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金色の稲穂

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朝一番に起床し他の騎士たちの点呼と昨晩の後始末、その他もろもろをしているとアノスはあの三馬鹿がまだ起きていないことに気が付きやれやれと重い腰を上げ奥の天幕へ急いだ。

少し中を覗けば3人は腹を出し思い思いに互いを蹴りながらもぐっすりと眠っていた。


「全く、それでも騎士団長と国を守る騎士ですか⋯⋯いい加減に起きてください。あぁ、クソ酔っ払いども」


アノスは思いっきり天幕の皮ごと剥ぐと支えの棒だけになった数秒前まで天幕だったそこでは3人が芋虫のように太陽から逃げようと這っていた。


「ん、んん、眩しい」


太陽がめらめらと地面を焼き付けその強い日差しがアノスの手によって3人に降り注ぐ。強烈なその光はまだ目覚めたくないという3人の顔をこれでもかと照らしていた。


「っ、⋯」


「ネモ様、起きてください。私に言う事がございませんか」


「⋯っ?!」


ネモはやっと意識が戻り始め起き抜けにノアの顔を踏みつけ文字通り飛び起きたのだった。するとその様子を呆れながら見ていたアノスはため息を着くと更に呆れた様子で昨晩あった出来事と何故そうなったかネモに説明を求める。

時は遡るがアノスは昨晩、ネモが水浴びに行ってから2時間が過ぎ流石に遅いと心配していた時だった。バーボンのみが走って戻って来たでは無いか、これは何かあったな、とアノスは何か嫌な予感がして酔いなど一瞬で冷め剣をし走って湖に行ったのだ。するとそこでは荷物を散らかし足だけを湖に着けたまま幸せそうに眠るネモの姿があった。あの時、アノスは柄にも無くネモが寝返りを打つと生きている安心からぐっしょりと自分が冷や汗を流していることに気がついた。

全く、人のほろ酔い気分を邪魔しやがって。

やれやれ、とアノスはネモを抱き上げバーボンの背にネモだけを乗せると天幕へ着くなりノアとヘクターの間にネモを力いっぱいぶん投げた。


「そうか、すまない。昨日のことはよく覚えていない」


歯切れが悪そうにネモが言うとゴツン、と寝起きの頭にアノスの拳が上から振ってきた。


「ぁいてっ、⋯」


「眠くなったら家で寝る、子供だって出来ますよ。反省したらまずはごめんなさいが先です」


「⋯ご、めんなさい」 


「分かったら出発の準備をしてこい、若造」


アノスはそう言いうと残りの2人を容赦なく蹴り起こした。そして2人にもおはようの挨拶に拳を落とす。その日は朝っぱらからアノスによる「成人して日の浅いネモ様ならまだしもいい歳した大人が酒に飲まれてんじゃ無いですよ。あんた達仮にも自分が騎士団っていう自覚はあるんですか」と長々とした説教から始まった二人は憂鬱そうな気分で時折襲ってくる吐き気に口を押えながら道中を走った。



その日からアノスによる徹底的な酒の管理が始まりこれまでの遅れを取り戻すかのような緻密なスケジュールで夜通し何日も走り続け、数日が経った。

遠目からでも城が見える程、城に近い街だった。そこは帝国の中央なだけあって検問所を過ぎると何やら大賑わいを見せていた。誰もが笑顔で色とりどりの花束を家の前に置いてあるバケツの中に向かって投げては取り出し火を囲み燃やす。

流石に騎士団の本拠地である帝都では騎士団の隊長達は有名すぎてすぐに応援しているという人々による人だかりが出来てしまう。その為ネモ以外は騎士団から配給されたのだという薄手のローブを人目に付く前から既に腕に通しきっちりボタンまで閉めていた。そしてネモと同じようにローブの帽子を深く被ると馬から降り。
ネモの以下にも安物だと言わんばかりの赤いローブとは対照的で海の底のような色の上質な布で作られたローブの背中には対になる剣が銀の糸で堂々と刺繍されている、そして首には同じく銀の糸で編み込まれた紐が付いておりそこで首元を絞っていた。
前を止めているボタンは贅沢にもヤスリがけをされており時々太陽に反射に光り輝いているではないか。


