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少女の決意

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「私が、君のヌードモデルになってあげる」

 自ら決意していたこととはいえ、改めて声に出すとやはり恥ずかしい。
 私はこれから、クラスメイトの男子の前で裸になり、写真まで撮られてしまう。

 ***

 中学に入ってから、隣の席の男子と仲良くなった。といっても「付き合っている」というわけではない。勉強を教えてもらったり、よく好きな漫画や芸能人の話をする、それくらいの関係。ただ、彼はとても優しくて頭が良く、私の中にほのかな恋心のようなものが芽生えていた。

 数学のテストの答案返却日、私は落ち込んでいた。54点。かなりまずい。小学校の算数は得意だったのに、数学になってからは授業についていけていない。小テストの成績は下がる一方だし、初めての定期テストでもこの有様だ。

「あのー……大丈夫?」

 机に突っ伏して沈んでいる私を気遣ったのか、隣の席から声をかけてくれた。

「最悪……なんで私こんなに駄目になっちゃったんだろう」

 答案を見せながら、改めて自分の駄目さを実感する。彼は今回、数学の点数が学年で一番だったと先生に褒められながら答案を受け取っていた。五教科もそれ以外もまんべんなくこなすが、特に理数系が得意なのだ。

「あーあ、私も君みたいに数学ができればいいのになぁ」
「よかったら僕が教えてあげようか? 今日の放課後とか用ある?」
「ほんと?! ぜひお願い!」

 勉強を教えてくれる。いや、それ以上に彼と2人になれる。私は飛び上がるくらいうれしかった。

 *

「てっきり教室で教えてくれるんだと思ってたのに……」
「ごめんね、ペットの世話とかあるから早く帰りたかったんだ。どうぞ、上がってよ」

 むしろ、うれしいんだけどね。そういうわけで、彼の家に上がることになった。男の子の家に上がるなんて何年ぶりだろう。

「それじゃ、おじゃましまーす……って!」

 玄関に入ると、2匹の猫ちゃんが私達を出迎えた。

「あ、猫嫌いだった?」
「ううん、むしろ大好き!」

 私は猫が大好きだが、家の都合で飼えなかったのだ。

「よかった! もう1匹いるんだけど人見知りなやつでね」
「この子達はすごく人懐っこいね、かわいい♪」

 私が手を伸ばしても逃げようとしない。喉元を撫でてやると気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いた。

 2階にある彼の部屋に通されると、猫ちゃんのご飯を用意するから少し待っててと言われた。よく整理されたきれいな部屋で、彼の性格を映しているようだと思った。本棚には漫画もあるが、それ以外の本もたくさんある。特に、私の目を引いたのは写真雑誌だ。

「お待たせ」

 彼がお菓子とお茶を持ってきてくれた。こういうところも丁寧なのが彼らしい。

「あ、写真とか興味あるの?」

 私が写真雑誌の棚を見ているのに気付いた彼がそう尋ねてきた。

「いや、別にそうでもないんだけど、たまたま雑誌が並んでたから」
「そっか、僕は結構好きなんだよ。うちの学校に写真部があったら入りたかったんだけどね」
「へえ、でも写真ってお金かからない?」
「今はデジタルだから全然。カメラも父さんのお下がりだしね。昔はフィルム代や現像代が大変だったみたいだけど」

 スマホとかデジカメがなかったころは写真として「現像」しないと見られなかったというのは私でも知っている。今はいくらでも簡単に撮り直せるけれど、昔はそうではなかったのだ。

