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サキュバスだって甘酸っぱい恋をしたい

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その日、僕は股間の違和感とともに目を覚ました。
まさかこの歳にもなって寝小便か?!と思ったが、布団は濡れていない。手で股間を触ってみると、ぬるりとした感触がまとわりつく。
そうか、これが「夢精」というやつか。ついに僕も男になったんだな。

外はまだ暗く、家族は誰も起きていない。
精液はシミになりやすいからすぐに洗ったほうがいいと友達から聞いたことがある。
僕はこっそりと風呂場に行き、汚れたパンツとパジャマを水洗いして洗濯機に放り込んだ。
そして汚れた体を残り湯で洗い流し、タオルで拭いて新しいパンツに着替えると寝床に戻った。

そして、いつも通りの朝を迎える。いつも通りに身支度をして、家族に挨拶をして、朝食を済ませて学校に行く。
「おはよう……あら?」
隣に住む幼なじみの女子と一緒に学校に行くのもいつも通りなのだが、なぜか彼女の雰囲気だけがいつもと違う気がした。
「おはよう……どうしたの、なんかにやにやしてるけど」
「え、私そんな顔してる?!」
「してるよ。何かいいことでもあったの?」
落ち込んでいたり怒っているわけではないので心配することはないのだが、直感的にいつもとは違う顔だと思った。
「いいこと、かあ。むしろ、君のほうがいいことあったんじゃないの?」
まさか夢精に気付かれている?そんなはずはない。ちゃんと洗って着替えたので臭いは残っていないはずだ。
「べ、別にそんなことないけど……」
「まあいいわ。私にはわかってるから」
彼女は意味深なことを言ったが、そこから先の会話はいつも通り。他愛も無いテレビやゲームの話だ。

「ねえ、今日は一緒に帰らない?」
それぞれの教室に入るところで、彼女がつぶやいた。
彼女とは別のクラスなので、普段はそれぞれバラバラに帰る。
偶然一緒になることも多いのだが、彼女のほうから先にそう言うのは珍しい。
「いいけど、委員会の資料作りがあるから少し遅くなるよ」
「大丈夫、私待ってるから」
僕はドキっとした。女の子にこんなことを言われたのは初めてかもしれない。もしかしたら告白とかされちゃうんだろうか?

学校は嫌いではないが、今日ほど一日が長く感じた日はなかった。
早く放課後にならないかな、と思いながら授業を受けていたのですっかり上の空だ。
先生に指された時、教科書の読み上げるページを2回も間違えたので笑われてしまった。
しかしぼーっとしてばかりではいられない。委員会の仕事は少しでも早く終わらせたかったので、休み時間を使って進める。
その甲斐もあって、帰りのホームルームが終わってから30分もかからずに完成させることができた。

**

「お待たせ」
彼女は約束通り、正門の脇で待っていた。
「お疲れ様。早かったね」
「うん、早く一緒に帰りたかったから」
「ほんと?……嬉しい」
彼女は僕の手を取って歩き出したが、他の生徒もいる前ではさすがに恥ずかしいので振り払ってしまった。
「……ケチ」
「ごめん」
「まあいいわ、一緒に帰ってくれるだけで嬉しいもん」
彼女はとても上機嫌だ。ただ、嬉しいのはわかるのだが、いつもとは雰囲気がなんとなく違うような気がしてならなかった。

「ほら、上がって」
「お邪魔します……」
彼女の家に上がるのは久しぶりのような気がした。小さい頃はよく遊びに行ってたのに。
記憶にあるよりもずいぶんと大人っぽいというか、落ち着いた部屋になったように見える。
「あのさ、サキュバスって知ってる?」
ベッドに腰掛けた彼女が僕に尋ねてくる。
「サキュバス?悪魔系モンスターだっけ」
RPGなどで聞いたことがある。確か女性型の悪魔だったはずだ。
「そう、そのサキュバスなんだけど、私がサキュバスの血を引いてる、って言ったら信じる?」
「……は?」
僕は困惑した。占いやおまじないなどの女の子向けオカルトすら信じていなかった彼女からそんな言葉が出るなんて。
「いきなり言って信じられないのも無理ないわ。でもサキュバスには特殊な感覚ってのがあってね」
「特殊な感覚?」
「うん、例えば君が"大人"になったこと、今朝顔を合わせたときにすぐわかったの」
今朝の彼女の反応は、やはり僕の夢精とは無関係ではなかったようだ。

