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揺れ始める稲穂
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しおりを挟む「兄上、本当に軽蔑します。助けてくれたノアにこんな扱いだなんて二度と私に気安く触れないでください」
今この瞬間まで地下牢に閉じ込められたというノアをアノスが連れてくるとノアは埃にまみれており擦り傷でボロボロになっていた。
仮にも旧友なのだろう。
しかもノアはあの時私を助けてくれたらしいのになんという仕打ちだ。
「やっと出してくれる気になったのか。殿下はもう満足か」
「もう一回閉じ込めてあげてもいいよ?」
兄上はにっこりと笑うと牢の鍵を指先にかけ回した。
そしてその鍵をポケット入れ座る。
「もう勘弁だ」
昔は兄上に純粋な憧れを抱いていたが今こうして見るとどんどん私の憧れが消えていく。
私はしばらく兄上だけは許さないと心に決めた。
「さて、全員揃った所で今日の話したかった話はこれだよ。もう知っていると思うけどネモは精霊の愛し子だ、詳しく知りたいと思ってね皇族にのみしか閲覧を許されていない部屋へ行ってみたんだ。そしてやっぱり水の精霊の最上位魔法に治癒の記述がされていた。
記録がある限り最後に精霊の愛し子が現れたのは300年前、その時は火の精霊の愛し子で浄化だったそうだ」
「で、それがどうしたんですか殿下」
アノスは気だるそうにそう言うとまたソファーに身を倒した。
ノアはと言うと自由気ままに執務室の椅子に座ると机に足を置いたのだった。
「んで、どうせ教会がネモを寄越せってうるせぇんだろ。どうすんだよライド、いや殿下?どっちがいい」
「もうネモに説明してあるから気にしなくていいよ。」
この4人、場合に合わせてそれぞれの名前を呼び分けているらしく4人しか居なくなるとそれぞれが興味の赴くままの行動に出る。現にヘクター以外は特に気にする様子なく話を進めていた。
シリウスを皇太子として扱う場面ではシリウス殿下、ノア団長、アノス隊長、ヘクター隊長とそれぞれ呼ばれているがシリウスがライフォードになるとしっちゃかめっちゃかだ。まず元上司のアノスは「ガキ共」と3人まとめて呼ぶしライフォードとノアの二人の場合は時はだいたい「そこの二人、ゴミ二人」だ、そしてヘクターには「ヘクター」だ。
ライフォードとノアの二人はお互いに「ライド」「ノア」と呼び合いアノスを「アノス」と呼ぶ。が、やはりヘクターは「ヘクター」だ、ここは変わらない。
そして一番新米のヘクターはアノスを呼ぶ時は「アノス様、アノス隊長」、ライフォードとノアの時は「ライフォード先輩、ノア先輩」だ。
「とりあけず情報の擦り合わせが先だろ、ネモ様その力のことを嘘偽りなく話してください、んでガキ共は落ち着け」
だが、最近になってアノスの言う「ガキ共」にネモも入るようになった。
アノスの言葉通りガキ共は自由奔放、まるで牧場の家畜同様にうとうとし出すわ外の景色に釘付けになるわ仕事が溜まってる、と焦り出すわで、アノスの部隊長時代は苦労が絶えなかったんだろうな、とネモは何となく察していた。
「いや、アノスも寝っ転がってないで座ろう。ノアとヘクターもそこに腰掛けて」
ライフォードがそう声を掛けるとアノスは渋々と言った様子で起き上がった。そしてそこにアノス、ヘクター、ノアの順番で腰掛けた。向かい側ではネモがライフォードの膝に頭だけを乗せ横になっていた。
「精霊の湖がどこかにあるって言う街があった。そこで私はノアとヘクターが潰れるもんだから暇になってバーボンと一緒に水浴びに行ったんだ」
「ちょっと待て、そこからか。これだから報連相の出来ないガキ連れて歩きたくねぇんだよ。湖で倒れてたのはそのせいか?」
「それよりもまずここから国家機密になるからみんな他言無用だよ。ヘクターそこの地図持ってきて」
5人は地図を囲みながらネモの言う「この湖」に印を付け、地図を眺めては眉間にシワを寄せる。
そこは丁度街道から少しズレた森にありこのままでは存在を隠すのが難しい所に位置している。
「それで、バーボンの足に傷があるのを見つけたんだ。治してやりたいと願ったら急に頭が割れるように痛くなって気絶した。それで、次に起きた時軟膏を塗ろうとしてバーボンの傷が早く治るよう祈りを込めたんだ。」
あの時精霊はなんて言ったのだっただろうか・・・
願ったら急に自分の手から光が溢れ出し気がついたらバーボンの傷は治り、真新しい毛まで生えてきた。そう説明するとノアは「治り早かったもんなー」と間抜けに返す。言われる瞬間まで気が付かないとは本当に飼い主を名乗っていいのかさえ疑わしい。
「だが私の力にはどうやら代償があるみたいだ。代償を決めないと頭痛、吐き気、目眩が代償になる。私が今までに試したのは血液と髪だ」
