龍魂

崩壊龍

ゼル

目の前にいるリゼル。どこからどう見てもリゼルなのだが、中身は彼ではない。
防衛戦での敵の言葉や、シャレムの言う通りだった。

そして、闇龍は『ゼル』と名乗る。
更に、自分のことを『知らない人間』とまで言い、レイラの前に立ちはだかったのだ。
彼の性格・記憶まで失われてしまったのか？リゼルでは有り得ない不愉快な笑みを浮かべている。

「リ……ゼル？……ゼル？」

ダメだ。頭が働かない。
剣を握る手に力が入らない。慌てて意図的に力を入れ直し、持ち堪える。

「イクサス……フリアの……仲間ですか？」

震える声で、何とか言葉を絞り出す。
その目は、イクサスを力強く睨みつけている。

リゼルは、フリアに連れ去られた。
フリアやスゼイ、フランバーレと一緒にいるならまだ分かるが、この男は初見だ。

「仲間……？そんな綺麗な関係じゃないけど、ま、おんなじグループだぜ」
「では……リゼルも……」
「だから『ゼル』だっつってんだろ？」
「っ……」

乱暴にゼルは訂正する。
その威圧感に、レイラは言葉に詰まる。

（ダメ……落ち着いて……）

しっかりしろ。今は防衛戦真っ只中だ。
先程レイズから通信が入ったばかり。彼の所には、フリアとスレイがいる。
混乱しているのは、自分だけではない。

となれば、他の町にも敵は出現しているはずだ。が、他の仲間からは連絡はない。
連絡で言えば、イクサス・リゼルの出現の報告をしなければならないのだが、彼女は完全に忘れている。

「スゼイたちは……」
「ん？今は俺一人だ。なんでかは知らんが、俺といると、こいつはまだ大人しい」

スゼイたちの行方には答えず、イクサスは顎で彼を示す。
『俺といると、大人しい』それはどういう意味だろうか。

「それって……？」
「大変だったぜ。フリアやスゼイに斬りかかるし、フランバーレに対しても敵意むき出しだ」

あの三人には敵意むき出し。しかし、初見のイクサスには無反応。
これは……

「…………」

レイラは必死に頭を回す。

もし、自分が今速攻で立てた、都合のいい仮設が正しいなら、リゼルが戻れる可能性がある。
リゼルだった頃の記憶が無意識下に存在し、それがゼルの行動に影響を与えている。
そのため、戦った敵には好戦的で、敵であるが実力が分からないイクサスには興味をあまり示さないのだ。
と、都合よく解釈する。だが、実際その可能性もゼロではない。
自分への辛辣な対応は、例外として置いておく。リゼルだった頃から、そこまで甘々だったわけではないし……と。

（可能性は……あります）

レイラは、唾をこくりと飲み込む。
希望が湧いたわけではないが、落胆するのはまだ早そうだ。

「なぁ、ゼルよ」
「んだよ」
「体、動かしたいだろ」
「そうだな。なんか暴れたい」

イクサスは視線をレイラに移す。
ゾワ、と全身が硬直する。戦わなくても分かる。イクサスは、強い。
二対一では、勝ち目がない。

「あいつ、お前より強いかもな～」
「あ？」

半ギレな顔になり、ゼルはイクサスを睨む。そして、レイラを見る。
そして、何かを量っているかのように目を細める。

「……見るからに雑魚だ」
「…………」

雑魚、と言われ、心が痛い。
これでも、騎士団では数少ない『フル・ドラゴン・ソウル』を使える身なのだが。

「いやいや、あいつはまだ力を隠しているぞ。きっと」
「そうか。そうは見えないな」

一向に興味を示さないゼル。その様子に苛立ち、イクサスは単純に煽る。

「……久しぶりの肉体で鈍ってんのか。つまんねぇな」
「……死にてぇのか？」

ゼルはそれに乗る。煽り耐性はないらしい。
ゴゴ、とゼルの身体から、ドス黒い闇色の龍力が発せられる。

「！」

驚くレイラ。あの島で見せた龍力よりも、数段に気味が悪い。
ゼルが意識を支配しているが故に出せる力なのか。

そんな龍力が隣で発せられているにも関わらず、イクサスは顔色一つ変えずに続ける。

「実際、あいつはそこそこやるぜ。お前のデビュー戦にピッタリだと思うが」
「そこそこかよ」

イクサスのそんな態度に戦意が削がれたのか、龍力が少しだけ治まる。

「だが、まぁ……」
「！」

ゼルは剣を構えた。当然だが、リゼルが扱っている見慣れた剣だ。
レイラも慌てて剣を構え、龍力を高める。

「肩慣らしには丁度良さそうだ」

レイラ対ゼル。
圧倒的不利な戦いが、始まる。