「ふーん、でも雑誌とか揃えるのって結構お金かかるでしょ?」
「ほとんど古本で買ってるからね。それもセールやクーポンをフル活用して。だからバラバラでしょ?」

 確かに、順番通りにはなっているが抜けている号も多い。ここで私はある事に気付いた。

「……そういえば、なんでどの年も7月号だけないの?」
「あー、それはね……」

 彼が少し恥ずかしそうな素振りをした。

「この雑誌の7月号って、毎年ヌード特集なんだ」
「ヌード!?」

 真面目そうな彼の口からこんな言葉が出たのは驚いたけれど、写真のテーマとしては当たり前か。

「ヌードってことは、子供は買えないの?」
「別にそんなことは無いんだけど、ちょっと恥ずかしくて。それに人気みたいで古本屋でもなかなか売ってないんだ」

 確かに、写真そのものには興味がなくてもヌードが好きな男性は多いだろうなと思う。

「そんなことより、勉強しに来たんじゃないの?」
「あ、そうだった」

 彼は丁寧に数学を教えてくれた。わからないところは、わかるようになるまで質問に答えてくれた。

 そしてとうとう、参考書の第1章の問題をほとんど自力で解けるようになった。学校ではまだ習っていない範囲もある。

「私って数学こんなにできたんだ!」
「もともと基礎はできてたからね。これなら次のテストで80点は取れるんじゃないかな」
「いやいや、君の教え方のおかげだってば」
「あとはケアレスミスに注意しないとね。こことか、1つ余計に約分しちゃってる」
「あーほんとだ、やっぱり私ってそそっかしいなぁ」

 とはいえ、自分が想像していたよりもずっとできるようになった。もう数学が苦手なんて言わせない。

 *

「それじゃ、今日はありがとね」
「うん、気をつけて帰ってね」

 私は幸せな気分で彼の家を後にした。今日は素晴らしい日だった。勉強もできたし、彼のことも知れた。写真が趣味なこと、クールなようでいて女の人のヌードには照れるお年頃だってこと。

 帰り道、駅前の商店街にある大手の古本屋さんに寄ってみた。雑誌コーナーの1角には彼の部屋にあったのと同じ写真雑誌があった。

 確かにどの年も7月号だけ残っていない。あ、でも結構古めだけど1冊だけ残ってた! 背表紙には確かに「ヌード」の文字!  私は少し緊張しながら手にとる。ビニール包装に覆われているので中は見えないが、表紙には胸を隠した裸の女性の上半身が写っている。

 値段は500円。今月分の「500円以上のお買い上げで300円引き」のアプリクーポンが未使用だから200円。思ったよりずっと安い。緊張しながらレジに持っていく。制服姿を見て止められるかもと思ったけど、バイトっぽい店員さんは機械的に対応して普通に売ってくれた。

 私は急いで鞄にしまうと、早足で家に帰る。そして「ただいま」の挨拶もそこそこに自室へ向かう。今、母は台所仕事をしているから急に部屋に入ってくることはないだろう。

 男の子がエッチな本を買って帰ってくるときもこんな気持なのかな、と思った。私はドキドキしながらヌード特集号を鞄から取り出し、包装を破ってページをめくる。

 表紙に偽りはなく、中身はヌード写真でいっぱい。白黒もあればカラーもある。全裸もあれば服を残しているのもある。

 おっぱいやヘアが丸見えのもあれば隠しているのもあるし、太っている人や、お世辞にも美人とはいえない人もいる。モデルは日本人が多いが白人や黒人もいる。年齢も様々で、私と同じくらいの年の女の子もいた。少しだが男の人の裸もある(あそこは見えないけど)。ヌードモデルって美人でかわいくてグラマーな人しかなれないんだと思っていたけど、芸術の分野ではそうでもないみたい。

 ***

 後日、再び彼の家に勉強を教えてもらいに行くことになった。休日なので家から向かう。

「はい、これおみやげ」

 私はこの前買ってきたヌード特集号を彼にプレゼントした。

「え、これどうしたの?」
「駅前の古本屋さんに1冊だけ残ってたから、君にあげる」
「え、そんな、悪いよ」
「クーポン使って200円で買えたから気にしないで。それにお茶とお菓子のお礼でもあるし」
「そっか、ありがとう。さっそく読んでみてもいいかな」
「もちろん」