ネモはもう短く切りそろえられた髪を撫でると、過去に一度だけ髪の毛で試していたのを思い出した。あの時はノアが持っていた闇市に売った髪の毛を拝借し試してみた。
きちんと発動したがやはり血液>髪の毛>吐き気という感じだ。
「ねぇネモ、兄上ずっと気になっていたんだけどその姿になったのはいつ?兄上は前の髪色も好きだったよ」
「15になったばかりの時です。あの時も急に頭が痛くなって起きたらこうなってました」
その時だったヘクターがパタリと意識を失ったようにアノスの肩へもたれかかって眠ってしまったのだ。アノスは「はぁ、こらダメだな」とため息を付くとヘクターの体に薄手のタオルケットを掛けるのだった。
ヘクターはビッチングしたオメガの為、なかなか体に合う薬が見つけられないでいる。今回の薬とは相性がすこぶる悪かったのだろう薬の副作用がキツく昼下がりになると直ぐに眠ってしまうようそうだ。
「ヘクターは相変わらず見つからないの?」
「こないだのよりマシだろ、アノスが目の前から居なくなった瞬間ライドに向かって吐き散らかしたじゃねーか」
相性が悪い薬に当たると番が居なくなる不安感だけが増長され場合によっては嘔吐などがあるらしい。それに比べれば眠るだけなら過去の薬と比べると全然いいのだろう。
「・・・ヘクターも大変なんだな」
「薬が見つからないのは大変だがビッチングのオメガだからな。この中で一番ライフォードのグレアにも耐性あるぞ」
ネモがそう言うとアノスはそんな事ばかりでは無いとヘクターにタオルケットを掛け直した。その姿はまさに熟練夫婦。
「とりあえずヘクターは寝かせて話の内容は後で伝えようか。アノスも落ち着かないだろう、寝台使っていいから眠らせてあげて」
ライフォードがそう言うとアノスは「すまない」とヘクターを抱き上げて寝台に眠らせた。
「それでその代償は何がどのくらいでどうなるんだ」
ネモは道中たまたま遭遇したまだ亡くなったばかりの野うさぎで試した結果体のパーツが切り離されていて数年経っている様なものも治せてしまう事を伝えた。
だが、その後に腕がちぎれ死にそうな野犬に試した時は犬が元気に走り回った後で強い吐き気を催し気絶しかけた。
そして完全に亡くなった動物で試して見たが時間が経てば経つほど徐々に蘇ったとしても障害をきたし初め2時間を過ぎると完全に蘇らなくなる。
だが2時間ギリギリまで待って治癒を施すと死にかけの野犬を直した時より自分に掛る負荷が強くなり治し終わると同時に意識を失い翌日まで少量の血を吐き頭痛と吐き気に襲われた。
「聞けば聞くほどその力は怖ぇーな。あん時お前が手首に刀突き刺すから気でも狂ったのかと思ったがこういう事か」
「この中で一番似てるアノスの魔眼はどんな感じなの?」
「俺の魔眼は使いもんになんねーから分からない、だがナルルで一度使った時は情報が入りすぎて直ぐに目を瞑った。その時は一瞬だったが頭痛と目の痛みが凄かった。多分似たりよったりだろう」
アノスの魔眼は一見するだけで見える範囲の生物の次に動こうとしている筋肉やその表情全てがスローモーションの様に流れてくるそうだ。だからいつもは日によって厚みの違う眼帯をして真っ暗を意識的に作り出しているという。
「これは祖先が戦で右目が見えなくなっちまったのを嘆き精霊に唯一見える左目の視力とこれからの子孫に魔眼を残し精霊の存在を忘れさせない条件と引き換えに精霊と契約を結んだんだ。そしてそれは右目と左目を超える何かで祖先はそれを上手く使いこなせなかった為結局潰してしまう。ここまでが代々俺の家計に伝わるおとぎ話だ。瞳には制約が多すぎて俺もまだ全部を把握してる訳じゃないからこれから見つかってもおかしくない」
「私のこれは扱えない代物ではないが対等な代償が無いと使えない上に自分には使えない。つまりアノスのも私のも万能という訳では無い」
そして4人が導き出した答えは精霊相手に代償無しで力を使わせて貰うことは出来ない。そしてその代償は五感に関わるものが多くそもそも生命に関する何かということだ
やはり無秩序に使えば身を滅ぼしかねない。
「最悪愛しいネモも最高戦力のアノスも教会に引き渡せと言われてしまう」
サテラ教は創造神サテラを崇めそのサテラが生み出した精霊をも崇めている。昔から政治に深く関わり時代によってはその政治の中枢にいた教会だがこの国では宗教が政治に介入する事を禁ずるという法がある為何も出来ないでいるそうだ。
しかし最近教会は有力貴族と繋がり徐々に発言力を持ってきているそうだが貴族に金を渡しているという裏が取れず手をこまねいている。
だが困ったことに教会とは別口の不穏分子がもう一つある。それはサルバドールとの友好を邪魔した何者かだ。二つは一つかもしれないがまだ尻尾さえも掴めていないのが現状だ。皇族の敵は五万といる為なかなか分からないのだという。
