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北の龍
中年と青年
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一人残された部屋で、自分の無力さを痛感していたテスカ。
その後、扉がノックされた。
「はい」
「……すまない。失礼します」
入ってきたのは、先に王都に帰ると言って出て行った団長クラッツであった。
「団長……忘れ物ですかな?」
テスカは周囲を確認するが、それらしき物は見当たらない。
「いや、忘れ物ではなくて……」
クラッツは心底疲れていそうな顔で、イスに座り込む。
まさか、体調が悪いのか?
「……医務室を押さえましょうか。辛そうですし」
「いや、いい……テスカ、いや、テスカさん」
「はい」
歳は下だが、位は上。
団内では、年齢よりも位が尊重される。位=強さの証であるためだ。
それが100%とは言えていないが、テスカよりもクラッツの方が強い龍力者であるため、そうなっている。
「ここからは、人生……それと、龍の先輩として話を聞いてくれませんか」
「!」
だいぶ堪えているらしい。
「もちろんですとも」
「『俺』は、四聖龍の話で頭がぐちゃぐちゃです。他の四聖龍についても変化がないか調べさせるつもりですが……どこまで行けるのか……」
「団と四聖龍……長年デリケートな存在として誰もメスを入れませんでしたしな」
四聖龍の出方次第で、騎士団の戦力はガタ落ち。当然、その話が公に出ることはないが、事情を知る上層部は気が気でないだろう。
頼りにしていた最強戦力を失う。しかし、一般団員はその事実を知らない状況に陥るのだから。
「……残りの四聖龍を王都に召集してしまおうか、とも考えています」
「これは、思い切った……」
「当然、事情は説明したうえで、強制もしません。が、騎士団が潰れてしまえば、四聖龍も困るはず」
「えぇ。(言い方はともかく)甘い汁が吸えなくなりますしな」
「……反対はしないのですね」
「……はい。私とて力があれば、自分の力で群れを鎮静化したく思っています。それが出来ないから、未来ある若者に仕事を頼まなければならない。情けないと思っていますよ。本当に……」
「テスカ……」
「団員たちは、皆志高く仕事をしてくれています。当然、彼らを束ねる私だって、誇れる仕事をしたい。だから、騎士団に入りましたし、『変化が起こっても』団に残りました」
「…………」
彼が言った『変化』とは、十中八九『あの日』のこと。
実際、あの日から騎士団を取り巻く環境は一変したし、退団希望者も一定数いた。
それでも残ったのは、国民のために何かしたかったから。
「ジンにも連絡して、召集せざるを得ない事情と、その分面を考えましょう。当事者である我々が書いた方が、他の基地長にも伝わりやすいでしょうし」
テスカはそこで言葉を止めたが、気を遣って止めた。
今のクラッツは頭がぐちゃぐちゃの状態だ。そんな状態では、格上の四聖龍を動かせるだけの論理的な文章は書くことができないだろう。
他の基地長も納得させ、四聖龍にまで話を繋げるには、当事者である自分とジンが動いた方が、団長の助けにもなる。
「ですね……お願いします」
「直接他の基地長と話した方が良いと判断されたら、通信珠(リンクスフィア)を。人払いしてから臨みますので」
書面だけでなく対談も必要なら、と応じる姿勢を示すテスカ。
これは心強い。基地長は年齢層が高めであるが、『働かないおじさん』ではないことは理解してほしいところ。
(彼らがどう思うかは別、か)
ミーネ捜索の件で、レイズたちが彼をどう見ているか、あまり想像したくはない。
が、実際裏で動いてくれるため、クラッツ的には信用している。
彼らに可能性を感じたため、(人手不足と優先順位の甘さは大前提にあるとして)相談したのだと考えている。
少なくとも、厄介者を押し付けた訳ではないと。
「……基地長に伝える文面は引き受けます。それまで、頭を休ませてみては?」
「そうしたいですよ。ですが、問題は四聖龍だけではありません。『敵』がどう動くのかも分かっていないままです」
行方不明のレイ=シャルトゥ。
