海辺の光、時の手前

夢野とわ

文字の大きさ
上 下
22 / 28

冬の定理

しおりを挟む

 有紀と北上大学の外に出て、しばらく話しを始めた。外は昨日よりは暖かいといえ、やはり寒い。風に吹かれながら、僕らは、ベンチに座って話し込み始めた。先の方には、スッと視界が開ける様な、北海道の街が広がっている。湿り気を含んだ様な、冬の空が広がっている。有紀は赤い暖かそうなコートを着ている。
「この世界の話しだ」僕は口を開いた。
「ええ」いつもの様に有紀は、静かに「ええ」と言う。
「戻せるんだろう? 今すぐ戻して欲しい」と僕は言った。
有紀は一瞬なぜか困惑した笑みを浮かべた。
「それは今はできない」と有紀が言った。
「どうして……」と僕が言葉を詰まらせながら言った。
「戻し方を忘れた」と有紀が言った。
「ええ!」と僕は思わず大きい声を出してしまった。
有紀のまぶたの上にうっすらと水気が浮いている。こうしてしみじみと見ると、本当に綺麗な顔だと思う。
「そもそもどうやって……」と僕が言った。
「ええ。長い話しになるけど良いかしら?」と有紀が言った。
僕は大丈夫、と言って下を向いた。
「この世界、つまり新見高校のない世界をBとする。そして、新見高校のある世界をAとするわね。そうすると、AからBに森島さん……。いえ、高梨幸人くんは来たのね。ここまでは大丈夫?」
有紀がそう言うと、神経質そうな笑みを浮かべた。大丈夫、と聞かれても、大丈夫と返事をするしかない。僕は、一言わかった、と言った。
「AからBへ。別の軸へ移動したのね。つまり並行している世界へ……。ところで、高梨くんって自由意志って言葉を聞いたことがあるかしら」
有紀がジユウイシと言う。良くわからなかった。自由な意思。
「わからない」と、僕が言った。
「大丈夫よ。そうよね……。私はこの世界に脈打っている、定義。つまり決定されている決定された意思の存在に気付いたのよ」
有紀が、そう言って、「フフン」と鼻で笑う。有紀は大丈夫だろうか。いつもと様子が違うように思えたが、その「いつも」が曖昧になって来ていることに気が付く。
「私は世界の背後に、気が付いたの。そしてそれをコントロールすることができるようなった。BからAへ。AからBへ。並行世界。つまり――」
有紀が、「つまり」と言ってから、大きく息を飲んだ。
「つまり?」と、僕は聞いた。
「あったかもしれない世界にね」と、有紀が言った。
僕はつばきを飲み下した。「あったかもしれない世界」その言葉が、妙な重さになって僕にのしかかる。風が吹いていて、有紀の髪を掠めて行った。僕は、しばらく沈黙をして、考えていた。
「どうやら思ったよりも、世界は単純そうなのね」と、有紀が言って笑った。
「単純じゃないよ」と、僕が言った。
「どうしても?」と、有紀が僕に聞く。
「どうして……。どうして……」と僕が困惑して言った。
有紀が下をうつむいた。僕が動揺したと思ったのだろうか。一瞬表情に、反省の色が走る。
「AからBへ。BからAへ。世界内の決定された、意思の表象としての世界」と、有紀が俯いたまま言う。
僕は、静かにうなずいた。そう、それはうなずくことしかできなかったのだ。広人――。僕の友人の、広人はいま一体どうしているのだろうか。そして、何を感じているのだろうか。僕は無性に広人に会いたかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

姉と幼馴染と美人先輩の俺の取り合いは、正妻戦争に変わってしまった

東権海
ライト文芸
幼馴染V.S.姉V.S.先輩の正妻戦争勃発!? 俺には幼馴染がいる。 俺は高校1年生、ごく普通の男子高校生。 別段イケメンでもない。 一方の幼馴染は美人。 毎日誰かに告白されるけど全部断っている。 最近ようやく決心して告白したが…。 「もう、遅いんだから。もっと早くしてくれてよかったの――」 「ダメーー!律希は私のなの!」 「律希くんは渡さない!」 ……。 幼馴染の返事を邪魔してきたのは姉と先輩!? しかしその直後事故に巻き込まれてしまう。 律希は目覚めないまま一年が過ぎ、次に律希が目を覚ましたときには世間の常識は大きく変わってしまっていた……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

茜川の柿の木――姉と僕の風景、祈りの日々

永倉圭夏
ライト文芸
重度の難病にかかっている僕の姉。その生はもう長くはないと宣告されていた。わがままで奔放な姉にあこがれる僕は胸を痛める。ゆっくり死に近づきつつある姉とヤングケアラーの僕との日常、三年間の記録。そしていよいよ姉の死期が迫る。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

サイケデリック・ブルース・オルタナティブ・パンク!

大西啓太
ライト文芸
日常生活全般の中で自然と生み出された詩集。

処理中です...