だがこの国とサルバドールはもう一度友好を結ぶチャンスが来た。それが今だった、戦争も終わり徐々に戦争賠償についてなどがサルバドールの国会でも話し合われているが、サルバドールには友好国としての未来とルーレシアの属国になるかの二択だった。サルバドール側は友好国になりたい様子に帝国貴族は友好を結ぶか属国にするか決めかねている。だが、シリウスはこのまま友好国として新たな関係を築きたいと考えていた。
この不毛な百年戦争を二百年戦争にしたいバカがどこにいる。
もうお互い癒える事が出来ないほど深い傷を負ったこれ以上争い合う必要が果たしてあるのかネモも疑問に思っている。
「問題点は4つ、まずネモの処遇だけどこれは私が噛み付けば解決する。皇族の番に手を出すのなら帝国から教会を追い出すだけだよ。だけどアノスの処遇はまだ分からない。教会は今のところアノスに興味はないようだけど不安の種は摘んで起きたいんだ。そして17年前の国賊の正体を突き止めサルバドールとの和解並びに友好条約の成立だ」
3人とも顔を見合わせいい案はないか、と試行錯誤している時だった。
「兄上、私がアノスの魔眼を治すと言うのはどうでしょうか」
これなら行ける、とネモは手を叩きながら突拍子もないことを言うのであった。
「おいネモ、お前死にたいのか?ずっと思ってたが最初っからお前死にたがりだよな」
「正気か?」と問うノアとは反対にアノスは「勝算は」とノリノリのご様子だった。このまま丸め込めればまず一つ解決する。
果たしてこれを弱りきったネモが出来るのか、問題はそこだ。
「勝算は、ある。」
ネモはライフォードの様子を伺うようにちらりとライフォードを見るのだった。だが、ライフォードは何やら考え込んでいるようで彼はメリットとデメリットを頭の中で計算し考えているのだった。
もし本当にネモの案が成功するのなら不安の種は摘めるしアノスがもっと強くなれば放っておいても構わない上にこちら側としても戦力増強になる。
一石二鳥のチャンスだった。
「ネモ、話してごらん。私はネモが一番大切だから少しでも雲行きが怪しくなればこの話は無かったことにするよ、いいね?」
「はい、兄上」
ネモが語るにはこうだった。分かっている治癒の発動条件は対等な何かを代償にすることで治癒が可能になりそれは今まで自分のみを指定していたが他人も指定出来るかもしれない、もし出来なくてもその自分という定義はどこからどこまでなのかが曖昧な為アノスの体の一部に触れていればアノスもネモ自身と仮定され発動するかもしれない。
ネモが言っていることは確かに理にかなっている。流石は私の弟なだけあって美しくて聡明だ。
でも弱りきったネモに危険な綱渡りをさせて良いものか・・・
ライフォードはシリウスとしての自分の立場とネモの身の安全を天秤に掛けていた。
そしてネモの意見を試すのが一番勝率があると踏んだのだろう。
「よし、その案試してみようか。」
「いいんですか、兄上!!」
「いいよ、でも体調が戻ってからね。実験はアノスを治癒対象に私とノアを代償の対象にして私達はネモと手を繋ごう」
アノスとネモは「乗った」「げ、俺かよ」と口々に言うが概ね賛成のようである。ネモはその決定に安心すると肩の荷を降ろすがそこへだった、丁度目覚めたヘクターがまだ覚束無い足取りで「あのすー、あのす、あのすー」とアノスの姿を探しながら執務室に入ってきたのだった。
「あのすー見っけ」
そして同じように一連の流れを説明したのだった。
するとヘクターは怪訝そうな顔をしてそれならと続けた
「それなら代償の対象は自分の方が適任だと思いますよ。だってライフォード先輩とノア先輩はアノス様の番では無いしそもそも我の強いアルファ同士でしょう。協調性無いから無意識にグレアで反発し合いますよ」
ヘクターは何も含みなく純粋にそう言うとすぐさま三人から怒りを買いノアに追いかけられながら部屋中を走り回るのだった。
「やんのかてめぇヘクター」
なんで俺が怒られてるんすか?
だってナルルで喧嘩してた時3人ともグレアで威嚇しあって周りのベータとオメガ、震えてたよ?
ネモはやれやれと言った様子でヘクターの隣に立つと続けた。
「確かに言ってる事は納得できる、それで行こうヘクター。3人ともいいですよね」
「俺は反対だ。危険な事を番にやらせたくは無い」
そうアノスが言った時だった。
「アノスはいっつもそうだ。なんで俺の意見は聞いてくれないの、そんなの分かってる、けど俺だって番を守りたいわけ。番になってるのに籍さえ入れてくれない、ねぇホントに俺の事愛してるの?」
これは長い長い喧嘩になりそうだとネモ、ノア、ライフォードの三人は早々に二人を執務室に置いて逃げたのだった。
ノアとライフォードによればあの二人の喧嘩はすぐ拗れ気を使ってどちらかの見方をすると片方が激怒し自分にまでその矛先が向いてくるという。
「夫婦喧嘩、犬も食わぬって言うしなー」
「ご飯でも食べようか、ネモ」
「訓練所行くかー」
ネモは心の中でやはり「家畜」と思うのだった。
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