「ど、どういうことだよ」
「……精子、出せるようになったんでしょ。精通っていうんだっけ」
素直に認めるのが恥ずかしかったのではぐらかそうとしたが、彼女ははっきりと言った。
「当たりみたいね。これがサキュバスの力よ」
「ああ、確かに精通したけど、それがどうかしたの?」
「ふたりとも大人になったんだから、これで"契約"ができるってこと」
「け、契約?!」
またもや彼女の口からわけのわからない言葉が飛び出してくる。
「ねえ、サキュバスがどういう悪魔だか知ってる?」
「えーと、混乱とか体力吸収とか、そんな感じの技を使ってきたっけ」
「まあ、ゲームで再現するならそうなるのかもね。本来は誘惑と、精子をエネルギーとして吸い取ること」
彼女は僕に顔を近づけながら説明をした。
「といっても、今の私たちにはそんな力はないんだけどね。でも一族の掟というのは今も残ってるの」
「掟?それが契約ってのと関係あるの?」
「さすが、理解が早いわね。むやみに誘惑して社会がめちゃくちゃになるのを防ぐために、契約した人とだけ……その……交わる決まりなの」
交わる、つまりセックスをするということか。そこの部分だけ恥ずかしそうにする彼女がかわいい。

「ねえ、私のこと好き?私は君のことが好き」
「僕も好きだよ。でも友達として好きで、そういうことはまだ……」
口を濁す僕に、彼女は肩を寄せてくる。柔らかな髪の毛が僕の頬に触れる。
「嘘。君は私のことを女として見てる」
「え?!」
「私にはわかるんだよ。ただの友達にはこんなにドキドキしないでしょ」
その通りで、とっくに彼女のことを異性として意識している。サキュバスの感覚に頼るまでもなくお見通しだろう。
「お願い、私と"契約"して」
「さっきから言ってるけど、"契約"って具体的にどういうことなんだよ。魂を取られたりするの?」
いくら幼なじみとはいえ、悪魔に魂を売るのはさすがに御免だ。
「お互いがお互いを自分のモノにする。つまり他の人と……エッチ、したりできなくなるってことかな」
エッチをする、という言い回しに照れくささを感じているのがかわいいが、それはそれとして"契約"の正体は気になる。
「……もし破ったら?」
「別に死んだり呪われたりするわけじゃないわ。ただ、もしどちらかが浮気したらすぐバレるわね」
「バレたらどうなるの?」
「……泣いちゃうかも」
「……ぷっ」
僕は思わず吹き出してしまった。
「ひどーい、笑うなんて!」
「ごめんごめん、なんか可愛かったから。大丈夫、僕は泣かせたりしないよ」
「本当?嬉しい……」
彼女は僕に抱きついてきた。
「それじゃ、"契約"してくれる?」
「うん。最後に確認するけど、他に隠してることはないよね?」
「もちろん。長い付き合いだし、私が嘘をつけないって知ってるでしょ」
「そっか、良かった」
その一言で、"契約"への抵抗感は消えた。悪魔だろうがなんだろうが、目の前にいるのは僕の大事な幼なじみなのだ。

「それで、"契約"ってどうやるの?」
もしかして、セックスしちゃったりするのだろうか。
「えっとね、誓いの言葉をお互いに伝えて、キスするの」
「……それだけ?」
「うん。……もっとエッチなこと期待してたでしょ?」
すっかり本心を見透かされてしまっている。
「ねえ、『僕は君のモノになる』って言って」
彼女は僕の手を取って言った。
「うん。僕は君のモノになる」
「私も君のモノになる」
彼女はそう言うと目を閉じ、その柔らかい唇を僕の唇にそっと重ね合わせた。
「ありがとう。これでずっと一緒だよ……あっ……」
「どうしたの?!」
彼女が突然甘い声を出した。
「大丈夫。これで"印"が刻まれたみたい」
そう言うと彼女はスカートをめくり上げた。臍の下あたりにピンク色に光る文様が浮かび上がっており、やがて消えていった。
「すごい、本当にサキュバスなんだ……」
これがサキュバスの力なのか僕にはよくわからないが、とにかく普通ではない事が起こっているのはわかった。

