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金色の稲穂

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バチ、バチバチっと焚き火が燃える音と何を思っても思考がまとまらない頭にノアは「これはダメな酔い方だ」とうっかりネモのペースに巻き込まれたのを激しく後悔した。

すぐ隣では部下もネモに煽られ自分と同じように飲まされていた。



「団長はいっつもネモ様に釣られて自分のペース見失うからやらかすんですよ」


いつもは「団長、俺を鍛えてください」と常に犬のような顔つきで懐いていた癖に、⋯きっとお前も同じ道を辿る。

酔って吐いて痛い目を見ろ


ノアは途切れゆく意識の中でそう呪いの言葉を吐くとその意識を手放した。


「そうだ、そうだ。いいぞ言うようになったなヘクター」


あれから更に数日、あの日のノアは酒と馬酔いで弱りきり次の日も使い物にならなく2時間ずつ寝るどころか1人だけ見張り番もせず一晩中眠っていたのだ。

そして私と騎士達は気がつけば仲良くなり山で果物を探し川で魚を取り自然の中で遊び回った。
騎士の中でも新米隊長のヘクターは団長が袋叩きに合うという肝心なところでゆでダコになった挙句助けるどころか空気になりきる技を決め込む程最高の男だ。
私とヘクターは歳も近くこの数時間で兄弟のような感覚になっていた。

夜になると取った魚を焚き火にくべて焼きながら私は彼の肩に腕を回し、彼のグラスに酒を入れた。
やはり飲むなら長い時間楽しく飲めるやつと飲みたい。


帝都に近づくにつれどんどん森は減り通り過ぎる町はまだ本来と比べれば物足りないが活気が戻ってきていた。

現在いるこの森とその周辺の街を領地にしている領主が物分りのいい奴で国から科せられた納めなければならない税の30%を民に全額負担させるのではなく15%だけ負担させて残りは自分の貯金で賄ったらしい。それに元々は商人として成り上がった領主らしくまだまだ金は有り余っていると話に聞いた。そしてその金の元は苦しいながらも戦時中に細く細く金儲けをし続け暫くは必要最低限の公衆衛生と医療体制を保つ事にしか金を掛けないという苦肉の策を取った故の金だ。そしてこの街が活気を取り戻したのは領主だけの頑張りでなくこれらの策に民も賛同し辛抱をし続けた結果なのだ。

そしてここには大昔、精霊の依代となっていた湖があるそうで厳密にはどの書物にもこの領地のどこの湖かは明言されていないがその湖をさも街に一番近い大きな湖だと勘違いするように巧みな観光宣伝で近々大儲けする予定だという。


この森に入る前にも村は何個かありすこし前に通った村で私は髪色と見た目が格好の見世物となってしまい2日3日滞在する予定だったがそうもいられなくなった。なにせ「騎士団と精霊の愛し子がこの町にいる」と噂がすぐに広がり行く先々で好奇の目に晒され後を付けられた、つまり少しばかり過ごしにくくなったのだ。その為これは対策せねばとその村で深い帽子の着いた丈の長いマントだけを買い帝都までの道を急いだ。 

そしてその噂は恐ろしいスピードで広がり次の街でもその噂を聞き真偽を疑った人々が面白半分に噂を広めていたのだ。

だからその街で過ごすのは危険だと言うノアの判断でその日もまた森で野宿をした。


だが今いるこの街には他の村と距離が離れており噂はまだ流れて来ていなかった、大きな街なだけあって雰囲気も良く話の分かる者が多い。

やる事は山盛りでここに2日ほど滞在する間に道中で討伐した獣を金に変え食料を調達し更に余裕があれば今持っている情報のすり合わせをするそうだ。
 
いくらこの街にまだ噂が流れていないと言ってもそれは時間の問題なだけでここでも見つかればまた大事になってしまう。そう踏んだノアはあえて今回も街の宿屋には泊まらずまた近くの森で野宿をする決断を下した。

だが今日は一味違う夜になると確信している。
なぜなら夕飯を食べようと近く丸太に食べ物を置いた時だった。そろそろ酒の味を忘れるだろう、と気を利かせた第一騎士団の隊長アノスが高そうな酒を買い込んで街から戻ってきたのだ。

アノスは高位の貴族にしては珍しく自分の地位に固執して居ないばかりか身分なぞ無くしてしまえと豪語する気のいいじいさんだ。
左の瞳には黒い革の眼帯が被せてあり彼が言うにはその瞳は見えすぎてしまうそうだ。

精霊の存在などとうの昔におとぎ話になり魔法、精霊術などその技術自体は消えたが呪いとして稀にそれが引き継がれた一族もいる。例えば魔眼、予知夢、テレパシーなど世界には色々あるという。だが魔眼など到底扱えるものでは無いらしく身を滅ぼす前に潰すか使えなくするのが一般的でアノスも潰しはしなかったがその口の人間だ。