 彼は緊張しながら表紙をめくり、順番に写真を見ていった。順調にページをめくるが、ある写真で目が止まったのを私は見逃さなかった。

「やっぱりこの子、気になる?」
「あ、うん……」

 彼は恥ずかしそうに頷いた。その写真のモデルは、私達と同じくらいの年の女の子。斜め後ろを向いた上半身で、小さな膨らみと先端が少しだけ見える。

「ねえ、君はヌードって撮ったことある?」
「あ、あるわけないでしょ!」
「ふふ、冗談。勉強はじめましょ」

 少しうろたえていた彼だったけれど、勉強になるといつもどおり真面目で、今日も私は有意義な時間を過ごした。

 ***

「お姉ちゃん、ムダ毛の剃り方教えてくれる?」

 3つ年上の姉に聞いた。

「お、色気づいてきたね」
「だ、だって来月から夏服で半袖になるし、そしたら脇毛見えちゃうし……」
「わかってるって、私も中1から剃り始めたんだから」

 姉は私を電気店に連れていき、女性用の電気シェーバーを買ってくれた。

「初めてのバイト代が出たから記念にね。やっぱり姉妹でも同じのを使うのは気持ち悪いでしょ?」
「うん、ありがとうお姉ちゃん」
「お風呂にあるクリームも使っていいから。あとで剃り方も教えてあげる」

 最近バイトを始め、彼氏もできたらしい姉はとても機嫌がいい。

「あんたも女の体になったのねぇ」

 久しぶりに姉と一緒にお風呂に入り、ムダ毛の剃り方を教えてもらった。

「もう13歳だからね、生理も始まったし」
「彼氏とかできたりしたの?」
「い、いないったら!」
「ふーん♪」

 何かを察したのか、姉はにやにやしている。風呂から上がり、姉の部屋に連れられた私は平べったいパックに入った妙なものを渡された。

「これ、なんだかわかる?」
「えーと、……まさか、コンドームってやつ?」
「あたり」
「お姉ちゃん達、もうそういう関係なの!?」
「いや、まだだけどね。お守りみたいなものよ」

 そう言って財布の中に忍ばせたそれを見せてくれた。

「彼は優しい人だから、多分自分で用意してくれるとは思うんだけどね」

 姉は少し恥ずかしそうな顔をした。おそらく遠くないうちに迎えるであろう「初めて」を想像したのだろう。

「ま、あんたも女になったんだから、自分の身は守れるようにしておきなさいね」

 きょうだい仲で悩む同級生の話をよく聞くので、私はいい姉を持って幸せだ。
 おかげで「決意」のための準備はできた。

 ***

「今度の金曜日、君の誕生日だったよね?」
「そうだけど、よく知ってたね」
「プレゼントしたいものがあるから、また遊びに行ってもいい?」
「もちろん! 何くれるのかな」
「へへ、内緒♪」

 私は週に1度くらいの割合で彼の家に遊びに行くようになった。共働きなので平日は夕方まで誰もいない。一緒に勉強するだけでなく、本を読んだり、写真を見たり、猫と遊んだりして楽しい時間を過ごす。

 約束の金曜日、いつものように学校から直接彼の家に向かう。玄関を開けると猫ちゃんたちのお出迎え。最近は人見知りのミケちゃんも来てくれるようになった。

「じゃ、お茶いれてくるね」

 いつものように彼が席を外している間、私は制汗スプレーを服の中に吹きかけて身を清めた。汗臭い体なんて見せたくない。

「お待たせ」
「いつもありがとね。それで、この前話したプレゼントのことなんだけど」
「うん」
「私が、君のヌードモデルになってあげる」
「……は?」

 予想通り、彼は固まった。

「この前の雑誌で、私くらいの子でもモデルになれるってわかったから」

 呆然とする彼を前に、私は続ける。

「人前で脱ぐのはとっても恥ずかしいけど、君にだけなら見せてあげられるから」
「……本当にいいの?」
「うん……でも約束して? 絶対に人には見せないってことと、裸になった私には触らないってこと」