「……あ、いつまで見てるの、エッチ」
彼女は水玉模様のパンツが丸見えになっていたことに気づいてスカートを下ろした。
「あ、ごめん!」
「うふ、いいよ。だって私は君のモノなんだもん。……もっとエッチなことお願いしてもいいんだよ?」
「……いや、我慢するよ」
本当はしたい。でも、うまくできる自信が無い。そもそもまだ射精の仕方もわからない。
自分の体のことも、女の子の体のこともまだ全然知らない。
「僕たちにはまだ早いと思うんだ。それに、"契約"をしたならお互いに焦ることもなさそうだし」
「ふーん、私のこと大事にしてくれるんだ。嬉しいっ」
そう言いながら、彼女は僕に肩を寄せてきた。本当にかわいい。守ってあげたい。
「それに、そろそろこの時間だと……」
ぴんぽーん♪僕が言い終わる前に玄関の呼び鈴が鳴った。
彼女の母親がパートを終えて帰宅するのがいつもこの時間なのだ。学校帰りによく会うのですっかり覚えてしまった。

「お母さん、お帰りなさい!」
「どうも、お邪魔してます」
母親に挨拶するため、ドアの鍵を開ける彼女に付いていった。
「あら、あなた達……!」
出迎えられた母親は、僕たちを見て何かを察したようだ。
彼女がサキュバスの血を引いているということは、母親も同じなのだろう。
つまり、その特殊な感覚で僕たちに何が起こったのかを即座に理解したようだ。
「えへへ、"契約"しちゃった」
「まあ……でもこの子なら心配はなさそうね。これからもうちの子をよろしくね」
「は、はい!大事にします!」
"契約"の内容が本当ならば婚約宣言したようなものだ。僕たちだけで決めても良かったんだろうか。
「うん、本当に大事にしてくれるの。"契約"はしたけどそこから先はまだだし……」
「あらあら。"契約"したんだから無理しなくていいのよ」
「もう、お母さんったら!」
母親の前でこんな話を平然としているのを見るのは妙に恥ずかしかったが、僕を認めてくれるのは嬉しい。

***

「おはよう」
「おはよう、今日も頑張ろうね」

今日も僕たちは一緒に学校に行く。"契約"を交わしたが、日常に大きな変化があるわけでもない。
お互いの親に「付き合っている」と宣言はしたものの、うちの家族にはサキュバスの話はしていない。信じてもらえるわけがないと思ったから。
ただ、洗濯物を見て僕が精通を迎えたことは察しているようであり、避妊だけはしっかりしろと言われた。

「ねえねえ、例の新作買う?」
「あれかあ、うちの兄ちゃんが買うって言ってた」
「わーい、一緒に通信プレイしようね」
「でもあのシリーズ、ちょっと苦手なんだよなぁ」
「大丈夫、私が教えてあげるから」
大人たちの心配をよそに、相変わらず僕たちは年齢相応の健全なお付き合いをしている。

「おっす!相変わらず仲いいなあ」
自転車で通りがかったクラスの友達が冷やかしてくる。
「当たり前じゃん、ラブラブだもん」
彼女も悪ノリして僕の腕にしがみついてくる。
「へへん、いいだろ」
僕も悪ノリして仲の良さを見せつけてやる。
「ヒュー、見せつけてくるねえ。俺も彼女ほしいなあ」

悪友の背中を見送ると、僕のほっぺたに柔らかいものが触れ、すぐに離れた。
「えへへっ」
彼女は毎朝、人のいないタイミングを見計らってキスをしてくれる。
通学路ということもあり、誰かに見つからないかとヒヤヒヤするのだが、今のところは二人だけの秘密だ。
「さ、行こっか」
「うん!」
僕たちの青春は始まったばかりだ。
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