片田舎の稲穂~愛の重たい兄上に困っています~

みっちゃん

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金色の稲穂

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「流石は帝都の教会、どこを取っても美しいな」


ネモはそういいながらゆっくりとその光を放つような柱に触れた。
大きな柱が無数に立ち上がり、その間には上質なガラスがいくつも付けられており床に太陽の木漏れ日を作っていた。ガラスの表面には天使が雲から降りてくる絵画が一つ一つ丁寧に描かれている。

きっと夜になったらもっと美しいのだろう。


「どの式を覗くんだ?」


ネモとノアは誰かに招待された訳では無いので入れる式は限られているのだが案内を見ると一つだけ公開結婚式と書かれた札があった。
だがお金が無い民がやる印象の強い公開結婚式の割にその札には多くの装飾が施されており熟練の彫り師が入れたとしか思えない遊び心とセンスが伺える刻印が刻まれている。


「ここにしよう、・・・何故か呼ばれたような気がするんだ」


・・・何故だか足がそちらに向いてしまう。

正午を知らせる低い鐘の音と共にネモはそちらに向かって歩き出す。
不思議なことにネモは案内など見ずとも直感のみでその部屋にたどり着いて見せた。

ネモはどうにも消化しきれない気持ちを抱えたまま誰かの幸せを見る届けるのは気が引けたがノアは気にすることなくネモの手を引きクライマックスを迎えようとしてた式に参列した。

参列した結婚式は参列者が多く席などとうに埋まって多くの人が後ろから一目花嫁を見ようと立っていた。
足元を照らすように付けられていたであろうあの美しい絵画の窓ガラスは外されており、庭からも色んな人がガラスがあったであろう所から身を乗り出ており花嫁側の参列席は人でごった返していた。

首を痛めるほど高くにあるのは光を反射し煌めく豪勢なシャンデリアだった。そのシャンデリアの光の下で式は行われている。


どうやら花嫁は近くに併設されている孤児院の出身で成人とともにここを卒業したらしい。彼女は持ち前の明るさと逆境にさえ文句を言うどころか喜んで行ってしまう性格が街の皆から愛されそのせいでこの大混雑の結婚式なのだろう。
そんな彼女が夫婦の誓いの前にどうしても読みたかったのは彼女の手にある小さな手紙だった。


「親愛なる私の愛する家族達へ」


貴方達は戦争孤児になった私を心暖かく迎え入れてくれた上に私の好きをずっと応援してくれていました。
沢山の家族がいるのに私が先生になりたいと語った時、惜しみなく勉学に励めるようお金をくれました。

今思えば理不尽に喧嘩をしたあの日々が懐かしいです。

今日は花嫁になる私を支えてきたこの街にお祝いされたくてわがままを言ってシスター達に窓ガラスを外して貰っちゃいました。
そして隣でいつもと何も変わらぬ訓練をする聖騎士に見守られながら私の中の日常で結婚式を行うことを夢見て生きてきましたがその夢も今みんなと隣にいる夫に叶えて頂きました。
そして訓練に忙しいはずの聖騎士の皆様にも参列をして頂きました。

本日は私と夫の結婚を祝って下さり心から感謝を申し上げます。



彼女は涙ながらにそう語るとそれにつられ至る所で涙を流し始める人が続出した。

あの日泥まみれになっていた子供がこんなにも大きくなりもう手を離れてしまうのか、みな口々に花嫁の過去を話していた。

きっと花嫁の幼い頃の出来事は誰の心の中にも残っているのだろう。

その聞こえてくる話の数々は花嫁の人柄の良さと新郎の誠実さが現れており思わずネモもこの人達の元に子供として生まれてこれたら幸せな人生を歩めるのだろうと感じた。

まるで自分には悲しみそして喜ぶ者はいないだろうと考えているネモだがきっとネモが結婚する時はマリアが手を離れる寂しさに泣き喚くだろうとノアはそうなる未来を描いていた。

花嫁のドレスはこの日のために皆でお金を出し合い近くのジェリーショップと有名なデザイナーが協力し作り上げたという。

コンパクトなトップスからふんわりと広がるビッグスカートが印象的なそのドレスには数々の刺繍と所々散りばめられた宝石が息を飲む程に美しい。

貴族も顔負けのこのドレスは彼女が結婚をすると知った街の皆がお金を出し合い作ったものだった。彼女の結婚に街は喜び舞い上がった末気がついたら苦しい生活を切り詰め一家庭1万ゴールド近く、3人が2週間は食べていける程の食費に相当する額が50世帯から出された。