『あの日』からしばらく経っているのに、何も動きが見えてこない。
水面下で計画を進めているのか、騎士団が知らないところで変化が起きているのか、(あり得ないが)死んでいるのか……
「気持ちは分かります。が、そのパンクした状態では、何も考えられませんでしょう」
「それも、そうです……」
「良くも悪くも、雪崩対応で人が少ないです。もう少しだけ、ここで休まれるといいでしょう」
それを聞き、頭を抱えるクラッツ。
その様子だと、休みたい気持ちはあるようだ。
「……一足先に帰ると言っておきながら、示しがつかないな」
「肯定と取りますよ」
人間臭さを見ることができ、口角が上がるテスカ。
そこで、話はレイズたちに依頼した捜索の件に移る。
「今更ですが、彼らに……レイラ様たちに、地理に詳しい団員を付けた方がよろしかったでしょうか」
「いえ、彼らには彼らのチームワークがあります。それに、王とリゼルは先が見えない中、ずっと先頭に立ち、切り開いてきたんだ。下手に知らない人材を入れて、気を遣わせる方がマイナスだと思います。だから、俺も提案しませんでした」
「そう……ですね。依頼している側、された側両方経験した身から、私もそこは控えましたが……彼らにはどう見えたか……」
「レイラとリゼルに期待しましょう。彼らは、本当に強い龍力者です」
「そのようですな。(非龍魂状態でも)見ていてよく分かります」
二人の話になり、ようやくクラッツの笑顔が見られるようになる。
リラックスしてもらうには、絶好のチャンスだ。
「この部屋なら、誰も来ません。私も席を外しますので、ここで休まれるのがいいでしょうな」
この機会を逃さぬよう、消えようとするテスカ。
クラッツも少しだけ笑い、横になっていく。
「退出されるときは、扉を開けっぱなしにしておいてください。それで判断します」
「はい。お願いします」
「では」
こうしてみると、年相応の青年である。
変化の後で色々疲れていた部分も自分にもあった。だが、もっと若い人材が、必死になって働いている。
自分にはない責任も背負って。国の未来のために、もうしばらく働いてみるか。
彼はそう思い、人払いは継続したまま、自分の責務を果たすべく、動き始めるのだった。
その後、扉がノックされた。
「はい」
「……すまない。失礼します」
入ってきたのは、先に王都に帰ると言って出て行った団長クラッツであった。
「団長……忘れ物ですかな?」
テスカは周囲を確認するが、それらしき物は見当たらない。
「いや、忘れ物ではなくて……」
クラッツは心底疲れていそうな顔で、イスに座り込む。
まさか、体調が悪いのか?
「……医務室を押さえましょうか。辛そうですし」
「いや、いい……テスカ、いや、テスカさん」
「はい」
歳は下だが、位は上。
団内では、年齢よりも位が尊重される。位=強さの証であるためだ。
それが100%とは言えていないが、テスカよりもクラッツの方が強い龍力者であるため、そうなっている。
「ここからは、人生……それと、龍の先輩として話を聞いてくれませんか」
「!」
だいぶ堪えているらしい。
「もちろんですとも」
「『俺』は、四聖龍の話で頭がぐちゃぐちゃです。他の四聖龍についても変化がないか調べさせるつもりですが……どこまで行けるのか……」
「団と四聖龍……長年デリケートな存在として誰もメスを入れませんでしたしな」
四聖龍の出方次第で、騎士団の戦力はガタ落ち。当然、その話が公に出ることはないが、事情を知る上層部は気が気でないだろう。
頼りにしていた最強戦力を失う。しかし、一般団員はその事実を知らない状況に陥るのだから。
「……残りの四聖龍を王都に召集してしまおうか、とも考えています」
「これは、思い切った……」
「当然、事情は説明したうえで、強制もしません。が、騎士団が潰れてしまえば、四聖龍も困るはず」
「えぇ。(言い方はともかく)甘い汁が吸えなくなりますしな」
「……反対はしないのですね」
「……はい。私とて力があれば、自分の力で群れを鎮静化したく思っています。それが出来ないから、未来ある若者に仕事を頼まなければならない。情けないと思っていますよ。本当に……」
「テスカ……」
