Hな短編集・ファンタジー編

矢木羽研

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吸血鬼メイドと姫始め

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 現代日本に潜む闇を狩る魔物ハンターの俺は、懐かれた吸血鬼の女の子をメイドとして雇っている。対価は血と……?!異種族ラブラブ現代ファンタジー!

 ※ノクターンノベルズにて完全版を公開しています。

 ***

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 彼女は赤と黒のメイド服をきっちりと着こなして俺を出迎えた。

「ああ、留守番ご苦労だった」

 クリスマスから元日にかけて急に入った仕事で大変だったが、なんとか無事に帰ってくることができた。

「ご主人様、お腹すきましたぁ……」

 彼女は珍しくも少し情けない声を上げる。

「一週間も待たせたからな。よく我慢した」

 俺は上着を緩めると、彼女は目を紅く輝かせて首筋に噛み付いてきた。

 ***

 俺は魔物ハンター。現代社会の影にはびこる魔物を調査・追跡し、時には捕獲、あるいは抹殺する。しかしハンターといえども無差別に魔物を狩るわけではない。復讐の連鎖は人間社会の秩序に重大な悪影響を与える。

 俺たちが狩るのは逸脱者。魔物の中でも人間を故意に襲う連中であり、同族からも処分の対象となる。そして、そのために魔物から雇われるのが、俺たち人間の魔物ハンターというわけだ。魔物といえども、現代においては人間社会との共存が不可欠だと彼らなりに判断しているのだ。

 今ではうちのメイドになっている吸血鬼についても、さる吸血鬼の大御所からの依頼で追跡をしていた。とある殺人事件に関与した疑いが持たれていたのだが、結果として無実であることがわかった。しかし長く俺に追われていたことで妙な感情が芽生えてしまったようだ。

「乙女の大事なところを見られてしまいました!責任とってください!」
「しかしなあ、俺が調査しなければお前は処刑されていたかも知れないんだぞ」

 犯人とされる吸血鬼の体には、刺青のような文様があるという話だったので裸体を確認する必要があったのだ。目的を告げると隠蔽される恐れがあったので、不本意だが覗き魔のようなことをしてしまった。

「結婚が無理ならメイドになります!こう見えても家事は得意なんです!」
「メイドか。しかし給料はろくに払えんぞ?」

 ハンターの収入は不安定だ。俺だって情報収集を兼ねたインターネット事業との兼業である。

「あなたの血を少しだけいただければ十分です。もちろん眷属にして支配したりなんかはしません!」

 眷属として人間を支配することは現代では吸血鬼の掟に反する。破ってしまえば逸脱者として処刑の対象だ。俺としても一人暮らしで家事が面倒なので、実質無料でメイドを雇えるのならばそれに越したことはない。

 なお、現金の代わりに生存に必要な血液を提供するのは、吸血鬼を雇用する場合において正当な対価だと認められている。魔物が人間を害するのが罪であるように、人間が魔物を不当に扱うことも罪なのである。

 そんなわけで、押しかけるような形だったが俺は彼女をメイドとして雇うことになった。今から数ヶ月前の話である。

 吸血鬼というのは伝統的に家事を得意とする。かつて「獲物」を屋敷に招いて安心させるための技術として必要だったためだ。現代の吸血鬼は同意するパートナーから血を分けてもらう穏健派が主流となったが、一族の伝統として家事能力は受け継がれている。

 さらに、その家事能力ゆえにパートナーとして求められるケースも少なくない。時代や目的が変われど吸血鬼の家事能力は重要な意味を持つのである。

 しかも、彼女はネット事業のほうも手伝ってくれる。吸血鬼はほとんど睡眠を必要としないのだ。おかげで収入も増え、彼女に現金給与を与えることもできるようになった。凝ったメイド服はそのお金で彼女自身が用意したものだ。

 ***

「もういいのか?」

 彼女はごく少量の血を吸っただけで牙を離した。舌で舐め取ると傷口はすぐに塞がる。少しとはいえ血を吸ったことで、すっかりいつもの調子を取り戻した。

「はい。……夜にじっくり堪能させていただこうと思いまして」

 同じ量の血を吸うにしても、ゆっくり時間をかけて吸うほうが充足度が高くなるようだ。吸血鬼の活力の多くを占めるのは精神的エネルギーなのでこの違いは重要らしい。

「ああ、好きに貪るといい」
「そんな、貪るだなんて……私はメイドの身。はしたないことは致しません」

 彼女は恥じらうような顔つきをするが、その瞳が妖しく輝いたのを俺は見逃さない。

「それより、ご主人様のためのお料理もございますよ」

 言われると急に腹が減ってきた。シビアな仕事で空腹も忘れていたのだ。台所から出汁のいい匂いが漂ってくる。

「お正月ですので、日本式にお雑煮とおせち料理をご用意致しました」

 澄んだ汁に焼いた餅と小松菜、人参、鶏肉が浮かんだ、俺に馴染みのある関東風お雑煮。重箱はうちにはないが、代わりの大皿には昆布巻、栗きんとん、伊達巻、黒豆、田作りなどの伝統的なおせち料理が並ぶ。