街に入りしばらく歩いた先の大広場では何か祭り事があっている最中なのだろう、ここでも人々が色とりどりの花束を噴水の中に投げては拾い上げ燃やしている。どうやらこの世界が精霊に祝福されたとする日が今日だという。

帝都ではこのような祭りにも手を入れ戦争中出来なかった分今年は凝っているのだと言う、だが例年はもう少し人が少ない上に花も種類も少ないのだという。帝都名物のひとつで年中行事だしうだ。

この一日全てが精霊に感謝をするための物で今日はそんな精霊祭が行われていたようだった。


「ノア、何故人々は顔に赤い線を書いているのだ」


私は顔に赤い線を描いている最中の親子を指差しノアを見上げる。


「あれは火の精霊の存在に感謝するために精霊とその眷属たちの仮装をしているんだ。聖書によれば火の精霊とその眷属は炎の線が顔入っているらしい。水の精霊は額に水晶を付けているらしいから水色の塗料で額に丸を書く。風と土は知らん。」


「俺は勉強は苦手だ」とノアは話を途切れさせるとお前も塗ってみるか?と近くの女にナンパついでに塗料を貸して欲しいと言いに行こうとしたのだろう。アノスはそんな気配を察知するとノアの首根っこを掴みそのまま仮装の説明を始めた。

この国を守る騎士団長が女遊びが手を出しているなど知れたら大問題だ。


「風は手首に疾風の模様が刻まれていて土は瞳が石で出来ているので目の周りを土色の塗料で囲うんです。どの精霊も高位の存在になればなるほど線は増え模様はくっきりとした色になり装飾が派手になります。そして光の精霊と闇の精霊はどちらになる事も出来ると言われている為両手首にそれぞれ対になる色の違う線を入れます」


アノスはそう続けると静かに中央を見つめた。

中央の警備兵に馴染みの騎士がいるのだろう軽く手を上げるとアノスに気がついた向こうからは右胸に左腕を添えた敬礼が帰ってきた。


「んでんで、この日に結婚をする夫婦は多いっすよー!何せ精霊に祝福された日ですからね」


この隊で一番結婚願望にまみれているヘクターは教会を指さし言った。
彼が言うには早く愛する人を見つけて可愛い子供を授かり自分の勇姿を見せたいらしい。なんという贅沢な願い。

だが、賑わう中心地を少し外れればそこは別世界だった。

そこは暗い路地が無数にありネモ達の進行方向から2つの足音が走ってきた。

それは誰かに追いかけられた裸足の少年の足音と後ろを走ってくる男の姿だった、少年はきっと盗んだのだろうパンを手に必死に裏路地へ逃げていったのだった。


「くそ、またあの糞ガキか」


少年を追いかけていた男は店主なのだろうエプロンを乱暴に脱ぎ捨て肩で息をすると「くそ」と言いながらここらでは物珍しい上質な布に包まれたノア達に気が付いた。そしてすれ違い様に今度はノアに向かって何やら言いたいことがあるそうだ。ボソッと何かを言うと今度は聞こえるような大きな声で続けた。


「お前さん達も気をつけな。そこそこ身なりがいいみたいだからな、せいぜい盗まれるなよ」


それだけ男は言うと「次こそあの糞ガキをぶっ殺してやる」と息巻き、来た方向に戻ろうと振り返る。


「なぁ、親父さん。あの子のパン代は私が払おう。だから子供がパンを盗むのは目を瞑ってくれ」


ネモはそう言うと隠すように立ちはだかっていたノアの背中を押し退け、行かないで下さいと言わんばかりにネモの腕を掴んだヘクターの腕までも振り払う。


「いつかここもこのような貧民街が無くなる。だからその時までどうか頼む」


「坊ちゃん、こっちも生活がかかってるんだよ、ふざけるのも大概にしといてもらおうか」


からかわれたと勘違いしたのだろう男は青筋を立て怒りで体を震わせるとネモを力の限り殴ろうと腕を振りかざした。だがネモはその腕を力を殺すようにいなしながら組みとるとその掌に己の金を入れていた巾着ごと握らせた。そして「神の御加護が貴方にあらんことを」とだけ言い残しネモはノアの後ろに大人しく戻った。

