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冬の定理
しおりを挟む有紀と北上大学の外に出て、しばらく話しを始めた。外は昨日よりは暖かいといえ、やはり寒い。風に吹かれながら、僕らは、ベンチに座って話し込み始めた。先の方には、スッと視界が開ける様な、北海道の街が広がっている。湿り気を含んだ様な、冬の空が広がっている。有紀は赤い暖かそうなコートを着ている。
「この世界の話しだ」僕は口を開いた。
「ええ」いつもの様に有紀は、静かに「ええ」と言う。
「戻せるんだろう? 今すぐ戻して欲しい」と僕は言った。
有紀は一瞬なぜか困惑した笑みを浮かべた。
「それは今はできない」と有紀が言った。
「どうして……」と僕が言葉を詰まらせながら言った。
「戻し方を忘れた」と有紀が言った。
「ええ!」と僕は思わず大きい声を出してしまった。
有紀のまぶたの上にうっすらと水気が浮いている。こうしてしみじみと見ると、本当に綺麗な顔だと思う。
「そもそもどうやって……」と僕が言った。
「ええ。長い話しになるけど良いかしら?」と有紀が言った。
僕は大丈夫、と言って下を向いた。
「この世界、つまり新見高校のない世界をBとする。そして、新見高校のある世界をAとするわね。そうすると、AからBに森島さん……。いえ、高梨幸人くんは来たのね。ここまでは大丈夫?」
有紀がそう言うと、神経質そうな笑みを浮かべた。大丈夫、と聞かれても、大丈夫と返事をするしかない。僕は、一言わかった、と言った。
「AからBへ。別の軸へ移動したのね。つまり並行している世界へ……。ところで、高梨くんって自由意志って言葉を聞いたことがあるかしら」
有紀がジユウイシと言う。良くわからなかった。自由な意思。
「わからない」と、僕が言った。
「大丈夫よ。そうよね……。私はこの世界に脈打っている、定義。つまり決定されている決定された意思の存在に気付いたのよ」
有紀が、そう言って、「フフン」と鼻で笑う。有紀は大丈夫だろうか。いつもと様子が違うように思えたが、その「いつも」が曖昧になって来ていることに気が付く。
「私は世界の背後に、気が付いたの。そしてそれをコントロールすることができるようなった。BからAへ。AからBへ。並行世界。つまり――」
有紀が、「つまり」と言ってから、大きく息を飲んだ。
「つまり?」と、僕は聞いた。
「あったかもしれない世界にね」と、有紀が言った。
僕はつばきを飲み下した。「あったかもしれない世界」その言葉が、妙な重さになって僕にのしかかる。風が吹いていて、有紀の髪を掠めて行った。僕は、しばらく沈黙をして、考えていた。
「どうやら思ったよりも、世界は単純そうなのね」と、有紀が言って笑った。
「単純じゃないよ」と、僕が言った。
「どうしても?」と、有紀が僕に聞く。
「どうして……。どうして……」と僕が困惑して言った。
有紀が下をうつむいた。僕が動揺したと思ったのだろうか。一瞬表情に、反省の色が走る。
「AからBへ。BからAへ。世界内の決定された、意思の表象としての世界」と、有紀が俯いたまま言う。
僕は、静かにうなずいた。そう、それはうなずくことしかできなかったのだ。広人――。僕の友人の、広人はいま一体どうしているのだろうか。そして、何を感じているのだろうか。僕は無性に広人に会いたかった。
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