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かれんの墓

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    かれんの墓を訪れた。三月になり、春めいてきたというのに、その日だけは、妙に寒い日だった。かれんの菩提寺は、東京の郊外にあって、東京駅で少し時間をつぶすと、そのままバスとタクシーで、かれんの墓へと、向かった。
バスはともかく、タクシーの出費は、貧乏な大学生のふところには、痛かった。
しかし――最愛の初恋の女性のためならば、そんなへりくつを言っていられないので、タクシーを降りると、そのまま真っ直ぐに、かれんの墓へと向かい、お線香を上げた。
長い時間手を合わせていると、十年近く前になる、かれんと出会った秋の日を、よく思い出した。
あの時、始めてかれんと出会ったとき、かれんは最初に何て僕に言ったのだっけ?
よく覚えていたことも、記憶の不確かな忘却と、時代の進む速度で、忘れかかっているのだ。

ねぇ、あたしのこと、ずっと見ている?

たしか、かれんは皮肉めいて、いつものような澄んだ瞳で、そう言ったに違いなかった。
僕は、始めて会ったかれんをずっと見ていた。
だから、その時、かれんが言ったことは、間違いなく正解なのだ。
しかし――十年前の僕には、そのことも確かに気が付けないほど、幼い少年だった。
東京のかれんの墓にお参りしたあと、そのままかれんの墓の辺りを歩いた。
墓の散策は、あまり気が進むものではなかったが、あの時のかれんの記憶の糸のようなものを、たぐりよせようと、僕は無意識のうちにしていた。
かれんの母親は、短歌の歌人である。
僕と初めて出会ったときも、新進気鋭の歌人として、かれんの母親は、名がその世界では知られていたが、今ではもっとずっと有名になった――
あの時は、一冊だった著作も、数が増えて、今ではテレビ出演、ラジオ出演の依頼なども、来ているらしい。
そんなことを、とりとめもなく考えていると、前方から、老年の見るからに徳のありそうな、坊さんがやって来た。
「高山かれんさんの、お墓にいらっしゃって?」
「ええ、そうです」
僕が、そうです、と言うと、坊さんの柔和な笑顔が、ますます緊張が解けたようになった。
「高山さんが、お亡くなりになられてから、随分と年月が経ちましたね……。貴方のように、いらっしゃるご友人の方が、毎年いらっしゃるのですよ」
坊さんは、しばらくそう言って、僕の周りを、ぶらぶらと歩くと、納得したよう顔をして、「失敬」と、言っていなくなった。
僕の記憶が、かれんの葬式の日に戻った。
そう、あの日は、しつこく雨の降る日だったのだ。
夏の間に、かれんは死んでしまった。
葬式の時に、「今は時代が悪いから」と言った坊さんは、あの人であったのだろうか?
しかし、それも不確かで、確信が持てなかった。
今となっては、仏教の言葉で、「末法の世を生きる凡夫の無常」という意味であったのではないだろうか、と僕は思った。僕は国文科の学生だった。
あの、友人だったゆうきは、プロ野球選手を志して、結局高校を卒業後、しばらく職を転々とした後、友人と共同経営の、飲食店を営んでいる。
長くとりとめもなく考え続けた――
僕は、小さなかれんの墓を見つめると、そのまままたバスとタクシーを乗り継いで、東京駅へと戻った。
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