自分より小さいネモに呆気なく腕を取られ尚且つ手の中には何やら重たい物を握らされた男は思わずぼーっと何が起きたか分からずに居たがふと巾着の中を見た。するとその巾着には家族4人が軽く5年は暮らせる量の金貨が入っているではないか。男はそれに気がつくと貰いすぎだと慌ててネモの姿を探すがもうその路地には誰も居なかった。


「ほんとお人好しですね、ネモ様。いつか金欠で借金地獄に陥りますよ。」


「そんな事は無いしそんな事にもならない。私が守るべき民で無くても貴族である以上私には民を守る義務がある」


「お前は本当にあれの弟なのに出来すぎ。もう少し肩の力を抜けよ」


「ノア様の意見に賛成。ネモ様、あんたもまだ甘えて良いお年頃なのを忘れないで下さいよ」


ネモを取り囲み隠すように歩く騎士達は次々とそう言った。
そしてアノスはネモの頭に手を乗せるとローブの帽子越しに乱暴な手つきでその形のいい頭を撫でた。


あの不思議な現象から早数日、隠れて実験を繰り返して行くうちにネモはこれは他言無用にせねばならない力だと確信していた。
ネモはバーボンの傷が治っているのをノアに気づかれたら流石に不信感を抱かれるかと思っていたが脳筋なノアは「お、もう治ってやがるな。流石天下の暴れ馬だな」で解決させてしまった。だからこれでもう誰かにこの力を疑われる心配は無い。


私はこの力の限界について知りたくなり道中たまたま遭遇したまだ亡くなったばかりの野うさぎで試してみた。そこで分かったのは体のパーツが切り離されていて数年経っている様なものも治せてしまう。だが、水浴び中に見つけた腕がちぎれ死にそうな野犬に試した時は犬が全開したその時強い吐き気を催した。つまり己に何かが帰ってくる。
そして完全に亡くなった動物で試して見たが時間が経てば徐々に蘇ったとしても障害をきたし初め2時間を過ぎると完全に蘇らなくなる事が分かった。
だが野犬を治した時よりも2時間ギリギリ待って治癒を施すと自分に掛る負荷が強く治し終わると同時に私は意識を失い翌日も血を吐き頭痛と吐き気に襲われた。

更に別に触れなくとも発動する、ただ治ってくれと強く祈るだけで発動するのも分かった。その祈りの強さによるのだが軽く祈れば皮下組織が見えていない程度の傷までは跡形なく治ってしまう。だが強い力を使おうとすると過度な負荷が自分自身に加わり副作用の様に頭痛、吐き気、鼻血などの代償が現れた。

恐らくだが精霊相手に代償無しで力を使わせて貰うことなど虫が良すぎて力を貸してくれない。代償は特に指定をしなければ頭痛、吐き気など体に現れるようになる。だが髪の毛や血液など代償の指定をしてやればしっかりとそれのみを持っていく。足りなければ頭痛や吐き気で補う仕組みらしい。

やはり無秩序に使えば身を滅ぼしかねない。


それにしてもこの街は酷い、中心を外れるとどこそこにも死体が転がっており遺体にウジが湧きハエが集っていた。
そしてその傍には彼女の子供と思われる遺体も寄りかかるようにそこに放置されていた。


「ここは帝都なはずだろう。何故こんなにも管理がされていない」


ここは陰と陽の差が激しすぎる。
グラウジー領の方がまだ幸せに暮らせるだろう。


「お前みたいにまともな頭で公務をやってる貴族の方が珍しいんだよ。安心しろ、そろそろ一斉に首が飛ぶはずだ」


「首が飛んだところで誰かの大切な人はもう二度と戻ってこないのだぞ。帝都は狂っている」


ネモは死体になった子供の瞳を閉じてやるとせめて来世では幸せになれと指を組んで祈った。そしてノア達が振り返った瞬間軽い治癒をかけウジやハエなどを取り除くと少しばかり肌ツヤが良くなった遺体をせめて綺麗なまま火葬されるようにと近くの警備隊に声をかけた。