 財布の中には姉からもらった避妊具を忍ばせてある。多分大丈夫だと思うが、もしものときは使わせてもらおう。

「わ、わかった」

 彼はカメラを準備し始めた。

「君にそう言ってもらえて本当に嬉しい」
「私も、モデルにしてくれて嬉しい」

 私は白いシーツを敷いたベッドに腰掛ける。布団は脇に寄せ、背後は白いカーテンなのでちょっとしたスタジオのようだ。

 スカーフを外す。
 ファスナーを下ろす。
 セーラー服を脱ぐ。
 キャミソールを脱ぐ。
 カメラのフラッシュとシャッター音の中、少しずつ服を脱いでいく。

 とうとうブラに手をかける。ホック付きのちゃんとしたブラジャーを付けるようになってから、男の子に胸を見せるのは初めてだ。
 恥ずかしいけど、今の私を見てほしい、残してほしい。そんな気持ちのほうが勝っていたので、ためらわずにそれを外した。

「わぁ……」

 彼から声が漏れ、シャッターを切る手が止まる。

「このために来たんだからちゃんと撮ってほしいな」
「う、うん。わかった」

 彼は戸惑いつつもシャッターを切った。

「ねえ、あの写真と同じポーズ撮ってみない?」

 彼が初めて私のポーズに注文を付けた。「あの写真」といえば何を指すかはもうわかっている。

「うん、いいよ」

 例の雑誌に乗っていた同年代のモデルのポーズを再現するため、後ろを向く。

「そのまま動かないで」

 彼はそう言いながら、少しずつ角度を変えて私の背中と胸を撮り続けた。

 本当は上半身だけヌードになるつもりだった。しかし、真面目に撮影を続ける彼の思いに応えたいと思った。私は立ち上がり、スカートのホックを外した。そして、下に履いているオーバーパンツごとそれを脱いだ。傷んできたオーバーパンツを見せるよりも、おろしたてのショーツのほうが恥ずかしくないと思ったのだ。

「!? え、本当にいいの?」

 彼がうろたえた。

「うん、真面目に撮ってくれてるし、このくらいは……」

 さすがにオールヌードは抵抗があるけれど、パンツさえ履いていればまだ安心感はある。実際、父親がいない時は風呂上がりは未だにパンツ1枚でリビングを歩き回っていたりする。

「で、でもさすがに全部見せてくれるなんて……」

 え、全部?……私は目線を落とす。オーバーパンツを下着ごと脱いでしまったようだ。こんなところで痛恨のケアレスミス……!  でも今さら履き直すのもかえって恥ずかしいので、私は堂々とした。

「うん、私の全てを撮ってほしい」

 私は靴下を脱ぎ、髪留めを外し、眼鏡も外すと、正真正銘の産まれたままの姿になった。ムダ毛は処理して全身ピカピカ。何も恥ずかしがることはない。あそこだけは生えかけのまま残してあるけど、これも今の私にしか見せられない姿だ。

 私はヌード特集で見たポーズを自分なりに再現する。彼はそれを夢中で撮る。やがて、半開きになったドアから猫ちゃんが入ってきた。人懐っこいクロとシロだ。

「裸婦と猫。たしかそんな写真もあったわよね」
「そうだね、一緒に撮ろうか」

 私がベッドの上に横たわると、クロとシロが寄り添ってきた。これは名作の予感?!

 *

 しばらく彼は夢中で撮影を続けたけれど、猫ちゃんたちが飽きて離れたのを合図に終了ということになった。気がつけばそろそろ帰らないとまずい時間だ。

「今日は本当にありがとう」
「私も。プレゼントのつもりだったけど、とっても楽しかった」
「……また、撮らせてくれるかな」
「もちろん! また来年……いや、もっと早くてもいいかな」

 その後も私達は健全なおつきあいをしつつ、フルヌードを撮ってもらうという奇妙な関係になった。このまま続けば、いつか体の関係を持つことになるだろう。でももう少しだけ、私はこの微妙な距離感を楽しんでいたい。
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