「団員たちは、皆志高く仕事をしてくれています。当然、彼らを束ねる私だって、誇れる仕事をしたい。だから、騎士団に入りましたし、『変化が起こっても』団に残りました」
「…………」
彼が言った『変化』とは、十中八九『あの日』のこと。
実際、あの日から騎士団を取り巻く環境は一変したし、退団希望者も一定数いた。
それでも残ったのは、国民のために何かしたかったから。
「ジンにも連絡して、召集せざるを得ない事情と、その分面を考えましょう。当事者である我々が書いた方が、他の基地長にも伝わりやすいでしょうし」
テスカはそこで言葉を止めたが、気を遣って止めた。
今のクラッツは頭がぐちゃぐちゃの状態だ。そんな状態では、格上の四聖龍を動かせるだけの論理的な文章は書くことができないだろう。
他の基地長も納得させ、四聖龍にまで話を繋げるには、当事者である自分とジンが動いた方が、団長の助けにもなる。
「ですね……お願いします」
「直接他の基地長と話した方が良いと判断されたら、通信珠(リンクスフィア)を。人払いしてから臨みますので」
書面だけでなく対談も必要なら、と応じる姿勢を示すテスカ。
これは心強い。基地長は年齢層が高めであるが、『働かないおじさん』ではないことは理解してほしいところ。
(彼らがどう思うかは別、か)
ミーネ捜索の件で、レイズたちが彼をどう見ているか、あまり想像したくはない。
が、実際裏で動いてくれるため、クラッツ的には信用している。
彼らに可能性を感じたため、(人手不足と優先順位の甘さは大前提にあるとして)相談したのだと考えている。
少なくとも、厄介者を押し付けた訳ではないと。
「……基地長に伝える文面は引き受けます。それまで、頭を休ませてみては?」
「そうしたいですよ。ですが、問題は四聖龍だけではありません。『敵』がどう動くのかも分かっていないままです」
行方不明のレイ=シャルトゥ。
『あの日』からしばらく経っているのに、何も動きが見えてこない。
水面下で計画を進めているのか、騎士団が知らないところで変化が起きているのか、(あり得ないが)死んでいるのか……
「気持ちは分かります。が、そのパンクした状態では、何も考えられませんでしょう」
「それも、そうです……」
「良くも悪くも、雪崩対応で人が少ないです。もう少しだけ、ここで休まれるといいでしょう」
それを聞き、頭を抱えるクラッツ。
その様子だと、休みたい気持ちはあるようだ。
「……一足先に帰ると言っておきながら、示しがつかないな」
「肯定と取りますよ」
人間臭さを見ることができ、口角が上がるテスカ。
そこで、話はレイズたちに依頼した捜索の件に移る。
「今更ですが、彼らに……レイラ様たちに、地理に詳しい団員を付けた方がよろしかったでしょうか」
「いえ、彼らには彼らのチームワークがあります。それに、王とリゼルは先が見えない中、ずっと先頭に立ち、切り開いてきたんだ。下手に知らない人材を入れて、気を遣わせる方がマイナスだと思います。だから、俺も提案しませんでした」
「そう……ですね。依頼している側、された側両方経験した身から、私もそこは控えましたが……彼らにはどう見えたか……」
「レイラとリゼルに期待しましょう。彼らは、本当に強い龍力者です」
「そのようですな。(非龍魂状態でも)見ていてよく分かります」
二人の話になり、ようやくクラッツの笑顔が見られるようになる。
リラックスしてもらうには、絶好のチャンスだ。
「この部屋なら、誰も来ません。私も席を外しますので、ここで休まれるのがいいでしょうな」
この機会を逃さぬよう、消えようとするテスカ。
クラッツも少しだけ笑い、横になっていく。
「退出されるときは、扉を開けっぱなしにしておいてください。それで判断します」
「はい。お願いします」
「では」
こうしてみると、年相応の青年である。
変化の後で色々疲れていた部分も自分にもあった。だが、もっと若い人材が、必死になって働いている。
自分にはない責任も背負って。国の未来のために、もうしばらく働いてみるか。
彼はそう思い、人払いは継続したまま、自分の責務を果たすべく、動き始めるのだった。
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