だがノア達は警備隊にのみちらりと顔を見せると気がついた警備隊がノア達に敬礼をする暇なく乱暴にネモの腕を引っ張り明るい道へと進む。


「そう、だよな。明日城に行くと伝えてある。だから今日はもう宿に行こう」


「ネモ様、昔はここも違ったんです。帝都を勘違いしないでください」


ノアも、アノスもヘクターも顔を曇らせ下を向くと彼らはこの街の惨状を隠すかのようにネモを急ぎ足で宿へ案内した。

地方に比べれば物価が高く宿代もかなりかかったが一泊のみなはずなのに6名の騎士とノアとネモ、そして7頭の馬で24万ゴールドもした。
生活に余裕が無いのだろう店主のノア達を値踏みするように何かと理由を付けて値段を上げていく態度にネモはウンザリしながらも、「もういいや」と更に1万ゴールド追加し「もうこれ以上私達に関わるのなら別の宿に行く」と一言脅しをかけ案内された部屋に上がった。ネモは上がり込むなりローブと服を脱ぎ散らかしラフな格好でベッドに転がる。

そしてそのすぐ隣の机では同室になったノアが帝都の検問に我慢が出来なくなったバーボンが暴れた際の書類作業に追われていた。

検問所でバーボンは小さく嘶くと我慢の限界だと言わんばかりに前足で空中を叩き二足歩行をしながら目に付いたもの全てを蹴り飛ばし始めたのだった。その被害は人も物も相当なものですぐに帝都に騎士団長とその暴れ馬が戻ってきたと話題になった。


「ノア、散歩に行ってもいいか?教会が見てみたい」


悲しい現状を知ってしまったら少しでもここに生きている幸せの数々を見て悲しみだけが溢れているのでは無いと思いたくてネモはヘクターが今日は結婚式を挙げる夫婦が多いという話を思い出した。


「ちょっと待ってろ。それどころじゃない、あのバカ馬が暴れたせいでこちとら書類に追われてるんだよ」


ノアの言うバカ馬はとりあえず検問所の天幕を蹴り飛ばし止めに入った騎士数名を踏み潰した。そして近くにあった荷馬車の積荷を蹴り飛ばすと検問所では大パニックが起こりそれに刺激され更に暴れ回ったのだ。死人が出なかったのが唯一の救いだがやはりノアが想像していた通りバーボンは検問所でその気性難っぷりを披露したのだった。


「ならばいい。一人で行くから合鍵を渡せ」


「それは無理だ。ぁあもう、しょうがない、俺が付いてってやるから。
だから何があっても部屋から勝手に出るな」


ノアはそう言うと渋々と言った様子で普段着に着替えると剣を持ちチンたらとどこに脱ぎ捨てたか忘れたネモのローブをネモに被せた。
そしてただでさえ汚い上に走り書きで誰も読めないだろうという時で教会に行ってくると書類の裏にどデカく書き部屋を去った

この宿は中心地に近い為まだ治安が良く男性なら一人で出歩いても問題無いだろうという感じだった。番無しのオメガや女はすぐに攫われると言うがノアが入れば安心だ。それにネモも剣が扱えない訳では無い。ただ筋力がないせいか小ぶりの短剣をナイフホルダーにしまい込み太ももに付けているだけだった。その剣筋はノアが言うには悪くは無いというもので何かあっても逃げ切れはするだろう。

ただネモを危険な目に合わせたらライフォードから何をされるか分かったもんじゃないノアは溜息をつきながら教会に向かって歩く。


近い間歩けば教会の大きな白い壁が見え初め、教会に近づくにつれ孤児院の数も増え外を歩く幼い子供は増えていった。

教会には色んな目的を持った人が訪れる、祈りを捧げる者や誓いを立てる者子供に恵を与えに来る者それぞれがそれぞれの目的を持ちみな一同に幸せそうな顔をしていた。


教会に入る為の受付をしていた所だった。


「お兄さん達、お花買っていきませんか?」


声をかけられてネモが振り向くとそこには片足が無い幼い女の子が杖を片手に立っていた。
そして持っている看板には私達にお恵みを。と教会の責任者の名前と共に教会のシンボルマークが描かれていた。

彼女が首に下げていた籠の中には孤児院で育てられたのだろう優しい色合いの小さな花達が無数の束になって一つ一つ綺麗に包装紙で包まれていた。それらが敷き詰められていた籠はとても美しく思わずネモの心が踊った


「ああ、一番綺麗な花束を2つくれないか」


ネモは子供の手にシーっと身振りをしながら看板に書かれた金額の倍を乗せると深めに被っていたローブを少し上げ真っ直ぐ女の子を見た。


「ちょっと待って!」


女のはしばらく「これが一番可愛い!でも、黄色も⋯」と悩み抜いた末淡い赤と黄色の花が多く包まれた花束ともう一つ「お兄ちゃんの髪の毛と同じ色だ」といい白一色の花束をネモに手渡した。