彼女はこの話を聞くとドレスは諦めていたから嬉しいと涙ながらに話しそこに立っていた。

ティアラは無数の細かい金属パールが何層にも繋がり1番上には素敵な水晶が飾られていた。彼女の髪の毛は丁寧に結ばれ耳の延長線上に花のようにしてまとめられその隙間には花が沢山飾られていた。

それはネモが買った花と同じ種類の花で新婦の真っ黒な髪色によく映える色だった。


「ヘクターが結婚をしたいと言うのも分かる気がする」


ノアはそうポツリと呟くとそれに被せるようにネモも「美しいな」と呟いた。
彼女だけが美しいのでは無いここまでに至る所物語を含めた美しさなのだ。

その頃だったすぐ隣にある練習場では何やら盛り上がっているのか大きな歓声と弓を射る音が鳴り響いた。
きっと花嫁はこの日常で育って来たのだろう、日常の音に嬉しさで微笑むと新郎に一番の笑顔で笑いかけた。

新郎は花嫁がシスター達に下ろして貰ったであろうヴェールを震える指先で手に持った。
これを捲れば花嫁を幸せにするという義務と責任がやっと親に当たるこの街の人々から新郎へと移るのだ。男はゆっくり数度息を吸うと覚悟を決めたようにそのヴェールを上まで捲った。


「エマ、本当に美しいよ」


ヴェールの下から現れた花嫁の顔には白い肌によく映える赤のアイカラーがセンス良く塗られており頬は照れたように赤く染められていた。そして真っ直ぐ新郎の方を見ると彼女は口を開いた。


「トーマスだってとても素敵だわ」


そしてトーマスと呼ばれた新郎と新婦エマは神父様に向き直ると仲睦まじそうに微笑みあった。
馴染みがあるのだろう神父はキャソックでその涙を拭くと二人の誓いを見届ける為そっと慈愛を感じさせる少し霞んだテノール声で続けた。


「新郎、トーマス・ハイデンに問います。病めるときも、健やかなるときも、愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」


「誓います」


新郎は強い覚悟のある声で声が裏がえることも無く安心したのだろう見るからに肩の力を抜いた。
その様子をみな微笑ましそうに見ていると音楽隊が静かに演奏を始めるのだった。

花嫁や花婿と関わりのある参列者全員が二人の結婚を今か今かと待っている。


「次は新婦エマ・ヨゼフに問います。病めるときも、健やかなるときも、愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」


「っ⋯誓います」


「ではこのミラージュ・ヨゼフが二人の結婚をここに承認致します」


溢れてくる涙を花嫁は手の甲で拭くとそのまま神父に抱きつきまた涙を流した。「お父さん、お父さん」とそして神父の瞳からも涙がこぼれ出しやっと収まりかけていた参列者の涙も煽られ至る所で鼻をかむ音が鳴り止まなかった。

この神父は花嫁の孤児院の院長でありここの神父なのだと言う。だから神父と花嫁のラストネームがヨゼフと同じだったのだろう。

だが、この式が終われば花嫁は孤児院とも教会とも繋がりが無くなった上にヨゼフではなく新郎と同じくハイデンになってしまう。

ネモにとってはこれが生まれて初めて見る結婚式だった。
だが、こんなにも愛と涙に溢れる結婚式になる事は誰もが出来ることでは無いとネモは理解した。
そして先程までネモの心を支配していた暗い淀んだ気持ちは幸せが満ち溢れている彼らの結婚式により遥か彼方へと飛ばされてしまった。


式は順調に進み拍手とともに新郎はポケットから指輪を出すと花嫁の薬指に着けた。
そして花嫁が指輪を渡すのだろう、その時扉の方からわらわらと幼い子供たちが隊列を作り、走って花嫁の元へ向かう小さなリングガールとリングボーイの登場だ。その列の中には先ほど花を売ってくれた二人の姿も見つけネモは姉の首に提げた籠の中に指輪のケースがあるのに気がついた。
彼女もネモの視線に気がついたのだろう、ネモと目が会うと満面の笑みで手を振った。


その粋な演出にみなが涙する中どこからか度々聞こえてきた弓の空気を切る音が近くで聞こえてきた。


その瞬間だった3人を乗せた壇上の上で小さく光を放っていたシャンデリアが音を立てて落ちてきたのだ。シャンデリアを吊り下げていたチェーンにその矢がぶつかり金具が金属独特の音を上げて飛んだのだ。