ヘクターは私の入れたやった酒を一気に飲み干すと赤くなった顔でまた何やら話し始めた。


「団長はいつもです、ネモ様に酒で勝てるわけが無いのに何故すぐに釣られるのですかね」


そして呆れたようにため息を着くとハリスは自分のグラスを地に置いてふらりと脱力し座り込んだ。


「お前もだぞ、ハリス。そろそろ水を飲め、ほら来い」


呂律の回らなくなり始めたハリスをアノスは強引に抱えるとすぐ近くで伸びていたノアも一緒に天幕の中へと放り込んだ。
何気に一番ネモにつられず酒を楽しめるのはアノスだ。
飲み慣れないノアやヘクターとは違いゆっくりと酒の味を楽しみたいスタイルで自分のペースを崩さず頷きながら時折反応を返すことが出来る上級者だ。この中では唯一飲みすぎた奴を介抱し場をまとめることが出来る熟練の騎士なのである。だが、荒々しい口調とは裏腹に高位貴族らしいその所作と立ち振る舞いはつい見とれてしまう程の優雅さだった。


「ネモ様も面白がって飲ませないで明日を考えて下さいよ。明日に響いて結局2泊、3泊と滞在期間を伸ばすのは何度目ですか」


アノスは頭をボリボリとだるそうにかくとやれやれとネモの向かい側に座った。確かにネモに乗せられてノアやヘクターが次の日も立てなくなるほど飲むという事はこれまでに何回もあった。だが、ネモはそれでも学ばず飲み続けるあいつらもあいつらだ。とネモは不貞腐れる。


「悪かった悪かった。これで最後にする」


そもそも今日は夕飯を楽しんでいる所にアノスが酒を持ってきたのが始まりだ。
アノスもまさか自分が少し用を足しに行った間にノアとヘクターが立てなくなるまで飲まされているとは思いもしなかっただろう。
戻ってみれば死んだように眠りこけるノアと膝から崩れ落ちるがネモからの酒を飲むハリスがそこに居たのだ。


「こないだもそう仰ってましたよね。本当にいい加減にしてくださいよ。こう言ってはなんですがノア様もハリスも女の抱き方ばっか上手くなったガキです。そんなガキにネモ様のペースは勘弁してやって下さい」


アノスはそう言うとグラスを置き今度はヘクターの残した肉を齧った。

毎度こうなる事を見越し逃げていく騎士もいるのだが若い騎士は上官の奢る酒だ、団長も飲むそうだと嬉々として加わってしまうのだ。


「悪かった悪かった、お説教は苦手だ。私は水浴びに行ってくるから少しこの場を見ててくれないか、バーボンも一緒に連れていく」


ネモはさっと荷物をまとめるとバーボンのブラシも一緒に鞄に入れ立ち上がった。

そんなネモの様子にアノスは困ったお人だと一言お小言を言うと「お気を付けて」と焚き火の明かりをネモに分けた。
そしてまた一人、今度は星を見ながら酒を飲み始める。


「行くぞ、バーボン」


ひひーっと返事をしたバーボンは湖に向かって歩き出すネモの背中をゆったりと追った。
バーボンも酒をしこたま飲ませてもらった為機嫌が良いようだ。その足取りは軽くいつもより尻尾が揺れている。だが、ネモによるとバーボンは酔い始めると急になぜだか草を食べ始める。そもそもバーボンが酔うところなど長年連れ添ってきたノアでも見たことが無かったため初めて知ったそうだ。

湖に着くと水面は光り輝く星々を写しほのかに地を照らす月を反射していた。まるで夜空をそのまま写した鏡のような景色にネモは思わず息をするのも忘れて見惚れてしまう。


兄上は元気で過ごしているのだろうか。


私は服を脱ぎながらふと思ってしまった。あんなに領地を放って贅沢する兄上なんぞ知らないと最初の方は思うところがあったがノアに毎日早馬を出すように命じたのだって、ノアが金を持ってきたのだって全部兄上の采配だ。
兄上なりに私達のことを思っていたのかもしれない。
それに、ノアの口から聞く兄上が仰った幼い頃の私に思わず笑みが零れてしまう。


「ひよこのようで愛らしい。か」


いつの時代の話をしているのやら。 


ネモは脱ぎ捨てた服をバーボンに掛けるとまだ冷たい湖の中に入っていった。


こうして身を冷やしていると頭も冷え何故だか分からないがどこか寂しい夜も紛らわせられる。マリアに会いたい、エドワードは大丈夫だろうか。心配の種は尽きないが兄上に会いたい気持ちが日に日に強くなって行くのも事実だ。
兄上のあの体の底から支配する様な甘い匂いで頭を満たしたい。