「ありがとう、無粋な事を聞くけれどその足はどうしたの。言いたくなければ言わなくていい」  


ネモは子供の視線に合わせる様に座ると花束を受け取りその甘い蜜の香りを静かに楽しんだ。すると彼女はにこにことまるでこの花のような笑顔で続けた。


「この足はね、サルバドールの騎士から弟を庇った時に切られたの。ほら見て、私の弟なの、可愛いでしょう?」
 

彼女の背からは彼女にしがみついたままひょこっとまだ3歳ぐらいの男の子が出てきてすぐに隠れた。緊張したのだろう、何せ相手は深くローブの帽子を被りこんだ大柄の騎士を連れた怪しい男なのだ、涙目になった男の子はまたすぐに姉の後ろへと戻って行った。

彼女はその足に後悔も何も感じないどころか守るべき者を守り抜いた時に出来た勲章だと必死にネモに話した。

こうも小さい子が自分を犠牲にしてまで愛する誰かのために強くただただ後悔無く今を生きようとしている。
それを見たネモはどうも心が締め付けられこの子達の幸せを願うばかりだった。


「じゃぁね、お兄ちゃん。貴方に神の御加護があらんことを」


彼女は杖と1本の足とで器用にまた別の今度は中肉中背のいかにも身なりが良い貴族と思われる男とその従者に話しかけた。

ネモは先程宿に向かう途中で見てしまったあの親子を思い出し悲しい気持ちに包まれて居たが前に進もうとする彼女を見て元気をもらった。
そして教会に入ろうとした時だった。


「きゃ、何するの?」


後ろで先程聞いた彼女の声がして振り返ると彼女は先程の男に押し倒され、地べたに手を着いたのだ。
そして彼女を守るかのように上に覆いかぶさった弟に男は手に持っていた鉄の弓を振り上げた。 
ネモはそれを見た瞬間間に合わないと確信しどこか絶望を感じて動けなくなった時だった。


「何をしている」


ノアが男に向かってそう声をかけると間一髪で男は弓を背中に納めた。
流石に騎士が相手だと気がついたようでバツが悪そうに男は「ちっ、」と舌打ちだけしてそのまま教会の裏の方へ行った。
どうやら裏には聖騎士も訓練に使っているという一般開放された訓練場があるのだと言う。


ネモは急いで駆けつけると彼女の腕と残った足の膝小僧からは少しずつ血が出ていた。
姉を守るように震えた体でネモの前に立ち塞がる弟とそれを守ろうと抱きしめる2人の中にネモは、戦争が終わっても癒えない傷が見えてしまった。そしてすぐに2人を抱きしめるとなんと言えばいいのか分からなくなりいつかの自分を思い出した。

よわい10にも満たない歳で領主になり悪化する戦況への恐怖と愛する誰かの死から逃げるように己を律しては無理矢理強くあろうとしたが時折マリアの腕に抱かれて咽び泣く自分の姿を見ているようでどうもいたたまれない。

気がつけばネモの瞳からも涙が出てきていてそれを彼女とその弟が小さな手で一生懸命拭いた。


「きょ、きょうは僕たちの卒業したおねぇちゃんのけっこんしきなんだ。
おねぇちゃんには僕たちがいる、だけど僕たちいがいにも、たくさんの人に祝われたがっているの、だからおねえちゃんを見てください」


きっと二人はこうやって支え合ってきたのだろう。
初めて聞く彼女の弟の声にネモは耳を傾けそれをしっかり聞き届ける耳を持っていて良かったと心の底から思った。
その声は鈴の音のように高く耳に馴染みやすい愛らしい子供特有の声だった。


「私達は大丈夫だよ。お兄ちゃん達、結婚式を見に来たのでしょう?ほら、早く行かないと終わっちゃうよ」


「僕たちもあとでお祝いにいくから、その、あ、あったらまたぎゅーってしてね」


ネモの腕を押しのけ彼女と弟はそうネモを急かすと特にこれといった用事は無いのに花束を抱えたままネモとノアは教会へ入っていったのだった




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