その瞬間はやけにゆっくり見えた気がする。

新郎は時空がねじ曲がったようにも思える永遠の空間で何も知らずに幸せそうに微笑む新婦を己の身の下に隠した、だがシャンデリアがガッシャーン!!と地面を叩きつける音だけが広がった。そして耳が張り裂けるような金属とガラスが地面とぶつかり合う気味の悪い音と共に辺り一面が血の海になった。

飛んできたと思われる矢は緩い放物線を描きまだ天井のチェーンから実践向きでは無い装飾に耐えきれず落ちてきたのだった。


「え、⋯⋯」


数拍置いた時だったキャーという悲鳴が至る所から上がり聖騎士が我先にとそのシャンデリアの周りを囲み持ち上げた。その隙間から引っ張りだされた神父は足を軽く痛め、頬にはガラスが通った後がくっきりと残っていただけだった。だが遅れて引っ張り出された二人は抱き合うようにして上半身を跡形もなく潰されている。

ネモは人が目の前で亡くなる瞬間を見たのは母が亡くなった時そのたった一度だけだった。

死に放心したように動けなくなると何も出来ない自分は何をしているのだろうとその場から切り離された感覚だけがネモを襲う。
ネモの小さな手先が、指先が震える

辺りはまだ血の海になったままで騒然としていた、子供達の泣き叫ぶ声、二人を心配した声、懸命に命を助けようとする声、シスター達と参列者が子供たちの目を多い泣き叫ぶ子供たちを抱き上げ外に出ようとしていた時だった。


「あ、すみませーん。式典用の矢飛んできませんでしたか?」


間抜けな声とともに豪勢な身なりをした男たち数人がぞろぞろと歩いて来たのだ。そして悪びれる様子もなくこの惨状を目にすると「おえっ、気持ち悪」、「カスタ、お前の弓術は大失敗だな」「俺の矢はどこだ」と他人事のように矢を探し始めた。
その中心に居るのはなんの偶然なのか先程花を売っていた女の子を突き飛ばし弟に手を上げようとした男ではないか。

ネモは床に腰を抜かしへたり込むように地べたに座った先程の彼女と目があったのだ。

自分を突き飛ばしただけでなく弟に手をかけようとした。その挙句の果てに自分の愛する人の人生までも奪うのか、世界とは理不尽なものだ


「あ、気まず。俺ら矢取ったら帰るんでさーせん」


彼らはそう言うと自分らの矢で10メートル以上はある天井から落ちてきたシャンデリアに見るも無惨な姿に潰された二人など気にも止めずただ矢を回収する。そして新婦新郎の二人をちらりと見ると命の重みも分からないのかゆっくりと談笑をしながら入ってきた窓に向かって歩き始めた。

