」

お互い下着だけの姿になった僕たちは改めてキスをする。まだ大人のキスというのは数えるほどしかしたことがないけれど、今日はいつもより激しく、お互いに舌を絡ませて。

「っぷはぁ、はぁ……」

唇が離れる。改めてお互いに見つめ合っていると、彼女が口を開く。

「ねえ、私たちこれから……するんだよね?」
「怖くなった?やっぱりまだ早かったかな」
「そうじゃないの!でも、なんだか落ち着かないというか……」

彼女が目を泳がせる。その視線の先には例の熊くんがいた。

「そうか、子供がいるからかもね」

僕はふと思いついて立ち上がり、本棚の上にいたぬいぐるみを抱える。そしてドアを開き、部屋の外に出した。

「今からは大人の時間だから、ちょっとこの子には外に出てもらわないと」
「ふふふ。あなた、だーい好きっ!」

彼女はそう言って僕に抱きついてきた。「あなた」と呼ばれたのは、子供の頃のままごと以来の気がする。そう、あの頃は妻は夫のことを「あなた」と呼ぶものだと思っていたものだ(お互いの両親も含めて、実際にそういう夫婦は漫画やドラマ以外で見たことがないけれど)。あの頃のままごとの続きとして、そして将来の夫婦生活の予行練習として、僕たちはベッドの上で一つになった。

**

「ごめんね、お部屋から出しちゃって」

一通りの行為を終えて一息ついたあと、彼女はドアの外に閉め出されていた熊くんを連れてきた。ベッドの上で抱きしめて、優しく頭を撫でている。裸の胸元に口元を当てるその姿は、まるで赤ちゃんに授乳するようだった。

「そうだ、うちのパパとママも今ごろ二人っきりで楽しんでるのかなぁ」

彼女は、僕の前でだけ両親のことを「パパ」「ママ」と呼ぶ。それが妙にかわいくて僕は好きだ。

「そう、かもね」

親たちのセックスというのはあまり想像したくないが、現実的に考えてみるとまだ40代で、枯れるには早い。彼女のご両親は卒業式から帰ってくると、すぐに出発したという。温泉旅行を楽しむそうだ。

「二人きりで旅行するのは新婚旅行以来って言ってたもん。やっぱり夫婦だけの時間っていうのも必要だと思うの」
「確かに、子供がいたらできないことも多いだろうな」

僕は両親が歩んできた道のりに思いを馳せる。3人の子供を産み育てて、苦労もいっぱいあっただろう。

「ねえ、いつか私たちにも本当の赤ちゃんができるのかなぁ?」
「そうだね、できるといいな」
「あー、早く結婚したい!大学なんて行かなきゃよかったかも」
「ちょ、ちょっと待ちなよ、まだ僕たちは付き合ったばかりじゃないか」

早くも母親モードになっている彼女をたしなめながら言った。

「せっかく同じ大学に受かったんだから。今しかできないこともたくさんあるよ、きっと」
「そうだよね。それじゃ改めて、不束者ですがよろしくお願いします!」

こうして、二人はあらためて幸せなキスをした。もっとも、二人の夜はまだまだ終わりそうにない。
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