ネモは首元にかかっているタグを握るとお前らも久々に水を浴びたいだろう。と一枚一枚丁寧に濡らしては首元に戻した。

そんなネモの後ろ姿をじっと見ていたバーボンは次は自分の番では無いかと鞄に入っていたブラシを器用に前歯を使って取るとそこら辺にネモの服を落とし彼の背中に己の鼻をくっつけた。

馬の汗は石鹸に似た成分で出来ているらしいがそれにしてもバーボンの毛並みはツヤツヤで美しい。
暴れ馬でさえ無ければ騎士の花形皇帝直属の式典やパレードにのみ参列する音楽部隊に配属される予定だったそうだ。
元々はそうなる予定だったらしいが何せ手が付けられない程の暴れ馬だ。きっとそれが出来なかった為ここにいるのだろう。


ネモはバーボンからブラシを受け取り裸のままバーボンの大きな馬体を毛の流れに沿ってブラシを動かした。
時折バーボンは気持ちよさそうに体を動かしてはもっと、もっとと催促するようにネモにすりよる。

ネモはバーボンの脚に抜け毛が絡まっているのを見つけ思わず気になってブラシをかけよう時時だった。


「なんだこれは」


その雄大な馬体を撫でながらブラシをかけて行くうちにバーボンの盛り上がった肉に触れてしまった。するとバーボンは身を引き、まるで触るなどでも言いたいのだろう。鋭い目つきのままネモと目が合ってしまう。だがバーボンと見てい先と合わさったネモのその瞳はどこか切なさを含んでいた。


「すまない、私はお前にも民にも何も出来なかった。せめてこの傷を私が癒せれば痛みなど知らずに幸せに過ごせたのだろう」 


そう、バーボンの綺麗に筋肉の着いたその脚の根元にはまるで矢に貫かれたかのような円形に肉が盛り上がっている傷跡があったのだ。そしてその矢を無理矢理抜いたのだろう、聞けば戦場で使う矢には毒を塗り馬を動けなくするという。それを防ぐためにノアが矢を取ったのかもしれない、左右にパックリ切れた様な傷もあった。


ネモはそう言いながら己の無力さを憎んだ。そして誰かを守れなくても癒す為の力が欲しいと強く願った。


「何も出来てなくて、すまない。私は騎士やお前達に守られてばかりだ」


それは違う、前線に偶にだが運ばれてくる食料はどれも美味しく特に酒はどれだけ安く買い叩かれようがグラウジー領の物だけは最後まで最高級の味だった。それに新鮮な果物が色んなところから集まりバーボンにも与えられていた。

それは違う、そうバーボンがネモに駆け寄ろうとした時だったネモは急に激しい頭痛に襲われそのまま膝から水に落ちた。


「ぁ、っあああっ⋯」


脳みそが張り裂けるように痛い、感じたことの無い高い耳鳴りがネモの耳を襲った。
ネモは思わず這って湖から上がると更に激しくなった頭痛が絶え間なく頭を締め付け地べたを這いずり周りながら声にならない声を上げて泣き叫んだ。


『な⋯ば、私⋯授け⋯⋯ょう』


そんな時だったノイズがかかったような声だったが脳に直接流れて来るような声にプツリとネモは意識を失った。限界を超える様な痛みに体力の限界だったのだ。ネモが最後に見た視界の中ではバーボンが心配そうにネモを見下ろしアタフタとした様子だった。



あれからどのくらい経ったのだろうか。


「っ、⋯本気で死ぬかと思った」


意外にも気絶していたのは物の数分のようで語りは何も変わっていない。そしてすぐ隣にはネモを守るようにバーボンが立ち塞がっていた。
心配をかけたとネモは、とんとんとバーボンに触れると心配そうにバーボンは首を下げネモを見つめる。


早く戻らねば心配したアノスが自分を探しに来るかもしれない。そうなれば間違いなく説教だ。
私は慌てて服を着込むといち早く帰るためにバーボンに乗せてもらおうと思い付きバーボンを見てふと自分が軟膏を持っている事を思い出した。


「その傷、痛くないか?そうだ、軟膏を塗ろう。古傷にも効くか分からないがせっかく見目の良い馬なのだから勿体ないぞ」


ネモはもしもの事があった時に備え鞄の中に入れていた軟膏の存在を思い出すとそれを取り出しバーボンの古傷に触れた。


「早く治りますように」


その瞬間だった、辺りは青白い光に数秒包まれバーボンの盛り上がった肉が見る見る綺麗な平になって行きとうとう毛まで生え揃って来たのだ。
確かについ先程までそこに痛々しい傷があったはすなのにだ。

もしかして、私のせいか?


ネモはその事実に気がついた時思わずびっくりし後からやってきた吐き気に本日二度目の気絶をしたのだった。
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