彼らの行動をただ見ていた彼女の目は憎しみと憎悪、そして殺意と怒り色んな感情が入り交じった・・・まだ幼い子供がして良い瞳ではなかった。

彼女は近くに落ちていたガラスの破片を震える手で持つと立ち上がろうとその場を這いつくばった。


そしてこの場にいる唯一の聖騎士はというと高位貴族の息子達なのだろうか⋯彼らを見ると何も出来ず悔しそうに見ているだけだったのだ。



何故、元々幸せに満ちた人生を送るはずだった者が貴族にそれをぐちゃぐちゃに壊されないと行けないのだろう。
私が守ってきた貴族としての当たり前は何なのだ。

貴族が領地の経営をしっかり行わないせいでスラムが出来上がり生きて行けるはずだった尊い命が亡くなって行く。
昼見たあの親子だってもっと生きていたかったはずだ。

あの潰された二人だってこれから幸せに生きてそれで子供を授かり、幸せな幸せな⋯⋯
所でなぜ私は身を削ってまで民を守ろうとしたのだろう。


ネモはそれに気がつくと悔しさで涙がいっぱいになり真っ直ぐその貴族の元へ走っていた。


「⋯っ、お前らは貴族なのだろう、なぜ、なぜ己の民にこんな扱いができる」


誰も言えぬと言うなら私が言おう。
元より民を守る為のこの命、民を守るためなら捨てても構わない。


すると空気は揺れ、男達はみな顔を見合わせて吹き出したように笑う。
まるで平民は虫けらに過ぎぬとでも言うかのように。


「それは俺に関係あんのか?汚ぇゴミみたいな平民抱えてお前も何必死になってるんだよ。偽善者」


その言葉にネモは怒りを顕にし自分の中で何かがプツリと音を立て壊れていくのを感じた。

いつも貴族が金のない立場の弱い人間を害し自分たちはその弱い人間の犠牲の上に成り立っている事を忘れ挙句果てに貴族の誇りも人間としての最低限の理まで捨てたのか。

帝都は狂っている


ネモはその細い腕でカスタと呼ばれた中心にいる男の襟首を掴むとそのまま力任せに激しく彼を揺らした。


「お前は、お前は何故そんなに、、⋯身を犠牲にして、民を守った、⋯⋯私が、バカみたいじゃないか。これ以上私を、帝国貴族に失望をさせないで、くれ」


「何をっ、平民のくせに」


カスタは自分の襟元を握っているネモの手を無理やり振り切ると離されてしまったネモの腕から鋭い一発が空気を斬る音と共に頬に痛みを感じた。


「お前など生きている価値もない」


そう言ってネモは気が済んだのか花嫁と花婿に駆け寄った。


「頼む、生きてくれ、止まってくれ」


大怪我をすると血が流れ出て死んでしまう止血が一番だとネモは己のローブを脱ぎ捨て花嫁の途切れた腹に被せた。
その瞬間だった、光に反射し揺れる銀髪が大衆の目に止まったのだ。ノアは何事も無かったかのようにネモに己のローブを被せたが時すでに遅くネモの存在がその場にいる全員に知れ渡った。


「精霊の愛し子だ」「西で出たあの噂は本当だったんだな」「愛し子だ」「闇市の毛束は本物だったのか」「王宮でも密かに捜索がされていたそうだぞ」


参列者と何事かと騒ぎを見に来た人々は口々にそう言っていたがネモの耳には一切入ってこなかった。ノアはそんなネモの様子に観念したかのように自分の緩く着こなしたシャツを脱ぎ新郎の腹に当てる。遅れて聖騎士の口からは「ノア・ヘクテレス」と出てきたがノアも敬礼をし返す余裕が無い目だけ軽く合わせるとまた新郎の腹を押さえた。

もうきっと彼らはまともな方法では助からない。だが一つだけ方法はある。

ネモは自分の身などどうでもいいかのようにありったけの声で叫んだ。


「お前ら幸せに、なるんじゃ無かったのか」


「⋯っ、頼むから生きてくれ」


ネモは己の太もものホルダーに付けていた剣の存在を思い出しこれしかないと覚悟を決めた。


「おい、なにするつもりだ」


そこへ丁度担架を持った人々が駆けつけてくるがノアは大きく振り上げられたネモの手首を掴みあげる。


「これしかないんだ、離せ、ノア」


ネモは自分の腕を掴みあげたノアの手に噛み付くと手にあった短剣をグッサリと反対の腕に突き立て腕の方に向かって数回切り裂いた。ネモの血は辺りに飛び散り大きな血溜まりを作った。すると参列者の悲痛な叫び声と共にその場は青白く光り輝き辺り一帯を包んだのだった。

物の数秒だ、精霊を生み出した神の御力とさえ思えるようなその神聖な光は二人を包み込むと潰れていた体がみるみると再生して行った。一番状態の酷かった花婿が先にゆっくりと穏やかな息を吹き返すとそれに遅れて花嫁もえずくようにして数度咳をしながら息を取り戻す。


そして青白い光が完全に消えるとネモはぐたりとノアの方に寄りかかり意識を飛ばした。ネモのその顔は血の気が引き明らかに血液が足りないことを表している。だが不思議な事にネモ以外の血はそのままそこに残り続けネモの血のみが綺麗さっぱり無くなっていた



「ネモ、おい、しっかりしろネモ、ネモ」



正に絶対絶命、いち早くネモの腕の傷を塞ぎ血を分け与えなくてはとノアはその場を立った。
その時だった。


「私の愛しいネモに触るな」


教会の入口から来た圧倒的なアルファの強烈なグレアにベータまでもがみな震え跪くしかなかったのだ。

空気が重く体にのしかかりアルファの中でも上位に位置するはずのノアでさえ上から押さえつけられるようなグレアに耐えきれなくなり膝から落ちた。そしてその圧倒的なグレアに屈しその場に跪いていた。
強すぎるグレアを一度に沢山浴びると最悪死んでしまう。
ほとんどの者は強すぎるグレアに嘔吐し気を失っていた。この状況下なら気絶した方がまだマシだ。

この圧倒的なグレアはノアにとって何度も戦場で、居るはずのない彼の後ろで感じたことがある身に覚えしかない物だった。
グレアの主を確認するようにノアはちらりとグレアが発せられた方を目線だけで見るとやはり見慣れた黒の軍服を着た、騎士団を連れて歩くルーレシア帝国第一王位継承者、皇太子シリウス・ルーレシア本人が居たのだった。








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