「お前、自分で作ったのか?!」

 彼女の出身は東欧なので地元の料理が多いのだが、作ろうと思えばだいたい何でも作ることができる。俺もときどき日本食をリクエストしていたが、正月料理まで拵えるとは思わなかった。思えば正月らしい食事をするのは何年ぶりだろうか。

「はい。初めての料理ばかりでお口に合うかはわかりませんが……」

 俺はまずお雑煮の汁に口をつける。よく出汁が取れており醤油の加減もちょうどいい。野菜も柔らかく煮込まれている。続いておせちに手を付ける。俺の好みに合わせてか甘さを控えた味付けだ。

「美味いな……」

 涙が出るほど美味い。長年忘れていた正月らしい暮らしだ。

「ありがとうございます!お酒もいかがですか?」
「ああ、いただこう」

 子供の頃はおせちが苦手だったが、酒を飲むようになってから好きになった。まして、彼女の料理ならばいくらでも酒が飲めそうな気がする。

「お正月ですので少し奮発して吟醸酒を用意致しました」
「いい判断だ。お前も呑んでいいぞ」

 吸血鬼というものは人間のような飲食は必要としないが、酒は好む者が多い。しかしワインやブランデーならまだしも、彼女のように日本酒を喜んで飲むのは割と珍しい方だとは思うのだが。

「では失礼致します」

 彼女は2つの猪口に酒を注ぐと俺の向かいに座った。

「乾杯。今年もよろしく」
「よろしくお願い致します。ご主人様」

「お風呂のご用意も出来ております」

 食事を堪能した俺に彼女が告げる。一升瓶を二人で空けたにも関わらず、顔が軽く紅潮した程度で言動に乱れはない。

「お背中をお流し致しましょうか?」
「それは遠慮しておく。入っている間に荷物の整理でもしておいてくれ」
「かしこまりました」

 俺は彼女に鞄を預けて風呂に入る。念入りに体を洗って一週間分の垢を落とし、ゆっくり湯船に浸かった。これから彼女に『食事』を与えるのだ。

「お待ちしておりました、ご主人様」

 風呂から上がると寝室で彼女が待っていた。俺はバスタオルを腰に巻いたままベッドに横たわる。

「待たせたな」
「それでは、いただきます」

 彼女は俺に覆いかぶさり、胸元に優しく噛み付いた。痛みは感じない。そしてゆっくり、ゆっくりと血を吸う。

「ああ……私は幸せです……」

 ときおり声を漏らしたり、舌でぴちゃぴちゃと音を立てながら彼女は俺を堪能する。俺も彼女の恍惚とした顔を幸せな気持ちで見守る。彼女には俺が必要なのだ。

「……ご主人様、食後のデザートもいただけますか?」

 俺の血を存分に堪能した彼女が、少し恥ずかしそうにそう尋ねる。

「ああ、もちろんそのつもりだ」
「それでは、失礼します」

 彼女はメイド服を着たままショーツの紐を解くと、ゆっくりと俺に跨ってきた。

 **

「それでは、ごちそうさまでした」

 彼女は、血液とは別の『食後のデザート』を堪能すると、俺を優しく抱きしめて口づけをした。

 吸血鬼の唾液には催淫と強精作用があると言われる。初めて彼女に血を吸われた後、俺の方が我慢できずに押し倒してしまった。当然、彼女としては想定済みだったようだが。結果として俺は彼女の家事能力のみならず、肉体の虜ともなってしまった。

「ご主人様、このままお休みになりますか?」
「ああ……」
「それでは、お体を拭いて差し上げますね。ごゆっくりお休みください」

 柔らかく暖かいタオルの感触と共に、俺の意識はまどろんでいった。

 ***

「おはようございます、ご主人様」

 彼女の声で起こされた。

「朝食の準備ができております」
「ああ、いただこう」
「お仕事のほうも記録をまとめておきましたので、後でご確認をお願いしますね」

 疲れた俺を気遣ってか、昨夜は仕事の話は敢えてしなかったのだろう。よくできたメイドである。

 身支度を整えている間、昨夜見た夢を思い出した。

「夢を見たんだ……お前が、俺に似た子供を抱いて微笑んでいる夢を」
「人間と吸血鬼の交わりは食事と同じこと。混血児が生まれるなんてただの伝説に過ぎません」

 昨夜、あれだけ俺と求め合っていた彼女は冷たく言い放った。

「確かにな。長年この仕事をしているが聞いたことすらないものなぁ」

 俺のように、吸血鬼と性的な関係を結んでいる人間は多いが、男女どちらの組み合わせでも子を成したという話は聞かない。

「私はご主人様にお仕えする、ご主人様は私にお恵みを下さる。それだけで私は十分なのです」

 人間の寿命は吸血鬼よりも短い。いずれ彼女も新しい『餌』を見つけるのだろう。俺はいずれ忘れられる。そう思うと途端に寂しくなった。

「なあ、俺達はいつまで一緒にいられるんだろうな?」
「先のことは誰にもわかりません。それに吸血鬼といえども不滅ではないので私が先に逝くかも知れません」
「そうだよな……」
「しかし、お約束いたします。私の命がある限り、ご主人様のお側にいつまでもお仕えすることを」

 彼女は俺の手を取り、甲に口づけをした。

「ああ、信じているよ」

 俺はそう答えて、彼女と唇を重ねた。
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